魔導国の日常【完結】   作:ノイラーテム

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かなり捏造が入りますので、外伝となります


外伝、四者の視点【前編】

●死者の使者

「ふむ。幽霊船を覆う霧と、立ち昇る霧の差か」

 帝国魔法省の一角、フールーダの部屋に一人の少女が報告に訪れた。

 

「はい。最初は幽霊船がカッツエ平原を覆う霧の正体かと思いましたが、もう一種類」

 フールーダがデスナイトを支配できない理由は、実力不足の他に他のアンデッドが作った手駒の可能性がある。

 そう案を上げたアルシェは自身の目と、雇った冒険者やワーカーの口から情報を集めて来た。

 

「幽霊船の方は行く先々にしか湧きませんが、この霧は所構わず。ただし…」

「帝国と王国が戦う時などは晴れる…か」

 ふむ、と頷いてフールーダは髭を撫でつけた。

 アルシェが勘違いして居る可能性はあるが、嘘を言っている可能性は無い。

 

「どちらだと思うか?」

「地下の方かと」

 何の、とは言わない。

 これまで散々調査して来たのは、アンデッドの主が居るかどうかだからだ。

 ならば死人の数を増やし、活動範囲が広いと思われる方がよりソレらしい。

「ただ、幽霊船の方はカッツエ平原周辺に限った範囲で移動して居ます。執着心では無く支配されているのであれば、反応を見る事もできるかと」

 アルシェはここで保険を掛けた。

 場合によっては地下の調査に派遣される事もあり得る。

 ただでさえ死んで能力が下がり、信頼出来る仲間も居ない彼女には荷が重い。

 あれから効率的な訓練をこなしたり、魔導王から強力なアイテムを借りたりしているが、相対的には以前ほどではないからだ。

 

 いや、以前の力があり、仲間が居たとしても…。

 アンデッドの支配者と戦いたいなどとは到底思えなかった。

 

「地下への入り口を探す必要もあるか…。ならばお前は幽霊船に関して調べよ。話が通じるか、支配されているかだけでも良い」

「承知いたしました」

 アルシェはホっと息をつく。

 流石に地下への入り口を探して来いとか、船への強襲偵察でもないのがありがたかった。

 接近だけでも危険な可能性があるが、話をするだけでも良いなら何とかなるかもしれない。

 仮に近寄っただけで攻撃されたのならば、理性の無いモンスター扱いであるとか、護衛用に従属させられているという報告で済ませられるだろう。

 

 そして退出しようとした彼女に、思い出したように声が掛けられた。

「そうじゃ。正式にお主を魔導国への派遣士官として推挙するそうじゃ。元の家でも没落した適当な親族でも好きに登録しておくが良い」

「ではお言葉に甘えまして…」

 どうやら、皇帝は帝国が魔導国へ協力して居ると言う姿勢を見せるため、アルシェを派遣騎士なり官僚扱いにしたいらしい。

 なんとも見え透いた手だが、彼女としては苦笑するしかない。

 何しろ、両親があれだけ望んだ家名の回復がアッサリ叶ったのだから。

 

「…フォーサイトと名乗らせていただきます」

 親が生きて居れば許さないだろうな。という思いよりも、勝手に名乗って良いのかそっちの方が気になった。

 だがアルシェにとって、あのパーティの思い出の方が重要だった。

 必ずや妹たちを探し当て、功績を立て残り二人も蘇生を願いたいと切実に思った。

 

 可能性の薄い仮定形なのが、なんとも悲しくアルシェにのしかかる。

 

 帝国魔法省を経由して、貴族院に名跡の登録を済ませたアルシェはさっそく裏町へ向かった。

 人類の敵の手駒に堕ちた今だからこそ出来る、最も効率的な手段を取り行方不明の妹を探す為だ。

 数日もすれば幽霊船の調査に向かわねばならない、時間が有限である以上は躊躇う余裕など無かった。

 

「どこのガキか知らねえが、とっとと帰んな。此処は小汚いガキの来るところじゃねえ」

 思いも知らぬ優しさに、今更ながらに気が付いた。

 馴染みの顔であった取り立て人が、アルシェの事を知らないフリをして来たのだ。

 引き返せば気が付かなかったで済ませてやると、ありがた迷惑なお節介を焼いてくれたらしい。

 

「今の私はフォーサイトと言う家を起こしたの。没落したフルト家と関係ないから」

 この世の中、家の主人に家族は縛られる。

 どんなに愚かでも、父親の持ち物である彼女にはかつての愚行を止められ無かったし、もし取り立て時に居たら一緒に浚われていただろう。

 だが、逆に言えば別の家名に移ればそんな義理は無くなる。

 力が無ければ暴力によって押しかけられることもあるが、今の自分は魔導国の士官なのだ。

 

「…そうですかい。魔導士官ねえ」

 よくよく思い返せば、この男は回収できる内は延々と金を回収しようとしてきた。

 この男は金貸しのプロであり、利益確保の為に動いているだけなのだろう。

 

 逆に言えば返せる内は担保の範囲で貸してくれたとも言えるし、返せなくなったから容赦なく取り立てたに過ぎない。

 ならば返せないレベルまで貸すなと言いたいが、そうすると他の業者に借りるだけなのでそうもいかないだろう。

 

「妹たちが何処に売られたか知らない? お金なら即金で二倍、待ってくれるなら…フルト家が踏み倒した分も払えると思う」

「その言葉を疑う訳じゃないんですがね…こっちにも浮世の義理ってもんがあるんでさ」

 口約束では無く、帝国から派遣士官に対する俸給を提示してみせれば問題は無い。

 一定の収入があることを示し、その保証があれば借金取りは大人しくなると…魔導王が以前に他愛なく教えてくれた。

 あれだけ悩んだ問題が、あの王の手にかかれば鼻息すら必要無いとは、悲しいを通り越してもはや笑うしかない。

 

「情報料も追加で払うけど?」

「…いい加減にしないとあんたが寄りつかないように、ワーカーを雇いますよ?」

 なおも言いすがろうとして、アルシェは奇妙な表現に気が付いた。

 暴力に訴えるならば飼っている力自慢なり、裏街道で暮らす後ろ暗い者でも良いのだ。

 あえてワーカーを使うとしても、黙って差し向ければ良い。

 

 知り合いなら出し抜けるかもしれない。

 間違っても元ワーカーの前で口に出す事でもないだろう。

 単に、脅せば良いのだから。

 

「…ありがとう。御礼はまた今度」

「なんのことか判りませんな。そん時は払える範囲で借りに来てください」

 口には出せない。

 しかし担当したワーカーを探せば良いとヒントはやる。

 そう解釈したアルシェは、貸金を後にして酒場へと向かった。

 こんな所と付き合いのあるワーカーは限られているし、聞けなければソレを調べる依頼を出せば良いのである。

 

 こうしてアルシェの休日は、忙しく過ぎて行ったが…。

「人買いの旦那に伝えな。お望みの相手が見つかったってよ」

 さっさと帰れって忠告はしやしたぜ?

 金貸しの男はそう呟くと、アルシェが去って行った方向に溜息をつくのであった。

 

●北の邦より

「鍛冶…の長? なんのことか良く判らないな」

 アインズは来客であるドワーフにそう答えた。

 当人としては既に終わった話だし、採算は取れているのだから覚えておく必要も無い些細なことばかりだ。

 良く覚えて居ないのも、問題視していないのもどちらも本心である。

 

「我々の同胞がしでかした事を無かったことに…。その御厚情、感謝いたします」

 だがそれは強者の意識に過ぎない。

 弱者であり、迷惑を掛けてしまった方としては平謝りし続けて事件が風化するのを待つしかなかった。

 更に言えば、義理堅いという認識を広めることは意味があるので、当面はこのスタンスが続くだろう。

 

「で、ワザワザそんな事を蒸し返したい訳でもあるまい? トブの森を越えるのも一苦労だと言うのに」

「リュラリュース殿が良くしてくださったので問題ありません。ですが……魔導王陛下の御明察には頭が下がります」

 これまでドワーフのお偉方は、殆どが逃げ帰る様に視察を終えて居た。

 アインズに好意的な総司令官は国を離れるわけにはいかないし、ルーン工匠は基本的にカルネ村だからエ・ランテルに来る必要も無い。

 これで何も用件が無ければ、肩透かしだ。

 あのクエストを発行させているナーガにはいずれ褒美でも取らせるとして、今はこの話題を済ませてしまうに限る。

 

「これまで鍛冶工房長…元ですが、お預かりした鉱石を持ち逃げしたのだと思っておりました」

「ふむ…」

 顎をしゃくって続きを要求するアインズにドワーフはゴクリと頷いた。

 ここまでの段階で不快であるとか、どうでも良いのでと打ち切られないならば最後まで話すべきだ。

 例えそれが友人の不名誉だとしても…。

 

「当然ながら捜索もその方面に展開しておりましたが。良く良く考えてみれば、あの男は加工し切れずに悩んでおったのです」

(え、そうなの? あれは大した鉱石じゃないんだけどなあ…)

 レベル下がってたのはルーン工匠だけじゃなかったんだ、悪いことしたかなー。

 そう思いつつも、無茶ぶりしたことを悟られない為には黙っておくしかない。

 幸いなことに本人が自信満々で請け負っていたので、最終責任は自分では無いとホっと一息を突く。

 

「ソレを考えれば持ち逃げするのは不自然です。逃げた所で加工しようが無いのですから」

「道理だな。むしろ加工するヒントを見付けて、それを求める為に修行の旅に出たと見るべきか…」

 希望的観測かもしれませんが、とドワーフは重々しく頷いた。

 まあ理解出来る話だし、アインズとしては終わった話なのでどうでも良い。

 重要なのは、ソレが魔導国の役に立つか…だ。

 

「こんな話をした以上は、その先があるのだろう?」

「はい。魔導王陛下も我が国で使われる熱鉱石について御存じであるかと」

 アインズは過去に抱いた残念さを思い出した。

 最初に聞いた時はワールドアイテムである熱素石を思い起こさせたが、違う物である。

(とはいえ面白い効果があるし…あまりにもドワーフに都合良すぎるアイテムなんだよな。今思えばプレイヤーが願って作りだしたのかも)

 <星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)の効果がこの世界で変わった時、もしかして出来るかもしれないと熱素石の量産を狙ったが、結局は失敗した。

 あるいは死にかけて居たので、子孫たちへの手助けの為に最初から扱い易い効果を狙っていたのではないだろうか?

 そう思えば納得できることもある。

 

(どっちにせよ、あの魔法を使うとしたらよほど困っているか死にかけて居るかだよな。ということはドワーフの国にプレイヤーが居たのは過去か)

 ドワーフの国に対する警戒心を、一段階下げることにした。

 だが、それはそれとして技術や知識の独占には意味がある。

 当面は彼らと交易を行うのは、魔導国だけで良いだろう。

 

「読めて来たぞ。熱鉱石の発生温度を上げる手段を探しに行った。…いや、その手段に心当たりがあったということか」

「御明察の通りかと。元鍛冶工房長は陛下の下さったヒントを元にその考えに至ったのでしょう」

 ヒントなんて出したっけ?

 そもそも渡したのは同じ鉱石で出来たナイフくらいだが…。

 戸惑いつつもこの場で答える必要がないことから、無理やりスルーして誤魔化した。

 もしかしたら、おべっかとしてそう付け加えたのかもしれないと期待を抱きながら話の続きを促す。

 

「陛下が特に仰らなかった以上は、熱耐性を持つ石ではありません。それと同じ素材のナイフで加工可能な事を理解できております。となれば手段さえ見付ければ可能であるというのは自明の理」

 まあそうだろうなと、話を聞いてからようやく思い至る。

 一部の鉱石には下処理をしないといけないとか、クエストを通じてもっと良い石に変換可能な物もあるが、あの鉱石はそういう性質ではなかった。

 つまりは温度をひたすら上げれば、融かして加工出来るのだ。

「ハンマーの代わりにあのナイフで熱鉱石を叩いた可能性もあります。もちろん剛力を求めたのかもしれませんが、同じ場所に求める物があると伝えられているのです」

 熱鉱石を力一杯叩いても熱量は上がるそうだが、さほど効率は良くないらしい。

 力仕事の鍛冶師が力一杯やってソレなら、国一番の若者でも同じことあろう。

 

「ふむ。ということはドワーフに伝わる伝説のハンマーが巨人の元にあるのだな?」

「はい。かつて巨人の邦と友好関係を築いた時のことです。互いの大槌と剣を交換したとか」

 ドワーフからは『不壊の槌』と呼ばれる、特殊機能が無いが決して壊れない大槌。

 巨人族からは『自在の剣』と呼ばれる、誰でも・どんな状況でも使えるとても扱い易い名剣。

 国宝ではあるが、微妙な魔力を持つ武具を交換し合う程度には彼らは仲が良かったらしい。

 

 あるいは、交換した方が役に立つと思ってトレードしたのかもしれない。

 例えば他の種族の脅威や王族たちの衰えもあったこともあり、重くて使いこなせない大槌を力自慢の巨人族に渡し、使い易いだけで強力でもない剣を大地の上でも下でも戦うドワーフに渡したのだろうか?

 興味は尽きないが、口伝で伝えられた過去の伝承であり眉唾な部分もあるのでツッコミを入れても意味が無い。

 

「状況でアイテムの価値は変動するものだ。早計であったと思うが…当時の状況を知らぬ我々が口出しても仕方が無いか」

「今になって、それも鍛冶の道具として使う必要が出るとは思いもしなかったのでしょう。…ともあれ、元鍛冶工房長の足跡が発見されました」

 ここでようやく本題に戻ってきた。

 ようするに、運が良ければ捕まえることが出来るので、鉱石ともども犯罪者として引き渡しましょうか? と、お伺いに来たわけである。

 

(もうどうでも良いんだけどな…。伝説のハンマーも壊れないだけだし、それもドワーフが衰え始めた時代の基準じゃなぁ)

 どちらかと言えば、面倒事を持ちこまれて王として公正な判断を下さねばならない方が困る。

 これで態度や判断がおかしいと後ろ指さされても迷惑なのだ。

 正直な事を言えば、勝手に処分してこちらの耳に入らないくらいの方がありがたいほどである。

 

「ドワーフの国とは対等な交易をする間柄。こちらの都合を気にする必要は…」

 待てよ?

 アインズは口を開きかけた所で、ふと考え込んだ。

(鍛冶や工房の長を務めた程の腕とコネだよな。惜しくないか?)

 もちろん、ナザリックで腕を振るうNPCと比べ物になる訳が無い。

 だが現地で築いたコネクションや、ドワーフならではの特殊技術を生む可能性もある。

 事実、細工物や彫刻などは人間とは比べ物にならない技術であるとの話だ。

 

(それに巨人の伝承とか勝手に調べてくれるんだし…。処分してもらうのは、どうしても協力しない時だけで良くないか?)

 何より、タダである。

 既に失われた鉱石の元は、アダマンタイト製のチェインメイルやミスリルの盾で釣り合っている。

 ここで彼を傘下に加え、カルネ村に押し込めて研究をさせても良いかもしれない。

 いちいちルーン工匠の陳情で、ルーンを彫るための武具を揃えるよりも簡単ではないか。

 

「待てよ、既に新しい鍛冶工房長が就任したのだったな。もし国に居場所が無いならば、我が国に招くとしよう。もちろん本人にその気があればで良い」

「おお、おお……! 期待を裏切ったはずですのに、陛下はなんと慈悲深い…」

 良く判らないが感動しているようだ。

 ドワーフの顔は区別が付かないのだが、もしかして鍛冶工房長の友人だったのだろうか?

 そういえばそんな事を以前に聞いた様な気がしないでもないが、すっかり忘れて居た。

 

「なんのことか良く判らないな。ああ…そうだ。聞き忘れていたが巨人の国は何処を通って行くんだ?」

 というか何故、これまで足跡が見つからなかったのが不思議だった。

 よほど上手くやったか、それとも盲点でも突いたのだろうか?

 フロストジャイアントの集落は山脈にあるということだが、地表を行くならどこかで警備の兵に見つかると思うのだが…。

 

「当時に交易があった巨人の邦は地下の大空洞、大裂け目近くを通るのだそうです。横穴が大きくなってしまったので今では封鎖されていますが、比較的に安全な道が見つかりました」

 それは、かつてアインズが予想して居た特殊鉱脈と同じ考えだった。

 まだまだドワーフが精強であった頃に大裂け目を調べて、下まで降りると危険過ぎるが横穴があったので入って見たらしい。

 その先に鉱脈こそなかったが、巨人が棲んで居る地域へ繋がっていたそうだ。

 それがアゼルシア山脈のどこに繋がっているのか今では判らないが、そこに入ってみると厚いホコリの上に比較的に新しい足跡があったとのことだ。

 

「ほう…。大裂け目に横穴がな…面白い」

 そういって場所の詳しい話を聞き出すと、腕利きの冒険者を差し向けても良いと鷹揚に頷くのであった。




 というわけで想像というか、捏造で冒険物をやるので外伝としました。フルで書くと長引くので、一部だけ予定通りに書いた感じ。
復活したと捏造してるアルシェが幽霊船を調べたり、あるかも判らない巨人とドワーフの交流が過去にあったことにして、でっちあげて行きます。

感覚的には、十二巻で出て来た話題と繋ぐため。
捏造前提なので十二巻でまったく違う話だったとしても気にしません。


鍛冶工房長:
 熱耐性があると聞いて無いし、熱量を上げれば行けるはず!
かつて失われた特殊金属かもしれないハンマーがあれば!(自然の熱で良いなら溶岩でも良いと思うので)という妄想を加えて居ます。

「アダマインタイト以上の鉱石ないし、この使えないハンマーやるわ」
「じゃあこのショートソードあげるわ。あんたの身長ならロングソードでしょ」
みたいなトレードがあったのかもしれませんが、実際には強大な外敵が現れた時に、武技やら得意武器の都合で交換した物と考えて居ます。
まあ捏造なので理由は何でも良いのですが、武器を壊すけど強い技を壊れないハンマーで放つとか、巨人には似合いそうだなーとか思っただけです。

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