終わりなき飛翔   作:コーリング

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大変遅れて申し訳ありません。

最近、どうも1週間間隔で投稿する事が難しくなってしまいました。
そこで方針をひとまず変えたいと思います。

これからは、1ヶ月に最低1話投稿、というペースにしていきたいと思います。


第7話 鼠

「はぁっ!」

 

弾んだ掛け声と共に確かな弾力が足を伝い、細かい土くれがぼろぼろと落ちる。

しかしそれは、すでに遥か上空まで飛び上がったフィオラの足には到底かからなかった。

 

「わぁぁ……」

 

鎧も、戦士の証の1つである剣さえも放り出して、宙から眺める景色。

秒間隔で5まで数えてもなお、昇り続けていく視界。

普段の任務のストレスなど、どこかに消えてゆく。

 

遥か眼下に広がる小さな林を見下ろし、その地面の遠さにフィオラは思わず歓声をあげた。

 

 

 

ーーと、その瞬間、体が上昇をやめ、宙に浮く。

なんとも奇妙な浮遊感が体を支配し、内臓が持ち上がる感覚。

そして、落下が始まった。

 

息つく間もなく速度が増していく。

2つ結びの髪が風に煽られ直立する。

 

 

そして、見下ろす地面には呆然とした顔で、こちらからできる限り離れようとする黒い姿。

予想どおりだ。

 

……全くもって予想どおりで嬉しいですよ、黒服さん!

 

フィオラが必死で逃げる黒服に笑いかけたその数秒後、林の一帯に盛大に土煙が舞った。

 

 

 

 

「いたた」

 

両足首から激痛が脳天を突き抜け、フィオラの全身を痙攣させる。

しかし、フィオラは悲鳴をあげない。ただ、小さく呟くだけだ。

 

それもそのはず、初の覚醒者狩りが終わってからというもの、フィオラはこの行為を何十度と繰り返してきた。

そして全身の骨を折りまくり、季節が一周する頃には、骨を折る程度では表面上はびくともしなくなった。

 

それに、もし叫ぼうものなら『自業自得だな』と見下した声が飛んでくる。

フィオラはそれが癪だった。

 

……今回は割と綺麗に折れたかも。そこまで痛くない。

座り込み、無言で足の修復に取り掛かるフィオラに、上から近づいてきた黒服の掠れた声がかかる。

 

「普通は好き好んで怪我などしないものだがな」

 

それを聞いたフィオラは黒服を見上げ、そして意外そうに問いかけた。

 

「なぜですか?」

 

「は?」

 

「この程度の傷なら、簡単に治ります。それに、妖力解放の必要はないので、覚醒の心配もありません。

怪我をしたところで、欠点など痛みくらいだけだと思うのですが……」

 

痛みは、戦いの中で絶対に避けることはできない。切られる痛み、貫かれる痛み。

それならば、逆にそれに慣れてしまった方が戦いにはいいと思う。

自分の戦力は所詮ナンバー30番代なのだから、せめて1つくらいは長所を持たなくては。

 

 

そう語るフィオラの顔は大真面目で、厘毛ほどの疑いもない。

その思考が刷り込まれたものだということを、自覚しているわけもなく。

黒服は困惑したかのように頭を振り、フィオラを見下ろしてため息をついた。

 

 

「……戯言をほざく暇があったら早くその足を直せ。依頼が来ている」

 

「もう治りました」

 

冗談めかして立ち上がり、近くの木に立て掛けた剣と鎧を拾いに向かうフィオラ。

しかし、その胸の中は、先ほどの高揚はどこやら、遊びを邪魔された、という不快感で一杯だった。

 

景色、綺麗だったのに。もっと見たかった。

朝でもなく昼でもないこの時間の風景が、どんなに美しいことか。

 

思わず剣をしまう音が多少乱暴になったのは、不可抗力だ。

フィオラは深呼吸をして黒服に向き直り、そして尋ねた。

 

「今度の依頼はどこですか?」

 

「ここから1日半ほど西に歩いたところにある、ダルーヤという町だ。

ダルーヤの町の妖魔は、3ヶ月前から現れ1ヶ月に1回だけ殺しを行う、と情報が入っている。

私は組織に報告に戻るが、お前はいつも通りに任務を遂行しろ」

 

「はい。了解しました」

 

 

……ここから徒歩で1日半か。"いつも通り"走れば、余裕で今日中に着きそうな距離だ。

できれば早く妖魔を狩って、早く次の自由時間を手に入れたいもの。

 

しかし、今回は黒服と別行動だ。

フィオラが早く着き過ぎれば、黒服が金を回収する前に別の者に回収されてしまうことも考えられる。いわゆる"妖魔詐欺"だ。

すると次回からダルーヤには戦士が派遣されなくなる。次に妖魔が来たらおしまいだ。

 

やはり、ここはゆっくり歩くべきか。

不本意だが仕方ない、ダルーヤの未来のためだ。

いくら人間に好感を持っていないといっても、自分のせいで人が死んだら寝覚めが悪い。

 

頭の中で素早くペースを配分するフィオラに、黒服がついでのように声をかけた。

 

「お前、強くなったな」

 

思わぬ称賛に、フィオラの顔が自然と綻ぶ。林の中だというのに、日の光が1筋射し込んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

晴れやかな声で大きく頭をさげるフィオラ。

それをちらと見やったきり、黒服は背を向け、遥か組織の方向に歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「生還した……か」

 

「はい、ダーエさま」

 

昼だというのに部屋には闇が満ち、唯一の灯りは四方に吊るされた燭台のみだ。

組織の地下に掘られた部屋は、湿った空気で満ちていた。

 

そこには2人の男が立っていた。

1人は黒服、もう1人はーー組織の最高研究員ダーエ、この部屋の主である。

 

「どうやら、まだ妹の方は使えそうだな」

 

「そのようです」

 

他の誰が聞いてもその内容を理解できまい。ただ黒服のみは、ダーエの考えがわかった。

組織の長を主人と仰ぐ他とは違い、彼は、ダーエの配下の下級構成員から昇格した唯一のダーエの直属だ。

同時にダーエに仕える者の中では最も古参であり、そして最も有能な配下だった。

 

それ故、ダーエが彼を手放すことはなく、また危険な任につかせることもない。

また、彼がダーエの元を去ることもなかった。

 

「姉は失敗したが、それだけで妹までもを手放すのはやはり早計だったようだな」

 

「今度は資金も人手も時間も無駄にならないでしょう。やつは組織に忠実な鼠です」

 

黒服の掠れた声が興奮気味に暗闇を震わせる。端の燭台の炎までがつられて揺れた。

 

「お前の声が踊るとは珍しい」

 

「ダーエさまの研究が1歩進展するのです。喜ばないわけにはいきません」

 

「もう行け。フィオラが待っているだろう」

 

「はい。失礼します」

 

黒服の後ろ姿を見送り、ダーエは1人地下室に残された。

手元の紙に何事かをなぐり書きしながら、時々独り言を漏らす。

 

「くっくっく、人間というものは、かくも操られやすいものだな……」

 

ダーエの左半分が焼け爛れた顔を、ちろりと影が舐めた。

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、気遣いなど要らなかった。

わざわざ黒服のため(そして町のために)走るところをゆっくり歩いていたのに、なんということをしてくれるのだ。

フィオラは先程からこちらをチラチラと見てくる黒服に、ぷいっと顔を背けた。

 

なんと、黒服は組織から馬を乗り回してきたのだ。

しかも、『お前、今日はやけにのろいな。本格的に任務が嫌いになったか?』などと宣うた。

誰のために速度を落としたと思っているんだ。任務より前に黒服の方を嫌いになりそうだ。

"いつも通り"の中に速度も入っていたと言われればそれまでだが、せめて感謝の気持ちはないものか。

 

結局、フィオラはいつも通りの速さで地を駆けることになる。

しかもそれは、横で馬を走らせる黒服とだいたい同じ速さだ。

これで馬の方が全力疾走しているわけでもないのがわかるから、腹立しいことこのうえない。

ああ、なぜ半人半妖は馬よりも遅いのか。

 

黒服が、またチラリとフィオラを見やる。

いい加減無視するのも不自然だし、フィオラは渋々口を開いた。

 

「……なんですか。言いたいことがあるなら言ってください」

 

「もうそろそろ、ダルーヤに着くぞ」

 

「……」

 

フィオラははっとした。

……戦士のわたしが、妖気に気付かないなんて。私情に流されて周りが見えなくなっていた。

普通、戦士は、町や村に近づいただけでそこに妖魔がいることがわかるのだ。

そこから妖魔の個体数を探れるようになるにはある程度の実力が求められるが、基本的には誰でも存在を感知できる。

それを、黒服に言われるまで気がつかないなんて。

 

 

目を閉じ、妖気を探る。

空気に流れ込む、異質な粒子。それがいち、に、3体。

 

「ちょっとそこで待っててください。妖魔を狩ってきます」

 

そう言いすてると、馬を止める黒服を横目に、フィオラは今度は全力疾走で町へと消えていった。

 

 

 

 

町についた瞬間、2つの妖気が急激に増大するのがわかった。

 

「クレイモアだ!」

 

そう叫んだ顔の男の白髪混じりの頭を全力で両断。これで1体。

盛大に妖魔の妖気が混じった血が辺りに飛び散る。

 

「いやぁぁあっ」

 

血を浴びまいと壁にピタリとくっつく若い女の胴に最速で剣を振るう。

これで2体。

 

そこでやっと我に返ったのか、この町の住人らしい大柄な男が罵声をあげた。

 

「お、お前、マリーに何を……」

 

「おい、やめろ。半人半妖に下手に近づくなよ」

 

もう1人の男に取り押さえられるものの、大柄な男はそれをたやすく振りほどく。

 

「よくもマリーを殺したな!」

 

フィオラの前に立ちふさがり、拳を固める男。道は狭く、左も右も人で一杯だ。

仕方なく足を止め、フィオラは苛立ちながらも大きな男を見上げた。

 

「マリー?この女のことですか?」

 

「ああその通りだ、この化け物め。前からお前らは気に食わなかったんだ。ここで殺してやる!」

 

男がフィオラに突進した瞬間、その姿が消えた。

男の拳をやすやすと躱し、地面に降り立ったフィオラは地に倒れ伏した女に剣先を向ける。

それはすでに妖魔の肉体に変化し、息絶えていた。

切り落とされた上半身から流れる赤みを帯びたどす黒い血が、妖魔独特の臭いを放って道を赤く染める。

 

 

「よく見てください。この女は、妖魔でしたよ」

 

「……え、あ」

 

男の顔が驚愕に歪み、そして崩れた。

 

「もう1体いるはずです。どいて下さい」

 

「嘘だろ……マリー、マリー!」

 

その時、町の奥から甲高い悲鳴が上がる。

どうやら出たようだ。

 

その場に崩れ落ちる男の側を風のように駆け抜け、フィオラは悲鳴のこだまする場所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

円形の広場では、鬼ごっこが繰り広げられていた。

鬼ごっこ、と聞けば楽しそうなもの。ただし、鬼は妖魔で、逃げているのは少女だ。

 

「待てよ。待てったら」

 

少女の顔が恐怖に歪み、必死に周囲を見渡す。

 

「……」

 

幾つもの家が広場をぐるりと取り囲んでいる。しかし、扉にはきつく閂がかけられ、中から物音はしない。

ふと窓からは、壁に背を向け2人の男の子を抱き抱える母親らしき女の姿が見えた。

 

「そっちは危ないぞー」

 

「あっ」

 

少女が石につまづいて転ぶ。慌てて上体を起こすと

 

「つーかまーえた」

 

目の前に妖魔の体があった。

後ろは壁。逃げ場はない。

 

「やめて……」

 

妖魔が左腕を伸ばし、首を振る少女の首をつかもうとしたその時。

妖魔の左腕の肘から先が、血しぶきをあげながら消えた。

 

「ぎゃ」

 

「っ!」

 

目の前の出来事に目を見張る少女。

一方妖魔は、突然現れた襲撃者を探して広場中を見渡す。

 

「誰だ、おまーー」

 

お前。そう言い終わる前、彼の声帯は頭から真っ2つに切り裂かれた。

 

 

 

 

 

「……ふう」

 

広場の噴水を赤く染め上げるように噴き出る返り血を剣で避け、フィオラは周りを見渡した。

頭から綺麗に左と右に切れた妖魔の死骸。

壁に寄りかかったまま呆然としている少女。

 

「……」

 

フィオラは不意に剣をしまうと、少女の方へと歩き出した。

なぜ、戦士である自分が、決して相慣れないはずの人間の少女に。

それはわからない。

ただ1つ言うとすればーー

 

「あの、大丈夫ですか。怪我は?」

 

差し出した妖魔の血にまみれた手に、少女が肩を震わせる。

 

「……」

 

「おい、その女の子に触るんじゃない!」

 

フィオラの手が少女の肩の一寸先で止まる。

男の声が引き金となったか、それに続いて周りの家の扉が一斉に開いた。

わらわらと人が飛び出してきて、フィオラから少女を引き離す。

 

そうだ、そのままとっとと消えちまえ。

 

そんな言葉までもがちらほらと群衆の間から聞こえ始め、フィオラの顔が微かに強張る。

……わたしだって、覚えてはいないけど昔は、あなた達と同じ人間だったはずだ。

 

「何か言いましたか?」

 

波が引くようにさっと静かになる人々。

先頭にいた男が、フィオラと目が合い、青ざめながら首をふった。

 

「まあいいでしょう、聞こえなかったことにしておきます。

金は後から来る全身黒ずくめの男に渡してください……」

 

それでは、失礼します。

誰にも聞こえないように小さく呟くと、フィオラは俯いて早足で町を出ていった。

 

 

 

 

かさかさと揺れる草と気配にフィオラは目を覚ました。

 

「どうしました、こんな夜更けに」

 

声が不満げになるのは仕方ない。

 

ダルーヤをでて戻ってみれば、黒服の姿はそこにはなかった。これでは次の任務がわからない。

探しながらしばらく歩いていたら暗くなってきたので、適当にそこらの草むらに寝転んだのだ。

昼間の労力を返せ、とフィオラは反省の色1つない黒服に内心で文句を言った。

 

「任務を伝えに来た」

 

今さら任務と言われても、そう素直に受け取れる気分ではないのだが。

 

「さっきも言いましたが、今は夜ですよ?」

 

「そうだな。夜だからこその任務だ」

 

やられた。その手があったか。

フィオラの顔に渋面が浮かぶ。

 

「隠密行動……というわけですか」

 

「ああ。ダルーヤで妖魔を倒したとき、側に1人少女がいただろう。そいつを連れてこい」

 

「それって……」

 

「訓練生にする。通常は組織から下級構成員を向かわせるが、お前の方が町に近いのでな」

 

フィオラは星1つない漆黒の空を仰ぎ、ため息をつく。

真夜中に町に戻らなくてはならないこと、それに訓練生にされる少女の心情。

組織にとって必要なことだと理解していても、やはり罪悪感は拭えない。

 

「わかりました」

 

まるで背中に背負った大剣のように、その言葉は重く地面へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

……とは言ったものの。

 

「妖気を出しているわけでもない、特に特徴もない少女を、どうやって見つけろと?」

 

フィオラは小さく呟き、呑気にも寝息を立てている町を起こさぬよう内心で盛大に黒服を罵った。

 

今は深夜。満月のはずの月も生憎の雲で隠れている。

確かに戦士は常人より夜目が利くが、だからといって1度見ただけの少女を見つけられるわけがない。

それとこれとは話が別だ。

 

町に入る前に1度飛び上がって見たところ、町はきれいな円形で、町の中心から放射状に道がのびている。

戦士の鼠の走る音さえ聞こえない道を回る。

道の両端の暗がりに目を凝らすも、少女の姿はどこにもなかった。

 

……やっぱり無理か。

フィオラは怪しまれないように被った黒いマントを引き上げる。

昼間のようすだと、妖魔の返り血を浴びた者を家にいれる人間は恐らくいないはずだ。

だから道のどこかで踞っているかもしれないと、ダメもとで探してみたのだが……

 

まあ、いいか。

一応探して見つけられなかったのだし、黒服にはそう報告するしかない。

報告を聞いた黒服の顔を想像し、フィオラの口許は緩む。

 

この先少女がどうなるのか大体予想はつくが、戦士になるよりは幾分ましなはずだ。

 

「見つけられなくて、よかった」

 

フィオラはそう呟き、足早に町の出口の門をくぐる。

 

ーーそこで、足元から不意に声がかかった。

 

「おねえちゃん、何してるの?」

 

 

 

 

「なっ……」

 

背筋に震えが走り、フィオラはその場で飛び上がった。

 

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