次回に続けられるなら連載してみようか……?
「ねえ、渚」
「何?」
あの後、先生と彼はそのまま事情の説明のため職員室へと向かっていった。
どうも欠席中の彼と連絡が取れず殺せんせーの事が伝わっていなかったらしい。
既に一時間目が始まっているものの先生が来るまで各自自習中とのことで、クラスの皆はそれぞれ教科書を確認したり漫画を読んでたり好きに行動している。
「さっきの人どんな人なのかなって」
「ああ、九頭龍君か」
茅野は四月に転校して来たため、四月からまた欠席していた彼の事は知らない。
「九頭龍宗沙。スポーツも勉強も学年で上位に入るくらい優秀な生徒なんだけど、無断欠席の常習で、それが原因でこのE組に落とされたんだ」
「ふーん……。何でそんなに欠席してるの?」
「それがよく分からないんだよね……。本人は体が弱いとか言ってるけど、空手部の主将相手に勝ったことがあるらしいし、病院に入院や通院もしばしばしてるけど主に外傷だし、それに……」
「それに?」
「時々、何かに怯えたようになるみたいで、それで一度暴力沙汰を起こした事があって……」
「ええ⁉」
「一年の時、同じクラスだったんだけど、授業中居眠りしててさ、酷く魘されてたみたいで、先生も生徒の注意というより心配になって起こそうとしたんだけど、その先生にいきなり掴みかかって、周りが慌てて止めに入って事なきを得たんだけど、九頭龍君凄く取り乱してて……。尋常じゃない様子から不問になったんだけど、その時の事が印象に残っててさ」
──僕は生きてる、生きる、死にたくないって、何度も呟いていたんだ。
※
「大丈夫か?」
僕は今保健室で休んでいる。
設備に恵まれないE組も流石に生徒の健康には最低限考慮しているのか保健室は確りと清潔さが保たれている。
或いは手入れ好きな殺せんせーのお陰かもしれないが。
「あはは……。済みません……」
「別に構わないが……よくこうなるのか?」
殺せんせーは既に教室に戻って行って、今烏間さんと一対一。
心配で様子を見に来てくれたようでこちらを気遣う様子が伝わってくる。
「たまにです……。最近は余りなかったのですが……」
「そうか」
沈黙が支配する保健室。
互いに積極的に話をする質ではないのだろう。
僕としては烏間さんに──正確には防衛省側に──話したいことはあるのだがまだ早計だ。敵であれ味方であれすぐに話す必要がある訳でもなし、時期を見計らうべきだ。
今はまだ情報が足りない。
「では俺は失礼する。君はもう少し休んでいると良い」
「はい。ありがとうございます」
退室していく烏間さんを見送る。
穏やかな気候に、このままうたた寝でもしたら気持ちいいだろうなと誘惑に駆られつつも、それを打ち払いポケットからスマホを取り出す。
──情報収集といこう。
※
ネットで調べられる情報は限られている。
少なくとも有名人でもない限りプライベートな情報は中々手に入らない。ブログでもしているなら別だが雪村先生に関してはそんな話は知らない。
それでもネットの情報量は膨大でどんな情報が手に入るかは使い方次第だろう。
差し当たって、
・雪村製薬について
・四月の始め頃椚ヶ丘市周辺で起きた事件・事故について
・宇宙空間の航行について
・月の爆破事件について
の、四つの事柄について検索を試みる。
一つ目については余り有益と思える情報は手に入らなかった。精々数年前に経営不振に陥ったらしいが、それは既に知っていた事でもある。
雪村先生が雪村製薬の令嬢である事は他のクラスメイトのプロフィールを調べた時に一緒に知ったし、雪村製薬自体念のため調査していたがこれといって怪しい研究をしていた様子もなく問題ないものと判断していた。
経営に関しては確かスポンサーがついて問題が解消されたらしいが……その辺りは後で詳しく調べてみよう。
ともあれ、優先順位は下げても問題ないはずだ。
二つ目については情報が手に入らない、というより絞り込めなかった。
仮に雪村先生と殺せんせー、ないし彼を研究していた研究機関に接点があるなら、その研究機関はここからそう遠くない場所に所在しているだろうし、殺せんせーが逃げ出したなら多少なりとも事件となっていてもおかしくないと思ったのだが当てが外れたのだろうか?
いや、単に見落としと考えるべきか。月の爆破もあって地方の小さな事件など簡単に埋もれるだろう。それに国家機密の怪物が関わる事件なら規制が敷かれているのかもしれない。
一旦保留にし調査は継続としよう。SNSが発達した今の時代、完全な情報の隠蔽はまず不可能だ。気長に探せば痕跡くらいは見つかるかもしれない。
四つ目も大した情報はない。予想通りではあるのだがそもそもあちこちでニュースになっている事だしネットで得られる程度の情報は出尽くしているのだろう。爆破された日時や専門家による通り一遍の推論が得られた程度だ。
思いの外有力な情報を得たのは三つ目だった。
スペースシャトルや人工衛星の打ち上げやその周回軌道に関するトピックである。
第一宇宙速度。
物体が衛星として周回軌道するために必要な最低初速であり地表と水平に飛行する衛星にかかる『重力』と『遠心力』が釣り合う速度。
地表においておよそ秒速7.9kmでありこれを越えないと地表へと落下、宇宙へは旅立てない。
そして音速を秒速340mとするとマッハ20は秒速6.8km。宇宙へ行くには遅すぎる。
とはいえ、秒速7.9kmは地表での速度であり、例えばパーキング軌道(宇宙待機軌道)と呼ばれる人工衛星や宇宙船の打ち上げ時に一時的に使われる軌道は高度約200kmにして周回速度は秒速約7.8km。惑星の赤道上を自転と同期して移動する静止軌道は高度約36,000kmの円軌道にして周回速度は秒速約3.1km。
宇宙速度はあくまでも必要な
つまり、例え低速だろうとその速度を維持できるよう加速し続ける事が出来るならばマッハ20でも宇宙へ旅立つことは出来るし、地球を周回する月に行く事も出来ない事はないだろう。燃費の問題で慣性航行が経済的な巡航速度ではあるのだが。
尚、月と地球との距離は約385,000km。マッハ20で最短で行くにしてもおよそ十五時間半、往復なら更に倍は掛かり、当然これも理論値であって実際には月や地球の軌道等も想定しなければならないため更に難度は跳ね上がる。まして、テレポートや時間干渉を行えるわけでもないのに。
地上において最高速高々マッハ20の殺せんせーが地球の重力に逆らいながら無酸素、真空の宇宙空間で十五時間以上も時間をかけ月に渡航しそれを爆破、そしてまた同じ時間をかけ地球に無事帰還する……
流石に無理だ。
殺せんせーのスペックにもよるし、渡航くらいなら出来る生物も結構知ってるため一概には言えない。よって一応これも保留という事になるのだろうが、正直殺せんせーが月を爆破したとは思えない。
というより、やる理由がない。力を示す示威行為にしても手間が掛かりすぎてる。適当な島を消し飛ばすなり山脈を砕くなり政府に働きかけるならもっと簡単な方法もあるだろうに。まあ、世界が滅ぶ分かりやすいデモンストレーションではあるがコストパフォーマンスが悪すぎる。
あそこまで行くと月になにか恨みがあるのかと疑うくらいだが、ハスターが敵対するクトゥルフに月に関する伝承はなかったはずだ。となると月を破壊したのは別の神格か?
「って、何考えてるんだか……」
そもそも今この校舎にあの系統の化け物がいるのはありえない。
校舎の玄関や教室の入り口等あちこちに落書きに見せ掛けた
それに殺せんせーは明らかに異形だが、あの生物達を見た時に感じる根源的な恐怖感というようなものは感じられなかった。
だからと言って安心と言う訳ではないが、そこまで疑いにかかっても仕方ないだろう。
最低限校舎の改造は行っているし、いざとなれば三十人程の
僕は大丈夫。僕は生きる。僕は死なない。
※
体調を崩したらしく、彼が教室に戻って来たのは三時間目が終わった後だった。
久々に学校に来たら担任が超生物になっていたという状況の中よく順応していると思う。
休み明けという事もあってかしばしば殺せんせーから指名されていたけど難なく答えている辺りやはり彼は優秀だ。
そして昼休み。
「よう九頭龍」
久し振りということもあって前の席の菅谷君が声をかけていた。
他にも何人か集まっている。
「うん、久し振り」
「久し振りっつーかさ、毎回何してるんだよ」
「あはは……。ちょっと色々あってさ……」
快活に声を掛けた前原君に曖昧に笑ってお茶を濁す。いつもの事であり特に掘り下げたりはしない。
「にしても驚いたよ。月を破壊した怪物が担任なんてさ」
「そうだな。でも賞金百億らしいし、一緒に頑張ろう」
速いし難しいけど、と笑って話す磯貝君に、しかし九頭龍君は返答した。
「まあ、暗殺の依頼は断ったんだけどね」
「「「え?」」」
磯貝君だけでなく、前原君や菅谷君も、会話を聞いてたクラスの他のみんなも僕も、思わずそんな声が出た。
代表して前原君が訊ねる。
「断ったって、何で?」
「うーん……何て言うか荷が重いし、百億と言われてもぴんと来ないしさ。ちょっと面倒かなって。ああ、朝の射撃みたいな事は出来る範囲で協力するから全く暗殺に参加しない訳ではないよ? ただ、個人として参加する気にはなれないってだけ」
「ふーん……。折角なら参加すればいいのに、賞金百億だぜ?」
「正直使い道に困るよ。それに期限が来年三月までならまあ何とかなるかなってさ。来年の事は来年考えればいいし」
「楽観的っていうか、マイペースだね」
そう呟いて苦笑する茅野。
それに反応してか彼はそっちに目を向けた。
「えっと、見ない顔だけど、君は?」
「ああ、四月からこのクラスに来たの。茅野カエデ。よろしく」
それを聞き、彼はふと何やら考えるような顔をする。
何か気になることでもあったのかな?
「うーん……一、二年の時見掛けなかったけど、もしかして転校生?」
「うん、そうだよ?」
「へえ、珍しいね。この学校の編入試験、結構難しいらしいのに」
「まあギリギリだったらしくてさ、結局E組になったんだけどね」
若干困ったようにそう返す茅野。
こうして、この教室に九頭龍君が加わった。
暗殺には積極的でないようだけど、今後彼はどう動くのだろう?
※ ※ ※
現時点における今後の要調査事項
1.雪村先生の行方
2.四月頃に起きた事件・事故
3.雪村製薬のスポンサー
調査事項の追加及び優先順位の変更
1.茅野カエデの素性
宇宙速度等については主にネットで調べての素人解釈です。
間違ってる点がありましたら修正や解説お願いします。
尚、主人公はあくまでも平穏を望んでます。
行動がアクティブなだけです。