作:鳥焼火炭


オリジナル現代/文芸
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ある運転士のお話。
普段あまり話題にならない視点からのものとなっています。

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遮断機って左右で下がるタイミング違うんですね。




 線路に佇む人を見た。

 こちらを見上げる死んだ目を、その目がとらえた雲を見た。

 そこに僕は映ってはいなかった。

 明け方の澄んだ空気の中、鳴り響く警報機の音、甲高く響くブレーキの音さえ無視して線路に佇む人を、見た。

そのあと、すぐに僕の視界が赤に染まった。

 

「お前のせいじゃない。」

 僕の隣に座りながら、最近白髪の混じってきた先輩が言う。外とは打って変わって温かく暖房の効いた駅員室で、うつむいていた僕にかけられた最初の言葉はそれだった。

「じゃあ、誰のせいなんですか」

「それは俺にもわからん。ただ、お前のせいじゃない。」

 答えのない問いだとわかっていた。同時に僕のことを慰めてくれたのはわかっていた。けれど、それでも言わずにはいられなかった。あの死はいったい誰のせいなのか。心の靄は晴れない。手に握る帽子をぐしゃぐしゃにしながら、僕はしばらく自分のつま先を眺めていた。

 

 現在、人身事故により電車が遅れています―――いつも通りのアナウンス。

 帰るの遅れるじゃねぇか―――死ぬならほかで死ねよ―――いつも通りの罵声。

 かわいそう―――自殺した少女はいじめを―――いつも通りの同情。

 ---けれど、その中に僕に対する声はなかった。

 

 帰り道を歩いていた。冬の寒さが吹きつけるから、みんな分厚い衣を着ている。アスファルトに底の厚い音を響かせ、みんな下を向いて歩いている。道行く人は僕に気が付かない。僕が人を殺したことなど知りもしない。死んだ女性の名前や、いじめていた人、家族の名前、もっと詳しい個人情報まで、それらすべて知っているくせに、僕のことは顔さえ知らないのだ。

「僕が彼女を殺したんだ。」

 心の中で叫ぶ。

「四肢が飛び散るさまを見たんだ。」

 答える声はない。

「この手で…人を殺したんだ…」

 誰か僕を裁いてくれ。この心臓は無垢じゃない。この手は汚れたばかりだ。膨れ切った罪悪感と怒りで押しつぶされそうなんだ、なぜ誰も僕を責めない。

「お前のせいじゃない。」

じゃあ誰のせいだ。

「お前のせいじゃない」

そんなの、答えになってない。

 

 電車の運転士になったのは、電車が好きだったから。空を裂き、うなりをあげて大地を走るその様に憧れた。それを運転できたらどれほど良いだろうかと。輝く制服と帽子をかぶり、銀の車体の先頭で舵を握ったときの興奮を、まだ忘れてはいない。

 憧れたはずの、運転士。大勢の人を乗せ、地を揺らし、どこまでも行くその列車を担うこの腕を、なぜ血で汚さなければならないのか。

「よくあることだよ。」

と言われた。だからなんだ。

「いちいち気にしていては身が持たない。」

と言われた。お前には感情がないのか。

「彼女を恨むなよ、深い理由があったんだ。」

そんなこと知るものか。そんなもの、僕を人殺しにする理由になんてなっていない。

 

夕暮れ時、冬の日は短い。あたりはすっかり暗くなっていた。いつもの踏切を、いつも通りに。いつも通りでないのは、警報機の鳴る線路の中に、短い髪の少年が立っていることだけだろう。

 

やめてくれよ―――

 

彼は口も開かずそこに立っている。

 

やめてくれよ―――

 

距離が近づいていく。

少年の目が見えた。その目は僕の向こうの景色を見ていた。

 

 やめて、くれよ…

 

「僕を、人殺しにしないでくれ…」

 

 視界が、赤く染まった。

 




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