魔導国の日常【完結】   作:ノイラーテム

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外伝、四者の視点【中編】

●影の邦への入り口

 ドワーフの国にある大洞穴、大裂け目。

 そこに存在する横穴に直接降りられると言う場所へ、一同は訪れた。

 

「ここから先は危険ですので案内は不要です」

「魔導王陛下から派遣されたモモン殿を置いて、そ…そういう訳には…」

 漆黒の英雄と名高いモモンが、封鎖された地下道の入り口でドワーフ兵の同行を断った。

 ここが解放されたのがつい最近とあっては、彼らがこの周囲以外に道を知るはずもなく案内どころか足手まといにしかならない。

 冒険者モモンとしても、魔導王アインズとしても迷惑だった。

 

「それに、あんな小さな子供まで行くのに、ワシらが引き返すと言うのも…」

「マ……ヘジンマールの本体は地上で、ここにはアイテムを使って見届けに来ているだけです」

 近くにいるダークエルフの少年に目を向けるドワーフを遮って首を振った。

 善意だけに無碍にはし難いし、善意だからこそ迷惑だと言う事もある。

 このまま付いて来られて死んでしまったりすれば評判が下がりかねない上…。思わぬ強敵が現れた時に、アインズとしての姿を見せられなくなるからだ。

 

 未練がましく残らては困るので、ここで追い討ちを掛けておく。

「見届け役と言えば、魔導王陛下が送って下さるアンデッドも来ると思いますが大丈夫ですか?」

「え!? ああああ、ワシらは封印の近くに何か来ないか見張っておきますね!」

「そうじゃの。せっかくクアゴアがおらんようになったのに、妙なモンスターが出入りしたら大変じゃからの!」

 剛胆なドワーフ兵達もさすがにアンデッドの恐怖には逆らえなかったようだ。

 慌てて封印の向こう側に戻っていく。

 

「行くぞ。ヘジンマール」

「はい、モモンさん!」

 ヘジンマールと呼ばれたダークエルフの少年はなんとなく嬉しそうだ。

 その様子を見てアインズは、ドワーフ達には聞こえない場所まで移動してから口を開いた。

「見事だマーレ。上手に演技出来て居るじゃないか」

「い、いえ……。ボクなんてまだまだです」

 アインズは金色の頭を優しく撫でながら、ナーベラルがいつまでも名前の呼び方が固たかったり一般人を虫扱いするのを思い出して居た。

 それに引き換えマーレはヘジンマールやモモンという偽の名前に違和感を持たずに頷いて見せたり、チームメンバーとしては新参者として控えている。

 

「そんな事は無いぞ。マーレがナザリックの防衛に重要でなければ、いつも一緒に冒険へ出たかったくらいだ」

「ほっ……本当ですか? 嬉しいです……ボクの事をそこまで思って下さるなんて……」

 更にはいつもの引っ込み思案でオドオドした態度も、可能な限り控えていたのか見せる事は無かった。

 求められれば必要なことだけを喋ったし、提案を求めればマーレとしての知識ではなくその場に出た情報だけで、判り易い提案をしていたのだ。

 階層守護者とプレアデス達では使用して居る拠点ポイントや作り込みが違うから仕方が無いとはいえ、できるものなら誰でもこのレベルの対応をして欲しかった。

 

「そ、そう言えば、どうしてこちらの横穴を調べようと思われたのですか? ボクはてっきりエ・ランテル近郊で冒険されるのかと」

「その予定だったのだがな」

 アインズは以前の約束を思い出しながら、指を二本立てた。

「フールーダが面白い情報を送って来たのと、ドワーフが持ち込んだ情報を考慮すると…。面白い推測が成り立ったからだ」

 指を折りながら説明するのをマーレはジっと見つめている。

 アインズの言葉を一言も逃すまいとし、その情報を自分も精査しようとしているかのようだ。

 

「トブの森の地下にも大穴があるという話があって、そこの大裂け目を見た時に繋がっているのではないかと仮説を立てた。まあ、この段階では数ある仮説の一つに過ぎん」

「ということは、他でも穴が見つかったのですか?」

 アインズは満足しながら頷き、他愛ない妄想を愉しんだ。

 本当かどうかは判らない。

 だが、そうだとするととても楽しいではないか。

 

「カッツエ平原の地下にも穴があるらしくてな。一直線に繋がっている可能性もあるし、普通に大穴が三つあるだけの可能性もある」

「それでは、何故…こちらから調査なのでしょうか?」

 当然と言えば当然の質問にアインズはおもむろに頷いた。

「どうやら強力なアンデッドの支配者が棲んでいるらしい。操られるつもりはないが直接乗り込むリスクを考えてのことだ」

「そんな! アインズ様を支配できるモノが居るはずがありません!」

 自分でも一応のつもりで言ったのだが、これまで聞き役に徹して居たマーレが突如大声を出した。

 かなり歩いたのでドワーフに聞きつけられることは無いが、意外と言えば意外だったのでちょっとばかり驚いてしまう。

 

「信頼してくれるのはありがたいがな。過信は早計だぞマーレ。相手は常に自分の一歩先を行っているくらいの警戒が必要だ」

「も…申し訳ありません…。アインズ様はどんなことにも油断なさらないのですね…」

 尊敬の目で見上げて来るマーレを、もう一度頭を撫でながら宥めてやる。

 マーレだけ連れているのも、イザと言う時に抱えて移動する事も戦士化を解いて転移するのも楽だからだ。

「ということは、レイスなんかと知覚共有で調査をされないのも、万が一の事を考えて利用されない為でしょうか?」

「半分くらいはな。…せっかくの旅が直ぐに終ったらつまらないだろう」

 執務室で延々と頭と胃を痛めるより、楽しく冒険の旅をしたい。

 アインズは自分の正直な気持ちを優先したつもりだった…。

 

 しかし、何故マーレはポーッっと上気した表情でこちらを見上げているのだろう?

 目も潤んでいるが…別に感動する様な言葉は言わなかったつもりだが…。

 

「そんなにもボクとの時間を優先して下さるなんて……。ぼ、ボク…とても嬉しいです…」

(あっ。確かにそう聞こえちゃうよなー。…でもまいっか。ずっと働き詰めだったし)

 アインズは自分が王様として苦労して居たこともあり、マーレの勘違いを訂正しなかった。

 顔を赤らめモジモジしているのも、感動して居るからだと思いこんでしまう。

 マーレがアルベドやシャルティアの様に煩悩を口に出すタイプではなく、こう見えて我慢強いのも影響して居たのかもしれない。

 もし彼女達の様に『ここで初めてを迎えるのですね』と言い出したら即座に訂正しただろうが。

 

「さて、いつまでもこうして居ても始まらない。早速調査に入るか」

「もうちょっと……いえ、そうですね」

 マーレは名残惜しいとは思っていたが、アインズの為に気持ちを素早く切り替えた。

 あのフロストドラゴンの名前を流用したというのは気に入らないが、せっかくチームに居てもおかしくない立場を貰ったのである。

 またこう言う機会があるかもと期待して、洞穴を確認し始めた。

 

「…これってやっぱり加工して出来た道です」

「そうだな。土中を動くモンスター対策だけはしたということだろうが…妙だな」

 しゃがんで洞穴を調べた後、魔法を使って補強した跡や掘り返して埋めた跡をみつけたという。

 流石に都市内部と違って粗が目立つのだが、危険地帯で突貫工事をしたにしては丁寧だと言える。

 

「人間の大きいサイズではあるが、巨人が通るには狭過ぎる」

 洞穴のサイズはアインズが大剣を振り回せるくらいには広い。

 だが、巨人の巨体で通るには狭かった。

「…巨人の方が強くて、呼びつけていたのではないでしょうか? あるいは…その。巨人はあの大裂け目か地上を通って来たとか」

「話を聞く限り従属関係という程では無かったらしい。どちらかといえば…後者だろうな」

 無論、魔法である可能性も捨てきれない。

 熱鉱石を生み出すのに<星に願いを>(ウイッシュ・アポン・ア・スター)を使ったかは別にして、転移魔法はそう難しくは無い。

 当時はまだ精強だったということなので、ゲートはともかく<上位転移>(グレーター・テレポーテーション)辺りの可能性はある。

 

「あくまで仮説だが、最初は鉱脈を探すつもりで道を伸ばして巨人の邦に行きついた。その時は徒歩でも魔法で往来もできたが、段々と強者が減るにつれてどちらも出来なくなった」

「ありえる話だと思います。王都で見た中に凄い奴とか居ませんでしたし」

 それが一番しっくり来る考えだろう。

 モンスター対策だけはしたおかげで襲ってくるモノも殆ど見受けられないが、居ても戦力差を理解して隠れ棲むような雑魚ばかりだと思われた。

 ということは強者が居るならば敵にすらならないが、強者が居ないならこの道も危険だと判断したわけだ。

 

 そうして考えてみると、アゼルシア山脈の中でフロストジャイアントは強い部類だし往来可能な範囲だ。

 だが巨人は竜王ですらないフロストドラゴンと同レベルにまで落ち込み、自由に往来など出来なくなってしまった。

 ドワーフは更に深刻で、能力の劣化だけでなく並行して技術が衰退したこともあり利益が無いと無理してまで来なくなった…見捨てたと考えるのが最も矛盾なく一番しっくり来る。

 

 二人は一応の結論が出たことで推測を止めてまずは調査を再開した。

 やがて元鍛冶工房長の遺した足跡やモンスターを発見したこともあって満足してしまったのだ…。

 

●行き止まり?

 敵らしい敵が居ないことと本格的な脇道が無いもあって、二人のペースは相当な早さで進んだ。

 まずは本堂を直進してから、崩れた横穴…これを脇道と呼ぶなら、そこを調査しようということになった。

 

 だが探索は途中で打ち切り、ないし万が一の可能性に掛けて横穴の調査への変更を余儀なくされていた。

 落盤が起きており、道が閉ざされていたからだ。

 そんな折に襲いかかって来たモンスターが居る。

 

「ぬうん!」

 大剣の一閃がサラマンダーに似た生物の表面を滑り、体では無く足が飛ぶ。

 本物の火蜥蜴ならば再構成するだろうが、野生動物だけにそうもいかない。

 

「このサラマンダーもどき、強くは無いが随分と滑るな」

 ぬめり気のあるボディは刃を通しそうにも見えなかったが、返す一撃はその誤差を踏まえ腹を切り割くことに成功。

 異様な外見にも関わらずスパイシーな薫りがあたりに立ちこめた。

 だが切り割いた張本人は涼しい顔で、2mはありそうな体を掴んで岩壁に叩き付ける。

 

 そこでようやく死亡したのか、ビクンビクンと痙攣するものの動きを止めた。

 

「もしかして増えるように改良されたサラマンダーでしょうか? 見た感じ火ではなく水属性みたいですけど」

「いや。そういえば以前に聞いたことがある」

 マーレの言葉にアインズは首を振り懐かしい過去を思い出していた。

 あれは…誰に聞いた話だったろうか。

「それは他の御君から?」

「ああ。私の知っている範囲では既に滅びた種だったが…」

 鈴木・悟が生きていた世界では既に絶滅して居た。

 大企業が区間割り当てなどを勝手に割り振る時に、ゲリマンダーという不公正割り当てを聞くことがあるのが精々の名残だとか。

 

「ブループラネットさんだったかタブラさんだったか忘れたが、サラマンダーには原型があるんだそうだ」

「それは水の中に棲んでいたと言う事なのですね…」

 息をするだけで大変な世界なのに、毒素溢れる水の中に居て生き延びられる生物など居ない。

 だが、ここにはかつての仲間達ならば知りたがったであろう本物…に近い生物が存在するのだ。

 その事実が落盤により足止めされている煩わしさを打ち消してくれた。

 

 二人は話しながらも軽く解体してこの生物を調べて行く。

 腹を割いて胃を確認してみるが魚や蜥蜴の他は、コケか何かが融けているだけ。

 元鍛冶工房長の死体でも入って居れば一応の終了だが、こうなると脇道に希望が出て来る。

 目が退化せずに残っていることからも、どこかで地上の光を見ていると思われたからだ。

 

「肌が濡れていることと湿気が充満していることから、どこかに水脈と出口があるのでしょうか」

「そうだろうな。袋小路になってしまった様に見えて、実は隠し通路ならぬ水路で続いていると言う訳だ」

 よく気が付いたな。とマーレを褒めながらアインズは愉しそうに笑った。

 やはりレイス辺りを使って感覚共有するよりも、こうやって一つ一つ謎を解いて行く方が楽しいものだ。

 二人は探索に夢中になっており、人探しという用事もあることを忘れて話し込む。

 

「探しているドワーフは我々と同じ場所で引き返そうとしていたか、行く途中でアレと出くわし脇道に逃げた。マーレはどっちだと思う?」

 アインズの質問に対しマーレは少しだけ考えた後、上目遣いで精いっぱい答えた。

「お、おそらくは行く途中だと思います。理由は…多分、ボクらよりもペースが遅いから…」

「素晴らしい。自分の常識に縛られず他者の特徴を元に考えられるのは良い傾向だ」

 二人はノンストップで直行したが、戦闘力も探索経験も無いドワーフにそこまでのスピードが出せた筈は無い。

 本当に巨人の邦まで繋がっているのか、モンスターは入り込んで居ないのか。

 辿りつけたとしても、巨人が未だに友好を保っているとは限らないのだ。

 

 それらの問題を考えながら移動するならば、移動のペースは更に落ちる。

 二人には襲いかかって来なかったが、警戒しながらの移動だとモンスターにとって襲い易い対象になってしまったとも考えられるだろう。

 

「その可能性と地下水道を通れそうかを確認して今回の冒険は終わっておこう。コキュートスと相談して捜索方法を考えてみるといい」

「デミウルゴスさんじゃなくて…コキュートスさんとですか?」

 アインズは鷹揚に頷きマーレに説明をすることにした。

 いつもデミウルゴスばかりに頼っているがマーレも頭が良いのだし、今の内から指揮の訓練をしても良いだろう。

「コキュートスは苦労しているがその成長も著しい。その経験を聞きながら最も効率的な方法を考えて見るんだ」

 マーレはその言葉を聞いて考え込み始めた。

 やがて答えが出たのか口を開く。

 

「み、水の中でも行動出来るリザードマンを使うのでしょうか? 寒冷防御の魔法を掛けておけば冷たい水でも大丈夫ですし」

「合格だ。よく寒さ対策まで思いついたな」

 アインズはドワーフの国を探すのにリザードマンを使った事を思い返す。

 あの時も寒冷に対する防御のほか様々な防御手段を渡していた。最初からそのレベルまで思いつくのは酷であるし1つ思いついただけでも十分だろう。

 今はリザードマンを使い捨てるのではなく、再利用可能にするために考え付いただけでも上出来である。

 

「もっと良い回答は必要な時になるまでに思いつけばいい。私もそうして来たが、まずは自分で考え足りなければ他の者と相談することだ」

「アインズ様も…」

 かつてギルドの仲間達とワイワイやってた頃を思い出しながら頷いた。

 今では遠い過去の出来事だが鈴木・悟としての生活と違い、ついさっきの様に思い出せる。

 

「一人の力や知識など大したことは無い。だが仲間達と力を合わせることでどんな難関でも乗り越えてきたんだ」

「ぼ、ボクにも…出来るでしょうか?」

 アインズは不安そうなマーレの頭に手くのではなく、腰を落として視線を等しくした。

 そして昔を思い出しながら笑いかけたのである。

「出来るさ。お前とアウラはぶくぶく茶釜さんの子供のようなものだからな。あの人はとても人使いが荒…上手かったんだぞ」

 はにかんで微笑み返すマーレを見てアインズは危いところで茶釜像を修正する。

 

 それを誤魔化す為に立ちあがって調査の続きを終わらせてしまうことにした。

 下部に崩れて居た場所の内、どこかに水源に連なる場所があるはずだ。ひとまずそこを調査して方向とサイズを調べれば良いだろう。

 

(埋まってしまった場所までだけでも相当に長い道だったな。どこまで続いているか判らないけど…トブの森まで行ってそうなことが判っただけでも収獲だと思っておくか)

 昔、コラボで潜ったことのあるドワーフの大トンネルを思い出す。

 あれは大きな島の殆どを網羅する大洞穴で、最初は苦労したものの最後の方はショートカットにも使える場所だった。

 中にはトンネルを使わないといけないMAPがあったりして、コラボが終わるまでは愉しんだものだ。

 

「そろそろか。マーレ、これらのスクロールを使用してくれ」

「はい、アインズ様」

 崩れて出来た穴の周囲に来て、聴覚を強化する<兎の耳>(ラビットイヤー)と幸運度を上げる<兎の足>(ラビットフット)をスクロールで唱えさせたのだが…非常に可愛らしい。

 容姿に優れているのはNPCに共通して居るのだが、マーレは美しいと言うよりも可愛く見える。ちゃんと逞しく成長できるのか不安になるほどだ。

 敵性値を下げる<兎の尾>(ラビットテイル)も使ってヘイトを下げさせると、もはや趣味の領域である。

 

「アインズ様。こっち…だと思います」

「よし。降りれそうな場所を探して水源を見付け、出入り出来るかの確認をしよう」

 少しずつ穴を降って行くと、アインズの耳にも水音が聞こえて来る。

 もう少し降りようかと思ったところで、再びモンスターに出くわしてしまった。

(ローパーか。大した敵ではないが…五大災厄に居たな)

「…?」

 後ろを振り向くとマーレが可愛らしい姿のまま首を傾げていた。

 マーレからすればあんな弱いモンスターに何故アインズが警戒して居るのかが判らなかったのだろう。

 

(マーレなら簡単に振りほどける筈だが…。いや、アレの例もある。念には念を入れよう。マーレが大人の階段を昇るのはまだ早過ぎるからな)

 五大災厄の一つに触手地獄とでも言うべき場所があった。

 なぜそんな場所があるかと言うと…ローパーの分泌物に誘淫効果があるという『設定』を入れていたからだ。ゲーム内ではコメント表示に偽のエロ・ワードを被せたりする程度しか出来なかったが…。

 

 いずれにせよ、万が一にもそんなことがあったら大変だ。

 

「マーレ。少し体が痛むかもしれんが我慢しろ」

「アインズ様? あっ……」

 アインズがマーレの華奢な体を抱え上げると、見る見るうちに顔が赤くなる。

「む、すまん。きつくし過ぎたか? 片手でもとうとするとどうも加減がな」

「い、いえ! そんなことはありません。で…でもアインズ様に抱きしめ…守っていただけるなんて」

 アインズはマーレを片手で持てるようにすると、苦労しながら残りの手で大剣を掴む。

 持つだけならイビルアイにそうしたように担ぐ方が楽なのだが、荷物扱いするのは気がひけたし、何より<兎の耳>(ラビットイヤー)を使い易くする為だ。

 

「マーレ。私の首に手を回せ、少し動くぞ」

「は、はい……」

 マーレは感極まった表情なのだが、生憎とアインズの位置からは見えない。

 走りながらアインズが剣を振るう度にギュっと抱きしめて、自分が落ちて足手まといにならないようにしていたという程度の認識であった。

 もしアルベドがこの光景を見て居たら何というか疑問ではある。

 

 実のところ野生のローパーがエロ生物な筈は無いので、マーレにとって無害だった。

 むしろアインズが力を入れ過ぎた時の方が痛みがあったくらいだろうが、本人が嬉しそうなので忘れておこう。

 片手の剣捌きとはいえアインズが苦戦するはずもなく、斜面に生息するローパーは居なくなった。

 

「あっ…アインズ様。あそこに水脈があります」

「こっちも裂けた布を見付けた。やはりこちらであっていたな」

 マーレが指差す方向に確かに地下水脈が流れていた。

 そこに至るまでの間に裂けた布を見付け、砂浜になっている場所まで降り切ったところで見渡したり上の方を見上げると所々にナイフやハンマーが落ちているのが見える。

「ふむ。逃げ込んだ先でローパーに襲われ、なんとか逃げようとあがいたのかな」

「……っ」

 アインズがそれらを回収している間、マーレはキョロキョロと顔を動かして上流下流を確認する。

 

「上流は判りませんけど…下流は暫くこのままの流れですので、大穴や溶岩に流れ込まない限り、麓まで流れて行くのでしょうか?」

「かもしれんし何処かに地下湖水があっても面白いと思わないか? まあ次回までの宿題だな」

 アインズはそういうと、懐から新しいスクロールと金貨サイズの石を取り出してマーレに預ける。

 それは<記録>(マーク)という魔法で転移の目標にする為のものだ。

 

 マーレが魔法を唱えるとスクロールが消失して、石は仄かな輝きを帯びる。

 今度は本を取り出してソレを嵌めこむと、染み込みながらユグドラシルで良く見られた文字へと変化して行った。

 

「…次からはコレを目標に転移魔法やゲートを唱えれば此処に移動できる。私も同行する予定だが、無理な場合はコレを使うと良い」

 アインズは少しだけ寂しそうに本に記載された他の文字列を撫でる。

 今では転移の目標にすることもできない、ユグドラシルのダンジョンやトレハン場所が記載されていたのだ。

「こんな大事なモノを頂いてもよろしいのですか?」

「構わないさ。今回の報酬というか次回に使う為のものだからな」

 寂しそうなアインズの姿を見てマーレが遠慮するが、過去を振り切る様に首を振った。

 意図して取り出さない限りは文字は消滅しないし、役に立つならば消耗品で無い以上は使用するべきだからだ。

 

 こうして冒険は一時中断し、二人はナザリックに帰還したのである。

 

●記憶喪失の男と、墓杜の村

「おっさん。まだ記憶は戻らねえのか?」

「うむ、すまんが何も思い出せん」

 とある谷にある村で背の低い男が、数人いる少年たちの一人に手を伸ばした。

 代わりにズッシリと重い鉱石を手渡され、鍛冶場に在る炉に放りこんだ。

 

「治金に関してならば、どうすれば良いか手が覚えておる。しかし記憶の方はサッパリじゃな」

「オリハルコンがこんなに簡単に加工出来るんだから、そのうち知ってる奴に出逢うんじゃねえか?」

「まあそうだな。これだけの腕を持った鍛冶主なんてそうはいねえよ。ましてドワーフつったら限られてんだろ」

 男は背が低いのではなくドワーフだ。

 周囲の村にはドワーフは居らず、ドワーフの国まで辿り付ければ判るだろうと少年達は話し合った。

 何しろオリハルコンを使ったチェインシャツを簡単に作ってしまえるほどの腕前である。こんな人物が何人も居るとは思えない。

 

「そういえばユー、オボロの奴はどう言ってた?」

「よほど思い出したくない事でもあるのでしょう。ならば…向き合う覚悟が無ければ努力しても無駄。だってさ、ジャン」

 ユーとジャンという少年達は、この場に居ないオボロという青年の事を口に出した。

 彼はこの谷でも随一の腕前であり旅を重ねた練達の戦士だ。

 本人はまだまだ修行中と言っているが、その見識に間違いは無いと思われた。

 

「向き合う覚悟か…ワシは何を探しに来たんじゃろう…」

 記憶を無くしたドワーフは槌を叩く手を止めて、自分が持って居たと言う荷物の方を眺めるのであった。




 と言う訳で冒険の中編です。今回は道中の考察をしながら移動するだけ、次回の目的地の顔見せくらいですが…。
すみません! マーレとイチャイチャ、バニーモードがしたかっただけです。
後編は二十日ごろ予定ですが、この話も予定とずれたので少しずれるかも。


<記録>(マーク)の魔法と地図の本
 ウルティマ・オンラインから着想。
場所を記録して、それを参照すれば移動できるマーカーを作成。
そして、そのマーカーやテレポート系のスクロールを格納できる本です。
ユグドラシルにも似たようなモノがあるだろうなーとか、これを使って世界地図(記録・転移できない場所)を作るギルドあるだろうなーとか言う感じで出してみました。

・記憶喪失のドワーフ
 まあ言うまでも無い人です。

・ユー、ジャン、オボロと墓杜りの村
 アゼルシア山脈の途中にある村と、そこに棲んで居るモブ(?)です。

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