朝の五名に加え、三日月を入れた六名の夕食後会議で議題にあがったのは、農場でデクスターたちが遭遇したというギャラルホルン所属と思われる二人の青年らについてであった。
現在その場にいたビスケットと三日月、デクスターから経緯を聴取し終えて、意見と印象を確認しているところである。
「二人とも軍服ではない綺麗な身なりからして、最近地球からきた感じでしたね。新任前の見回りか、それとも何かの調査に来たかでしょうかね。少なくとも逃亡者という感じはなかったですね」
「確か、僕らにもこの前の襲撃についての情報を聞いてきましたね。聞き方からして、襲撃があった事を知らないみたいで、何があったのか調べてる感じは受けました」
「チョコレートの人は、鋭いかな。隣の人も吊るした時、シノぐらい重かった。昭弘ほどじゃないけど大分鍛えてると思う」
「ミカはもうちょっと、冷静にいこうぜ」
「うん、ごめん。オルガ」
「で、でもよ、なんかやばいんじゃねえか?」
「落ち着けユージン。でその三日月のいうチョコの人は、マクギリス・ファリドと名乗ったのか?デクスター」
「ええ、間違いないです。恐らくはセブンスターズの一つ、ファリド家ゆかりの人物でしょう。同行していた男性のガエリオさんもそのマクギリスさんと同年代、かつ親しげに見えましたので同レベルの身分もちでしょうね」
そこまでの話を聞き、オルガは腕を組んで頭をひねり、マルバは後ろに手を組んで、室内をうろつき始める。
所作は違えども、悩みだすタイミングが一致しだした二人であるが、当人同士は気がついてないあたりに、その場にいたものは噴出しそうになるをこらえていた。
シノがいれば、空気を読まずその場で噴出しつつ指摘していたレベルである。だから彼は呼ばれないのだが。
「顧問はどう思います?その二人の目的」
「そうだな、十の内、七で監査、二で新任、一で観光ってとこか。まあ、ギャラルホルン詐欺だということでなければだが」
「ああ、一時あったギャラルホルンの身内を騙るってやつすか。今の火星でんな事したら、大地へ帰らされますね」
「ギャラルホルンは好かれてねえからな。誰でも三百年以上も頭の上で同じ輩に威張られたら嫌気がさすもんだ。で、まあ今は除外していいだろ」
そこまで話し、オルガはふと何かを思いついたような顔をした。
「その二人が本物の地球から来た奴らなら、火星のギャラルホルンは派手に動けねえんじゃないですか?」
「ほう、よく思いついたな」
「おい、どういうことだよオルガ!」
感心するマルバと疑問を投げかけるユージンにオルガは自身の考えを語りだす。
「そのミカたちの見た二人組が本物だとしたらだ、火星にいるギャラルホルンの連中からすれば、はるか上のご身分の身内に、自分達の縄張りをうろつかれてる状態のわけだ。そこで何か、はるか上の方々にご報告できねえ悪さをしてる証拠が出てきたらどうなる?」
「そりゃまずい事に…って、うちへの襲撃がその悪さだって言うのかよ」
「ああ、何かおかしい気はしてたんだ。お嬢様は火星独立運動の旗印と呼ばれてる上に、クリュセ自治区当主の身内、もし殺すとしてももっと大々的に宣伝した上で処刑して見せしめにする方が効果的だ。なにもこんな片隅で、あんだけの襲撃で俺らごと殺すようなことはしねえ」
「そうだね。それなら僕らがお嬢様を護衛する移動中、それこそシャトルに乗ってる時にでも襲うなり捕えるなりしたほうがはるかに楽だ。つまり、それが選べないほど時間が無かったと」
「その時間制限が、二人組の連中が来るまでだったんじゃないか、そう思いついたんだ」
ノーマン・バーンスタインは自身の保身と得の為ならば、身内であろうと喜んで売り渡す下種である。
ギャラルホルンが適当な罪状を用意しクーデリアの逮捕を要求してきたならば、いくつか条件をつけた上で熨斗をつけて引き渡した事だろう。
だが、今回はそれをせず性急にクーデリア殺害を持ち出し、実行した印象が強いとオルガは感じた。
「つまり、あの襲撃は火星支部のギャラルホルン連中の独断で、今は派手に動けないってことだ。逆に言えば今俺らが手早く静かに動けば、ギャラルホルンの連中は手出しできねえはずだ。どう思うビスケット?」
「その可能性は高そうだね、とりあえず地球行きの準備は急がせるよ。後はギャラルホルンの連中がどう動いてるか分かればいいんだけど」
「ああ、ビスケット君、それなら大まかには判りますよ」
「本当ですか!?」
「顧問とルイス隊長のおかげで、市内に何名かを潜らせてます。ギャラルホルンの地上基地近くの夜の繁華街にも張り付けてあります」
酒と女が絡むと、口の軽くなるの男の性(さが)は人類の有史以来不動の法則であり、火星人も地球人も変わる事はなかった。
そして幾ばくかの金と引き換えに、その軽くなった口から漏れる情報を入手するのは火星ではたやすい部類のお仕事である。
「まとめると、昨日からほとんどギャラルホルンの連中は出歩いていません。何でも暫くそういう店の出入りを自重するよう上からお達しがあったようですね」
「そうなると、オルガの推理どおりに事が運べそうですね」
「情報をまとめると、そうなります。いえ、そうなる可能性がかなり高いというべきですね」
タービンズと合流してしまえば、最悪でも地球到着まではほぼ問題なくいけることになる現状で今一番問題になるのは、火星を出るまでにギャラルホルンの妨害があるかどうかという一点にある。
オルガの推理どおりであるならば、今こそが火星を出る最大の好機といえる状況にあるのだ。
「なら時間をかけてはいられねえな。ビスケット、明日は朝一でシャトルで『箱舟』まで向かって宇宙船の名義と名称の変更を頼む。昭弘たちを連れて行ってくれ」
「了解、早速声をかけてくるよ」
「ユージンとミカ、それに顧問は地球へ行くやつらの準備を手伝ってくれ。ビスケットの連絡があり次第、火星を出れるようにしたい」
「おう!任せろよ」
「うん、おやっさんをてつだっておく」
「じゃ、一軍連中には俺から言っておこう」
「最後に、デクスターさ…デクスターは明日から俺達がいない場合の業務形態に移行させてくれないか。いつでも火星を出れるようにしておきたい」
「了解だよ。ああ、それとクーデリアさんへの説明はどうします?」
「俺が明日の朝食後にでもしておきますよ。大体の流れだけでいいですかね」
「そうですね、いつ動けるかははっきりしないなら言わないほうがいいでしょう」
どこからこちらの予定が漏れるかわかりませんから、という言葉を飲み込みデクスターはオルガに穏やかに応じる。
「よし、じゃあ皆明日から忙しくなるが、よろしく頼むぜ。この仕事を皆で無事終わらせようぜ!」
オルガの言葉に、皆がおお、と応じる。
思いがけず訪れた幸運に、一同の士気はあがるのであった。
「と思っていたら、こういう落ちかよ」
「顧問、それを言ったら駄目でしょ」
マルバとオルガは現在の状況に顔を覆いたくなるのを、かろうじてこらえる。
初動は問題なかった。
宇宙船の名義変更は迅速に行われ、新たに『イサリビ』と命名された強襲装甲艦は昭弘らの手により火星軌道の近くまで航行されている。
合流する地球行きのメンバーたちも三日月始め皆の協力により、予定以上に早く出発の準備も整えられたため、最短時間のシャトル便を押さえてイサリビに合流できると喜んだものだ。
どう考えても、今の状況になる要素はないように思えた。
オルガたちの乗るシャトルが、突如近づいてきたグレイズに取り付かれるようなことになるとは。
『私は、火星支部支部長のコーラル・コンラッドだ!この船の人員は人質として徴収する!』
運命は、鉄華団を素直に火星から出す気はないようであった。
誤字脱字のご指摘、評価感想等あればお願いします。
要望の類は感想欄以外でお願いします。
若干コメディよりな書き方ですが、当人達はシリアスです。