バカとE組の暗殺教室   作:レール

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黒幕の時間

コンサートホールを突破して次の階、最上階へ辿り着く前の階段を登り切ったところでまた見張りが一人立っていた。いや、見張りというよりは黒幕の小間使いみたいな感じかな。こっちを向いてないし後ろがガラ空きだ。

今回は背後から忍び寄ってスタンガンを当てることが出来れば十分倒せる……と思ってたんだけど、スタンガンを使うまでもなく烏間先生が首を絞めて相手の意識を落とした。

 

「ふうぅ〜……大分身体が動くようになってきた。まだ力半分ってところだがな」

 

それはもう首を()し折るんじゃないかってくらい締めつけるもんだから、相手の頭がらっきょうみたいになっていた。あれで力半分って……既に僕らの倍くらい強いんだけど。

 

『皆さん、最上階部屋のパソコンカメラに侵入しました。上の様子が観察できます』

 

律のその言葉で全員が自分の携帯を見る。今まで何も分からない状態で“普久間殿上ホテル”を登ってきたんだ。上の様子が分かると言われて気にならないわけがない。

 

『最上階エリアは一室貸し切り。確認する限り残るのは、この男ただ一人です』

 

映し出された画面の中には体格の良さそうな男が座っていた。残念ながらパソコンカメラの位置からでは後ろ姿しか見えないものの、凶悪そうな雰囲気が後ろ姿からでも分かる。

 

「こいつが黒幕か……」

 

その足元には配線の付いたスーツケースが置かれていた。多分あれがE組の皆に盛られたウイルスの治療薬だろう。配線には爆弾らしいものも取り付けられている。あれさえ奪えれば僕らの勝ちだ。

黒幕の様子を確認しながら殺せんせーが言う。

 

「あのボスについて判ってきたことがあります。黒幕の彼は殺し屋ではない。殺し屋の使い方を間違えています。彼らの能力はフルに発揮すれば恐るべきものです」

 

確かに殺せんせーの言う通り、見張りと防衛って殺し屋の仕事じゃないよね。先生が完全防御形態になって暗殺する必要がなくなったから、見張りと防衛に回したってところかな。

と、殺せんせーの話を聞きながら倒した男の懐を探っていた烏間先生が何やら考え込んでいた。ただしそれはほんの短い間だけで、最上階のカードキーらしきものを手に入れると立ち上がる。

 

「……さぁ時間がない。コイツは我々がエレベーターで来ると思っているはずだが、交渉期限まで動きがなければ流石に警戒を強めるだろう」

 

黒幕には治療薬、延いてはE組の皆を人質に取られている。今は油断しているかもしれないが、警戒していつでも治療薬を爆破できる状態でいられたら僕らは手が出せなくなってしまう。出来ることならそうなる前に決着をつけたいところだ。

 

「まずは可能な限り接近する。取り押さえることが出来ればそれがベスト。もし遠い距離で気付かれたら俺の責任で()()()撃つ。今の俺でも腕くらいは狙って当てられる。爆弾のリモコンを取る手を遅らせることは出来るはずだ。それと同時に皆で一斉に襲い掛かって拘束する」

 

最上階へ行く前に黒幕を抑えるための作戦を詰めていく。律のおかげで最上階の様子が大まかにでも分かっているのは大きい。

 

「個々に役割を指示していく。吉井君と木村君は寺坂君からスタンガンを借りてくれ。スタンガンで意識を落とせなくとも身体を痺れさせて相手の無力化を図る」

 

この中で特に足が速いのは木村君に次いで僕だ。強襲するとしたら僕らが最も先手を取れる可能性は高いだろう。手裏剣ワイヤーや投げナイフは遠距離から仕掛けられるものの、痺れ薬も瞬時に効くわけじゃないから今回は使わない方がいい。

 

「次に残った男子で相手を抑え込む。ただし千葉君は銃を構えて待機だ。俺が相手を撃った場合、千葉君は可能ならばリモコンなど危険なもの、または相手の動きを阻害できるものを撃ってくれ」

 

僕と木村君で先手を取った後は、仮にスタンガンを当てられなかったら力尽くで黒幕を抑え込む必要がある。相手の体格を考えても抑え込む役割は男子で当たるべきだ。先手を取れなかった時のために烏間先生と千葉君が控えてくれているのも心強い。

 

「最後に女子はガムテープで相手の身体を拘束しつつ、治療薬を奪って爆弾をスーツケースから取り外す。取り外すだけならば起爆しないと思うが、安全のため取り外した爆弾はすぐに離れた場所へ運んでくれ」

 

女子の出番は黒幕を押さえ込んだ後ってことか。まぁ人数が多過ぎてもお互いの邪魔になるだけだし、最悪の場合でも僕らが返り討ちに遭っている間に女子達で治療薬を確保してもらえればいい。

 

作戦を共有したところで、僕らはいよいよ最上階へと進むことにした。これで本当に今回の潜入も最後だ。改めて気を引き締めて階段を登っていく。

最上階へ着いたところで烏間先生が手に入れていたカードキーを使って扉を開ける。部屋の中は広いけど遮蔽物もあるので、気配を消しながら行けばかなり近くまで忍び寄れるはずだ。

部屋の中に入ったところで出来る限り広がりつつ奥へと進んでいく。真っ直ぐ並んだままだと瞬時に行動へ移せないからね。そのまま駆け出せば一息で相手へ辿り着ける距離まで近付くことが出来た。

 

まだ焦っちゃ駄目だ、烏間先生の指示があるまで堪えないと。E組の皆を毒で苦しめている黒幕が目の前にいるとはいえ、感情に任せて突っ込んで全てを台無しにするわけにはいかない。

全員で呼吸を整えて烏間先生の指示を待つ。そして先生が片手に銃を構えたまま合図をーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー痒い」

 

 

 

 

 

 

 

出そうとした瞬間、黒幕が言葉を発した。それによって突っ込もうとしていた僕らの動きが止まる。でもこの声、何処かで聞いたことがあるような……。

そんな僕らのことなんて気にもしていないのか、相手はこちらを向くことなく言葉を続ける。

 

「思い出すと痒くなる。でもそのせいかな。いつも傷口が空気に触れているから感覚が鋭敏になってるんだ」

 

そして黒幕が一旦言葉を切ると同時に大量のリモコンがばら撒かれた。まさかこれ、全部爆弾のリモコン……⁉︎

 

「元々マッハ二十の怪物を殺すつもりで来ているんだ。リモコンだって超スピードで奪われないように予備も作る。うっかり俺が倒れ込んでも押すくらいのな」

 

その言葉通り、まるで撒菱のようにばら撒かれた大量のリモコンが僕らの行く手を遮っている。こんなの、どうしようもないじゃないか……‼︎

僕らが何も出来ず立ち往生している中、銃を構えたままの烏間先生が言葉を発する。

 

「……今回の南の島での暗殺前、連絡がつかなくなったのは有望だった殺し屋達の他に()()もいる。防衛省の機密費……暗殺に使うはずの金をごっそり抜いて、俺の同僚が姿を消した」

 

そうしてゆっくり立ち上がって振り返った黒幕の顔は、僕らにも見覚えのある顔だった。ただし記憶の中にある顔とは決定的に異なっている部分もある。

改めて真正面から対峙した烏間先生は怒りを堪えられなくなったのか、声を荒げながら黒幕を問い詰める。

 

 

 

「……どういうつもりだ、鷹岡ァ‼︎」

 

 

 

黒幕ーーー鷹岡先生は狂気を孕んだ笑みを浮かべて僕らを見た。

 

「悪い子達だ。恩師に会うのに裏口から来る……父ちゃんはそんな子に教えたつもりはないぞ。仕方ない、夏休みの補習をしてやろう」

 

そう言うと鷹岡先生は足元に置いていた爆弾を持ち上げる。もちろん爆弾のリモコンに指を掛けて僕らを牽制したままだ。

 

「屋上へ行こうか。愛する生徒に歓迎の用意があるんだ。着いてきてくれるよなァ?お前らのクラスは俺の慈悲で生かされているんだから」

 

慈悲じゃなくてただ人質として生かしてるだけだろう。だからこそ僕らは鷹岡先生の言いなりになるしかない。

黙って鷹岡先生に着いていった僕らはヘリポートのある屋上へと出る。

 

「気でも違ったか、鷹岡。防衛省から盗んだ金で殺し屋を雇い、生徒達をウイルスで脅すこの凶行‼︎」

 

「おいおい、俺は至極まともだぜ‼︎ これは地球が救える計画なんだ。大人しく二人にその賞金首を持って来させりゃ、俺の暗殺計画はスムーズに仕上がったのにな」

 

鷹岡先生の暗殺計画……?毒を盛られた皆を人質に治療薬で脅して、これまで撃破してきた殺し屋達を使って殺させる計画なんじゃないのか?

 

「計画ではな。茅野とか言ったっけ、女の方……そいつを使う予定だった。部屋のバスタブに対先生弾をたっぷり入れて賞金首とともに入ってもらう。その上からセメントで生き埋めにする。対先生弾に触れず元の姿に戻るには生徒ごと爆裂しなきゃいけない寸法さ。生徒想いの先生はそんな酷いことしないだろ?」

 

胸糞悪くて吐き気がする。これほどまでに嫌悪感を抱く人間は生まれて初めてだ。何処が至極まともだよ。完全にイかれてる。

そんな狂った計画を聞かされた殺せんせーも怒りで顔を真っ赤に染めている。

 

「……許されると思いますか。そんな真似が」

 

「……これでも人道的な方さ。お前らが俺にした非人道的な仕打ちに比べてりゃな」

 

聞けば鷹岡先生は渚君に負けて任務を失敗したことで評価が下がり、周りからも屈辱の視線を向けられて夜も眠れなかったとか。

背の低い生徒に殺せんせーを持ってくるように指定したのは渚君を狙ってのことだろう。あの時ルールを決めたのは鷹岡先生なんだから完全な逆恨みである。

そんな鷹岡先生の言い分にカルマ君は怒りを押し込めた冷めた声音で言う。

 

「へー、つまり渚君はあんたの恨みを晴らすために呼ばれたわけ。その体格差で本気で勝って嬉しいわけ?俺ならもーちょい楽しませてやれるけど?」

 

「ジャリの意見なんて聞いてねェ‼︎ 俺の指先でジャリが半分減るってこと忘れんな‼︎」

 

しかしカルマ君とは対照的に激情に駆られている鷹岡先生は聞く耳を持たない。それどころか下手に刺激すればリモコンのボタンを押してしまいそうだ。

押し黙る僕らを見て鷹岡先生は再び歩き出す。

 

「チビ、お前一人で登ってこい。この上のヘリポートまで」

 

「渚、駄目。行ったら……」

 

茅野さんが心配して渚君を引き止めようとするが、それでも渚君は覚悟を決めたようで手に持っていた殺せんせーを彼女へと渡した。

 

「行きたくないけど……行くよ。あれだけ興奮してたら何するか分からない。話を合わせて冷静にさせて、治療薬を壊さないよう渡してもらうよ」

 

鷹岡先生に続いてヘリポートへ向かった渚君を僕らも追っていく。ただし鷹岡先生を刺激しないようにヘリポート脇の連絡通路までだ。そこで僕らは事の行く末を見守るしかない。

しかしヘリポート脇まで来た僕らを見て、鷹岡先生はあろうことか手元のリモコンを押そうとした。それを見た烏間先生が即座に銃を構える。

 

「鷹岡……‼︎」

 

「おぉっと、勘違いするなよ。これは俺と潮田渚君との大切な時間を邪魔されたくないためだ」

 

その言葉とともにリモコンのボタンが押されると、治療薬の爆弾とは別にヘリポートへと通じる連絡通路が爆破された。用意周到だな。これで渚君と鷹岡先生だけがヘリポートに隔離された形となる。

 

「これでもうだーれも登ってこれねぇ。足元のナイフで俺のやりたいことは分かるな?この前のリターンマッチだ」

 

言われて渚君は足元に置かれていたナイフを一瞥するが、それを拾おうとはせず鷹岡先生との対話を試みる。

 

「……待ってください、鷹岡先生。僕は闘いに来たわけじゃないんです」

 

「だろうなァ。この前みたいな卑怯な手はもう通じねぇ。一瞬で俺にやられるのは目に見えてる」

 

悔しいがそこは鷹岡先生の言う通りだ。僕も真正面から戦って返り討ちに遭ったから分かる。何の策もなく闇雲に闘えば結果は火を見るよりも明らかだろう。

 

「だがな、一瞬で終わっちゃ俺としても気が晴れない。だから闘う前にやることやってもらわなくちゃな」

 

やること……?いったい鷹岡先生は渚君に何をさせるつもりだ?

そう思っていると鷹岡先生は地面を指差して、

 

「謝罪しろ、土下座だ。実力が無いから卑怯な手で奇襲した。それについて誠心誠意な」

 

どう考えてもあの勝負は正々堂々したものだったろうに、そんなことを要求してきた。それこそ卑怯汚いは敗者の戯れ言……とはいえ今の鷹岡先生に口答えしようものなら治療薬がどうなるか分かったものじゃない。

渚君もそれは理解しているので、口答えすることなく黙って地面に座り込む。

 

「……僕はーーー」

 

「それが土下座かァ⁉︎ 馬鹿ガキが‼︎ 頭擦り付けて謝んだよォ‼︎」

 

だが鷹岡先生にとっては座り込む程度では満足しなかったらしい。正座して謝ろうとした渚君に対して怒鳴り散らしていた。

それに対して渚君は言われるがままに頭を下げて謝罪の言葉を述べる。

 

「……僕は実力がないから、卑怯な手で奇襲しました。ごめんなさい」

 

「おう、その後で偉そうな口も叩いたよな。“出ていけ”とか……ガキの分際で大人に向かって‼︎ 生徒が教師に向かってだぞ‼︎」

 

そう言って鷹岡先生は土下座する渚君の頭を踏み付けるが、それでも渚君は謝罪の言葉を続ける。

 

「……ガキのくせに、生徒のくせに、先生に生意気な口を叩いてしまいすみませんでした。本当にごめんなさい」

 

そんな二人のやり取りを見て、僕は血が出ても不思議じゃないくらい拳を握り締めていた。怒りで頭がおかしくなりそうだ。

しかし何とか歯を食いしばって怒りを抑え込む。当の本人が我慢してるのに僕が我慢しないでどうするんだ。渚君の努力を無駄にするわけにはいかない。

従順に謝罪の言葉を述べる渚君に満足したのか、鷹岡先生は不機嫌だった様子から一転して笑顔を浮かべる。

 

「……よーし、やっと本心を言ってくれたな。父ちゃんは嬉しいぞ。褒美に良いことを教えてやろう」

 

そう言いながら何故か鷹岡先生は渚君から距離を取った。それにしても良いことって何だろう?

 

「お前らに盛ったウイルスで死んだ奴がどうなるか、“スモッグ”の奴に画像を見せてもらったんだが……笑えるぜ。全身デキモノだらけ、顔面がブドウみたいに腫れ上がってな……見たいだろ?渚君」

 

次の瞬間、鷹岡先生が浮かべていた笑顔に再び狂気の色が宿った。そのまま治療薬の入ったスーツケースを持ち上げてーーーまさかッ⁉︎

最悪の展開が頭に過ぎった直後、鷹岡先生は持ち上げたスーツケースを放り投げた。

 

「やめろーーーッ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

渚君の叫びも虚しく、スーツケースに取り付けられた爆弾が炸裂して治療薬を木っ端微塵にした。

 

 

 

 

 

 

 

「あははははははは‼︎ そう‼︎ その顔が見たかったんだ‼︎ 夏休みの観察日記にしたらどうだ⁉︎ お友達の顔面がブドウみたいに化けてく様をよ‼︎ はははははははは‼︎」

 

間違いなく全員が希望を絶たれた表情となっているだろう。これで毒に苦しむ皆を救う(すべ)がなくなってしまった。もう誰も……助からない。

 

 

 

「ーーー殺……してやる……」

 

 

 

途切れ途切れに静かな、それでいて殺意の込められた声が聞こえてきた。

その発生源は絶望でヘリポートに崩れ落ちていた渚君だ。渚君は足元に置かれていたナイフを拾って立ち上がる。

 

「殺してやる……よくも皆を……」

 

「はははは、その意気だ‼︎ 殺しに来なさい、渚君‼︎」

 

普段温厚な渚君が完全にキレていた。

そんな精神的に危険な状態の渚君を皆も心配しているが、連絡通路が爆破されている以上すぐには駆け寄れない。

一歩間違えたらホテルの屋上から転落する可能性がある。本気で死ぬかもしれないと思ったら、普通に考えて何の準備もなく二人の元へ行くことは難しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

そんなことがどうでもよくなるくらい僕は構わず駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「カルマ君……‼︎」

 

「……‼︎ オーケー、任せな」

 

ヘリポートとは逆方向へ駆け出した僕の行動と、その一言で察してくれたカルマ君も続けて動き出す。

 

「待つんだ二人ともッ……‼︎」

 

駆け出した僕とカルマ君を烏間先生は止めようとしたが、まだ毒ガスの効果も残っていて機敏に動けない先生に僕らを止めることは出来なかった。

何もキレてるのは渚君だけじゃない。僕だって鷹岡先生の所業に我慢の限界だった。もう怒りを抑え込んでじっとしてるなんて無理だ。

逆方向へ駆けていた僕は適当な距離を確保すると切り返し、そこから助走をつけてヘリポートへ向けて加速していく。

そこで動き出した僕とカルマ君に気付いた鷹岡先生が釘を刺してくる。

 

「余計なことはするなよジャリ共……‼︎ 言っとくが治療薬の予備がまだ三本ある。お前らが邪魔しようものならこいつも破壊するーーー」

 

もちろん鷹岡先生の話は聞こえていた。その残っている治療薬を手に入れれば、少なくとも三人の命を助けることが出来るってことも理解していた。

 

 

 

でも僕は一切速度を緩めることなく地面を蹴って屋上から跳んだ。

 

 

 

「行け、吉井」

 

そこから更にカルマ君が手を組んで作った踏み台に足を掛け、一気に跳び上がる。その時にカルマ君が勢いよく腕を跳ね上げてくれたので、僕は難なく死の危険性を跳び越えてヘリポートへ辿り着いた。

受け身を取って転がりながらも立ち上がった僕を見て、鷹岡先生は忌々しげに愚痴を溢す。

 

「……お前、俺の話を聞いてなかったのか?折角のお楽しみを邪魔しやがって……治療薬がどうなってもいいのか?」

 

「皆の治療薬を爆破したお前の言葉なんか信じられるもんか」

 

鷹岡先生は僕らに、特に渚君に復讐することが目的だ。仮に目的を達成したところで素直に治療薬を渡すとは思えない。寧ろ渚君を痛めつけた後に目の前で最後の治療薬も壊して、完璧に絶望の淵へ叩き落としてから殺すことだって考えられる。

 

「それにたった三本の治療薬で誰を助けろって言うんだ。たとえ僕が毒で苦しんでたって他の皆を見殺しにして自分だけ助かろうなんて思わない。だったら渚君を助けて治療薬は壊される前に奪い取る」

 

僕は間合いを測りながら仕込みナイフを取り出して鷹岡先生と対峙する。

とはいえ幾ら渚君に僕が加勢したところで鷹岡先生との戦力差はそう簡単に埋められるものじゃない。手足の腱みたいに急所を外してなんて甘い考えは通じないだろう。それこそ渚君みたいに相手を殺すくらいのつもりでーーー

 

 

 

ガンッ、と隣から硬い何かがぶつかるような音が聞こえてきた。

 

 

 

思わず横目で隣を見ると殺気立っていた渚君が前のめりになっていて、その足元には見覚えのあるスタンガンが落ちている。さっきの後はスタンガンをぶつけられた音だろう。

その持ち主がいるであろう方向へと目で向けてみれば、そこには何処かしんどそうな様子の寺坂君がいた。

 

「寺坂君……?」

 

「落ち着け馬鹿野郎共が……‼︎ それと渚、テメー調子こいてんじゃねーぞ‼︎ 薬が爆破された時よ、テメー俺を哀れむような目で見ただろ。いっちょ前に他人の気遣いしてんじゃねーぞモヤシ野郎‼︎ ウイルスなんざ寝てりゃ余裕で治せんだよ‼︎」

 

ーーーえ?今の言葉って……まさか寺坂君、ウイルスに感染してる?

そんな疑惑を余所に寺坂君は言葉を続ける。

 

「そんな屑でも息の根止めりゃ殺人罪だ。テメーはキレるに任せて百億のチャンス手放すのか?」

 

「寺坂君の言う通りです、渚君。その男を殺しても何の価値もないし、逆上しても不利なだけです。そもそも彼に治療薬に関する知識などない。下にいた毒使いの男に聞きましょう。こんな男は気絶程度で十分です」

 

確かに二人の言うことは尤もだ。僕も殺すつもりでやるが、本当に殺したところで何かが変わるわけじゃない。何よりも今は早くこの場を切り上げることがベストだろう。精々トラウマを抉って精神をへし折るくらいで十分である。

 

「おいおい、これ以上余計な水差すんじゃねェ。本気で殺しに来させなきゃ意味ねぇんだ。このチビの本気の殺意を屈辱的に返り討ちにして初めて俺の恥は消し去れるんだからな」

 

だが殺し合いをしたい鷹岡先生からすれば望ましくない展開だろう。その点では殺意を抱いている渚君に冷静になってもらっては困るわけだ。

それでも殺せんせーは諦めずに渚君へ言葉を投げ掛ける。

 

「渚君、寺坂君のスタンガンを拾いなさい。その男の命と先生の命。その男の言葉と寺坂君の言葉。それぞれどちらに価値があるのか考えるんです」

 

と、そこで体力の限界だったのか寺坂君が倒れ込んだ。近くにいた吉田君と木村君が心配してそばへ屈み込む。

 

「寺坂‼︎ お前コレ熱やべぇぞ⁉︎」

 

「こんな状態で来てたのかよ‼︎」

 

「うるせぇ……見るならあっちだ」

 

遠目から見ても意識が朦朧とし出している寺坂君だが、そんな状態で弱々しいながらも渚君の方へと指を向ける。

 

「……やれ、渚。死なねぇ範囲でぶっ殺せ」

 

そんな寺坂君の決死とも呼べる言葉に何を感じたのか、渚君は黙って足元のスタンガンを拾った。しかし拾ったスタンガンは腰に刺してしまい、手に持ったままだったナイフを構える。

 

「……吉井君、来てもらって悪いけど手出ししないで。鷹岡先生は僕一人で()る」

 

おおよそ普段の温厚な渚君からは考えられないような発言だ。二人の言葉でも今の渚君には響かなかったのか。

たが渚君一人で闘うのは幾ら何でも危な過ぎる。せめて僕も一緒に闘って少しでも勝てる可能性を上げないと。

 

「何言ってるんだよ渚君。相手との力量差が分からないくらい冷静じゃないの?此処は二人でーーー」

 

一緒に闘おう、と言い掛けたところで僕はその言葉を切った。その必要がないって思ったんだ。

真正面から此方を見返してくる渚君の目を見て分かった。さっきまで殺意に滲んで揺れていた目が落ち着いている。二人の言葉で殺意を抑えて冷静さを取り戻していたんだ。

その渚君が一人でやるって言うからには、何かしらの勝算があるのだろう。だったら僕はその意思を汲むことにした。

 

「……分かった。信じてるからね」

 

「ありがとう」

 

僕は取り出していた仕込みナイフを直すと、後ろに下がって渚君の邪魔にならないであろう位置で待機する。

正直この判断が正しいかどうかなんて僕には分からない。それが分かるのは全てが終わった後になるだろう。だからこそ僕は渚君の勝利を信じて見届けることにした。




雄二「これで“黒幕の時間”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

竹林「今回潜入組はシリアス展開だから、邪魔をしないように居残り組で後書きを進めていくよ」

奥田「ひ、久し振りの出番で緊張します……」

雄二「そんな気張んなくてもいいだろ。俺達に出来ることはやったし、あとは潜入組を信じて待つだけだ」

竹林「まぁ実のところ坂本も監視カメラの対処をした後に倒れたからね。役目は全うしたと思うよ」

雄二「本当に情けねぇったらありゃしねぇ。お前らの負担を増やしちまって悪いな」

奥田「情けなくなんかありません。坂本君はウイルスに冒された状態で頑張ってたんですから凄く立派です」

雄二「お、おう。そうか……というかグイグイくるな。奥田って俺のこと怖がってなかったか?」

竹林「君の行動に思うところでもあったんじゃないか?怖がられるよりは良いじゃないか」

奥田「それにしても吉井君って凄いですよね。この時点でほぼフリーランニングが出来てます」

雄二「まぁ原作からして訓練もしてねぇのに二階に跳び上がったり、四階渡り廊下のフェンスのない屋根上を駆けたりしてるからな」

竹林「気構えさえあれば例えホテルの屋上でも関係ないってことか。もう少し危険性を考えても良さそうだけど」

雄二「馬鹿にそんなリスク管理が出来るわけないだろ。出来る出来ないじゃねぇ、やるかやらないかだろうよ」

奥田「そういう言葉にすると凄く男らしい、ように思うんですけど……」

竹林「それが吉井ってなると、考え無しの行動に映るから不思議だね」

雄二「ま、馬鹿でも多少の分別はつくさ。渚に任せた以上、渚が死にかけない限りアイツがこれ以上でしゃばることはないと思うぜ」

奥田「やっぱり待つしかないですよね……」

竹林「そうだね。あと看病以外に僕らに出来ることって言ったら、深夜アニメを見ながら皆の無事を祈るくらいさ」

雄二「深夜アニメを見ずに看病して祈っとけ」

竹林「仕方ないな……じゃあそろそろ後書きも終わりにしよう。看病しないといけないしね」

奥田「そうですね。それじゃあ次のお話も楽しみにして待っていただけると嬉しいです」





カルマ「で、結局吉井が行った意味って特になかったの?」

殺せんせー「こういうのは行動することに意味があるのです。決して原作通りだから無駄などと思わないように」

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