不定期になると思いますがよろしくお願いします。
「うがあ!」
叫び声と共にマルバ・アーケイは眼を覚ました。
急ぎ辺りを見渡すと、そこは勝手知ったるクリュセ・ガード・セキュリティ(以下CGS)自室のベッドの上だ。
「ゆ、夢だった…のか?」
つい自問する程に、先ほどまで見ていた夢はリアルな夢であった。
夢の中でマルバは、雇用主を裏切り部下を見捨てて逃走を図るも失敗、有り金のほとんどを失ったうえに、見捨てた部下達にCGSを乗っ取られていた。
更に失意で飲んだくれていたところに、知り合いのヤクザに声をかけられCGSの奪回を取り返した総資産を折半する、という条件で手を組むもヤクザが部下達の方に付き、逆にそれまでにかかった経費を捻出するため、として鉱山衛星での労働五十年をヤクザから言い渡されたのだ。
これを悪夢といわずなんだというのか。今寝たらあの夢の続きをみそうで二度寝する気のなくなったマルバは、仕方なく顔でも洗うかと部屋の中を移動する。
床に散乱する酒の空き瓶を回避しつつ、薄汚れた部屋を抜け洗面所で顔を洗い、ついでに伸びていたひげも剃り終えてふと鏡の中の自分を見る。
「なんてえ顔してやがる俺」
そこに映るのは欲深そうなにごった眼をした中年。
それがまぎれもなく己だとマルバは自覚する。
思い返せば最近は仕事を取るか人に会う以外は酒を飲んでいるか、金庫の中の私財を数えるくらいでろくに運動もしておらず、その仕事にしても取るだけとってきて後のことは部下に丸投げ状態だった。
(流石に不味いな。ちょいとばかりたるみすぎだろ)
部屋にある悪趣味なごてごてした装飾の時計を見るとまだ四時を少し回ったあたり。仕事開始にはまだ時間がある、そう考えたマルバはとりあえず自分の寝室を少しこぎれいにしてみるかと思い立ち、行動を開始する。
元傭兵のマルバは、己が体を動かしながらでないと頭の働きが相当に鈍る性質である事を理解していた。
理解していて、ここ最近はあえてそれをしてこなかったのは数年前、雇った新入り達が仕事中に大量に死んだ直後、飼っていた愛犬たちが亡くなった日からだ。
その日の悲しみから、マルバはその出来事から逃げるように酒と金に溺れていた。
それらも今部屋の整理で頭の回転を上げている最中に思い出したことであり、今まで思い出しもしなかった己の弱さにマルバは怒りを覚える。
(こんな様が俺のなりたかったものかよ、マルバ・アーケイ!)
心で己を罵倒しつつ体は順当に部屋の整理を終えており、幾分以上にすっきりした室内にうっすらとかいた汗をふきつつ、マルバは意識を切り替える。
(とりあえず心機一転しねえとな、あんな夢みてえな最後はまっぴらだ)
洗面室に併設されたシャワーを浴び汗と酒気の残りを流しさったマルバはクローゼットから新しい服を取り出して身につけ、暫くしてこなかったネクタイをクローゼットの内扉に付いた鏡をみながら締めCGSのジャケットを羽織る。
大分ましに鏡に映る自分に満足そうにうなづくとマルバは社長室へと向かった。
オルガ・イツカと昭弘・アルトランドは困惑している。
CGSには朝の定時報告があり朝食後に社長室で社長であるマルバに一軍、三番組の隊長とヒューマンデブリの代表が前日までの報告をしたり当日の仕事の打ち合わせを行ったりすることになっていた。
がここ最近は社長のマルバは現われずに、定時に来る参番組隊長のオルガとヒューマンデブリ代表の昭弘が来た後、大分遅れて一軍隊長のハエダ・グンネルがやってきて自分達一軍の都合に合わせて、参番組の隊員たちを連れて行くという形になっていた。
仕事に連れて行かれた参番組のものたちが、時には大怪我を、悪いときには死亡したこともあり、オルガは何度か社長であるマルバに抗議した。
「ハエダの指示に従っておけ」
だが、マルバはただそれだけを言い放ち、抗議など聞き入れることはなかった。
日に日に不満を募らせるオルガと、目がだんだんと死んでいく昭弘であったが、今朝は常と異なり二人が到着した時には既にマルバはデスクに座っておりなにやら書類をめくっていたのだ。
「おう、ご苦労。とりあえず楽にしとけ」
「うす」
オルガは短く応じ、昭弘は黙ってうなずきその場で休めの姿勢をとる。
暫く経って一軍のハエダがどかどかと音を立てて社長室に入り、オルガたちのように困惑の表情を浮かべる。
「しゃ、社長!今日は早いですね」
「おめえが遅いんだよハエダ、給料引くぞ?」
「か、勘弁してくださいよ」
ひきつった笑みを浮かべるハエダを横目に、マルバは定時報告を始める。
「参番組、何か報告あるか?」
「…チビ共の食事量が少し不足気味す。成長早くて二割増は欲しいとこです」
「あ?餓鬼共に余分なメシなんぞ…」
「黙ってろ、ハエダ。俺は参番組の隊長に聞いてんだ」
「…へい」
よく響く声でハエダを黙らせてから腕を組んで考えるマルバにいままでにない真剣さを感じ、オルガは緊張して返事を待つ。
「経理のデクスターに予算を組みなおさせる。がさしあたっての分でお前に幾らかギャラー預けるから当面それで凌いでくれ」
「あざっす!」
思わぬ色よい返事にオルガは頭を下げる。
「次に昭弘、どうだ」
「…人が増えて毛布が足りないんで少しまわしてください」
「は?ゴミクズどもが毛布だと?いらねえだろ!」
「ハエダ」
「す、すんません」
再び口を出してくるハエダを、先ほどより強い声で黙らせると昭弘と眼を合わせる。
「お前らがさび付いたら俺らの仕事は難しくなる。欲しい枚数を書いてもってこい、いいな?」
「…ありがとうございます」
口数は少ないが昭弘は感謝の意をこめてマルバに深く頭を下げた。
「最後に一軍だが、おいハエダ?」
「へ、へい」
「報告書が適当すぎる上に、無駄に他の隊から人もってくんじゃねえ。その上何だこの請求書は?てめえらの仕事後の酒代まで会社で面倒見ろってことか?」
「あっ、いや、それはなんというか」
まだ処理されずに社長の机の上に乗っていた報告書。そこに必要経費として清算するために添付された請求書のなかに明らかに仕事以外に使用したそれをハエダにつきつけた。
今までは社長がほぼノーチェックで経理に回していたため問題にならなかったそれを指摘され上手い言い訳が思いつかず、顔を引きつらせるハエダにマルバはにらみを利かせる。
「俺のチェック抜かりもあるからさかのぼっては追及はしねえが今後は許さん。いいな?」
「へい、ありがとうございます社長」
すっかりとしょげかえるハエダの様子にオルガと昭弘は思わず吹きだしそうになるのをかろうじて押さえていた。
「後は無いな?じゃあ、俺からの連絡だ」
三人は黙ってうなずく。
「今までお前らに任せすぎていたようだ。悪いがこれからは色々と口を出させてもらうことになるぜ」
社長であるマルバの言葉に三人は緊張と困惑の表情を浮かべながらもCGSが変わるという予感を感じていた。
時にPD320年。
CGS社長、マルバ・アーケイは再起したのである。
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