終わりなき飛翔   作:コーリング

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頑張りました。
読んでくださると嬉しいです。


第6話 笑顔

「……あなた、生きてたの?」

 

中心から先がない触手を呆然と見やり、地面から上体をわずかに起こした体勢のまま覚醒者が呟く。

それを見、フィオラは、追撃のために1度振り上げた腕を下ろした。

 

覚醒者の様子から答えを望んでいるわけでもないだろうが、一応フィオラは返事を返す。

そうしないと、まるで相手を無視しているようで気分がすっきりしない。

 

「ええ、なんとか生きています」

 

フィオラの声が聞こえたのか、黒蛇の顔がこちらを向く。

 

「まさか、そんなはずないわ。あれほどの傷、あれは間違いなく致命傷よ」

 

「そうですね。確かに1度死にかけました」

 

平然と動揺の色1つ見せず、覚醒者に同調するフィオラ。

 

「それに、あなたの妖気は既にほぼ底をついていた。回復するほど残ってはいなかったはずよ!」

 

混乱のためだろうか、覚醒者の語気が荒くなる。

 

「はい、その通りです」

 

「ふざけないで!」

 

切り落とした触手が再生し、それを待っていたかのようにそのほかの触手もフィオラに狙いを定めた。

対抗してフィオラは腰を落とし、両腕を前に押し出して剣を構える。

 

「ふざけないで?それを言いたいのはわたしですよ。だって、わたしはてっきり自分は死ぬものだと思っていましたから」

 

覚醒者が言っていることは事実だ。

傷は、左脇腹から脊椎の付近を通り背中に抜けていた。フィオラを戦士とさせている、妖魔の血肉が埋め込まれたあたりだ。

妖魔の血肉、それがある腹の付近は貫かれると妖気が著しく減少し、妖気が減少すればするほど、再生もできなくなっていく。

妖力解放などもってのほかだ。そもそも解放する妖気すら残らないはず。

 

こうなってしまえば、たとえ1桁上位ナンバーで防御型の戦士であっても命が尽きるのは時間の問題となる。

たかだかナンバー13のフィオラごときが生き残ったのは、正に奇跡というべきだろう。

 

「黙れっ!」

 

それを聞くか聞かないかのうちに、無数にも思える触手が全方位からフィオラの眼前に殺到した。

 

 

触手に包囲される!

周囲を見回した後、フィオラは地面を思い切り蹴って跳躍し、安全圏に退避。目を閉じ、つかの間、必死で全身の感覚を研ぎ澄まさせる。

……余計なことは何も考えるな。集中しろ。妖気を読むんだ。

重力に従って落ちる。触手に接触する瞬間、滑らかな動きでわずかに開いた触手の隙間に体を滑らせ、くもの巣のような中をくぐり抜ける。

 

触手に剣の感触を感じない。避けられたとわかった覚醒者が、隙を見せず別の方角から触手を放つ。

 

それを今度は剣で受け止め、左右へ弾き飛ばすフィオラ。弾き飛ばす反動に逆に自分が吹き飛ばされないよう、フィオラは2本の足でしっかりと地面を踏みしめる。

剣と触手がぶつかる鈍く激しい音が、絶え間なく両者の間で響き渡った。

 

先ほどとは違い、正真正銘の本気で戦う覚醒者。奥の手として、とぐろを巻いた全身から触手を生やしたのだ。

しかし、元ナンバー9のその彼女の力を持ってしても、フィオラに傷1つつけられない。

本気でやっても勝てない。その事実に、覚醒者の全身に虫酸が走る。

 

「待ちなさい!」

 

「待てと言われて待つほどバカではありませ……ん!」

 

5本の触手を横に跳んで避けたあと、耳を裂こうとばかりに飛んできた触手を剣の腹で受け止め、左に払う。

更に体に向かって放たれる3本の触手。フィオラはそれを、踏み台のように飛び乗ることで回避する。

 

戦況はほぼ互角のように見えた。

 

 

連続で繰り出した3本の触手を1撃で受け止められ、黒蛇の耳まで裂けた口が怒りに歪む。

 

「本当にちょこまかと動くわねぇ。目障りよ、とっとと刺さって己の力量差を思い知りなさい!」

 

「それは無理です。でも、刺さったら声を出せないほど痛い、それはさっき身をもって学びました!」

 

触手に突き飛ばされる格好で少し後退しながら叫ぶフィオラ。

空中に回避した一瞬、浅い呼吸が繰り返される。次第にフィオラの方に疲れが見え始めた。

昨晩はよく寝ていないので万全のコンディションではない。それを今まで気力でごまかしていたのだ。

しかし、瀕死状態から再生した上に気力を全て戦いへ集中させたことにより、体力が切れ始めている。

 

触手、回避。触手、払う。触手、回避。触手、跳躍。落下。触手、触手、弾く。

 

やってもやってもきりがない。

フィオラは両手で剣を落とさないよう握りしめ、飛んできた触手を大凪に払った。

 

 

……速度が落ちた。

覚醒者はフィオラの状態を探り、乱れた妖気にそれを確信する。

まだ、それに付け入らせるほどの隙は見せていないフィオラだが、おそらく体力が切れるのは近い。

頭の片隅で即座に判断を下し、すぐ攻撃できるようにと大蛇はフィオラが隙を見せる瞬間を狙って目を凝らし始めた。

 

 

覚醒者の触手が木にあたり、枝葉がびゅんびゅんと飛んでくる。

そのうち何枚かはフィオラの顔にあたり、頰が薄く裂けた。

風が吹き始め、体感温度が一気に下がる。

 

……メラニーは、大丈夫なのか。もうハンネが助けに入ったはずだけど。

 

そんなことを考え、遂にフィオラに隙が生まれた。

妖気読みがあまり得意ではないフィオラは、覚醒者の妖気をほんの一瞬意識から消してしまったのだ。

絶好のチャンス。それを大蛇は見逃さない。

 

「残念ね!」

 

逆三角形の口が開き、2つに裂けた細長い舌がフィオラに向かって伸長する。

それをフィオラは、目を見開いて微動だにせず、ただ惚けたように眺めていた。

 

 

さっき腹に傷を受けた時も、こんな感じだった。

舌がちろりと口から覗き、そして次には体に突き刺さっていた。避けられるわけがない。今までの攻撃とはわけが違う。

舌を使った攻撃は、触手による攻撃よりもずっと威力が大きく、そして、1番本気度が高い。

それは舌を放つ瞬間の覚醒者の妖気の上昇を見れば一目瞭然だった。

 

戦士であるセレナの攻撃すらまともに躱せないフィオラは、この舌を避け、まして防ぐことなど到底できない。

フィオラは目を見開いたまま、悲壮にも再び刺さる覚悟を決める。

 

その瞬間、疾風が間を走り抜け、覚醒者の舌が根元から断ち切られて大量の血と共に宙を舞った。

 

 

 

「この馬鹿やろう!」

 

「ノエルさん……」

 

目の前に、疾風を誇る戦士が立っていた。

緊張が抜け、フィオラは剣を持ったままその場に座り込んでしまう。

 

「避けて弾いてどうする気だってんだ。そんなんじゃ相手は倒れてくれねぇよ」

 

こうやって斬らない限りはな!

 

言下にノエルは剣を一閃。それで2人に再び忍び寄っていた覚醒者の触手の動きが止まる。

 

「いいか、覚えとけよチビ。斬らなきゃ向こうはダメージを食らわねぇんだぞ!」

 

そう吐き捨てるように言うと、ノエルは触手の網へと猛スピードで突っ込んでいった。

 

 

 

「まったく……わたしたちは幸運だな」

 

ハンネは、すぐ隣で木にもたれかかり苦しそうにしている小柄な戦士声をかける。

先ほどから風が強く吹いているが、反応はない。ただ、メラニーの呼吸は浅く、そして荒かった。

 

動けそうにないメラニーを回収した後、覚醒者に剣を向けるフィオラを残して森に逃げたのだ。

このままでは、メラニーの命が危ない。再生する前に先にやられてしまう。

そう思っての一時離脱だ。

 

「ノエルとフィオラがいなかったら、きっと今ごろ、2人とも死んでいただろうしな」

 

その声に、メラニーの瞼がピクリと痙攣するように動く。

目が薄く開き、ゆっくりと周囲を見渡し、それがハンネを見つめる。

 

「気がついたのか。よかった」

 

「私は……どうして……こんなところに……」

 

勢いよく上体を起こして立ち上がろうとするメラニー。

しかし、その前に彼女の口から勢いよく血が溢れ出る。

少しでも体を動かそうとすると胴体の内側に激痛が走るらしく、あまりの痛みに意識が飛びかけていた。

なんとかメラニーを苔がまばらに生えた地面に寝かせ、再生に集中するよう促す。

 

「ここに連れてきたのは……お前だな、ハンネ……」

 

湿った地面を背に葉の切れ目から差し込む光に手をかざし、メラニーが呟いた。

その目が金色に光る。どうやら妖力解放で再生するようだ。

 

「ああ、今のお前では戦力にならないだろうと思ったからな」

 

「情けないな……ただの足手纏いだなんて」

 

悔しさに固く握られた右手を、優しく両手で包む。ハンネにできるのはそれくらいだった。

 

「たまにはそういうこともあるんじゃないか。メラニー」

 

ふとメラニーの顔がハンネに向けられる。

 

「おい、ハンネ」

 

「なんだ」

 

「お前も怪我したのか?」

 

「ああ。体がろくに動かない。戦える状態じゃないな」

 

「本当に、2人がいてよかったな……」

 

2人は、森の奥から聞こえている剣のぶつかる音を聞き同時にため息をついた。

 

 

 

「あ………」

 

フィオラは、目の前の光景にただ硬直した。

あれほど自分が苦戦した触手が、1本残らず地面に落ちている。

 

触手と舌を失い丸腰となった覚醒者は、もはや己の劣勢を悟るほかなかった。

完全に蛇のものに変化していた顔が、人間に戻る。そのひたいにはだらりと冷や汗が浮かんでいた。

 

 

「……この私が……負けている?」

 

多くの人間や戦士を貫いてきた触手と舌。それらがあっという間にノエルによって切り刻まれ、再生が追いつかない。

漆黒の皮膚が唯一の防具だ。

 

「仮にも私は元ナンバー9よ。それが、ここまで追い込まれるなんて……」

 

なぜだ。私はどこで間違えたんだ。

覚醒者は戦いを振り返り、必死に記憶を辿る。

 

……確か想定外の事態が起きて、それで計画が狂ったんだった。

そう、あいつのせいだ。再生能力がバケモノのあの戦士のせいだ。

 

あいつさえ、あいつさえいなければ、こんなことにはーー

 

それは筋違いだ。

わずかに残った戦士としての理性が、覚醒者としての考えを止めようとして逆に振り払われる。

 

「許さないわ!」

 

とぐろが遂に崩れる。

大蛇はそのまま、憎い敵に向かって突っ込んでいった。

 

 

 

「え、あ」

 

大蛇がこちらに飛んでくるのが見える。唐突に、ある言葉が頭を駆け巡った。

 

戦わなくちゃ。

 

"斬らなきゃ向こうはダメージを食らわないんだぞ!"

 

そうだ。戦わなくちゃ。戦わなければ、死ぬのはわたしたちのほうだ。

 

大蛇の頭がフィオラに迫るのが見える。

ノエルは思わず叫んだ。

 

「フィオラーー!」

 

 

 

「逃げるのは卑怯よ!正々堂々と戦いなさい!」

 

目の前にいたはずの敵の姿が消え、覚醒者は叫ぶ。

自分のやっていることは矛盾している。それにどこかで気付きながら。

 

「わかりました。いいんですね?」

 

「え」

 

覚醒者がその言葉に含みを感じて動きを止めた時、上から飛んできた剣がずぶりとうなじに刺さった。

 

 

 

「がはっ」

 

口から血を吐く覚醒者。

フィオラは遅れてうなじに降り立ち、さらに剣を奥に食い込ませる。

風が吹き回り、何本もの木が倒されて射し込んでいた日光が、分厚い雲に陰りつつあった。

 

「ここ、弱点でしたよね」

 

「何を……。根拠でもあるの?」

 

剣が喉まで侵入し、苦しそうな声を上げる覚醒者。

フィオラはなんでもない顔で、横倒しになったとぐろを足でつつく。

 

「あなたの覚醒体は、数百の目がついた蛇ですよね」

 

「それが……?」

 

「でもその目は、実は目ではない。目にしては多すぎます。全方向を見ることができるように意識して覚醒体を作ったわけでもないでしょう。それは、目によく似た盾です。違いますか?」

 

「わたしたちも最初は見事にひっかりました。潰しても潰してもきりがないので、"目"を潰すのを諦めてしまいました。

でも、それは盾だった。だからあなたはダメージを負わなかったんですよね」

 

「何を適当なこと……言ってるの」

 

覚醒者が咳き込み、その血が宙に飛び散った。

 

「周囲10センチメートル。まだしらを切りますか?」

 

"目"の大きさのことだ。まぶたに隠れたまん丸な目、その周辺10センチメートルまでが1つの盾だった。

 

「この場には、盾ごとあなたを粉砕できる技を持っている戦士はいません。だから"目"がないうなじを狙うしかなかったんです」

 

そしてそれは見事に当たった。

 

「あなたはダメージを負った。それも、致命傷となる深手を……最後に言い残すことはありますか?」

 

首を上下に貫いたまま剣でトントンと土を叩くフィオラに、声をかけるノエル。

 

「フィオラ、潮時だ。そんなことしてないで殺せ」

 

「待ちなさいよ!」

 

 

 

 

「あなた、フィオラと言ったわね。剣を抜いてちょうだい。話しづらいわ」

 

剣の重みに首を垂れ、覚醒者はフィオラに哀願する。

 

「剣を抜いたらその場で攻撃とかしませんか?」

 

自分の剣から手を離しながらフィオラは聞く。

 

「しないわよ。私は卑怯なことは嫌いだから」

 

フィオラの手が剣から離れた。

覚醒者が覚醒体を解き、元の美女の姿に戻っていく。

その首には、フィオラの剣が斜めに刺さっていた。

 

「あなたたち、私のことを恐怖に負けた愚か者だと思うでしょう」

 

先ほどの呼び止めたものとは違い、蚊が泣くような掠れた声を振り絞る覚醒者。

 

「そうよ。認めたくはないけれどその通りよ。でも、それでも私は公平でありたかった」

 

「フィオラ、あなたのことは大嫌いよ。私を貶めて、殺そうというのだから。

だけど、最後にあなたみたいなバケモノと戦えて嬉しかったわ。まるで戦士に戻れたようだった」

 

「終わりよ。早く殺しなさいな」

 

これから死を迎えるというのに、気丈に美女は笑う。きっと戦士の時も正にこんな顔で笑っていたのだろう。

人の心を揺り動かすような、まるで泣いているようにも見える、美しい表情で。

 

「……さよなら、樹雨のジェイダさん」

 

最後の最後に名前を呼ばれ、目を瞑って笑った顔。

 

その首は音を上げて、しとしと降り出した空を高く舞った。

 

 

 

首がどこかに飛んでいくのを見送り、ノエルはずかずかとフィオラに近づいた。

そして罵声を浴びせる。

 

「このアホ!」

 

予告なしに頭を剣でぶっ叩かれ、目の奥に星が光った。

 

「いたっ!」

 

「当然だ!覚醒者に対してお前は甘すぎる!あいつは人間じゃないんだ!同情でもしたか?」

 

「いいえ」

 

突然トーンダウンしたフィオラの声に、ノエルは何かを感じ声を落とす。

 

「あ?じゃあなんでわざわざ剣を抜いた」

 

「わたしだって同情なんてできませんよ。遺言だって、正直何言ってるのかさっぱりです。

でも、覚醒者だって元は人間です。人間と同じように殺してやるのが道理では?」

 

「あのなぁ。何かあってからじゃ遅いんだぞ。今回のやつは例外だ。

大抵の場合は、そうやって戦士を騙して一気に回復、そして殺すのがオチだ」

 

まあ、そんな奴には見えなかったけどな。

ノエルはそうも思ったが、それを口にはしなかった。

 

「あの覚醒者、やたらと正攻法にこだわってたじゃないですか。『戦士に戻れた』とも言ってましたし。

きっとまだ、少しだけ戦士の意識が残ってたんじゃないか、と思って」

 

「……戦士の意識が残る奴はザラにいる。ただ、正攻法にこだわる奴はそこまでいない。あたしたちは幸運だったんだ。

次からは、2度と相手に情けをかけるなよ。自分が死んじまう」

 

ノエルは剣を乱暴にしまい、手を振る。

 

「行くぞ」

 

「どこにですか?」

 

真面目に首を傾げるフィオラ。

こいつはバカだな、と半ば冗談交じりながらもノエルは思った。

 

「森だ。メラニーとハンネを置いて行く気か?」

 

「あ、忘れてました」

 

 

 

「……一応共に戦うメンバーのことを忘れる馬鹿がどこにいる」

 

「すみません。ちょっと考え事をしていて」

 

フィオラは深く頭を下げる。

メラニーはそれと同じくらい深くため息をついて、首を振った。

 

「まあいい。それで、覚醒者は倒したのか?」

 

「はい。多分安らかに死にましたよ」

 

「そうか」

 

言葉を交わす2人の横で、ハンネがよろよろと立ち上がる。

 

「どうした、ハンネ?」

 

「フィオラ。1つ聞いていいか?」

 

「何ですか?」

 

しゃがみこんでフィオラに目線を合わせ、ハンネは重々しい口調で聞いた。

 

「お前は、何者だ?」

 

「は?」

 

「お前は、どうしてあんな再生ができたんだ?

あれほどの再生は、ナンバー1桁の上位戦士でもそうできることではないぞ!」

 

つんのめりながら立ち上がり、両手を広げて唾をとばす勢いのハンネ。

その様子にメラニーは軽く引きながらも尋ねる。

 

「そんなにすごかったのか、ハンネ?」

 

「ああ。脇腹から背中に抜ける太い傷を、顔つきが変わる程度の妖気開放で完全に塞いだ」

 

「本当か?」

 

メラニーが口をぽかんと開け、ついでフィオラを信じられないような目で見た。

 

「そうですが。まあ、たまにはこういうこともあるということで」

 

早口で言い切り、話題を変えようとするフィオラ。

メラニーはまだ追求しようとするハンネを片手を上げて制す。

しかしフィオラの抵抗は、虚しくノエルに破られた。

 

「チビ………お前、ひょっとして、生まれた時から組織にいたのか?」

 

「さあ。わたしの記憶は組織に関するものしかありませんが、本当の所はどうなのか、姉は何も教えてくれないのでわかりません」

 

「姉?お前の姉さんも生きてるのか?」

 

簡単に『姉』という単語に引っかかってくれるノエル。

フィオラは心の中で、ここ最近で1番大きな安堵のため息をついた。

 

正直自分が何者なのかはフィオラ本人にもわからない。

だが、必要になれば組織が話すだろうと、今の所あまり気に留めていなかった。

 

「何言ってるんですか、姉は生きてるに決まってますよ」

 

「そいつも戦士だよな?」

 

「はい、もちろん」

 

その答えにノエルは、やっぱりか、と誰にも聞こえないような声で呟いた。

 

 

ノエルの呟きを意に介せずメラニーが立ち上がる。

 

「治ったのか?メラニー」

 

「ああ、もう動けるぞ」

 

「じゃあ帰るとするか」

 

ノエルは先頭を切って、森の出口に向かっていった。

 

 

 

「何を難しい顔をしているんだ、ハンネ。フィオラのことか?」

 

「……ああ。そうだ」

 

「フィオラの正体なんか、気にしたところでどうにもならない。とにかくあいつも戦士なんだ。それでいいじゃないか」

 

「……」

 

ハンネは長年の友人に微かに微笑み、無言で頷く。

しかし、無理やり正体のことを頭から締め出しても、フィオラに関するハンネの考えは尽きなかった。

 

 

"わたしは……多分もう戦えません"

 

あの時のフィオラの、死期を悟ったような顔。あれがとにかく嫌だった。

いくら実力が高くても、まだ子供。

歴戦の戦士でさえ受け入れられない死を、子供が当然のように肯定して欲しくなかった。

メラニーのように、考え抜いた末に死を受け入れたのではない。メラニーの場合は、諦観だ。

 

だが、フィオラはーー

お前は、あの時感覚として自然に死を受け入れたんだ。

 

しかし、この世に残った僅かな未練が、お前のその両目から涙を流させる。

それに賭けようと思った。

死んでしまっては全てが終わりだ。万策尽きるまで諦めてはいけない。

攻撃型の自分だってぶつかって破裂した内臓を再生できたんだ、だからフィオラにも……

 

気がついたら怒鳴っていて、フィオラは嘘のように泣き止んでいた。

 

 

「……なあフィオラ、1ついいか?」

 

ハンネの先を歩いていたフィオラが、不思議そうに振り返る。

足を止めるなと促し、ハンネはフィオラの背後から、その肩に手を置いた。

 

「フィオラ。お前のことは完全に信用したわけではないが、1つ言うぞ。生きることを楽しむんだ」

 

「生きることを、楽しむ……ですか?」

 

フィオラが首を傾げる。前を向いたままなので、その表情はわからない。

ハンネはゆっくりと、頭の中の持論を口にした。

 

「私たちはどうせ、いつか死ぬ。現にお前だってさっき死にそうになっただろう?

生きることを楽しんだら、そりゃ死にたくなくなるだろうさ。だけど、さっきのお前みたいに自然に死を受け入れるんじゃ駄目なんだ。

死ぬその時になったら、楽しく生きた時のことを思い出せ。そうしたら少しは、死ぬのが怖くなくなるだろう。

もしかしたら楽しかった時の思い出に包まれて、笑って逝けるかもしれない。

それでこそ生きた意味があったって言えるだろ」

 

「ハンネさん、いつもそんなこと考えてるんですか?」

 

呆れと心配が半々に入り混じった声でフィオラは聞き返す。

 

「ああ。できるだけこの生活を楽しもうとしている」

 

平然とした声でとんでもないことを言われ、思わずフィオラは笑い出した。

 

「全然そうは見えません」

 

「そ、そうか?……ま、まあいい。とにかく、あのな」

 

「笑って死ねばいいんですね?ジェイダさんみたいに」

 

ハンネの重い空気をかき消そうとそう言うと、逆にため息が帰ってくる。

 

「覚醒しないでくれよな」

 

心配そうな声は相変わらずで、フィオラは先ほどとは打って変わって微かに笑った。

 

 

 

 

森を抜け、道に出ると、しとしとと降る雨の中、色とりどりの花びらが空を舞っていた。

もう春が来たらしい。

 

「うわぁ……」

 

神秘的な光景に、思わずフィオラは息を飲む。

 

今まで、自分たち戦士には、人々のために戦ってそして死ぬ、そんな無味乾燥な生き方しかないと思っていた。

でも、実際は違う。このメンバーが揃った時からそれを感じ始めた。

ノエルが怒り、メラニーが驚き、ハンネが叱る。仲間って、こんなに暖かいものだったんだ。

自然に口角が上がる。

 

「ハンネさん、今わたし、楽しいです」

 

「そうか、よかったな」

 

「はい!」

 

 

4人の戦士のそんなひと時は、短い雨の終わりとともに消えていった。




樹雨(きさめ)……濃霧の森を歩くときに、木の葉から滴り落ちてくる雨のこと、みたいな意味です。(多分)

ジェイダさんが戦うと、いつの間にか敵の皮膚から血が滴り落ちる、というイメージでした。

言葉が見事に原型をとどめていませんね。お許しください。

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