魔導国の日常【完結】   作:ノイラーテム

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ヴァミリネン・レポート

●視点変更

 私はロウネ・ヴァミリネン、帝国より魔導国へ派遣されている。

 今後の参考にするため記録を残すが、業務日誌ではないのと、秘匿される可能性があるので日付は付けない。

 

「この今はアルフレッドと名乗る男が、お求めの教師役の条件に添うと思われます」

 アルフレッドという男は子供を浚って教育を施す犯罪者だ。

 身体的に優れ、目端の効く子供を浚って闇組織に売り付ける。

 あるいは子供が居なくて断絶しそうな貴族に売り付けるなどしていた。

 

「教師ですか…。お役にたてるかはどのような学校かに依ると思いますが」

「将来において子供達が、上級の学校に進むことができる学校を作りたいのです」

 魔導国に将来建設される学校は、帝国で言えば魔法学院に当たる場所の様だ。

 商人や職工のみならず、軍人や役人に冒険者など色んな職を目指す者が学べる場所。

 

 その前段階として、幼年学校を創るために孤児院を母体に発展させたい。

 ユリ・アルファというメイド…の姿をしているが、側近の一人はそう口にする。

 

 その可能性を尋ねられた時、第一声は幸先の良い物ではなかった。

「難しいですね」

 アルフレッドと名乗る男は、平然と否定を口にした。

 同席して居る私はまだしも、ユリ・アルファは魔導王の手の者なのだ。

 権力だけでなく、実力的にアダマンタイト級冒険者を遥かに超えていると言うのに…。

 

「何が難しいのですか?」

「言葉通りの意味です」

 ピクリと眉を跳ね上げ拳を軽く握るユリ。

 帝国四騎士くらいならば片手で叩きのめせると豪語…事実を口にする女に、アルフレッドは容易く首を振る。

 気配の動きだけで文官であるロウネは首を縮こまらせるというのに、胆力だけは太いのだろう。

 もっとも、そのくらいでなければ暗殺者の育成者など務まろうはずもない。

 

「少なくとも現状では子供達をどう育てた所で、望み通りにするのは無理ですね」

「才能の面? それとも忠誠心の不足?」

 誰の、とは言わない。

 アルフレッドに才能が無いのであれば面会には来ていない。

 彼に忠誠心が足りないのであれば、叩き込んで身の程を弁えさせればいい。

 

 つまりは子供達の方に育つだけの芽が無いのだ。

「横から失礼、少なくとも『現状』ではですよね?」

「軍人や役人なら、人間がするべき任務が無いだけですから、与えれば目指す者も出るでしょう」

 脇からフォローに出た私に頷いて、アルフレッドが説明を付け加える。

 どうやらユリという女官(?)は、人の意欲と言うモノにそれほど詳しくは無いようだ。

 あるいは自らが魔導王への忠誠心の塊のような存在なので、その辺の人間の気持ちが判らないのかもしれない。

 

 逆にアルフレッドの方は、子供の心を見抜き操ることを小憎らしいくらいに得意としている。

 暗殺者はともかく、送り込まれた貴族の子供なら観察できるのだが、贅沢であったり憧れの女性が居たり実家に憎しみがあったりと、様々なキッカケを元に忠実になる教育を施していた。

 

「魔導国へ仕えることが、栄光であると子供にも理解できるような仕事があれば良いのです」

「確かに騎士などの花形の登用に差別が無いのであれば、反発など世代が変われば消えてしまうものですからね」

「なるほど、そこを改善すれば可能であるということですか」

 伝説級のアンデッドが全てを片付けてしまう現状では、近衛騎士だろうが行政官だろうがその辺の小役人以下である。

 派遣されている私はともかく、誰が目指そうというのか。

 それならば商人なり職工になって、金儲けを目指す方がマシである。

 

 だが所属する事が素晴らしい栄誉であるならば、話は別だ。

 その職業が全ての階級・全ての種族に門戸が開かれているのであれば、是非にと目指す者も現れるであろう。

 

「ですが冒険者だけは無理です。アレは憧れを抱き難い」

「憧れ難い? 英雄モモンでは不足と言う事ですか?」

 ここで激しい怒りをユリは見せた。

 子供達は英雄に憧れるものである、嘘を言っているのではないかと感じたのだろう。

 

「英雄モモンでは偉大過ぎるのですよ。憧れることはあっても真似して冒険者になりたいとは思わないでしょう」

 先ほどまでの怒りが嘘のようにユリの怒りは鎮まった。

 魔導王に仕える者がモモンに傾倒する筈は無いので、あるいはアルフレッドの性根を試そうと、ワザと怒って見せたのかもしれない。

 それほどまでに心理の上下が激しかった。

 

「その対策は?」

「施設に顔を出す実力派の冒険者が必要です。人は身近な者がやれるならば自分にも可能だと思うモノです」

「そういえば帝国の魔法学院でも、一族の誰かが通えば係累の者が通うと聞いたこともあります」

 アルフレッドの言葉を私は帝国での例に例えて説明し直す。

 やはり口だけの説明よりは、具体例がある方が判り易い。

 

「ただし一人くらいは、自主的に寄る者も居なければ子供達は意外と見抜いてしまいますよ」

「自主性ですか…。それに関しては陛下に報告するに留めましょう」

 冒険者を連れて来るだけなら依頼を出せば難しくはない。

 だが、自主的に訪れて交流すると言うのは難題だ。

 今は学校建設に必要とされる情報として提出しようと、その場での話は打ち切りと成った。

 

「そちらに赴くのは、今務めている職場次第ですが構いませんか?」

「用事が済んでからで構いません」

 八本指のことを臭わせるアルフレッドに、ユリは特に気にすることなく答えた。

 犯罪組織が入り込もうと構わない。

 それが何の意味も無いことを私は痛い程に知っている。

 

 帝国から魔導国へやってきた初日、魔法で支配された不埒者のことを私は今でも忘れられない。

 

(この男に余分な考えがあれば、やつらと同じ運命を辿るだけだな。推薦した分だけは働いて欲しいものだが)

 どうせ証拠は無いし役に立ってくれるなら良いかと、知っていて放置して居たのだが…。

 そいつらは支配された『害を為す為に来た者』との問いに瞬間に手を挙げてしまった。

 ナイフを渡され飼い主の元へ暗殺する為に早馬を操って行ったのだから、忘れられようはずもない。

 

 そんな事を思いながら、私は魔導王の元へと戻ることにした。

 

●サクラとユニフォーム

 

 エ・ランテルにある執務室に向かう傍ら、都市近辺の地図が大きくホールに描かれている。

 機密情報を盛大に暴露するなど、どうかしていると最初は思っていた。

 

(どうかしていたのは私だな。これが機密ならゴミだ…)

 無知とは罪であると誰かが言っていた気がするが、まさにその取りだ。

 ここ数日の成果を書類にまとめあげ、アポイントメントを取って出仕するとその思いが益々強くなる。

 

 執務室の扉が開くともっと詳細で遠方まで記載され、一部は立体的に刻まれたレリーフを見せつけられるからだ。

 ドラゴンの背に載せてもらったドワーフが、感動のあまり製作して献上したらしいが…。

 この情報を知ることができるのは、才能と忠実さを評価された者だけだろう。

 ジルクニフ陛下に良い思い出話が出来たと思っておこう。

 

「ロウネ・ヴァミリネン、陛下がお目通りを許可されます」

「ありがとうございます。陛下の御厚情に深い感謝を捧げます」

 日替わりで付くメイドの案内で執務室に通される。

 

 この件に関しては守護者統括という最上位の地位に在るアルベドという女が、ユリに提案したのだがあえて言う気は無い様だ。

「書類は読ませてもらった。しかし、ユリがそこまで動いてくれるとは思わなかったな」

「ナザリックに所属するモノで言われたことを、ただ為すだけのモノなどおりませんわ」

 王妃にあたる地位ゆえに当然のフォローと思って居るんだろうが…。

 自分も聞いていたことや、何か自主的にした方が良いのかとは、この場では口にしないでおく。

 

 どうも『魔導国』と『ナザリック大墳墓』の間には厳然たる差があるようで、『私もその一員になりたい』という風に考えていると思われたら殺されそうな気がしたからだ。

 この辺りの意識は、帝国においても権門の扱いに似ているので判り易い。

 権勢を振るう派閥に数あれど、『帝国の中の帝国』だの『真なる帝国』と呼ばれるのは首都近郊など皇家に所縁の深い家だけだ。

 彼らの集まりで、『私も帝国の一員として…』などと口に出来ないのと同じだろう。

 

「軍人や役人に具体的に何をやらせるかは別にして、……以前にナザリックに所属する者へユニフォームを共通したらという意見があったろう」

「あの意味の無いくだらない提案ですか? やはりここは何者か探し出して処罰すべきです」

 魔導王が言い出した言葉をアルベドが切り捨てる。

 やはり『ナザリック』と『魔導国』を同一視することには忌避感があるようだ。

 

「意味が無いと思ったのは私も同じだが、状況に応じて変わるのではないか? そうだな…、お前はどう思う?」

 魔導王はどうやら、配下の意見を取りあげてやりたいらしい。

 あるいは他愛ない冗談を装って、こちらの才や献策速度を試しているのかもしれない。

 

「魔導国に所属する人間・亜人種に限定し、騎士の制服ないしマントや徽章としてはいかがでしょうか」

「マントや徽章ならば予算や時間的にも問題はあるまい。これなら良いのではないか?」

「人間や亜人種に限定するなら、区別のつかないモノにも見易くなるという利点はあるわね。それならば構わないと思います」

 『ナザリック』と『魔導国』を切り分けて提案し、現在の国庫に照らし合わせた提案を行ってみた。イメージしたのは騎士の略装で華やかではあるし、材料は掛けなくとも遠目にも判り易くなっているので今回の話に即応する。

 すると魔導王は鷹揚に頷き、アルベドも不承不承ながら納得したようだ。

 

「でも服飾であれば偽装するのも楽よね? それはどう対処するのかしら」

「処刑を最高刑に、紛らわしい物を含めて勝手な製造や持ち出しを取り締まります。今回の案件から憧れた子供が真似るのは例外としますが」

 悪戯っぽく尋ねて来るアルベドには騙されず、ここは少し厳しめで提案する。

 

 他にも無くして報告せぬ者は厳重注意、奪われた者は降格、奪って同僚を落としめる者は処刑。

 戸籍を尋ねられて答えられない者はその場で拘束、こちらの許可を取らずにシンパを気取って着飾る他国の者も、場合によっては殲滅対象とする。…などなど。

 極刑を前提として提案すると、満足そうにアルベドは頷いて居た。

 

「では冒険者の方はどうする? アインザックやモックナックに命じるのは簡単だがな」

 どうやら乗り切ったと思った所に、今度は魔導王からの第二弾が待っていた。

 今回の件が功績に成ったかどうかは別として、無能だと思われれば、せっかく任せられた戸籍管理の地位を失うかもしれない。

 地位などどうでも良いが、税の算定や人口の推移から来る経済の発展を把握出来るのだ、惜しいと言えば惜しい。

 

「依頼を受ける者の中に『手の者』を混ぜてしまいましょう。予め調べておけば子供達に優しい者も見つかるかと」

「サクラを入れるつもりで指定するのか。バレさえしなければ悪い手では無いな」

 都合良く条件が合う者が、子供達の顔を見に行くとは限らない。

 だが予め調査しておいて、その者が依頼を出す時に近くに居る様にすればいい。

 場合によっては直接、指名依頼を出すのも良いだろう。

 

「同様に忠実な冒険者には身入りの良い依頼を指名して見せます」

「能力のある者は報奨を与えるつもりであったが、冒険者が儲かると思わせるのか。…ふむ」

 ここで不意に魔導王が怪訝な様子を見せた。

 何かを思い付いたのだろうか?

 

「この手は亜人種を快く思わない冒険者対策にも使えるな。自由往来の許可は能力ある者のみだが、依頼で連れて行くだけならば問題はない?」

「はっ。以前に仰せられておりました『駅』など、遠くに出歩かない範囲限定すれば良いかと」

 どうやら別件だったようだ。

 ホっと溜息を突きながら、亜人種に偏見の無い者を調べておき、その者達へ依頼を出せば良いだろうと提案する。

 その報酬が高いのであれば、心の底から思わずとも、少なくとも心の内を隠し通せる者も増えるだろう。

 

 こうして無事に難関を乗り切ったのだが、どうやら私はやり過ぎたらしい。

 思わぬトラブルに付きあわされることに成ったのである。

 

●魔導王視察行

 

「思い立ったが吉日と言う。せっかくだからこの男も『次の予定』に連れて行くとしよう」

「…では当日までに馬車を用意いたしますわ」

「?」

 次の予定なるモノを知らないので、話がつかめない。

 あえて予想するのであれば亜人種の居留地に行く用事だろうか?

 

 その疑問は当日に成ってようやく解消される。

「天蓋の無いタイプは問題がありませんか?」

 日程だけ告げられた後、連れて行かれたのはパレード用の天井の無い馬車だ。

 側面はドワーフによる彫刻で豪奢に作られているが、これでは様々な問題が出る。

 遠目に雲は見えるし、遠距離から狙い放題だ。

 

「何も問題は無い」

「へ、陛下がそう仰せなのでしたら」

 形ばかりの簡易扉をお付きのメイドが開くと、魔導王はさっさと乗ってしまう。

 恭しく頷いておいて、私もメイドと共に搭乗した。

 

 そんな折に、遠くの方に在った雲が拡散して行くのが見える。

「あれは…天候魔法ですか。なるほど、確かに問題などありません」

「そういうことだ。それに景色が見れた方が面白いだろう」

 他愛なさそうに言うのだが、天候捜査は以前も聞いた通り上位の魔法らしい。

 後にフールーダ師に会う事があったのだが、『もう一つの魔法』と共に締めあげられることになる。

 

「さて、準備に少し時間の掛る魔法を使用するが、冒険者に何を依頼したら良いか適当に案を話してくれ」

「? 承知いたしました。巡検と言う訳でもありませんが各地の村を巡らせてはいかがでしょう」

 聞かれる可能性はあったので、前もって考えておいた案を提示する。

 必要なければ喋らなければ良いし、このくらいのことを用意できなければジルクニフ陛下の側近には成りえなかった。

 魔導王のせいで今では遠い過去ではあるが、それを言っても仕方が無いし、これから栄達できるならば努力は惜しまないに限る。

 

 だが、思いもかけない事態が言葉をそこで止めさせた。

 奇妙な光輪が魔導王の周囲に発せられ始め、それが『あの魔法』を発動した時の予兆だと聞いたことがあったからだ。

「こ、これは…」

「最上位の上にある魔法で護衛を呼び出すだけだ。それで、どうして巡回させるんだ?」

 驚く私の声を煩そうにしながら続きを尋ねて来る。

 王国軍を壊滅させた魔法と違うと言われても、私には区別つかないので言葉が中々出てこない。

 

 何度も息をの呑みながら、なんとか喋り始める。

「どれだけの地域を知っているか、どれだけ貢献したかを競わせるのです。人は遠くの情報を娯楽として聞きたがるので、自然と話は進みますし…」

「なるほど行路クエストか。行き先に学校があっても不自然では無いな」

 イメージしたのは吟遊詩人や、冬に訪れる旅芸人だ。

 村に芸術家と言うとそぐわない気がするが、雪で閉ざされる地方に娯楽として旅芸人が招かれるのは当然のことだ。

 同じ様に、村々へ訪れた冒険者が訪れれば、話が弾んで子供達も喜ぶし、狩りや護衛の話ならば身近である。

 

「戦闘での感状のように、村長や町長に一筆書かせても良いでしょう。勿論逆も然りです」

「粗相を働く馬鹿を途中で見付け出せると…。悪くは無いが費用の問題はどうする?」

 王が費用を気にするようなことでもないように思われるが、これは重要なことだ。

 これから毎年行う年中行事であると仮定するならば、その額は膨大な物に成る。

 

 あそこに町を創れ、大きくしろと気易く言う貴族は多いのだが、絶対者と言えど簡単に出来る事ではない。

 膨大な費用は常に頭を痛めるものであるし、ジルクニフ陛下が戦争を王国に仕掛けれたのは、愚かな貴族を無数に改易したからである。

 どうやら魔導王は優れた経済観念を持っているらしく、ただの覇王ぶった男では無いと片鱗を見せていた。

 

「労役で出た利益を使って、村長に依頼を出す事を許可しましょう。何も無ければ、どうせ巡回なのですし他の地域の特産品を運ばせればよいのです」

「地方クエストと考えれば面白いな。さて、召喚物に命令を出すし休憩しておいてくれ」

 休めと言われても、モンスターを召喚するのだから気が休まるはずもない。

 しかも屈強の獅子のようなモンスターで、光り輝く姿が実に印象的だ。

 確かにこれほど恐ろしいモンスターが護るのであれば、狙い撃ちを警戒する必要も無いだろう。

 

 …なお、このモンスターは天使と言う善の存在らしい。

 護衛用の能力を所持してると聞いたのは随分と後の話だ。何度も呼び出すので自然と話題に出たのである。

 

 それから暫く、馬車は物凄い速さでトブの森の方を目指して走り始めた。

 おそらくはカルネ村にでも行くのであろう。

「しかし、揺れが少ないですね。これもドワーフの技術なのでしょうか」

「ドワーフの技術と言えばそうかもしれんが、道の敷設法の方だな」

 走り抜ける光景に感心しながら思わず観光のような言葉を漏らすと、魔導王が応じて来た。

 

「道の方ですか? 何か特殊な製法が…」

「1mだか2mだか掘って大きな石を取り除いてから、コンクリ…火山灰を利用した練り石で平らにしているそうだ」

 灰を利用したコンクリートの事は聞いたことがある。

 それをドワ-フが何故使うかと言うと、地下に足音を聞きつける魔物が居るため、コンクリートの一枚板で音を打ち消すのだとか。

 更にこの地方に流用する時には、雨の時に出る水がコンクリートには染み込まずに脇に流れていくという、思わぬ特典もあったらしい。

 簡単に石を敷き詰めただけの粗末な道に見えるのに、普通の舗装路よりは寿命が長く持ちそうだと言って居た。

 

「このまま村々を視察して行くのでしょうか?」

「いや、定期便と同じ道で一気にカルネ村付近にある『道の駅』までいく。そこで乗換だな」

 魔導王は頬杖を突いて外を楽しそうに眺めていたが、観光が目的の筈はない。

 尋ねてみると、かねてから興味のあった『定期便』や『道の駅』と言う言葉が出てきた。

 

 そういえば村々を通り過ぎる間で、定期的に幾つかの石碑が見えた。

 そこに功績を上げた者の名前を載せると同時に、エ・ランテルまでの距離とカルネ村までの距離を掘ってあるのだという。

 街道の名称も敷設した者たちの名前だそうで、魔導王たちの名前は付けられてはいない。

 無限の寿命ゆえに名誉欲が無いのか、あるいは人々を引きつける策なのだろうか。

 

「その『道の駅』はあのような建物なのですね。確かに市場の様な物も見えます」

「この道もそうだが、労役で集めた資材を利用しているらしいな。完成すれば雨宿りをしたり、モンスターや洪水での避難所にする予定だ」

 村々を通ると、労役で集めた煉瓦や石材を運んでいるのが見える。

 それをチェックポイントにある道の駅とやらに持ち込み、大きな建物を建設するらしい。

 定期便でやってきた旅人が眺めたり、商人が買いつけて行くのには丁度良い目印だろう。

 

 それが避難所として機能するというなら、計り知れない効果があるだろう。

 そこへ逃げ込めばモンスターが護ってくれるし、何かあればエ・ランテルまで護衛してくれる。

 救援が来る時も、最初はそこを目指せば良いので効率的である。

 

「しかし、地下を掘り進められるほどでしたら、森を切り拓いて直進する方がよろしいのでは?」

「…それでは面白味もないだろう。景色というモノは条件が変わるから面白いのだ」

 本当にそうだろうか?

 そんな感傷的なことを魔導王ほどの存在が考える筈は無い。

 答えるまでに少し間があった事を考えると、何か理由があるのだろうか?

 

(そうか。重要なのは『条件が変わるから面白い』という言葉。あれは、色々な手法を試す為に残しているということに違いない!)

 魔導王の命令でやってしまえば、直ぐに完成するだろうがそれだけでしかない。

 そんな事をしなくとも他の地域で、もっと平坦な場所に在る都市群の方が発展性がある。

 逆にここで培った技術と経験は他の仕事に活かせるし、あの石碑のように名前を刻む為の努力をする者が現れるだろう。

 

 その答えに至った時、私はジルクニフ陛下の言葉を思い出す。

 帝国と皇家を残す理由は、ただの実験ではないかと仰った。

 絶対的な皇帝の統治する現在の帝国、以前の元老達が影響を残す帝国。委員が無数にいる評議国に、諸侯が力を持つ王国。

 王国と言えば『あの魔法』での残酷さと、奴隷たちに対する寛容さ…。

 

 これら様々なことを今の内に試す事で、勢力を拡大した時にどうすれば良いのかを実験して居るのだ。

 良く考えれば、執務室にあったレリーフには知られているよりも遠方の地図が載っている。

 それに、わざわざ立体にするのは威容の為かと思うが、馬鹿な司令官に高低差の問題を教えるには良い見本だろう。

 帝国の戦史にも、補給が簡単だと地図だけを見て誤った将軍の逸話があり、その是正のために今から準しているのかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、建設中の駅の辺りから村人達やリザードマンが現れた。

「これは陛下、よくぞお越しで。エンリ将軍にもお伝えしましょうか?」

「いや。このまま乗り換えてお前達の村まで行く。誰か道案内をくれればいい」

 話しかけてきたのは理知的な感じのするリザードマンだ。

 彼らの種族に対するイメージが変わりそうになったが、他のリザードマン達は野暮ったい感じなので村長級なのかもしれない。

 

 そして乗り換えることになったのは、一回り小さいが随分と頑丈そうな二台の馬車である。

(こ、これは古代に合戦で用いられた戦車をモチーフにしているのか? 森で使えると言う事は兵員を輸送することもできるはず)

 横板には銅板が張り付けられ、案内が乗る先頭車両には小さな投石器が付けられていた。

 我々の乗る二台目には投石器は無かったが、スペースが広く取られており、出入りも簡単なように工夫がされている。

(やはり大戦を考慮して居るのか)

 新型の戦車が弓兵を援護し、兵員輸送車両に乗った歩兵が押し寄せる…。

 今までの合戦を根本から覆しかねない技術と運用思考だ。

 

 奴隷を優しく扱うのは開戦のキッカケ造りだと言った者もいるが、もし戦いが始まれば通常戦力だけで恐ろしいことに成るだろう。

 更に魔導王の手勢が控えており、戦果というよりは戦禍が期待できそうで震えが来る。

 

「そういえば、村々を巡らせるクエストを提示するというところまで話を聞いていたような気がするのだが」

「は、はい! 冒険者に限りませんが、それらの活動で他者を排斥するような者ではないと保証された者達には、次の『道の駅』建設に協力させるなどはいかがでしょうか」

 私が魔導王の恐ろしい考えに気が付いた時、すかさず話題が戻された。

 やはり、このことを徹底させ思案を引き出す為に連れて来られたようだ。

 弾かれたように提案し、自分が役立たずでは無いと見せねばならない。

 

「と言う訳で、予めお前達を迫害しないと判った冒険者や職工たちに協力させると言っているが構わないか?」

「非常にありがたい提案です。何分、我らの手足では作業に向いておりませんので」

 先ほどのリザードマンがこちらに搭乗して話相手を務めてくれるのだが、手足のヒレを見せてくれた。

 彼はこちらの会話がスムーズに理解できるほどの頭脳を持って居るようで、彼の協力が得られるならば問題無く道の駅は建設出来るだろう。

 魔導王へ絶対の忠誠を誓って居る様に見えるのだが、これほどの人材を抱えていることに今更のように驚かされた。

 

 こうして本当に一日だけの行程でリザードマンの村まで辿りつくことが出来た。

 そこでの見聞きは驚くものもあったが、行政としては無関係な事が多かったと記載しておこう。

 …最後に宿泊所としてその場で建設した要塞に止まることに成り、非常に恐縮すると同時に、やはり後ほどフールーダ師に飛びつくように尋ねられることに成る。

 

 ここでペンを置き、本日の業務はこれまでにいたしとうございます。




 体調不良と仕事が忙しいのが続いていましたが、再開の一本目にオバロ物を持ってきました。
 今回は視点を変えて、ロウネさんのレポートという形で始まり、最後に『さすアイ』チームの一員に成って終了という感じです。
次回はたびたび出てきたサクラ冒険者選定のお話を挟むのですが、今までとは違って原作の大筋を外れるネタ物を考えているので、外伝としてしまうか冒険者なので問題無いと押し通してしまうかのどちらかになるかと。

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