魔導国の日常【完結】   作:ノイラーテム

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道路は続くよ何処までも(後篇)

「レイちゃんアレ使っててくれてるかな~」

「珍しいわね。そんなにあなたが人を気に掛けるなんて」

 吹きすさぶ風がカルネ村を通り抜ける。

 そんな中、とあるお家の屋根に腰掛けてルプスレギナが鼻歌を口ずさんでいた。

 ユリがその様子に首を傾げると、心外そうな声が返ってきた。

「やだなあユリねえ。ナーちゃんと違って私は人間達を愛してるっすよ?」

「じゃあ、何でそんな口をしているのかしら」

 ルプスレギナの口元は歪に歪んで居た。

 唇の端を上げるソリュシャンの嫌らしい笑いと違い、今にも獲物に飛び掛からんとする肉食獣のようだ。

「そりゃあ楽しいからっすよ♪」

 笑顔とは本来獰猛な性質の表れであると、至高の方の何方かがおっしゃったような気がする。

 それは本当なのだろうと、ユリは溜息をついた。

 愛していると言うのは、きっと、玩具として愛好していると言う意味だろう。

 

「あなたが楽しむのも、無関係な人間の運命ならこの際、置いておくわ。確認しておくけど、アインズ様の計画を邪魔しはしないのでしょうね?」

 皇帝の供として現われた人間に、このカルネ村でも顔を合わせに行った。

 それも一度は配慮して、顔を見せないように下がった相手に、だ。

 ユリはその事を確認する為にこの村を再び訪れたのだ。

「情報を集めてたので怪しまれるより先に誘導したのと…。レイちゃんの問題で計画の遂行が危ぶまれたので、仕方無く必要なアイテムを渡しに行っただけっすよ~」

「じゃあ、何でそんな口をしているのかしら」

 狼女の口元は、それはもう、どうしようもないくらいに歪んで居た。

 

「そりゃあ楽しいからっすよ♪」

「良い趣味をしてるわ…」

 デミウルゴス様と気が合うんじゃない?

 そんな言葉を呑みこんで、ユリはもう一度、溜息をついた。

 

 そんな会話が繰り広げられ、遊ばれているとも知らないレイちゃんこと、レイナース・ロックブルズ。

 彼女は森の泉で、羞恥心と戦って居た。

「何の因果でこんな目に…。こんな丈の短いの、履いてたとして小さいころくらいよ」

 小さい頃はむしろ厚く着こんで居た気がする。

 家や領地の問題もあって訓練、あの忌まわしい魔物との戦いがあってからは、神殿に通いつめて訓練。

 訓練三昧の日々に、スカートなんて余分で余計な産物。

 流石に一度も無い事は無いだろうが、絶無ではないが皆無というやつである。

「それでも、ここを乗り越えなくちゃ本題にすら入れないわっ。絶対に負けない!」

 賢者たちが広めたと言う下履き(パンティ)がなければ、こんな事は絶対に拒否したであろう。

 

 ふうと息を吐き、深呼吸してから一気に身を清める。

 そして顔の膿を拭いてから、白いアイパッチを右目に巻いた。

「あとはコレを付けるだけね…」

 レイナースがアイパッチを身につけた瞬間、彼女の顔に変化が訪れる。

 拭ったばかりでもジンワリと出て居た膿が、ピタリと止まったのだ。

「ちゃんと止まった…。凄い…」

 改めてアイパッチの上から清め直し、レイナースはカルネ村で出会った聖女のような女性を思い出していた。

 ナザリック大墳墓に行く時に出会った時は、恐るべき魔物の仲間と思って居たが…。

 こんなアイテムを貸してくれるなんて、そして色々な忠告をくれるなんて、なんと良い人なのだろう。

 

 カルネ村で情報収集しようとして、バレアレ家に行こうとした所で出会ったあの女性。

 ルプスレギナは色々な事を聞かせてくれた。

獣人憑き(ライカンスロピィ)とか言ったっけ。あんな呪いでも抑え込めるなんて…」

 魔導王は以前から忠誠を誓う者を見捨てずに、カルネ村へ彼女を派遣している事。

 彼女もまた恐ろしい呪いに囚われ、気を抜けば獣毛で覆われ、人を襲いそうになる事。

 

 そして…呪いは自身の成長があれば抑えられ、必要ならば補助するアイテムがある事を教えてくれたのだ!

「私にも出来るかしら…ううん、抑え込んで見せなくちゃね。お姉さまにも陛下にもでないと申し訳が立たないわ」

 呪いの中には自身を強化してくれるモノがあり、それは祝福でもあるからこそ解除し難いのだと言う。

 魔導王のメイドになったことで、解除可能になったものの、ルプスレギナは呪いを抑え込む道を選んだのだと言う。

 自分では到底なしえない選択を躊躇なく実行する聖女の決意と、ソレを許容させる魔導王への忠誠に頭が下がる思いだ。

 容易い道を選ぼうとした…いや、選ぼうとして見付けることすらできなかった自分とは、大違いだとレイナースは打ちのめされた。

「見て居てくださいお姉さま…。きっとやり遂げて見せます」

 レイナースはその時の事を思い出すと、羞恥心と後悔で体が熱くなる。

 もう自分には必要無くなったからと、この呪いを抑えるアイテムを貸してくれたあの人の、何分の一かでも強くなりたいと願った。

 

 レイナースには人並の羞恥心や、克己心。

 皇帝への忠誠心や恩義を感じる心が在るのだ。

 今まではソレに比して巨大な、呪いと、世間の悪評があったにすぎない。

 

「この冒険でエ・ランテルの陛下の目に止まるのは無理かもしれないけど…。もし必要だったらメイドでよければ推挙してくれるって言ってたし…」

 だが、思い返してみれば、成り振り構わぬ自分の姿勢こそが、返って悪影響を与えて居た(ビッチと思われていた)のではないだろうか?

 ここ暫く、カルネ村で探索に関わって、自分のことを知らない人々に出会うことで、心境の変化が訪れて居た。

 

 なお、ルプスレギナの事を良く知る者が聞いたら…。

 首を掴んで、『目を覚ませ』とか、『逃げてー!?』と忠告した事だろう。

 なにしろルプーは獣人憑きではなく、最初から獣人として設計されているのだ。

 嘘八百ここに極まれり、レイナースを救う為では無く、持ち上げて落とす日のために、この場で<解呪>を報酬だと言い出させない為に、口を挟んだのである。

「絶対に負けない! 希望を捨てない限り呪いなんて必ずなんとかなるわ!!」

 そんな事を知らないレイナースは、今までにない謙虚な気持ちで酒踏みに向かったのである。

 

 そして出迎えた一同の注目が集まる中、すり鉢状になった岩の上に果実を並べて行く。

「本当にこの場所を使ってしまっていいの? 一族の重要な場所だったんでしょ?」

「もう一族なんて残ってねーよ。それにさ、族長の為に働いたら、村でもっと美味いのがもらえるんだぜ」

 アーグの言う事ももっとな話で、今までこの洞穴というか窪みは放置していたほどだ。

 それに、果物を置いておけばその内に酒に成ることもある…。程度の保存場所であって、別に専用の祭儀場ではない。

 おそらくは、酒のタネ(菌)がこびりついて発酵していたのであろうという事だ。

「判ったわ。じゃあ少し離れててくれる? さっさと踏み潰して、森の西部に向かうわよ」

「頼んだぞ。だが、くれぐれも踏み割らないようにな」

 レイナースが踏んで潰した汁や、綺麗に潰れた部類の果実が、上の岩棚から下の岩棚に滑り落ちる。

 そこから木の器に溜めて居たようだが、今日ばかりは村から持って来た樽を置いておいておく。

 中には先ほど見付けた猿酒の残りが入っており、時折かき混ぜながら、少しずつ少しずつ溜めて行った。

 その間、レイナースは踊る様に果実を踏みしめており、本人の羞恥心とは裏腹に、急げば急ぐほどスカートがヒラヒラしていたそうな。

 

 暫くして一樽分の量が溜まり、残りの汁は果実や酒と一緒に別の樽に放り込んでおく。

 こちらは軽く煮詰めることでジャムに近い…、異なるアプローチで製造しようと言う訳だ。

 

「熊は結局、解体しちゃったのね」

「ハンティング・トロフィーにしようという話もありましたが時間もありませんし」

「モモン殿の功績を称えるには熊じゃ物足りないうと言う事だな。ハハハ」

 レイナースが武装に戻して来ると、そこには剥ぎ取られた熊の皮と、バラバラにされた肉の塊があった。

 一部は塩漬けにして、残りは血と一緒に撒き餌にするらしい。

 これを先に帰還するアーグに任せて、反対側のカルネ村方向に撒く事で、肉食獣の類いを反らしておく算段だとか。

 

 そのお陰で途中までは順調に進めたのだが…。

 臭いを利用するのであれば、匂いで起きる結果に気を付けておくべきだった。

 あるいは大蜘蛛が居ると言う事で、無意識に頭の中から外していたのかもしれ無い。

 一度カルネ村に戻れば話は別だったのかもしれないが、迂闊にショートカットしてしまったせいで、一同は報告にない問題と直面していた。

 

「いかんアレは巨大蜂だ。数からすると、巣も相当な大きさだぞ」

「あるいは女王蜂の株分けがあったのかもしれませんね。普段ならばゴチソウを見付けたと喜ぶ所ですが…」

 遠くから接近して来る幾つかの影に、ラケシルが<遠見>を使用する。

 話を聞いたリザードマンの探索長が、惜しい事ですと苦笑した。

 だが、事態は笑い話どころでは無い。

 

「どうするモモン殿。迫って来る奴だけ迎撃して素早く抜けるか?」

「いや駄目だ。どうやるのか知らんが、連中には格好の獲物を見付けたり、倒されると仲間を呼び寄せる性質がある。できるだけ刺激しない様に遠ざかるぞ」

 ラケシルの提案にアインズは首を振る。

 ユグドラシル時代で駆け出しのヤングだった頃、その性質を良く利用したモノだ。

 当時のレベル的には丁度良い狩りの相手だったと同時に、特定の条件でスポーンし易く、素材に成るドロップ品まで付いて来る絶好のエネミーではあった。

 

 だがしかし、今なら余裕とはいえ、当時とは諸条件が違う。

 自分だけならともかく、無力なレイバーやゴンドを庇いながら絶対多数と戦うのは、流石に無理だ。

 もちろん、正体をあらわせば余裕であるし…、イザとなれば絶望のオーラもありはするが…。それではこの状況を愉しめないではないか。

 

「蜂どもの性質解明と、巣に対処するのは後の冒険者に任せよう。調査だけならミスリル、完全対処ならオリハルコンというところかな」

「せいぜいそうさせてもらうさ! だがどうにかしないと追いつかれるぞっ」

 一同は距離を稼ごうとするが、ここは街道では無く森の中だ。

 直進出来ないし、馬車では通れない場所がある。

 もちろんソウルイーターに掘らせれば工事くらい簡単だが、今は時間の方が問題である。

 

「それでしたら、一度あちらの林を回ることで視覚だけでも遮ってはどうでしょうか? 確か蜂は巨大な目があったはずです」

「アレは小さい目の塊だと聞いたが…、まあこの場は同じか。なら全身鎧を着た私が囮になる、その間に回り込んでくれ」

「了解です」

 レイナースが少し先の茂った密度の高い林を指差して説明すると、アインズは頷いてその提案を了承した。

 五感の一つを断てば逃げ易くなるはずだ。

 後は大蜘蛛の巣を見付けて壁にするとか、策を積みあげて突き離すしかない。

 

「こっちだ着いて来い!」

「今だ! あの林を迂回するぞ!」

 黒き甲冑が大剣を掲げて走り抜け、暫くしてからゆっくり馬車が動き出す。

 傍目から見れば、慌てて逃げた個体と、ゆっくり統制を保っている集団に見えるかもしれない。

 事実、馬車のカタパルトには包みに入れた小石、スリングに魔法にと迎撃準備がしてある。

 この距離で詳細が見えるかは別にして、見た目を重視するなら十分な効果があったろう。

 

 アインズは十分に距離を離し、林の陰に馬車が移動しているのを確認した後、一匹だけ叩き潰して、速度をさらに上げた。

「さて、これで脅威と判ったはずだが…どう出るかな」

 だが異様な事に、蜂はアインズの方向に急速に集まって来た。

 やはり仲間が倒されると攻撃する性質があるようだが、何をしても倒せない強者に挑むとは…。

「先ほども視覚を騙されてこちらに来たようだし、所詮は虫か…。いや待て、五感?」

 アインズはうるさそうに巨大蜂を払って居たが、面倒になって大剣を掲げ直したところで手を止めた。

 

 そして、もう一度、大剣を見直す。

 そこにはベットリと、蜂の体液や蜂蜜かナニカが含まれていた。

「まさか、そうなのか? ブループラネットさんやベルリバーさんならば簡単に答えを出してくれるんだろうが…」

 振り降ろそうとした大剣を、アインズは明後日の方向に放り投げた。

 そして反対方向に走り出すと、念のために途中で、臭いの強い草を探して鎧にこすりつける。

(案の状だ…。連中は臭いで判断してるのか)

 正確にはフェロモンなのだが、ここでは余り差が無い。

 アインズは仲間達が走り去った方向に疾走して行った。

 

「おお、モモン殿! 流石ですね」

「世辞は構わない。ラケシル殿、すまないが風の魔法か何かを使えないか? どうやら臭いで追いかけて来るらしい」

「…風? 突風を吹かせる魔法ならあるが、この樽を追いかけてるなら何度も使う必要があるぞ?」

 出迎えるレイバーを押し留め、アインズはラケシルに魔法の要請をする。

 臭いを飛ばすと言うだけで、何が必要か悟ったラケシルであるが、それだけに苦い表情で酒の入った樽を軽く叩いた。

 果実酒の匂いに引き寄せられて居るなら、それこそ蜂が来るたびに使用する必要があるだろう。

 

「酒…というか果実が狙いとは盲点でしたね。獣避けをやったんなら気を付けておくべきでした」

「そうと知ってれば、幾らか潰さずに採っておいたが…まあ今更だな。毛布でも被せておくか?」

「それだと毛布に匂いが移るだけじゃぞ。ちょっと待ってくれるかの? 試したいことがある」

 探索長が謝罪し、ラケシルが毛布を被せようとする。

 それらをゴンドが制止し、荷物から刻印の為の(のみ)を取り出した。

 

「どうするつもりだ?」

「こう言う場では対して役に立たん文字じゃと思ったが、密封用の文字を掘る」

 ゴンドが片方の樽に文字を刻印し、軽くゆすってみたが、以前は漏れた果実の汁が漏れて来ない。

「凄いじゃないか。これで匂いも出ないはずだ」

「ワシ自身、この場で使えるとは思って無かった文字じゃし、気にせんでええぞ。それと、漏れないだけで既に漏れている部分はどうしようもない」

 感心するラケシルが興味深そうに眺めるが、ゴンドは肩をすくめた。

 

「それこそ毛布で良いのではないですか? ひとまず、果実の匂いのしている物で捨てることが可能な物は捨てましょう」

「仕方ありませんわね。出来るだけ要望に沿いますけど…そういえば、モモンさんの大剣はどうします?」

「あれくらいなら予備があるし、回収クエストでも追加しておいてくれ。大した物でもないが何か報酬を出そう」

 レイバーが馬車の荷台に敷いておいた布を引き剥がすと、レイナースも諦めたように荷物から布切れを数枚取り出していく。

 そして彼女が赤い顔をして林の中に捨てて居るのを眺めながら、アインズはもう一本の大剣を指差した。

 所詮は魔法で作った物なので唱え直せば良いのだが、先輩が残すクエストというのはイベントっぽくて気に行ったのだ。

 後日、本当に回収された時は、魔法で消えても困るのでレプリカを渡すなり、別のアイテムでもプレゼントしようと久しぶりに笑った。

 

 そうして楽しい旅も、いつか終わりがやって来る。

 勿論、小さな脅威は沢山あった。

 だが、アインズが自分の力だけでは踏破できない、パーティとしての危機は巨大蜂で終了。

 冒険らしい冒険としては、言うべき事は何も無い。

 

 あとは森の西部の主…ということになっている、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンの元に辿りついて終了だ。

(本当は交渉もやってみたいんだけど…、あいつって心を読めるんだよな。見守るだけにしとくしかないか)

 森の西部にある沼に辿りつき、その近くにある隠れ屋のような洞穴の前で、足を止める。

 尻切れトンボになってしまった事を残念に思いながら、アインズはそれなりの満足感を得た。

 旅の途中で何度か<伝言>が飛んで来たことだし、今回の遠足はここで終了だろう。

「警戒されてもなんだし、中へは探索長とラケシル殿たちだけでも良いだろう。私は軽く周囲を警戒してから戻るとしよう」

「そうですね。何から何までありがとうございます」

「なーに良いって事よ。オレもルーンや珍しい物を見れたし、プルトンに自慢してやれるってもんさ」

「依頼の一環として処理させてもらいますので、お互い様ですよ」

 アインズの言葉を最後に、どちらかと言えば距離を取って行動を始めた。

 終わりの始まりと言おうか…、パンドラズ・アクターと適当なタイミングで交代する為だ。

 

 かつてユグドラシルで愉しんだ冒険や、漆黒の剣のメンバーと過ごした日々を懐かしみつつ、アインズは冒険者モモンから魔導王へと戻って行った。

 そして、幾日かが過ぎた後…。

 あのレイバーが、今度は自分の名前で面会を申し出て来たという。

 

「久しぶりだな。それで、地図に載せても良い様な計画は出来上がったのかな?」

「はい。陛下ほどの方にとっては十分では無いかもしれませんが、将来の下描きとしては十分。必ずや満足していただける未来を用意できると思います」

 いささか芝居掛った台詞回しに、アインズはパンドラの影を見た。

 感情移入でもしなのか、しょうのない奴だと思いながらも、自身が感情移入している事を認めて声には出さずに笑った。

 

「あれから私の方でも多少考えては見たが、せっかくだ。専門家のアイデアを聞こうじゃないか」

「ありがとうございます陛下。ではまず…」

 自分で根回ししておいた交易所の話題が出たので、避難所として使える様にしても良いだろうと修正。

 マッチポンプだなとは思いつつ、ゴンドが提案したらしい、一定距離ごとの作業石碑や、ルーンでの文字標識はそのまま頷いた。

 そして、自分が知らない聞いて居ない情報を、今か今かと楽しみに待ち続ける。

 

「防衛上の問題に関しては、効率良く建設できる場所だけを直接繋ぎ、各地へは直接繋ぎません。そこから小道を町・村に繋げるかは、各領主の判断というのはいかがでしょう?」

「良かろう。その方法であれば、無駄な工事に手間を取る事も、道を繋げて欲しくない者から文句を受けることも無かろう。いや、文句を言うかは別にして、不満には思うだろうからな」

 最後に提出された地図は、直線的ではあるがエ・ランテルや各地の町・村を繋いでいない。

 確かにこの方法ならば、全体の工事もさることながら…、将来の設計にも役立つだろう。

 直線道路の周囲に、繋げたい者が道を繋げ、利益を享受したい者が自分で村を起こすのだ。

 

「雛型としては素晴らしいと言うしかないな。おめでとう、君はこの計画の主任として一切を任せよう。ただ…そうだな」

「はっはい! 直せる問題点は直し、改良できる点は改良いたします!」

 何か不満でもあるのかと緊張するレイバーを押し留め、アインズは今度こそ声を出して笑った。

 不満があるというよりは、予算上の首輪を付けるため、王様としてはみみっちいので、それらしい理由を付けようと恰好を付けただけである。

 

「問題など時間が解決しよう。少なくとも私には関係ない話だ。単にサンプルケースがあった方が、導入を求める者、懐疑的な者には判り易かろう?」 

「そ、それは確かに。今回、モモン殿と一緒に巡らせていただいた道中でも、臨時に工事した場所やカルネ村周辺では評判とのことで」

 アインズはおもむろに頷くと、レイバーの提出した書類を軽く眺める。

 確認をするフリをして、話を合わせて頷いた。

 

 そして、指を三本ほど立てる。

「まずは短く街の周囲だけで良い。完全に管理できる区画で万全のサンプルを創ってみせよ」

 言いながら指を一本折ることで、まだ説明は続くのだと簡単に示す。

 ここで止めたのでは、吝嗇家が妥協したのだと思われるだろう。

「次に低予算で敷設可能だと…。領主や村長たちをその気にさせられる低予算のサンプルを、カルネ村の辺りまで造り直してみるが良い」

 二本目の指を折りながら、アインズが放って寄こしたのは、レイバーが道中で試した簡易工事の事だ。

 これならば予算は殆ど使わないし、今ある開拓村の交易が便利になるだろう。

「最後にまだ見ぬ交流相手と、軋轢の出ない交流路のサンプル。この三種類を創って見せよ」

「おおっ…ということは」

 三本目の指を折ると同時に、意を汲んだレイバーが拡げて見せたのは、リザードマン達と共に歩いたトブの森西部の話題だ。

 道と言うよりは、ただの獣道の改良版。

 これを街道と言ったら文句が出そうだが、今は重視しない、将来へ繋げる掛け端に聞こえるから不思議だ。

 レイバーが感動した表情で見上げるのを見て、アインズは道中を切り上げて、散々練習した甲斐があったと心の中でガッツポーズを決めた。

 

「そうだ、これほどの計画を立案した者に対する報奨を忘れておった」

「いいえ、まだ敷設してもおりませぬし、以前に否定されなければここまでの計画は造れませんでした」

 恐縮するレイバーをアインズは笑って留めた。

 そして、ペンを用意すると地図に直接書き込んで行く。

 

「なに、別に物を渡す訳でも、叙勲する訳でもない。先ほど一定の区画ごとに作業工程や責任者の名前を石碑に入れると言ったな?」

「はい。その方が次回以降の補修や他に道の参考に成りますし、手抜きをすれば追求する事も可能です」

 示したのはレイバーが最初に手掛けるであろう、サンプル用の区画である。

 そこにはきっと、道路側溝やら火山灰を練り込んだ道やら、ルーンの文字が刻まれるに違いない。

 

 アインズはその事を思いながら、道の名前を書き込んで行く。

「第一号の街道。そこの名前にお前の名前を取ろうと思う」

「へっ、陛下。まさか!」

 ニヤリと笑って、アインズは狼狽するレイバーに書きこんだ地図を見せつける。

「レイバー=ロード、そこが最初の街道の名前だ。いずれ街道番号が改定することはあっても、この道の名前が変わることはあるまい」

 そこには燦然と輝く、彼の名前が書きこんであったという…。

 

(まあ、名前を付けるくらいは無料だし、こうしておけば自分の名前が第一号って付けられないだけなんだけどな)

 もし、モモンガ街道とか、アインズ街道と銘付けられたら悶絶してしまう。それを回避する為であり、懐が痛まないからという理由を、レイバーが知る由も無い。

 感動して彼が、自分の名字をロードにすると言い出すまで笑いながら見守っていた。

 

 最後の最後に、適当なマジックアイテムや現地には無いスクロールなどを報償として分配を任せれば…。

 街道を巡る短い冒険譚は終わりを迎えたのである。




 と言う訳で、街道編が無事に終了しました。
お付き合い下さった方には、誠にありがとうございます。
一度完結表示を出して、今後は思いついたら付け足して行く形に成ります。
(思いついたアイデアを、現地人が抱くであろうイメージに加工してからになりますので、思いついても時間はかかるかと)

 なお、冒頭でルプーがレイナースさんに会いに行ってるのは、情報収集すると何処かで名前が出るので、フォローに行った…。
という理由を付けて、レイナースさんを弄り倒す為です。
渡したアイテムは、という、肉体の状態を保つことで、出撃とかし易くなるアイテムという設定(もちろんナザリック的には価値が低いアイテム)。
コレを付けて居たので、膿がお酒にタレることも、道中で頻繁に膿を拭いてアインズさまが『どうしたんだ?』と聞いて解決しちゃわないためのものです。
 結果としてレイナースさんは現状維持、でも今まで存在しなかった解呪の情報とか手に入ったよ! コネ(地獄への片道切符)も手に入ったよ!
運が良かったらどこかのチャンスで救われて、運が悪ければ…。と言う感じでしょうか。


捏造アイテム
『アイパッチ・オブ・レイ』
 アニメ好きの人物(ギルメン?)が、とある作品に置いて、ホムンクルスのヒロインが怪我を押して出撃したというエピソードから制作した物。
負傷による体の悪化が起きないという効果があるが、当然ながら、こんなアイテムが役にたつような戦闘はユグドラシルの上級者は行わない。
コスプレグッズとして、自分が作ったNPCなどに持たせたり、ゴミ同然でストレージに放り込まれたりしていたという。

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