昔々、ある国に李下王(りかおう)という王様がいました。
王様は正しくないことが大嫌いだったので、少しでも嘘をついたり悪いことをした人たちを容赦なく殺していきました。
幾人もの人を殺した連続殺人犯の首を吊らせ、軍隊を私のものにした将軍を絞首刑に処し、城に忍び込んだ泥棒を縛って吊し上げました。
でも、一向に国は良くなりません。この日も、勝手に私腹を肥やしていた大臣を捕まえて首を括らせていました。
王様はかんがえました。
「大臣はいまわの際に『やっていない』と叫んでいたな。なぜ、悪いことをしたのに言い逃れしようとするのか」
そのことを奥方に聞いてみました。奥方は王様に優しく諭しました。
「それは嘘というのです」
「なぜ悪人は嘘をつくのか」
「嘘をつくことで、王様の判断を妨げようとしているのです」
なるほど! 王様は納得しました。
――つまりは、嘘をつく人こそが悪人なのです。
次の日から、王様はさらに疑り深く人を見るようになりました。
冗談めかして笑いを誘った奇術師に矢を射かけ、偽の報告をしてきた官僚の腸を引きずり出し、過大な戦果確認をした司令官を部下の観測班ごと死地へと赴かせて殺しました。
そうして、幾春もの月日が経ちました。疑り深い王様は、玉座に腰掛けながら腕を組んでうむ。と大きく頷きました。
「これで国はよくなったな」
しかし、ひっそりと影口を叩く輩がたくさんいます。王宮の宦官たちがひそひそとはなしているのを、聞いてしまったのです。
なおかつ、私達は何も言っていません。と言い張るのですから大変です。王宮内の全員が宦官たちを擁護したので、王様は混乱してきました。少しだけ伸びてきた髭を間違って剃ってしまうくらいには憔悴しきっていました。
もはや、だれが嘘をついているのか解らない。にこやかな笑顔のうらでは何を考えているのかわかったものではない。
そう顔を青ざめさせた王様は、はるばる西の国から高名な学者を呼んで訊ねました。
学者は真っ白く蓄えた髭を弄びながら答えました
「ふむ、それは王様お一人だけでなんとか出来る物ではありません」
「では、どのようにすればよいのか」
「法です。法を作るのです」
「なぜ法を作る必要があるのだ」
「法を作れば、人民は自ずからその規則の中でのみ活動するようになります。それこそが法治国家です」
なるほど。王様は納得しました。
――――つまりは、嘘偽りのことを頭に思い浮かべたであろう人物を処刑するような法を作れば良いのです。なんと素晴らしき法治なのでしょう。
王様は家臣に命じて、城下町の一番目立つところに高札を掲げさせました。
『誰かと嘘偽りの混じった事を話してはならぬ』
『誰かを騙そうと企てはならぬ』
『それらを破った者には厳重な処罰を与える』
それを見張るために王様は秘密の警察を組織して、密告されるのを待ちました。すると、一つ、二つ、三つや四つと少しずつではありますが、どこそこ村の誰それは嘘をついているという密告が相次ぐようになったのです
高札の通り、密告された嘘つきには厳重な罰がありました。
口があるから嘘をつくのだとして、大勢の嘘つきたちの首が灰色の空を舞いました。
その結果、人々は嘘をつくのを止めました。いつどこで密告されるかも解らない恐怖に怯えながら、正しいことだけを口にするようになったのです。
王様はこれでよしと思いましたが、有るとき大臣の一人が駆けてきました。
「何事だ」
「王様、なにとぞ処刑をおやめくださいませ」
王様は静かに頷くと、そう進言した大臣を穴の中に放り込みました。
「王様、何故に大臣を処刑したのですか。彼は良き士でありましたのに!」
次の日、大臣を穴の中に放り込んで処刑したことを責めてきた弟を蛇の餌にしてやりました。
「王様。それは法ではありません。ただの独裁です」
その次の日、巻物を手に烈火の如く怒り散らしてきた学者を、火あぶりにして殺しました。
「王様。私はもうついてはいけません、故郷へ帰らせていただきます。さようなら」
そのまた次の日、自室で荷物を纏めていた奥方を、長い麻縄で括って川へと放り捨ててしまいました。
その結果、王様のまわりにはもう誰も正してくれる人はいなくなりました。
堅い仮面のような笑顔を湛えた人間だけが、王様の前に侍っているだけでした。
髭も白くなってきた頃、王様のもとに一人の娘がやってきました。
西方の扇情的な装束を身につけたその娘は、隣国の隣国のさらにまた隣国の姫君だというのです。
王様は嘘だと思いましたが、どうしてもと言うので仕方なく王宮に入れてやりました。
玉座の前に跪いた娘は、自分を瓜田姫(かでんひめ)だと語り、こう言いました。
「王様、私は占いの才があります」
「占いとは嘘偽りを語って人を騙す悪魔の所行ではないのか」
瓜田姫は王様の手を握って、そっと言いました
「いいえ、それは違います。それは偽者の占い師です」
疑り深い王様は、それでは今から占ってみよ。と言いました。
瓜田姫はにっこりと微笑みながらこう囁きます。
「王様、私の占いは人を見るのではなく、空を見るのです」
「空を?」
「ええ、天にまします神様が何をすれば良いのかを指し示してくださいます。私たちはそれを見てその通りにすれば良いのです。それゆえに夜、それも星が見えているときにしか占えないのです」
王様は首を捻りました。この娘は嘘をついているのか否か。
それを判断するためにも、瓜田姫を夜の王宮へ呼ぶことに決めました。
「姫、よくぞ逃げずに来たな」
新月の夜、玉座の間に呼ばれた瓜田姫は毅然とした態度で返します。
「こうして王様に呼ばれることすらも神様のお導きですから」
ふむ。自信たっぷりに語る彼女を見て、嘘ではなさそうだと内心ほっとした王様は、瓜田姫の手に収まった円筒を見とがめました。これはなんだ?
「これは、望遠鏡と申します」
王様は、その望遠鏡とやらを初めて見ました。60年間以上この国を見てきて、そのような代物を見たことも聞いたこともなかったのです。
「私の故郷の瀆神技術者が、神様の御姿をこの目でしかと見てみようと死の間際に作り出したものにございまして……ええ。私の占いはこれを用いてやります故、ここに持参したのです」
ふむふむ。顎髭を右手で弄ぶ王様のしわしわの枯れ木のような手を瓜田姫は掴んでどこかへと引っ張ります。
「姫、いったいどこへ?」
「物見塔へ。おそらく番兵が寝ずの番をしている塔がありましょう。そこで星を見ます」
瓜田姫の脇には件の望遠鏡、大きな巻物、神話に伝わる八卦炉のような形をした方位磁針等々、大量の物品がありました。それらをガチャガチャと言わせながら、夜のとばりの元へと出てきました。
「さあ王様。占星のお時間です」
すぐ側にいた番兵をも手伝わせながら、望遠鏡を組み立てます。大きな巻物に描かれた星宿図を煌煌と輝く蠟燭の灯火で照らしながら方位磁針をもってしてきちんとした方位を調べ上げ、携帯式の座椅子に腰掛けた王様の前に披露しました。
「まずは……神様を探しましょう。北はあちらですね」
瓜田姫が指さしたのは、北辰。北の端と言われるところで軸のように決して動かないでいる暗い星。
「神様はいまはお静かですね。なら、とくに伝えたいことはないと言うことです」
「今は。ということは、揺らぐときがあるのか?」
ええ勿論。瓜田姫は王様の問いかけに快く答えました。
「たとえば……神様の星から少しだけ離れた、あそこの星はちかりちかりと瞬いているでしょう?」
「ああ。あそこは何かあるのか?」
「あの星は……後宮の星ですね。何やら仄暗い隠し事をしているか、何かを企てているご様子です」
嘆息した王様を尻目に、瓜田姫は続けます
「ほかには……少し北の方に行っていただいて、あの星。後宮の星のさらに奥に、煌々と輝いている星があるでしょう?」
「あの星は虚宿と言いまして、王様の学問の始めに丁度良い時分だと申しているのです。占星術という学問を用いて国を治めるには丁度の良い時分だと言うことでしょう」
ほう。王様は冷静を装いつつ、内心では歓喜していました
まさか、星を見ることで未来のことや人の心の中が解るかもしれないとは!
「……では、あのせわしなく揺れ動いている星はなんなのだ?」
王様の手の向こう側にあったのは、どういうことか揺れ続けているように見える星。神様の星だと言われた西に
「あれは奎宿ともうしまして、戦乱や水害を予兆する星です。ここ最近、大きな戦争が起こっているのでは?」
王様は瓜田姫のその言葉を聞いたとき、少しだけ首を捻りました。ここ数年の内は隣国との緩衝地帯のおかげで特に大きな戦争はなかったからです
「――あるいは、これから少し後に起こりうる戦乱なのかも知れませんね」
王様の疑念は、どこかへと流されていきました。
瓜田姫による星占いがつつがなく終わった後、王様は姫に言いました
「素晴らしい。余は占いの力を懐疑の目でしか見れていなかったのだな」
王様ははずかしそうに続けます。わずかに痙攣する皺だらけの手を、瓜田姫へと伸ばしながら。
姫さえ良ければ、これからも少々留まって、国の政を補佐してはくれないか
瓜田姫は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしましたがはっとしたかのように微笑んで、差し出された王様の手を堅く握りました。
王様は随分と前に亡くなった奥方に代わって、瓜田姫を正式に娶りました。後宮の存在自体は変わらずにありましたが、王様がご高齢のこともあって全く活用されていませんでした。
瓜田姫と王様は、占いを元にして国を治めていきました。
戦争が起これば対処法を神様に聞き、水害や飢饉が起これば事前に神様に聞いていた策を講じて対処しました。
また、内乱を企てる輩や敵国のスパイなどを占いによって見つけ出しては処刑していきました。人の心の中までも見通せてしまう星占いの前には、どんな嘘偽りの混じった告白も通用しませんでした。
王様の目には、これによって国が良くなったと見えました。
占いの力を持ってして、真に正しく国を導けたのだ。と。
しかし、王様はもはや老い先が短いものでした。これまでの65年以上におよぶ国の統治は、晩年を除いて王様一人だけでやってきたようなもので、その心労なども祟って病床に伏せってしまったのです。
「姫。余の晩生で正しく国を導けたことは、全て姫が助けてくれたからだ。星占いというのは偉大なのだな」
王様は、真っ白く濁った瞳を灰色に塗り固められたかのような空へと向けました。嘘を排しても本当のことが見えなかった王様には、死人であふれかえった城下の様子は見えないままでした。
「余が死んだ後は、どこに行くのだろうか?」
「神様のお膝元、王様の星へと昇られるのです。これまでの王様たちと同じように、神様の判断のお助けをなさるのです」
そうか。無碍では無いのか。
瓜田姫は、それっきり息を引き取ってしまった王様の枕元に涙をこぼしながら、その口角を引き上げてポツリと漏らしました。
――嘘ですが