夢を見ている。ずいぶん昔の夢だ。
焚き火の側で父と母が、生まれたばかりの赤ん坊の頭を撫でている。それを、近くで私は見つめている。夜の雨の音は激しく聞こえるけれど、洞窟の中にいれば何も怖くない。
だって、ここはとても暖かいから。暖かいのは幸せなことだ。
期待に胸を膨らませ、私は母の顔を見る。
「母さん、私も触っていい?」
「ええ、優しくしてね」
言われたように、私は人差し指を伸ばしてゆっくりと赤ん坊のほおに触れた。その瞬間、ショックを受けた私は思わず指を離してしまった。
赤ん坊の体は、私よりも暖かく、熱くさえあったのだ。
「あつっ」
悲鳴をあげた私を、両親は不思議そうな目で見る。私は、この衝撃を両親は感じていないことに、また衝撃を受けた。
「……母さん、赤ちゃんって、熱いものなの?」
「生まれたばかりの時はみんなそうよ。あなただって、ね」
そう言って母は私の頭を撫でてくれた。その手は少しひんやりしていたが、優しかった。
まぶたの上に冷たい液体の感触を感じ、セレナは小さく首を振った。
「つめたい……」
「起きたか?セレナ」
ざらざらした聞き覚えのある声に、セレナの意識は急激に現実に引き上げられた。目を開けると、謎の液体が目尻を伝って下へと流れ落ちる。
「泣いた美女も美しいものだな」
「誰が泣いたんですって?」
セレナは声を低くしてまなじりをつり上げた。ルブルは返事をしない。すぐに自分がからかわれたことに気づき、彼女は憮然として寝台から起き上がった。
心地好い夢の内容を頭から振り払い、セレナはまともな質問をする。
「なぜ私はここにいるのかしら」
「聞かずともわかるだろう。時間切れだ」
「時間……切れですって?」
痛む頭をかしげ、セレナはここに来る前の出来事を思い出そうとした。
イリスと覚醒者を討伐した。そのあと、指令でいくつかの村に行って、そこで妖気を使って……。
そこから先の記憶がない。
「思い出せんか?まあいい。お前は暴走しかけた」
それを聞いてセレナは息をのんだ。ルブルにつかみかかろうとして立ち上がると、体の関節が軋み、妖気がたわむ。
とても立ち続けていることがままならず、セレナは寝台に寄り掛かるように倒れ込んだ。
荒い息をつく戦士を、ルブルは笑みさえ浮かべて見下ろす。
「どうだ。その体では、ろくに動けまい」
「嘘よ、こんなの。嘘よ!」
右腕をかろうじて動かそうとすると、再び妖気が全身を走り抜けた。セレナの顔に妖気の筋が浮かぶ。
ルブルは手を鳴らすと外に呼びかけた。
「入れ」
横になったままセレナは近づく足音の主を見上げる。それは、青白い顔をした戦士だった。
「さてセレナ。お前に残された選択肢は2つだ。このままこの戦士に粛清されるか、それとも黙って実験台になるか。選ぶ権利をやろう」
ルブルの声は洞窟に反響して、実際より大きく聞こえた。
セレナはルブルと戦士の顔を見比べて考える。
実験台は嫌だ。ろくなことがないのはわかりきっている。しかし、自分の命をこの顔の青白い戦士に託してよいものか……。
2つの選択肢を載せた天秤が、左右に揺れる。
「ちなみに、お前が実験を拒否すれば、次は誰に行くかわかるな?」
セレナははっと顔を上げた。天秤は一瞬にして砕け散った。もう幾年も見ていない母親の面影がまぶたに蘇る。
「妹には手を出さないで」
蒼白になったセレナの顔を見て、ルブルは口の端を吊り上げる。戦士はわずかに目を逸らした。
「そう、お前ならそう言うと思ったぞ。お前がまだ訓練生のころに妹を半妖にしたのはお前自身だからなぁ」
「黙れ!」
セレナはかすれた声で叫んだ。理性が飛びかけ、右腕がルブルを殴ろうと持ち上がる。
両目が金色になったのが自分でもわかった。
「本当にお前たちは似てないな。本当に姉妹か?」
理性の糸が音を立てて切れた。跳ね起き、ルブルにつかみ掛かろうとする。セレナは唯一自信がある瞬間移動の能力を使った。
戦士が動く。自然な動きで、しかしセレナより早い。戦士はセレナの脇腹に膝を強くいれた。
「ぐあっ」
再び転がったセレナは、妖気に朦朧とする頭で考えた。
セレナとフィオラは似ていない。フィオラに言えばそれは賛辞の言葉となるが、セレナにとっては屈辱でしかない。
同じ父母の血を受け継ぎ、同じように育ち、なぜ妹ばかりがいい思いをするのか。
両親の関心はいつも妹の方にあり、連れ去られて2人きりになればナンバーが若いのは妹の方だった。
なぜ、私はこんなにできないのだろうか。思いは募り、セレナはある日フィオラを殴った。
「ダーエ、計画通りだ。時間はあまりないがデータは取れるだろう」
「ああ、素晴らしい。こいつの覚醒の瞬間をこの目で見られるなんて……エルダ、私が指示するまで動くなよ」
ダーエって誰だっけ。
その意識を最後に、セレナの僅かに残っていた人間の意識は完全に消えた。
ダーエは興奮のあまり手に持っていた紙束をすべて床に落としてしまった。感激したようすで呟く。
「龍族の末裔と人間を交配させ、その子孫に妖魔の肉を与える……。やっと強い戦士の手がかりが見つかったかもしれない」
「喜ぶのはまだ早いぞ、ダーエ。フィオラが覚醒すれば、この何倍も強くなる」
それからルヴルは思い出したように振り向くと、エルダに命じた。
「エルダ、この覚醒者と戦ってみろ。更なるデータをとる」
エルダは剣を抜く。覚醒者は図体に似合わぬ巨大な翼を鈍重に動かす。
その翼のみが、セレナの面影を残していた。
これで一応一区切りとなります。
拙い文でしたが、楽しんでいただけたら幸いです。
テレサを出したかった……