バカとE組の暗殺教室   作:レール

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私と貧しい二人と裏山サバイバル(前編)

〜side メグ〜

 

 磯貝君のバイトがバレたことに端を発した体育祭の棒倒しも無事に終わり、週末の休みを挟んだらいよいよ二学期の中間テストまで残り二週間だ。

 一学期の期末テストは学年九位だったから、今度はもう少し上を目指したい。得意な国語のケアレスミスをなくすこともそうだけど、苦手な歴史についての勉強もしっかりしていかないと。

 とはいえ根を詰め過ぎるのは身体に良くないからね。体育祭の疲れを取る意味も兼ねて今日の日中は自由にしよう。勉強は夜から始めることにする。

 

 そういうわけで買い物にでも行こうかな、と思い立って家を出ることにした。もうすぐ夏も終わることだし、衣替えに向けて新しい秋服でも買おうかしら。

 なんて考えながら駅へ向かっていると、少し先の道に見慣れた人が歩いていた。

 

「あれ、磯貝君?」

 

「ん?」

 

 つい出てしまった私の声に反応して磯貝君はこちらを振り向いた。

 そうして私に気が付くと笑顔で手を挙げてくる。うーん、今日も変わらず爽やかでイケメンだわ。

 

「おう、片岡。休みの日に会うなんて奇遇だな」

 

「えぇ、そうね。磯貝君は……結構な量の荷物だけど、何してるの?」

 

 磯貝君は見るからに多い量の荷物をリュックに背負い、格好もいつもの普段着より動きやすそうな服装だった。

 買い物にしては服装がおかしいし、何処かで運動でもするのかしら。大量の荷物はその運動に必要な道具だったりだとか。

 

「あぁ、ちょっと今から吉井と山狩りに行ってくるんだ」

 

「ふぅん、そうなんだ。頑張ってね」

 

「おう、またな」

 

 私は磯貝君と軽く挨拶を済ませると、そのまま別れて駅へ向かった。

 磯貝君の進行方向には学校があるから、多分山狩りは学校の裏山で行われるのだろう。そう、吉井君と一緒に山狩りを――

 

 

 

 

 

ダッ!(私、反転して猛ダッシュ)

 

 

 

 

 

「磯貝君! 山狩りってなにっ!?」

 

「うぇっ!? ど、どうしたんだよ突然……山狩りっていうのは文字通り山で狩りをすることで……」

 

「そうじゃない! 私が聞きたいのはそういうことじゃないわ! どうして磯貝君が山狩りをすることになったかよ!」

 

 あまりに自然に不自然なことを言うものだから流しそうになったけど、何がどうなったら現代日本の都会で中学生が山狩りをすることになるの!?

 私が何に驚いてるのか分からないのか、磯貝君は戸惑いながら山狩りに行くことになった経緯を話してくれる。

 

「いや、この前の体育祭ではバイトがバレて皆に迷惑を掛けただろ?」

 

 まぁ皆は迷惑だなんて思ってないだろうけど、磯貝君としてはやっぱり責任を感じているらしい。

 バイトの件は棒倒しに勝って何とか乗り切ることが出来たものの、それと山狩りに行くことがどう関係してるのかしら?

 

「でも家計が厳しいのは変わらないからさ、何かバイト以外で家計に貢献できないかって考えたんだ。流石に次はないだろうし」

 

 確かに、棒倒しが終わって校則違反については有耶無耶にすることが出来たけど、だからといって磯貝君の家の経済状況が変わったわけじゃない。

 そもそも磯貝君が今回バイトしてたのは、体調を崩されたお母さんに代わって必要なお金を稼ぐためだったわけだし。そうじゃなかったらE組になっても懲りずにバイトなんてしないでしょう。

 でも事がここまで大きくなってしまった以上、同じことを繰り返さないために隠れてバイトをすることはやめたみたいね。

 

「結論としてバイトが駄目なら自給自足するしかない。じゃあ山狩りだって考えに思い至ったんだよ」

 

「うん、今途中経過が色々と飛んだわね。なんでもっと堅実的な方法が挙がらなかったのかしら」

 

 金魚掬いの金魚で料理をするくらいだから出来ることは既にやってると思うけど、だからって最終的に山狩りに行き着くのは発想がぶっ飛び過ぎだと思う。

 

「それで悩んでる時に吉井が心配して話し掛けてきて、相談したら椚ヶ丘学園の裏山は食料が豊富だって教えてくれたんだ」

 

「まず前提としてどうして吉井君は裏山の食料事情に詳しいのよ……」

 

 もしかして吉井君って頻繁に山狩りしてるとか言わないわよね? 最近はお昼も水じゃなくて普通にお弁当を食べてたと思うけど……まさか全部自給自足で作った料理なのかしら?

 とはいえ家庭栽培なんかは成長するまで収穫できないし、都会の中で家畜なんかを飼うのは現実的じゃない。今回みたいに不測の事態になった時、山の生き物や山菜が手に入る山狩りは意外と理に適ってるのかもしれないと思えてきた。

 

「……磯貝君、突然で悪いんだけど私も着いていっていいかしら?」

 

 磯貝君の山狩りを否定するには、私も一度山狩りの良し悪しを体験するしかない。

 そう考えた私は二人の山狩りへ同行することにした。買い物はまた今度にしましょう。というか吉井君の食事情とか磯貝君の今後とか、色々と気になって買い物に集中できないと思うし。

 

「あぁ、人手が多いのは大歓迎だ。でも山に入るから動きやすい服に着替えてきた方がいいと思うぞ」

 

「えぇ、分かったわ。着替えてくるから少し待っててちょうだい。吉井君との待ち合わせまで時間は大丈夫かしら?」

 

「少し早めに家を出たから多分大丈夫だ」

 

 ということで私の休日は平穏な買い物から一転、椚ヶ丘学園の裏山で山狩りをすることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 動きやすい服に着替えた私が磯貝君と一緒に学校の裏山へ向かうと、そこには私達と同じく動きやすそうな服に身を包んだ吉井君が待っていた。

 吉井君も近付いてくる私達に気付いたみたいだ。こちらへと顔を向け、磯貝君の横にいる私を見て目を丸くしている。

 

「あれ、片岡さんも一緒なの?」

 

「急に着いてきちゃってごめんね。ちょっと色々心配で放っておけなかったものだから」

 

 これは私が口出しすることじゃないかもしれないけど、せめてクラスメイトとして二人が常識の範囲から逸脱しないように注意しないと。危ないことだったら止めないとだし。

 吉井君はいきなり来た私を気にした様子もなく笑顔で受け入れてくれた。

 

「僕は全然いいよ。じゃあ片岡さんも一緒に世知辛い貧乏生活を乗り切ろう!」

 

「おーっ!」

 

「ごめんなさい。こう言ったら失礼だけど私の家はそこまで追い込まれてないわ」

 

 残念ながら二人と私の山狩りに対する温度差が激し過ぎる。まぁ自分達の食生活に直結するわけだから、吉井君や磯貝君からすれば気合いの入り方も違うわよね。

 と、そこで吉井君は改めて磯貝君の大きな荷物を見て首を傾げた。

 

「それにしても磯貝君はなんでそんなに荷物が多いの? 必要な道具はこっちで揃えるから荷物は最小限でいいって言ったのに」

 

「そうなの?」

 

 その割には色々入ってることが一目見て分かるくらいの荷物量なんだけど。どう考えても最小限の荷物とは言い難い。

 

「あぁ、だから言われた通り最小限の必要だと思う荷物しか持ってきてないぞ」

 

 持ってきた荷物について問われた磯貝君は、リュックから中身を出して私達に見せてくる。

 

 

 

 

 

 タッパー × 五個、密閉袋 × 十枚、空き瓶 × 三個、ビニール袋 × 十枚、燻製機 × 一台、調味料多数。

 

 

 

 

 

「なるほど。これだけあれば何が獲れても持って帰れるし、その場で調理して加工すれば保存も出来そうだね」

 

「どれだけ獲れるかは分からないけど準備しておいて損はないだろう」

 

「寧ろ調理器具はあるけど容器類はあんまり持ってきてなかったから丁度良いよ」

 

 ……この荷物と会話にツッコミたくなる私がおかしいのかしら? 本当にどれだけ今日の山狩りで狩るつもりなのよ。っていうか磯貝君、明らかに前よりも常識が馬鹿になってない?

 もう常識の範囲内から逸脱しちゃって手遅れなのかなぁ、と若干諦観の念を抱いていると吉井君が申し訳なさそうに今回の山狩りについて話してくる。

 

「でも今日は基本的に魚釣りと山菜採りに絞ろうと思うんだ。二人は山狩りに慣れてないし、動物を狩るのは状況に合わせてやるから大量はちょっと望めないかも」

 

「別に構わないぞ。慣れれば一人でも来れるようになるだろうし、取り敢えず一食でも浮けば御の字だからな」

 

 準備万端だった磯貝君は残念がるかもって思ったものの、特にそんな素振りはなく吉井君の提案を受け入れていた。

 それよりもこの物言いから察するに、成果次第で磯貝君の生活スタイルに山狩りが追加される感じだわ。やっぱりクラスメイトとして止めるべきなのかしら……取り敢えず当初の予定通り、山狩りを体験してから良し悪しについては考えましょう。

 

「私も勝手に着いてきただけだから、それは別にいいけど……山狩りって言うくらいだし、てっきり罠でも仕掛けてるんだと思ってた」

 

「狩りで罠を使うのは狩猟免許がいるから、念のため使わないようにしてるんだ。それに無免許で法定猟具を使えないっていうのもあるけど、裏山に罠を仕掛けて他の誰かが罠に掛かったら危ないしね」

 

「そこは“念のため”じゃなくて、“狩猟免許がないから”にしておきなさい」

 

 要するに動物を見掛けて狩れそうだったら狩るってスタンスで行くみたい。

 っていうか動物を狩るには免許以外にも何か許可が要ると思うけど……まぁ国家機密(殺せんせー)がいて政府も関与してる山だし、椚ヶ丘学園の敷地内でもあるからいいのかしら?

 とはいえまさか吉井君から法律に関する話が出てくるなんて……明らかに狩猟慣れしてる。これは随分前からやってるわね。

 

 そうして吉井君を先導にして、私達は川沿いに上流へと山を登り始めた。

 普段の登校では整備された山道と橋を渡って行くから、あまり必要がなければ川沿いを歩くことはない。途中には流れが速くて深い場所もあったりするから注意しないと。

 川を上っていくと中流から上流辺りに差し掛かったところで、大きな岩場がある釣りに良さそうな場所へ出た。そこで吉井君は背負っていた自分の荷物を下ろして中身を漁り始める。

 

「百均のお店で釣り道具一式揃えられるから、予備と合わせて二本持ってきたんだ。良かったら二人で使って。餌は網があるから川虫とかミミズとか……あ、片岡さんって虫は大丈夫?」

 

 吉井君から手渡された釣り竿を見てみると、意外にもそれなりにしっかりとした作りのものだった。

 へぇ、今時の百均は色々と進化してるのね……と思ったけど、よく見ると既製品に手を加えたような跡がある。どうやら吉井君の方で使いやすいように改造したみたい。

 

「虫とかは大丈夫だけど、私達が釣り竿を使っちゃったら吉井君はどうするの?」

 

「僕は適当にその辺のもので釣り竿を作るから気にしないでいいよ。ただ材料を集める必要があるから少しだけ二人で釣りを楽しんでて。あとコレも一応渡しとくね」

 

 そう言って吉井君は釣り竿の他にスプレー缶も手渡してきた。こっちは見た目からして明らかに既製品じゃないわね。

 

「これは……?」

 

「催涙スプレー。カルマ君が奥田さんに頼んだ特製の奴らしいから、効果は間違いないと思うよ。熊撃退スプレーの代わりに僕も作ってもらったんだ」

 

「山狩りに手慣れてるだけあって野生動物対策もバッチリね」

 

 吉井君が釣り竿を作りに行ったので、私と磯貝君は魚の餌を探して釣りを始めることにした。

 魚や餌は磯貝君の持ってきた容器があるから鮮度を保てる。正直そんなに必要ないって思ったけど、あの大量の容器類がいきなり役に立つとは思わなかったわ。

 それに百均で揃えたっていう釣り竿でも結構釣れるのね。途中で戻ってきた吉井君も即席釣り竿で意外に釣ってたし、普通に山狩り関係なく渓流釣りとして楽しかった。

 

「これだけ釣れればこの時期の釣果としては十分かな」

 

「そうだな。うちの二食分……いや、切り詰めて三食分くらいのおかずにはなりそうだ」

 

 お昼過ぎになったところで、私達は渓流釣りを切り上げることにした。少しお腹も空いてきたし、時間的にはちょうどいいでしょう。

 でも磯貝君の言葉を聞いて、吉井君は釣った魚をどうするか悩んでいるようだった。

 

「んー、釣った魚はこの場で食べようと思ってたけど……それよりも磯貝君、家に持って帰る? 僕は水と塩があれば何とかなるし」

 

「吉井君もしっかり食べないと駄目よ。それだったら私の分をあげるわ。妹さん弟さん、食べ盛りでしょ」

 

 そもそも私は磯貝君に着いてきただけだもの。山狩りに手を出すほど生活が逼迫してるわけでもないし、食生活に直結する二人へ食料を優先するのは当然のことだわ。

 でも磯貝君は私達の提案に対して首を横へ振る。

 

「……いや、折角三人で釣ったんだ。俺は今、吉井や片岡と食べたいな。それで残った魚だけ持って帰らせてもらうよ」

 

 やっぱり磯貝君って良い人だわ。私達の釣果も持って帰ったらいいのに、自分のことより周りのことを第一に考えてるんだもの。

 此処でお互いに引かなかったら釣った魚の押し付け合いみたいになっちゃうし、磯貝君がそういうなら私と吉井君も頂くべきよね。まぁ自分達で釣った魚を味わう程度にして、それなりに食べる量は抑えるつもりだけど。

 吉井君も同じように考えたのかは知らないけど、特に言い返すことはなく話を進めていった。

 

「分かった。じゃあ今から調理しちゃおう。磯貝君は魚、捌けるよね。片岡さんは?」

 

「ちょっと魚は捌いたことないわね」

 

 というより魚を捌いたことのある中学生の方が少ないと思う。

 本当に二人とも料理慣れしてるわよね。唯一の女子としては少し情けないと思わないでもない。

 

「じゃあ片岡さんには焚き火の準備をしてもらおうかな。チャッカマンがあるから使って」

 

「OK。それなら燃やせそうな枝や落ち葉を集めてくるね」

 

 吉井君からチャッカマンを受け取ると、調理器具を出して魚を捌き始めた二人を余所に私は焚き火の準備へ取り掛かった。

 とはいえ適当に燃えるものを集めるだけだから、そこまで時間は掛からないと思うけどね。取り敢えず魚を捌き終えたらすぐ焼けるようにしておこう。

 

 今のところはただの渓流釣りで、山狩りと言っても危ないことは特に見当たらない。至って普通のアウトドア活動だ。

 吉井君が積極的に動物を狩りに行ってないっていうのもあるんだろうけど、このまま何もなく午後からも落ち着いて過ごせたらいいわね。




実際には狩猟期間・禁止猟法・狩猟鳥獣・狩猟制限・狩猟禁止区域など狩猟には多くの法律があります。無免許で行える自由猟法など調べた上で話を作っていますが、話の都合上の違法行為もありますので漫画的表現としてお楽しみください。

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