タービンズとの兄弟分の儀式を無事に終え、地球行きに向けて準備を整えていた鉄華団のイサリビに、ある日訪れた者がいた。
中型のトラックを運転してきたその女性は見た目40代程、茶色の髪を後ろに束ねサングラスを掛けていた。
「そこの僕達、ここが鉄華団の艦であってるかい?団長のオルガ・イツカさんに取り次いで欲しいンだけど」
「すいません、今団長たちはタービンズさんとこにいってて留守です。しばらくしたらもどってくると思います。留守番役のチャドさんを呼んできましょうか?」
「いや、それじゃそっちに二度手間取らせるからね。団長さんが戻るまで、少しまたしてもらうよ」
「はい、では少しあちらのほうで待っていてください」
最初の対応が、船外でタービンズを主とするテイワズからの物資積み込み作業の指揮を取っていたタカキ・ウノという、鉄華団で比較的穏当な性格の少年であったことはお互いにとって幸いなことであった。
他の団員の多数派である失礼な対応であった場合それなりの悲劇が彼ら鉄華団を襲ったであろうから。
それから暫くしてユージンとビスケット、ハンマーヘッド艦内で名瀬に紹介してもらった経営コンサル兼監視役のメリビット・ステープルトンを伴い、オルガがイサリビへと帰還してくると、タカキは来客の旨を早速に伝えた。
「どうも。お待たせしたみたいで、鉄華団団長のオルガ・イツカっす」
「問題ないよ、マクマードの親分から話は来ていると思うけど、この船の医療担当になる音羽(おとわ)・テレジアだよ」
「ああ、もう一人の人と同時かと思ってましたが、イサリビに直接いらっしゃるとは知りませんで、すいません」
「こっちは商売道具一式積んできたからね。団長さんの許可なく勝手に艦に積んじまうのも悪いから、ちょいと待たせてもらったよ」
そこまで言うと、音羽はトラックから降りてくる。
身長は女性にしては高く、オルガよりやや低いくらいであり、ラフなジーンズ姿の上に白衣をまとっていた。
「まあ、これからよろしく頼むよ。団長さん」
そういって差し出された音羽の右腕は機械製の義手であったが、オルガはためらわずその手をとり握手をする。
「おや、あまりびびらないかい?」
「俺らも、宇宙ネズミです。それに右手を差し出してくるのは信頼の証、と顧問から聞いてます。テイワズから来た方にそこまでされたら、応えないわけにはいかんですよ」
「うん、それなりの仁義を知ってる様でよかったよ。前の職場では散々でね、仁義よりカネカネ煩いケツ顎上司をぶちのめしちまったからね」
「エッ、右でですか?」
「いんや、左だよ。右でやってりゃ、あいつのケツ顎が増えちまってたよ」
そう告げた音羽の獰猛な笑みに、オルガは内心プレッシャーを受けるも表情には出さずに済んだのは、マクマードとの対面後だからであろう。
「あの、もしや『鋼のテレジア』さんですか?」
「そういう風にも呼ばれるときもあるね、で、誰だいアンタは?」
「私、メリビット・ステープルトンといいます。今は経営コンサルとしてこの艦にきたところですが、看護資格もありますので、何かあればお手伝いできるかと」
「そうかい、それは助かるね。まあ同じ艦に乗る同士なンだ、よろしく頼むよ」
「はい、光栄です」
オルガとの話にわり込んできたメリビットは音羽と握手を交わし、満足そうな笑みを浮かべた。
「じゃ、トラックの荷物を積み込んでおくれ。最新の医療ベッド数台と医療品を積んであるから、慎重に医務室まで頼むよ。じゃ、団長アタシは医務室で設置準備にかかるよ」
「ああたのんます。と、ライド!音羽さんを医務室まで案内してやってくれ」
「了解す!じゃ、こっちですから、ついてきてください」
「ああ、頼んだよえーと、ライド君か」
「うす、ライド・マッスっす!」
オルガに指名されたライドは、イサリビの医務室までの案内を張り切って請負い、音羽を先導して艦内へと向かう。
他の団員達がタカキの指示の元で、音羽の乗ってきたトラックからの荷降し作業に取り掛かるのを横目に、オルガはメリビットに問いかける。
「あーメリビット、さん。あの音羽さんって、この辺じゃ有名な人なんですか?」
「ええ、テイワズの医療従事者なら一度は耳にするお名前ですね」
「俺ら火星のこともろくに知らないんで、良ければ教えてもらえますか?」
オルガの謙虚な姿勢に、メリビットは喜んで知ってる範囲で音羽のことを伝えた。
10代後半からテイワズ医療部門に所属し、精力的にテイワズ内での医療活動を行ない『患者が生を望む限りは全力を尽くす』という姿勢が各所で評価をされている事、その姿勢のためならば雇い主の意向に逆らってでも治療を行う事なども教えられた。
「自腹で高度な医療設備を導入するとか、意見が対立した雇い主を部屋に押し込めてまで患者の治療を行ったとか色々な逸話から『鋼のテレジア』とまで呼ばれるようになったんですよ」
「よく今まで無事だったすね」
「彼女の担当した所はどこも過酷なところでしたが、他のものが担当したときよりも死亡率が明らかに低かったですからね。表立って彼女を排斥したら逆に部下から恨まれます」
命の軽い世界で、自分達の命を永らえさせてくれる存在の有難みはオルガにも実感できた為に素直に納得は出来た。
「でも、そんな人が来るってことは俺らの仕事はそれだけ危ないと思われてるんすかね?」
「かもしれません。でも音羽さんでしたら、前の職場で問題を起こして、木星近くにいられなくなった可能性も捨てられませんね」
この時、笑顔で問題発言をするメリビットと先ほどの音羽の態度に、オルガは女性のたくましさを垣間見た気がしたと、後日仲間内に語ったという。
翌日、歳星を出発するイサリビとハンマーヘッドを見送る者たちがいた。
「何だ、三日月。仲間とはなれて寂しいのか?」
「そうだね…うん」
「バルバトスの整備が終われば、すぐに追いつけるだろ。ちょっとの辛抱だぜ」
「わかってるけど、やっぱり寂しいね」
「なら、バルバトスをきっちり仕上げて、オルガたちを楽させてやらねえとな」
「そうだね、顧問とおやっさんもその為に残ってるんだし」
二隻が見えなくなるまで見送りながら、バルバトスに出来る限りの整備を受けさせるべく歳星に残った三日月、雪之丞、マルバの三人は言葉を交わす。
やがてテイワズの整備長に呼ばれて、阿頼耶識システム等の調整に向かった三日月がその場を去り、雪之丞とマルバがその場に残った。
「で、マルバ。そっちの用事は大体済んだのかよ」
「まあな、さすが歳星だぜ。金次第で大体のものは手に入るんだからよ」
「オメエみたいな奴には、住みやすそうだな。俺は火星のほうが落ち着くわ」
「どこでも住めば都っていうだろ?まあ、こういう綺麗と汚いの混じるところは悪かねえけどな」
そういってマルバは笑いつつ、紙巻の煙草を取り出し雪之丞に勧める。
雪之丞は無言で一本受け取り、手持ちのライターでそれに火をつけた後に、マルバの咥えた煙草にも火をつける。
「で、イサリビについたら取り付けておいたアレの確認か。本当に映ってるかね」
「映らなきゃ、それはそれでかまわねえだろ。今回の仕事はここまでは上手く行ってるほうだが、だからこそ気は抜けねえぜ。テイワズがバックについてはくれたが、相手はまだまだでかいんだからよ」
「だからこそ、できるだけ静かに見つけられねえようにってか。まあドンパチの回数はすくねえに越したことはねえな」
「そういうこった。一番不味いのは気がつかないうちに、俺らの情報が抜かれることだ。気がついてりゃ俺らが好きなタイミングで情報を抜かせる、ってこともできるからよ」
「ったく。そういうことばっか考えてるから、悪い顔になるんだマルバ」
「ほっとけよ雪之丞。元からそういう性分だし、そういうまともな意見はお前に任せてる。なら俺がまともじゃねえ方を受け持つだけだぜ」
「まあ、そういうオメエだから俺らもここまでこれたんだろうだがよ」
「やめろよ、ケツがかゆくなんだろうが」
「やめねえよ、嘘はついてねえんだからよ」
会話の合間に短くなった煙草を二人は、ほぼ同時にもみ消すと整備長の待つブロックへと足を向け歩き出す。
「じゃ、俺らもお仕事がんばらねえとな、この年でシミュレーターにまた乗るとは思わなかったぜ」
「俺も、またMSの勉強する羽目になるとは思わなかったぜ。ああ、ガキの頃を思い出してちょっとうんざりだ」
「ああ、オメエの師匠厳しかったからな」
「オメエの隊長もそうだっただろ、いつの間にかあの人らと同じ年だな、俺ら」
「そういやそうだな。お互い年食ったな雪之丞」
「まあ、そういうもんだろ。 後はあいつらが成長してくれりゃ楽できんだがな」
「じゃ、その日のためにやることはしとかねえとな」
「おう」
並んで歩くお互いの拳同士を打ち合わせ、二人は先へと進むのであった。
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やっと、歳星出発できた。