終わりなき飛翔   作:コーリング

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なんとか間に合った……んでしょうか?


第8話 器

フィオラは夜が嫌いだ。というより、暗闇そのものが好きではない。

おばけや死んだ戦士たちの悪霊がその辺をうようよ蠢いているような気がして、あまり落ち着けない。

建物のなかなら安心できるが、外の夜は苦手だった。

 

 

結果、問いかけの声は盛大に震える。

 

「誰かいるの?」

 

必死で深呼吸をし、落ち着こうと肺に空気を取り込む。

そうだ、表情は感情を作るんだ、落ち着け。

いつも通りリラックスした顔を作ればいい、簡単だ。

 

目を閉じて強張った頬の筋肉をほぐし、フィオラはわざとらしく咳払いした。

 

「誰かいるんですか?どこですか?」

 

「ここ」

 

間髪いれずに足元から可愛らしい声が返ってくる。

フィオラがしゃがみこんでまわりを見渡すと、暗闇の中にぼんやりと、少女の姿が見えた。

 

瞬間。フィオラの目が見開かれる。

均整のとれた大人びた顔。そして特徴的な艶やかな長い髪。

少女はたった今フィオラが探すのを諦めたはずの女の子だったのだ。

 

「あ……」

 

フィオラはそれきり言葉が続かなかった。

 

 

 

 

 

指先に感じる少女の手の柔らかさ。握る手が思わず強くなる。

瞬間、指の温もりが怯えたように震え、それにはっとしてフィオラは指の力を抜く。

振り返れば、少女が顔をしかめている。

 

「ごめん。痛かった?」

 

上から下まで繋がった服の左すそを強く握りしめ、こくんと頷く少女。

ほっと安堵のため息を吐き、フィオラは前に向きなおった。

 

冷えた夜風がフィオラの頬に吹き付ける。足元で丈の低い草が揺れ、夜露が両足をひんやりと湿す。

 

 

……全く、なんであんな目立つ所にいるの。

あのままわたしに見つからなければ、半人半妖になんてならずにすんだのに。

あなたってやつは本当にくそったれですよ、ええ。

 

再び手に込めた力をゆっくりと抜き、フィオラは胸中で、女の子ではなく運命に対して思い付く限りの悪態を並べた。

 

フィオラにとって組織は憎まれながらもこの世界に存在しなければならない、いわば絶対悪だ。

しかし、それはあくまで理想論。現実、人間にとっての戦士はあくまで半人半妖の化け物でしかない。

妖魔の血肉を入れた、ただそれだけで、今まで同族であったはずの人間から、今度は嫌悪の目を向けられる。

 

推測でしかないが、フィオラ自身もおそらく、両親を失って組織に下った、いわば運命の犠牲者だ。

被害者。その意識があるからこそ、恨むのは組織ではなく、運命なのである。

 

 

 

 

「あの、1つ聞いていいですか?」

 

沈黙に堪えきれず、ついにフィオラは口を開いた。

少女がはっと顔をあげ、長い髪がさらさらとまるでざわめくように揺れる。

その髪もやがて色素が抜け、鈍い金や銀色に変化してしまうのか。そう思うと、心のどこかに閃光が走る。

 

「なんで、あんなところにいたんですか?」

 

「……お父さんが妖魔になったから、わたしも妖魔かもしれないって、町の人がわたしを追い出したの」

 

よくある話だ。実際戦士になる者の半数は、故郷を負われて組織に拾われている。

姉の親友である、母親が妖魔と化したイリスなどはその典型例だ。

 

しかし、少女の震えた声が突き刺さり、フィオラの目線は知らず知らずのうちに下がっていた。

 

「じゃあ、なぜわざわざ町の門のすぐそばに座っていたの?」

 

「わたし1人じゃ到底次の町まで行かれない、だけど、町の外にいたらいずれ死んでしまうから、通りかかった人に拾ってもらおうと思って」

 

「で、待っていたら運悪くわたしが捕まったと」

 

こくりと少女は頷いた。

どうやらこの女の子が恨むべきは運命ではなく、自分自身らしい。組織に拾われたのはある意味自業自得というわけだ。

 

「でも、わたしは戦士です。なぜわたしを呼び止めとめたんですか。そんなことしてもいいことなど起きないことくらい、あなたも知っているでしょう?」

 

「別にそれでいいよ」

 

「……そこで諦めていいんですか?」

 

「……」

 

「今ならまだ戻れれます。今ならわたしを監視する者もいません。わたしがあなたをここで見逃して、あなたを見つけられなかった事にすればなにも問題ありません」

 

「……」

 

「元々同じ存在だったはずの人間から憎まれ、恐れられ、好奇と畏怖の視線に堪えなくていいんですよ」

 

そこでフィオラは気づいた。

なにかが、おかしい。少し前から、少女の返事が全くないのだ。

首を回して少女を見ると、少女はぶんぶんと頭を振った。

 

「おねえちゃんはなにか勘違いしてる。説得してくれようとするのはいいけれどさ、誰がクレイモアになりたいなんて言ったの?」

 

「え、だって、あなたが……」

 

「おねえちゃんがわたしを勝手に連れてきたんでしょ。もう戻れないよ」

 

「……そう。それは……ごめんなさい」

 

でも、とフィオラは言葉を繋ぐ。

 

「確かにわたしも悪いところがあった。町を去る時点で、あなたに意思を聞かなかった。でも、言わなかったあなたにも責任はあります」

 

「そして、あなたは今、もう戻れないと言った。わたしはそれを肯定だと受けとりますよ」

 

「今度こそ、本当にいいんですか?」

 

「うん、わかった」

 

少女の目に涙がうっすらと盛り上がった。きっと家族のことを思い出しているのだろう。

しゃくりあげようとするのをこらえて俯く少女の頭にフィオラは手を伸ばし、そしてゆっくりと撫でた。

 

 

 

「もう疲れたでしょう。ここで眠っていいですよ」

 

「じゃあ、その“組織”とかいうところには、今日は到着しないの?」

 

「次の夜明けごろにはついているはずですよ」

 

「どうやって?わたしがこれから寝ちゃったら、わたしはどうやって移動するの?」

 

「わたしがあなたを抱えて走ればいいだけです。簡単でしょう?」

 

「それじゃ、おねえちゃんが疲れちゃうよ。わたしはまだ歩けるから、一緒に……」

 

「いいんですよ。これでも一応戦士の端くれ、少なくともあなたより持久力はありますから」

 

ただし、戦力となると話は別。それが少し悲しくもあるフィオラだが、この際それは問題ではない。

 

「わかった。じゃあそうする……」

 

言葉と同時に少女は膝を折ってうつ伏せに草むらに倒れこんだ。ばふっと乾いた音がして、近くでばったが跳び跳ねる。

ごろんと上体を右に回し、仰向けの状態で少女はフィオラに向き直る。

 

「ねえ、おねえちゃん。さっき言ってた“監視する者“って、まだいない?」

 

「まあ、多分いないとは思いますが」

 

「じゃあ、おねえちゃんに1つ頼みがあるの。できたらやってくれない?」

 

「何ですか?」

 

「組織に近くなったら、その“監視する者”たちと合流する前に、わたしを1回起こして。

……できればどこか湖の近くとかがいいな」

 

言葉の終わりで、せっかく起こした上体がこくっと傾く。もう眠気が近いのだろう。

フィオラは苦笑し、心配ないという風に手を振る。

 

「わかりました。おやすみなさい」

 

返事はなく、寝息だけが返ってきた。

 

 

 

 

フィオラは、透明な湖のほとりに立っていた。

夜明け前の肌を刺すような冷気が湖面に立ち込め、森への侵入者に気がついたのか、小鳥が一斉に飛び立つ。

幾百の鈴のなるような鳴き声、幾千の羽ばたきが起こり、その度に茶色い羽と緑の葉が空を舞う。

 

「着きましたよ、……」

 

少女の名前を呼び頬をつついて起こそうとするが、そこではたと指が止まる。

 

そういえば、まだ、名前聞いてなかったな。

 

仕方なく指先で頬をつつき、体を揺すぶる。

 

「ん、うーん……。ここどこ?」

 

「おはようございます。湖に着きましたよ」

 

「降ろして」

 

フィオラが片腕をどけると、待ちきれないとばかりに少女はフィオラの腕から跳ね起きた。

着地もそこそこに、静かに凪ぐ湖面へと近寄っていく。

 

一瞬もの躊躇なしに水に手を差し入れ、それをお椀状にして水をすくう。

 

 

 

 

 

「ねえ、昨日も言ったけど、頼みがあるの」

 

「何?」

 

「はいこれ」

 

少女は無造作に服の左すそに手を突っ込み、そしてさっと何かを引き出した。

それを近寄ったフィオラの掌にそっとのせる。

 

「なにこれ?」

 

それはまるで、人間を作ろうとした神様が、失敗してどこかにでも放り捨てた、人間の残骸のように見えた。

生気のない大きな青い目を見開き、鼻は異様に小さく、唇は血ほどではないにせよ赤い。

その陶器のように白い顔を、緩くウェーブがかかったブロンドの髪が覆っている。

首は今にも手折れそうなほど細く、青を基調とした長いドレスが、細すぎる胴体を包んでいる。

 

「それ、人形っていうの。おねえちゃんは知らない?」

 

「わたしは人間だった頃の記憶がないからね」

 

表情は苦笑しながらもフィオラは、人形に見入っていた。

 

目も、鼻も、口も、首も、こんなに人間と似ても似つかないのに。

なぜ、人間のように見えるんだろう。

忌み嫌われ、憎まれる半人半妖と、同じ金の髪なのに。

なぜ、この人形はこんなにも美しい。

 

「それ、気に入った?」

 

少女の声にフィオラは緩く首を振る。

 

「え、いや、美しいとは思ったけど……」

 

「ちょうどよかった。それ、わたしの代わりに持ってて」

 

「ええ!?この人形とやらはあなたの……」

 

あなたのお気に入りでしょう。

 

そこまで言おうとして、フィオラはふと、自分が相手の名前を知らないことに気がついた。

会話すら満足にできない。無知というのは大変罪なものである。

 

「ねえ、あなたの名前を聞いてもいいですか?」

 

「わたしの名前はガラテア」

 

「そうですか、これからよろしくお願いします。ガラテアさん」

 

フィオラはすっと目線を合わせ、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

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