プール開きがあった日の放課後。珍しく片岡さんからの呼び掛けがあってクラスの大多数が集まっていた。彼女も僕らと同じくプールを暗殺に利用しようと考えていたらしく、皆に自身の暗殺計画を話してくれる。
「この夏の間、どこかのタイミングで殺せんせーを水中へと引き込む。それ自体は殺す行為じゃないからナイフや銃よりは先生の防御反応も遅れるはず」
うんうん、僕もそれは考えてた。殺せんせーを確実に弱体化させるには全身を水に浸からせるのが一番手っ取り早いからね。
「そしてふやけて動きが悪くなったところを、水中で待ち構えてた生徒がグサリッ‼︎ その時に水中にいるのが私だったらいつでも任せて。
うんうん、それでそれで?…………え、終わり?肝心の殺せんせーを水中に引き込む方法は?
雄二も僕と同じ疑問を覚えたようで、片岡さんの暗殺計画に対して問いを投げ掛ける。
「計画そのものは妥当なもんだと思うが、その水中に引き込むってのが一番の難関だぞ。それも水が弱点なのを俺達に知られてるって分かった上でだ。何か手はあるのか?」
彼女の作戦は殺せんせーを水中に引き込むことが大前提の暗殺だ。その要である水中に引き込む手段があるのであれば教えてもらいたい。
しかし雄二の問い掛けに片岡さんは首を横に振る。
「残念ながら具体案はないわ。寧ろ何か手はないか訊くために皆に集まってもらったところもあるの。仮に坂本君だったらどうやってプールを暗殺に利用する?」
「ん?そうだな……プールを爆破して爆風で水をぶっ掛ける。水中に引き込むことは難しいだろうが、水辺に呼び出すくらいは殺せんせーなら簡単に応じてくれるはずだ」
確かに携帯で呼び出せば暗殺されに来てくれる殺せんせーだったら、たとえ水辺に呼び出したとしても当たり前のように来てくれるだろう。
っていうか雄二は暗殺に爆弾ばっかり使ってるな。お手軽で広範囲に攻撃を仕掛けられて便利なのは分かるけど、こうも毎回利用してたらそのうち爆弾狂って言われるんじゃないか?
「つっても以前教室でやった暗殺の二番煎じだからな。屋外だしたとえ囲んでも上空に逃げられるのがオチだろ」
でも雄二は肩を竦めながら自分で言った作戦を否定した。まぁあの作戦は教室の中で逃げ場がないことが条件だったからなぁ。そもそも殺せんせーは爆風より速く動けるんだから開けた場所では仕留めようがない。
雄二の返答を聞いた片岡さんだったが、しかしそれでも頭を悩ませている様子はなかった。恐らく具体案が出てこないというのは想定していた範囲内なのだろう。
「今のところ上策はないって感じね……一先ず殺せんせーに水場の近くで警戒心を起こさせないことを念頭に置いて水殺の隙を窺うわ。夏は長いんだし、じっくりチャンスを狙っていきましょう‼︎」
取り敢えず暗殺の方向性を決めておいて今回の集まりはお開きとなった。そう簡単に有効な暗殺なんて思いつかないよね。
各々で自由に解散して帰り道を歩いていき、自然と周りにはいつものメンバーしかいなくなる。そうして周りの目がなくなったところで雄二は話を切り出した。
「ムッツリーニ、殺せんせーにバレれないよう
「…………(コクリ)」
言われたムッツリーニは黙って頷く。が、僕と秀吉は二人で顔を見合わせて首を傾げた。え、何その計画。僕らは知らされてないんだけど。
「雄二よ、暗殺計画はないのではなかったのか?」
「いや、構想自体は一ヶ月前から練ってたぞ。ただその構想を活かせる環境が揃わなかっただけだ。計画がないとは一言も言ってねぇ」
秀吉の疑問を雄二は何食わぬ顔で否定した。っていうか一ヶ月前って……随分前から計画を立てていたらしい。でも一ヶ月前から練っていた計画をこのタイミングで実行するってことは……
「雄二の言う環境ってプールのこと?でもさっき片岡さんの質問にプールは使えないって……」
「いや、必要な環境ってのは水辺のことだよ。今回の暗殺にプールは使わない」
そういえば確かに片岡さんは“どうやってプールを暗殺に利用する?”って訊いただけで、雄二に暗殺計画があるかどうかは訊いてなかったな。日本語って難しい。
「お前らに話さなかったのは準備段階で話す必要がなかったからだ。前回もそうだったろ。だが暗殺するとなると俺達四人は揃っといた方が殺せんせーに
内容を知らない僕と秀吉に対して雄二から二度目の暗殺計画が話された。前回はお手軽だったのに、今回は随分と手が込んでるなぁと思うのはきっと僕だけではないだろう。
何はともあれ明日から暗殺準備開始だ。絶対に殺せんせーに気付かれないようにしないと。
★
翌日の放課後、僕らは早速準備に取り掛かることにした。まずはプール周辺の下見をしっかりとして
というわけでプールまでやってきた僕らだったんだけど、僕らよりも先に片岡さんがいてプールを使っていた。あとプール脇には渚君と茅野さんもいる。
「あれ、三人とも何してるの?」
僕に声を掛けられて気付いたのか、側で片岡さんの泳ぎを見学していた二人が振り返った。二人も僕らを見て目を丸くしてたけど、僕の問い掛けに答えてくれる。
「片岡さんが泳ぎの練習をするっていうから、僕と茅野はその付き添い」
「そっちこそ四人でどうしたの?水着でもないし、泳ぎに来たってわけじゃないよね?」
渚君が答えた後に茅野さんが聞き返してきた。まぁその疑問は至極もっともなものだろう。逆の立場だったら僕だって聞き返してるところである。
「いやなに、ちょっとした暗殺計画の下見だ。プールは使わねぇから気にしないでくれ」
茅野さんの疑問には雄二が答えていた。いや、そんなあっさりと暗殺計画のことを言ってもいいの?ほら、二人も雄二の言葉を聞いて呆気に取られてるじゃない。
「暗殺計画って……殺せんせーを殺すための作戦があるの?」
「実際に殺せるかどうかは別だがな。せっかく殺せんせーが作ってくれた環境を有効活用しない手はねぇ」
「そうですよ、授業でも暗殺でも大いに活用してください。使えるものは何でも使っていかないと先生は殺せませんからね」
雄二の考えに殺せんせーが同意する。まぁ僕も使えるものは雄二だろうが殺せんせーだろうが使ってーーー
「こ、殺せんせー⁉︎」
いきなり現れた殺せんせーに僕らは驚きを隠せなかった。っていうか神出鬼没すぎる。会話の割り込み方が自然過ぎて反応に遅れてしまったほどだ。
しかしこれは不味い。会話の流れからして確実に雄二が暗殺を企てていることは聞かれただろう。このままじゃ一ヶ月前から練ってたっていう計画が台無しにーーー
「お、ちょうどよかった。殺せんせー、暗殺の仕込みをするから暫くプール付近に近寄らないでくれないか?」
とか思っていたら張本人が堂々と暗殺の企みをバラしていた。
「え、それ言っちゃっていいの⁉︎」
「別に暗殺の企みがバレたところで問題はない。問題なのはその内容がバレることだ。だったら殺せんせーに話して離れてもらった方が都合がいい。暗殺から逃げるような先生じゃねぇからな。だろ?」
動揺する僕を余所に雄二は自信たっぷりの勝ち気な笑みを浮かべて殺せんせーに問い掛ける。対する殺せんせーも笑みを深くして雄二に応えていた。
「えぇ、私はいつでも皆さんからの暗殺は大歓迎です。向き合うべき生徒から逃げるなんてとんでもありません。殺されない自信もありますしねぇ」
二人して笑みを浮かべ合う雄二と殺せんせーを僕らは若干引いて見守っている。というかこの二人の間に入り込みたくない。既に心理戦でも始まってるのか、二人して何を考えてるか全然分かんないんだもん。
と、そこでプール脇に置かれていた端末から律の声が聞こえてきた。どうやら片岡さんの水泳タイムを計っていたらしい。律も皆に頼られて大変だなぁ。尤も本人は皆の力になれて嬉しそうにしてたけど。
『片岡さん、多川心菜という方からメールです』
「……あー……友達。律、悪いんだけど読んでくれる?」
……?なんか片岡さん、雰囲気が暗いような……いつものキリッとした様子もないし……
そんな本人の様子はともかく、片岡さんからメールを読むようにお願いされた律は笑顔で了承する。
『はい。……“めぐめぐげんきぃ〜(^^)v じつゎまたべんきょ教えて欲しいんだ〜♡ とりま駅前のファミレスしゅ〜ご〜(ゝ。∂) いぇー☆彡☆彡☆彡”……以上です。知能指数がやや劣る方と推察されます』
「こらこら」
律の天然毒舌は本人に悪気がない……というよりも人工知能として客観的に見たものだから否定しづらい。いやまぁ律の演じた内容を聞く限りでは否定する要素もない感じだけどさ。
メールの文面を聞いた片岡さんは目を閉じて考え込んでいる。
「…………分かった。“すぐ行くd(^_^o)”って返しといて」
「承知しました」
そう言うと片岡さんはプールから上がってタオルと上着を手に取った。呼び出された友達のところへ行くことにしたようだ。
「じゃね、皆。私ちょっと用事が出来ちゃったから帰るわ。坂本君達も暗殺の仕込み頑張ってね」
そう言って片岡さんはプールから立ち去っていく。でもやっぱり普段の彼女とは違う様子に僕だけじゃなく皆も違和感を感じていたらしい。それぞれに疑問を口から漏らしていた。
「どうしたんだろ、急に」
「うん、友達と会う割には暗い顔だね」
「本当は友達って思ってねぇんじゃねぇか?名前聞いた時に口籠ってたしよ」
「そこまで親しくない友達……元クラスメイトといったところではないか?」
「…………元クラスメイトだとしてもあの反応はおかしい」
しかしこれと言ってしっくり来る理由は思い当たらない。う〜ん、何か色々と事情がありそうだなぁ。だけど片岡さんの悩みって全然聞いたことがないから想像がつかなかった。
「少し様子を見に行きましょうか。しっかり者の彼女なだけに心配ですね。皆から頼られている人は自分の苦しみを一人で抱えてしまいがちですので」
そこで殺せんせーが片岡さんに着いていくと言い出した。まぁ先生の性格を考えたら生徒の悩みを気にするのは当然か。その提案に渚君と茅野さんも同意する。
僕らも片岡さんのことは心配だったけど、人数が多過ぎたら見つかるということで三人に行ってもらうことにした。僕らにも暗殺の準備があることだし、あとで事の顚末だけでも聞かせてもらうことにしよう。
★
暗殺の準備を開始してから一・二時間が経った頃。他の場所へと下見に行っていた人達からも報告があり、そのポイントを元にして
誰からだろうと思いながら携帯を取り出して画面を見ると、そこには先ほど別れたばかりの殺せんせーからと画面に示されている。
「あ、殺せんせーからだ。何か分かったのかな?」
メールを開いて内容を確認すると、そこには僕らと別れてからの話が要点に纏められていた。
片岡さんが去年クラスメイトだった友達に泳ぎを教え、海へ行ったその友達が溺れて死にかけたから償いをしろということで勉強を教えさせられていたらしい。しかも溺れた原因は本人が泳ぎの練習をサボったからとか……完全な自業自得である。というか話を聞いたってことは結局見つかったのね。
それからこれからの行動についても書かれていたので雄二に確認を取ることにした。
「雄二、殺せんせーが今夜プールを使いたいって言ってるんだけどいいかな?」
「あん?今夜って……何に使うんだよ?」
「なんか泳ぎの練習をするんだってさ。片岡さんが言ってた友達の」
その友達が溺れたのは自業自得だと思うけど、面倒見がよくて責任感の強い片岡さんは相手のことを放り出せなかったらしい。それで今回のようなテストの度に勉強を教えさせられており、自ずと片岡さん自身の勉強が疎かになって彼女はE組へ落とされたとか。
だから殺せんせーの提案でその友達に改めて泳ぎを教えることになったそうだ。それがプールを使いたいという理由である。
「
「…………(コクコク)」
その理由を聞いて今度は秀吉とムッツリーニからも疑問の声が上がった。もちろんその理由もメールには書かれている。
「なんか殺せんせーが泳ぎを教えるらしいんだ。でも先生の存在がバレるわけにはいかないから拉致して暗示掛けて夜通し泳がせて疲れさせて、殺せんせーのことや泳ぎの練習自体を夢だと思わせるらしいよ」
「思いっきり犯罪行為じゃねぇか。つーか殺せんせー、水が弱点なのに泳ぎを教えられるのかよ?」
「さぁ?まぁ教えるって言ってるんだから教えられるんじゃないの?」
寧ろあの先生に出来ないことの方が思いつかない。弱点の水だってなんとか出来るみたいだし、準備する時間さえあればなんでも出来そうだ。
「それで、今夜プールを使いたいんだったか……別に暗殺の実行を急ぐ理由もねぇから構わないぞ。そもそも俺らのプールじゃねぇし、使いたいっていうなら使わせてやらないとな」
まだ仕込みは全部終わってないけど、切りのいいところで今日の作業は終わりとなった。仕込みの段階で気付かれるようなら暗殺は難しいということで、殺せんせーにプールを使わせて気付かれるかどうかのテストも兼ねるらしい。何事もタダでは済まさない奴だなぁ。
で、次の日に確認したけど特に気になることはなかったとのことだった。その友達も泳げるようになって片岡さんが責任を感じる必要はなくなり、殺せんせーが仕込みに気付かなかったことで暗殺成功の確率も上がって万々歳である。
このまま順調に進んでいけば暗殺計画の実行もすぐだろう。ただし途中で先生に仕込みが気付かれたら計画は水の泡だ。最後までバレないように細心の注意を払って仕込んでいかないとね。
次話
〜寺坂の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/27.html
明久「これで“仕込みの時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」
雄二「今回は俺達の二回目の暗殺計画をメインに進めさせてもらったぜ」
片岡「なんかごめんね。私のせいで作業を中断させちゃって」
雄二「気にするな。仕込みがバレないのを確認できたのは俺達にとっても大きな収穫だ」
明久「そうだね。それに元々プールを使ってたのは片岡さんだし、色んな意味で割り込んでるのは僕らの方だからさ」
片岡「そう言ってもらえると助かるわ。おかげで心菜も泳げるようになったしね」
明久「いやいや、片岡さんは面倒見が良すぎ。あれ絶対に片岡さんを利用するためだけに友達って言ってるよ」
雄二「んなもん椚ヶ丘の連中はE組に対して大半がそうだろ。俺達みたいな友情は到底築けないだろうさ」
明久「僕らの友情は一生ものだからね。利用するために友達を騙るなんて信じられないよ」
明久・雄二((まぁ僕ら/俺達は友達だろうが利用するけどね/な))
片岡「なんか、心の声が聞こえてきた気がするんだけど……」
明久・雄二「「気のせいでしょ/だろ」」
片岡「そうかしら……まぁいいわ。じゃあ坂本君達の暗殺計画について話しましょうよ」
雄二「残念ながらそれは秘密だ。情報漏洩は暗殺的にもネタバレ的にも回避しねぇとな」
明久「まぁ今回は僕らだけじゃないってことは言っておくよ」
片岡「言葉の端々に協力してくれる人達の存在は匂わせてたもんね。それが誰かは分からなかったけれど」
雄二「簡単に分かっちまったらつまらねぇだろ。暗殺が実行されるまでのお楽しみってやつだ」
片岡「仕方ないわね。でも終わったら教えてよ?」
明久「もちろんさ。それじゃあ今回はこの辺で終わりにしようか。次の話も楽しみにしててね‼︎」
土屋「…………
殺せんせー「ヌルフフフフ、そちらも写真提供をお願いしますよ。今のうちからしっかりとアルバム写真を集めておかなくては」