終わりなき飛翔   作:コーリング

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美しい部屋
第1話 眼差し


「どうしたんです、黒服さん」

 

 フィオラは振り返った。両側で束ねた銀髪が耳を揺れる。後ろに立つ男を映すのは、同じく鈍い銀の瞳。戦士の証として忌み嫌われるものである。

 この時期特有の現れてはすぐに消える薄い日光が、無機質な両目に辛うじて光を放っていた。

 

「任務を伝えにきた」

 

「そうですか」

 

 淀みなく用件を言う黒服に、フィオラもまた平坦な声で答える。しょせん使う側と使われる側、そこに感情的なやり取りは必要ないのだ。

 

「南西に2日ほど行くとある町に数匹の妖魔が出た。瞬く間に町の人間を食いつくし、町は今どうなっているのかわからない」

 

「わかりました。十分です」

 

 皆まで聞かずフィオラは歩きだした。しかしこれはいつものこと、黒服は驚かない。

 見上げた空では雲が日光を覆い、目から光が姿を消す。灰色のマントが風になびいて重い音を立てた。

 もうすぐ雨が降る。

 

「生きて帰ってきたらナンバーが上がるかもな」

 

 黒服のそんな声も風にかっさらわれて消えていった。

 

 

 

 

 ……何がナンバーが上がるかもな、だ。

 フィオラは全身から発せられる警報に思わず剣を握りしめた。

 警報とは、すなわち町から感じる妖気の塊である。一歩近づくごとに不快な妖気が膨れ上がり、不穏な気配が町中に充満しているのがわかる。

 どう考えてもニコニコ余裕で戦えそうではない。むしろその逆だ。

 やはりわたしに死んでほしいのか、組織め!

 

 この剣は本当に頑丈で、半人半妖の手加減なしの怒りを込めても全くひびが入らない。それをいいことにフィオラは剣を握りつぶせそうなほど強く持つ。

 初めての覚醒者狩りの時から薄々感じてはいたが、組織はわたしを本当に殺すつもりのようだ。

 必要とされなくなったのか、はたまた最初から使い捨ての駒だったのかどうかは知らないが、冗談じゃないっ!

 

 雨が降りだしすっかり光の消えたフィオラの目に、重苦しい意志が宿る。

 こんなところで死んでたまるか!

 

 30体はゆうに超えるだろう妖魔の蠢く町に、少女は飛び込んでいった。

 

 

 

 時を同じくして、滝のほとりで女が口を開いた。

 

「妖気が異常な速度で上昇している」

 

 そう報告するのは現ナンバー5の戦士、エルダ。1桁上位ナンバーでありながら上の4名とは遠く実力に差があり、単純な力比べではナンバー6の戦士とほぼ同格だ。したがって戦士の間でもあまり認知度は高くない。それは上が強すぎるせいもあるのだが。

 つまるところ影が薄い。それは本人も自覚するところらしく、あまり他人に対して見下さない態度を取っていた。

 

 ……その結果、同じ戦士間のみならず黒服にまでナメられることになったのだが。

 

「そうか。やはりな」

 

 訳知り顔で頷くルヴル。監視対象について何かしらの情報を隠しているのは間違いない。エルダにもそのくらいは分かる。

 だが、エルダはなにも言わない。気づかない振りをする。

 

 少女の戦う町から遠く離れた滝が轟きを伴って下り落ち、それがエルダの閉じた白い瞼を微かに濡らした。

 

「まるで留まるところを知らない水のようだな」

 

 何が起きている、とは聞かない。聞く勇気がない振りをする。目を瞑って興味がないことにする。

 世の中は勇気と力と矜持だけを持ってやっていけるものではない。意気地無しが役に立つこともあるのだ。

 気弱であればこそ組織の暗幕を垣間見ることもできる。ナメられてこそ利益を得られる場合もある。それがエルダだった。

 

「何も聞かないところがお前らしいな。なぜ担当でないお前を呼んだかも、監視対象についても」

 

「そんなこと……恐ろしくて聞けるものか」

 

 監視対象の妖気を探るために閉じた目の裏に、暗闇が浮かぶ。

 

 生来持って生まれた気弱さと悪運でエルダは望まぬ戦士になったが、ならせめて組織の暗闇を覗いてやろう。

 組織の人形でしかない自分だが、せめてこれくらいはしないと、本当に組織の駒になってしまう。

 まだ目鼻が残っているうちに、まだ人に戻れるうちに、自分ができることをこなすまでだ。

 

 目を固く瞑って黒を飲み下し、エルダは監視対象に向けて新たな注意を向ける。

 

「妖気の増加が止まったぞ」

 

「ふむ」

 

 黒眼鏡の山を押さえ、ルヴルはゆっくりとエルダに顔を向けた。

 

 

 

 

「これで……10体」

 

 はぁ、とフィオラはため息をついた。足元は妖魔の血で紫を帯びた赤で埋め尽くされ、まるで元々その色だったように見える。

 まだ町に入って20メートル程なのに、既に返り血を浴びて服は無惨なことになっている。

 妖魔が素直に前から出てきてくれたお陰で何も考えず戦うことができている。

 だが、そんな幸運がいつまでも続くとはとても思えなかった。

 

 建物の壁の向こうで妖魔が移動する気配を肌に感じ、フィオラは剣を前に構え直す。さほど間をあけず、妖魔が前方から数体連なって近づいてきた。

 先頭の1匹がとばかりにフィオラに飛びかかる。

 

「怯えたか……戦士でもしょせんは子ど」

 

 その言葉は次の瞬間血飛沫となって飛び散った。妖魔の首が空中へと飛んでいく。フィオラはそれを見届けることなく負けじと飛びかかってきた残りの首を次々と容赦なくはね飛ばす。

 数秒後、そこは町の入り口から続いてきた血の絨毯の続きとなっていた。

 

 剣の血糊を振って落とし、フィオラは上体を起こす。

 いつの間にかフィオラの周りには屈強な男たちの形をした妖魔の群れが立ちはだかっていた。

 

 

 無言で立ち尽くすフィオラに男の妖魔がにやにやと笑う。

 

「お嬢ちゃん、ここは危ないぞぉ……。それとも知ってて来たのかい」

 

「知ってますよ。わたしは戦士ですから」

 

「俺たちだってそのくらい知ってるさ。お嬢ちゃんは戦士の皮を被った子どもだってことくらいなぁ……」

 

 フィオラは唇を噛み、屈辱を剣にこめる。

 ナメられる。それはフィオラにとって最も許せない行為だった。

 フィオラの微かな動きを見、妖魔は素早く言い添える。

 

「おっとそこを動くなよ……。そっちが動いたら俺たちも動くぞ。剣を納めるんだ、お嬢ちゃん」

 

 渋々といった様子でフィオラは剣を背中にしまった。

 

 

 主導権を握ったと見たのか、妖魔の態度が尊大に変わる。

 

「1ついいことを教えてやろう」

 

 妖魔はフィオラが動けないことをいいことに、1歩前に踏み出す。

 

「お嬢ちゃんの前になぁ、2人戦士が来たんだよ……。まぁ、そいつら、信じられないくらい弱くてなぁ。つい殺しちまったよ。悲鳴をあげずに死んでいったのは大したモンだと思うけどな。

 あ、そうか……悲鳴をあげる暇すらなかったか」

 

 高らかな声で妖魔は笑う。まるで本当に面白そうに、動けないフィオラを面白がるように。

 

「嫌なことを聞きました」

 

 顔をしかめて吐き捨てるフィオラ。口調は丁寧そのものだが、それが怒りを帯びた声と相まって少女の童顔に凄みを生じさせる。

 

「まあ怒るなよ。お前もすぐに……そいつらの仲間入りをするんだからな!」

 

 それを言い終えると同時に、妖魔の指先が弓矢のようにフィオラの左半身に迫った。

 

 

 しかし、感触がない。生暖かい肉の感触や噴き出す血の勢いが何もない。妖魔の頭の片隅に不信感が生じたその時。

 

「なるほど。数の暴力というやつですか」

 

 これまでにないほど冷たく醒めた声が、妖魔の延びた手首を切り落とした。

 

 

 

「……っ、くぅっ」

 

 ガラテアは押し殺した悲鳴を微かに漏らした。

 部屋は暗く、とうに日は暮れている。漆喰すら塗られておらず岩盤が剥き出しの壁にくっつくようにしてベットが置かれている。

 反対側にもベットがあってもうひとりも同じように呻いているはずだが、今のガラテアにそれを考える余裕はなかった。

 

 痛い。

 腹の傷から放射するように痛みが体全体に広がっていくようだ。

 ガラテアの額に汗が滲み、手が薄いシーツをぎゅっと掴む。

 先刻よりも痛みが強くなった気がして、掴んだシーツにしわが増えた。

 

 痛みの波が一旦引くと、ガラテアは重い倦怠感に襲われた。

 しかしガラテアは壁に手をつきながらもベットから立ち上がる。吐き気を堪えて足を1歩踏み出すと、内蔵がそれに揺すぶられてすぅっと意識が遠退いた。

 それでもガラテアはベットに戻ろうとはしなかった。

 

 苦痛が今より強くなったら、しばらくは起き上がることすら出来なくなるかもしれない。

 そうなる前に、外の空気をできるだけ吸っておこうと思ったのだ。

 

 震える手で扉を押し、薄明るい廊下に出たその時。

 ガラテアは何かにぶつかった。

 

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