「おう、雪之丞ご苦労さん。差し入れだ」
「こりゃすまんな、おいおめえら!社長からの差し入れだ!少し休憩にするぞ!」
「やったあ!」
「ありがとうございます社長!」
マルバの手土産にCGSの年少整備班員たちが喜んで飛びついていくのを優しい目で見守った雪之丞はマルバに振り返る。
「で、今日は何のようだ?余り人前でいえないことか?」
「流石に話が早いな、少し顔貸してもらうぜ」
「おう」
そう応じると、マルバと雪之丞は整備班の集まる休憩スペースとはなれた位置へ移動する。
そして、周囲に人影の無いことを確認すると二人は話し始める。
「雪之丞、ちゃんと整備のほうに品は届いてるか?」
「ああ、前と同じいい部品がちゃんと来てるぜ。これでモビルワーカー(以下MW)や重機なんかの故障は大分減った。おかげで新入りへの目も届かせる余裕もできた。ありがとよ」
「礼はいい、元はといえば俺の目が届いてなかったせいだ、悪い」
「あやまんなよ、マルバ。お前とあいつを支えきれなかった俺のせいでもあるんだからよ」
夕焼けの中、マルバが再起してから3ヶ月後の現在、CGS立ち上げ当初の数少ない生き残りの内の二人は、若干の照れ隠しの笑いをお互いに交わす。
彼らの話は、マルバが任せ切りにしていた仕事内容の見直しをしていた時に、判明した事態についてのことだ。
半年ほど前から、MWや重機の故障によるトラブル報告の件数が急増していたのを不審に思ったマルバは、機械部品の仕入先を経理のデクスターに確認すると。今までの業者ではなく新しい所と取引をしていた。
その後に整備班長のナディ・雪之丞・カッサバの元に足を運び、現物を見せてもらったところ、新たに納入された機械部品のほとんどが見た目はまし、だが性能は廃棄寸前のもののばかりで、整備班のほうで何とか手直しとレストアを重ねて、なんとか使い物にしている状態であることが判明したのだ。
当然、その間の苦情が整備班から出されていたが、かつての金と酒に溺れていたマルバに届いていなかったため整備班の仕事は増える一方で休みもろくに取れず、そのせいで凡ミスが出始めそれを直すためにまた仕事が増えるという悪循環に陥っていた。
そのことを確認したマルバは、即座にデクスターから納品元の会社を確認すると、参番組からオルガ他数名のものを連れて行き、納品元の会社へと向かった。
一軍から連れて行かなかったのは、そもそもこの会社を斡旋したのがハエダであり、それまでの仕事ぶりを含めてマルバからの信用は底辺にあったからだ。
その会社からハエダが、金品等の利権を受け取ってる可能性もあり、その部下である一軍も誰が信用できるか、という判断に難しいという状況であった。
そしてその会社へ向かう途中、オルガらと簡単な打ち合わせをおこない、彼らは問題の会社へと向かった。
「おまえらのとこの商品のせいでうちのもんが大怪我したんだぞ!」
怒りの表情でほえるオルガ。
「ともだちをかえしてよお!」
大声で泣く年少の参番組のもの。
相手の会社入り口で中から人が出てくるまで、マルバ本人は物陰に隠れ、これを繰り返させた。
人の命が軽い火星ではあるが、評判や人の目は無視できるものではなく、逆に悪い評判など流されたら、法的に問題が無くとも仕事に直ちに悪影響を及ぼすことを、マルバは知っている。
徐々に、騒ぎを聞きつけた周辺の人が集まりだし、ひそひそと話をしだす。
「おい、あそこの会社またなにかしたのか?」
「最近悪い噂しか聞かないが、なにかやらしたんじゃないか」
「ここの社長ギャンブル狂いってことだし、なんかしたんだろ」
周囲の人々の口調からもこの会社がよく思われてない様子である。
暫くして、中から作業服の下にネクタイをつけた男があわてて飛び出して来てオルガと言い争いになったのを見てマルバは物陰から姿を現し、オルガたちをなだめた後にネクタイの男に話を持ちかけてた。
「いやね、おたくの会社だけが悪いとは言いませんぜ。でもうちの若いもんを納得させる誠意ってもんがいるんじゃないですかねえ」
聞けば、CGSへの納入はその会社の社長が珍しく取ってきた仕事で、『廃棄前の部品をいい値段で買い取ってくれる所を見つけた』と言われ、疑問には思っていたが、雇用者である社長に口出しも出来ずにいたとのことであった。
その後、不在がちの社長の代行をしていたネクタイの男とマルバの『話し合い』で、CGSへは程度のいい機械部品、加えて。その会社での警備の仕事が提供されることが決められた。
早速派遣されたヒューマンデブリの一人、ダンテ・モグロの手により、社長の個人PCから会社資金の横領など、解任の理由に必要なだけの情報が暴かれ、社長は会社を追放されることになった。
ちなみに新社長はネクタイの男である。
「お前、相変わらずえぐいことすんな」
「ん、あっちもこっちも得になる提案だろ?まあ、向こうさんはあれでいいとして後はこっちの落とし前だ」
「ハエダの野郎のことか」
「自分の命預ける道具にあんなことしてるようじゃ、とても隊長を任せておけねえからな」
「そうすると、誰に後を継がせるかってことか?…ああ、それで俺に相談か」
「ああ、恥ずかしい話あいつとはあれっきり禄に顔を合わせてねえ。でお前の意見を聞きたくてな」
「そうだな…あれから大分経ったし前に比べれば大分ましな反応してくれる。もうそろそろ復帰していい頃合いかもしれねえな」
腕組みをしつつ、マルバに応じる雪之丞の返事にマルバは安堵の息を吐く。
「そうかい、それじゃああいつと話してみるぜ。ありがとよ」
「おい、あいつのとこに行くなら俺も連れてけよ?俺からも話したほうがいいだろ」
きびすを返し立ち去ろうとするマルバに、雪之丞が声を掛ける。
「いいのか?忙しいんだろ」
「何、少しはあいつらにも俺がいない時の動き方を教えておかないとな。少しまってくれや、一声掛けて来るからよ」
「すまねえな」
「いいってことよ」
マルバと雪之丞はお互いの拳を軽く打ち合わせて、にやりと笑った。
その日の夜、マルバと雪之丞はCGS本社敷地内にある畑に併設された小屋を訪ねた。
「おい、まだ起きてるか」
ノックと共に声を掛けたマルバに応じるように小屋の扉が開かれる。
小屋の中から出てきたのはCGSの作業服を着た長身で痩せ型のカイゼル髭の中年だった。
「えっ、社長と雪之丞かい。どうしてここに」
「おう、新しい仕事の話だ。ルイス・ミリオン」
元一軍隊長、ルイス・ミリオン。
彼にも転機のときが訪れたのであった。
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最後に登場したルイス・ミリオンはオリジナルキャラですので検索しても出てこないです。