マルバ・アーケイ、再起する   作:なみ高志

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次話投稿します。





憎いからこそ愛おしく

 音羽から渡される睡眠剤と栄養剤の分量が日々増えるのを自覚しつつ、フミタン・アドモスが強引にでも休息をとろうとしていた夜中、彼女に与えられた部屋を訪れるものたちがいた。

 

 「どうもこんな時間にすいませんなあ」

 

 そう告げて、どうしても内密な相談があるといいマルバとオルガの二人がフミタンの部屋に入ってきた。

 イサリビという閉鎖空間において、この二人の動向に異を唱えることは限りなく難しいことである。

 

 「いえ、少し寝付けませんでしたので大丈夫です。それでどういったことでしょうか?」

 

 軽く着衣と髪の乱れを直し、二人を迎え入れたフミタンにマルバが問いかける。

 

 「フミタンさん、貴女の本当の雇い主は誰か、教えてもらいてえんですわ」

 「…私が仕えているのは、バーンスタイン家のクーデリア様です」

 「なら、今から見せる情報について、教えてもらえますかい?」

 

 フミタンの若干間を空けた返答に、マルバは部屋にあるモニターに自身の持つタブレットからデータを転送させつつ、再度問いかける。

 

 そこに映るのは、イサリビのブリッジを出入りする人を捕らえた映像と、何かを時間ごとに並べた一覧表である。

 

 「俺が歳星に残った理由の一つはね、フミタンさん。内通者がいねえかをチェックするためだったんですぜ。その為に、歳星を出る前に極小型のカメラをブリッジの艦長席裏に仕込ませてもらいやした。流石金があれば何でもそろう歳星、カメラの入手も簡単でしたぜ」

 「…その上で、ご本人は歳星に残りわざと監視を緩くして、その内通者が動くのを誘ったと?」

 「その通りでさ。いやあ、フミタンさんは頭の回転が速くて、助かりますぜ」

 

 マルバは軽く笑みを浮かべ、フミタンと会話しているが、もう一人部屋にいるオルガは両手をジャケットの上着ポケットに突っ込んだまま、憮然とした顔で沈黙している。

 そのポケットには何か手以外のものが、入っているようにフミタンには感じられた。

 

 「で、まあこの映像はブリッジに出入りする人を、こっちの一覧はイサリビからの発信記録ですな。残念ながら、発信データ自体は消されててどんな内容を誰に送ったかは不明なんですよ」

 「でも発信記録だけ残すとは、その誰かはうかつな方ですね」

 「まあ、発信記録ってのは艦内管理システムのひとつでね。記録操作しようと思ったら、その艦内管理システム自体をメインフレームから一度消さねえとならないんでね。そしてそのメインフレーム室には俺とオルガ、後雪之丞しか入れないですからな」

 「なるほど、勉強になりました」

 「この映像と発信記録を付き合わせるとですな、フミタンさん。貴女が必ず『ブリッジで一人のときのみ』どこかと通信していた、そういう状況が浮かんでくるんですよ。で、説明をして欲しいんですが、どうですかい?」

 

 笑みを消したマルバの真剣な表情を見つめた後、フミタンは大きくため息をつく。

 

 「私の仕えている人物は、ノブリス・ゴルドン。彼の手のものと通信をしていました」

 

 其処からフミタンは、当初からノブリス配下として、バーンスタイン家の内情偵察として働いていた事、クーデリアの利発さと行動力を何度か報告した後は、彼女の動向を専属メイドとして掴むよう命じられた事、クーデリアに革命活動に興味を持たせ、その後にノブリスをパトロンとして紹介させる命令を受けた事等を訥々と語る。

 

 「随分と簡単に色々教えてくれるな、アンタ」

 「隠したところで、『どのような手段を用いてでも』口を割らされたでしょう?そういう決意をした目をお二人がしていらしたので。ノブリスにはスラムから拾い上げられて、育ててもらった恩はありますが、自分の身を捨ててまで仕えることもありませんから」

 

 フミタンの告白が一区切りしたところで、漏らしたオルガの言葉にフミタンは感情の無い声で返す。

 

 「それだけじゃねえでしょう、フミタンさん」

 「といいますと?」

 「貴女は意識してるか知らねえが、心がクーデリアを裏切り続けてるという事に苦痛を感じている。だから少しの疑惑を出された今、楽になりたかった。そういうことじゃねえんですかい?」

 「違います…私はそんな上等な人間ではありません。所詮はただの芸を覚えた野良犬です」

 

 そう答えつつも、フミタンの手は自身の服の裾を強く握り締め、何かに耐えるような姿勢をとる。

 

 「なら音羽さんに処方してもらっている薬が増えたり、そんなつらそうな顔をする必要はねえでしょうよ。貴女はこれからもクーデリアと共にありたい、そう思ってるんだろ?」

 「貴方に!私の何がわかるの!!」

 「わかるさ、俺も似たようなもんだからな」

 

 思わず激昂し声を荒げるフミタンに、マルバは静かな声で返す。

 

 「最初は失ったものを埋める為、拾っていった連中がいつの間に成長して自分を慕ってくれるなんて、そんな都合の良いことは無え、そう思っていたんですがね。実際にそうなると、いや、そうではないかと感じちまったら、そいつを裏切るのはつらい。薄汚い自分を照らしてくれる光を、自分で消してるみてえでよ」

 

 マルバの静かな、心からの声にフミタンの心の何かが壊れたのか、その瞳からは涙が零れ落ちる。

 

 「…つらかった。あの瞳を、ただ未来の希望と、自分を信じるあの瞳を裏切っている自分が惨めで…本当はあの人に、全身全霊でお仕えしたかったんです!あの人の未来に自分の居場所が欲しかったんです!」

 

 嗚咽と共に告げられたフミタンの言葉に、マルバとオルガは顔を見合わせる。

 

 「まあ、その辺のことはお二人で話してください。おい、ミカ」

 

 オルガの言葉に合わせて、フミタンの部屋の扉が開かれる。

 そこには三日月とアトラに両脇を支えられたクーデリアが立っていた。

 

 「お嬢様…」

 「ごめんなさい、フミタン…私、今まで」

 「ほら、クーデリアさん。ちゃんとフミタンさんとお話しなきゃ!後男の人は部屋から出る!」

 「うん、じゃあ後はよろしくアトラ」

 「任せてよ!」

 

 オルガがポケットに忍ばせていたインカムを通じて、室内での会話を聞いていたクーデリアたちの中で、率先して事態を動かしたのはアトラである。

 こういう時のアトラは頼りになるとの三日月の言葉を信じ、男三人は部屋から出て行った。

 

 「じゃ、私お茶入れるから、二人でよくお話してね」

 

 有無を言わせないアトラの笑みに押され、クーデリアはフミタンに向き合う。

 

 「考えてみたら、フミタンには色々教えてもらってたのに、フミタン自身のことはほとんど知らなかったわ。ごめんなさいフミタン」

 「いえ、私が話したくなかったのです。お嬢様を傷つけてしまうのが、怖くて」

 「なら、これからはフミタンの事を色々と教えてね?私はフミタンのことをもっと知りたいの!」

 

 フミタンはクーデリアのまっすぐな瞳に、涙を流しながら微笑む。

 

 「お嬢様の、そのまっすぐな瞳が私は憎くて、その何倍も愛おしいと思ってましたよ」

 

 

 

 「よかったんすか、顧問?」

 「フミタンを裏切り者として処分しなかった事か?」

 「まあ、俺もしたいわけじゃねえすけど、筋としてどうかなと」

 「フミタンはクーデリアの従者だからな。そっちでお構いねえなら、俺らがどうこう言う事じゃねえ、ってのが建前だな」

 「じゃあ本音は?」

 

 その言葉にマルバはにやりと笑う。

 

 「繋がってるのがゴルドンなら、奴はどこまでもいっても『商売人』だ、利益をかませればいくらでも話の持ってき様はある。ギャラルホルンだったら、まあ監禁でもしていたかもだが」

 「やっぱり、顧問はえげつないね」

 「ああ、ミカの言うとおりだな」

 「いいんだよ、何でもかんでも殺して仕舞いにできるもんじゃねえんだ。そこらをよく覚えとけ」

 

 マルバの言葉にオルガは片目をつぶり、笑みを浮かべる。

 

 「了解、拾われた俺らは顧問を信じてますよ」

 「オルガが言うなら俺もそうする」

 「おいおい、こんなおっさん信じてると痛い目にあうぜ?いつでも警戒を忘れんなよ」

 

 そっぽを向いたマルバが足早にブリッジへ向かうのを、オルガと三日月は笑いながら付いていった。

 次のトラブルを解決する為に。

 

 

 

 

 「どうも、鉄華団の顧問をしてます。マルバ・アーケイです」

 「ドルトコロニー労働組合代表、ナボナ・ミンゴと申します」

 

 それから暫く後、ドルトコロニーの近く閉鎖寸前の資源採掘衛星で、お互いに三名の仲間を連れたマルバとナボナ、二人の男が対面していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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なんて事だ、原作との乖離は止まらない!加速する!(アイン調ポエム)

後、おかげさまで10万字超えることができました。
読んで頂いてありがとうございます。


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