タービンズ旗艦のハンマーヘッド、その応接室でのオルガと名瀬の商談が、大詰めに入っていた。
「じゃあ、今回のブルワーズ処分で得れる資産のお前らの取り分、二割五分がうちらへの報酬ということで良いんだな?」
「ええ、余分な仕事を増やしてすんません、兄貴」
「なに、この計画がうまくいけばテイワズには良い儲け話になる。あのケツアゴに一枚かませねえといけないのが、気に障るがな」
「とはいえ、俺らじゃ話にもならねえすから、よろしく頼んます」
「おう、弟分の頼みなら出来る限りはしてやるざ。それより、ドルト5の奴らは間違いなく動くとしてだ。残りの地球寄りの役員のほうは大丈夫なのか?」
今回マルバ主導で仕掛ける計略、テイワズの一員としてそれに加担する以上は、名瀬はその辺りの不安材料を確認しておかなければいけない。
「そっちはクーデリアがノブリスと交渉して、動かすって約束をもらったんで大丈夫すよ」
「裏切れば今回の件の暴露、ということか。あのおっさんの策らしいぜ」
組織間のスパイ行為自体は、恐らくどこでもやっていること。
だが、ノブリスのように、対象組織内に長期間潜伏させるというやり方は、コスト面からあまり採用されにくい点を除けば実に効果的で探知されにくい方法だ。
その手法が今回の件で広く世間に暴露されれば、当然各組織は内部査察を強化し潜伏したスパイを炙り出そうとするだろう。
結果ノブリスの情報網にいささか以上の不利益をもたらすということになる。
それらを踏まえたうえでの交渉、という名の恫喝行為であった。
オルガから、クーデリア付きのメイドがノブリスの手のものであった、という情報は受け取っている名瀬は苦笑しながら操作していたタブレットを、後ろに控えているアミダに手渡す。
「で、ここからドルト5までの最短かつ発見されにくいルートもこちらへ依頼?人を頼るのが上手い事だね」
「まあ、確かに俺ら以上に信用できる相手がいないってことだろうがよ。頼られて悪い気はしねえさ」
そういって笑う名瀬の性格すら、マルバは折込済みでこちらに話を持ってきたのだろうと、アミダは心中で察している。
「末永いお付き合いになりそうだねえ」
そうでなければ、タービンズがどんな目にあうかと想像しつつ、アミダは名瀬に笑いかけるのであった。
数日後、未明のドルト5。
労働者の大半が今だ寝床で惰眠をむさぼるこの時に、物々しい装備を整え動く一団がある。
彼らはドルト人民軍。
マカロン・フラグレッドが集めた、元ならず者集団の自称である。
それがいまや、訓練されたならず者集団としてドルトカンパニーに牙を突き立てようと動いていた。
『俺は今何者かに追われている。撒くことは難しく、これが最後の通信となる可能性が高い。よって今から言う時間に俺が戻らなければ、俺の意思を継ぎ、お前らの手で計画を実行せよ。我らドルト人民軍に栄光あれ』
深夜、ドルト人民軍のアジトにもたらされたマカロンからの通信メッセージ。
これを受け、アジトに集結した彼らは、所定の時間になっても現れなかったマカロンの遺志を受け、動き出したのだ。
「同志マカロンの遺志は我らが実現させる!行くぞおまえら!」
実行部隊の隊長として選抜されていた、シルニキ・ソイバーの指揮の元で、彼らは計画通りにドルト5の宇宙作業用MS格納庫を襲撃し、そこにいた警務局人員を殺害し、MSスピナ・ロディと連絡用ランチ、警務局用クルーザーを奪取する。
交代直前の時間を襲われたこともあり、改造したネイルガンやバーナーを利用した火炎放射器で武装したドルト人民軍により、その場にいたギャラルホルンのものは誰も生き残る事も、外部への連絡もとれなかった。
これはドルト人民軍の予想外の練度もあるが、事前にギャラルホルン内で実行寸前である『計画』のために、ドルトカンパニーに出向した人員のほとんどがドルト3に集結させられていたことが大いに影響していた。
「よし、各自MSのチェックを急げ、手の空いたものは武器を積んだ車両を運び込め!」
MSこそ自前ではなかったが、使用する武器に関しては、MS用として改造ネイルガンと鋼材を利用したスパイクロッドを用意した。
これらは船外作業に偽装した軍事訓練時に使用していたものであり、使い慣れない武器よりも使い慣れた武器を、と彼らが望んだのはこれからの命がけの行為を考えれば、ある意味で当然の心理といえよう。
それを用意できるマカロンの後ろ盾をシルニキらは知らないし、知ろうともしなかった。
ただマカロンの用意した計画を実行する、それだけで彼らは今までここまで大きくなってきたためであり、マカロンの秘密主義的性格も大きく影響している。
そうであるから、今度もマカロンの計画であれば、本人がおらずとも上手くいくだろうと信じていた。
この盲信のツケは、すぐそこまで来ているということを、彼らは気がつけなかった。
『な、なんなんだこいつら!』
『今日来るなんて聞いてないぞ!畜生!』
不幸にも、ドルト3付近で定時パトロールに当たっていたグレイズ三機が、彼らドルト人民軍と対峙していた。
既にその内の一機は、ドルト人民軍のスピナ・ロディからのネイルガン一斉射により、全身を釘に貫かれて沈黙させられている。
残る二機は、不規則な加減速により、射線をずらし生き延びつつも、襲撃の知らせをドルトに駐留する本隊へと送ることには成功していた。
『本隊は何だって?』
『今迎撃部隊を編成しているそうだ!後600秒で第一陣がくるそうだ』
『ふざけるな!それまで俺らが生きてられるか!』
そう叫んだグレイズの前後から、二機のスパイクロッドを構えたスピナ・ロディが肉薄する。
咄嗟に避けたグレイズであるが、避けた位置に待ち構えていたスピナ・ロディの射撃を受ける。
『クソッ、こいつら連携が上手いぞ!』
悪態をつきつつも、二機のグレイズは応戦に務める。
ドルト人民軍は個々の技量は、さほどでもないが、三機ごとの連携はそれなり以上であり、現状六対一にあるギャラルホルン側は徐々に不利に陥っていた。
そして、二機のグレイズが行動不能になろうかというときに、それはやってきた。
『新たなエイハブウェーブ反応?』
そうつぶやいたスピナ・ロディの機体に、鉄塊がめり込む。
連携を取っていた残る二機のスピナ・ロディの足が止まったところを、一つがハルバードに、一つがチョッパーによりそのコクピットを破壊された。
『シルニキ隊長!見ないMSが三機現われました!』
『敵なら潰せ、それだけだ』
クルーザーから短く指示を出すシルニキに応じ、残る九機のスピナ・ロディは、新たに現われたMS三機を三対一の形で包囲する。
『何か、昭弘のと似た奴ばっかりだな』
『まあ、同じ部品使ってるからな』
『こいつら、全部やっちまえば良いんだよな?』
この場にやってきた、三日月、昭弘、シノの三名は、各自の機体を動かしつつ会話を交わす。
『そうだ、あそこのハリネズミになってるのに知らせないと』
『おう、そうだったな。んじゃ、たのむぜ昭弘!』
『何で、俺なんだ?』
『昭弘はこういうの慣れてる。ガチムチナイトとかで』
『そうだぜ、頼むぜガチムチナイト!』
『…わかった。わかったが、それは勘弁してくれ』
いささか緊張感の無い会話を交わしながらも、彼らの機体、バルバトス、方天画、流星号に攻撃は命中しない。
後ろに目がついているかのように、ドルト人民軍の連携をかいくぐっていた。
『き、君達はいったい?』
『俺達の名は、鉄華団。ドルトコロニーのサヴァラン・カヌーレさんの依頼により、ドルト3の防衛に来た。共にドルトの平和のために戦おう!』
『お、おお、ありがとう!』
『心強い!我らの正義に天が力を貸してくれたぞ!』
若干芝居がかった、しかし力強い昭弘の言葉に、グレイズの乗り手たちは安心の声を上げる。
『やっぱり、昭弘で正解』
『おう、まったくだぜ!』
『…勘弁してくれ…』
そうして暫くの後に、その場に残ったのは、大破した二機のグレイズを守りつつ、十二機のスピナ・ロディを全滅させた、鉄華団の三機のMSの姿であった。
「あれだけの時間で、俺たちのスピナ・ロディ十二機が全滅…だと!?」
呆然とつぶやくシルニキと残りのドルト人民軍の乗るクルーザーの周囲は今、鉄華団と増援に来たドルト駐留部隊らによって完全に包囲されていたのであった。
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十二機だったのが敗因かもしれない。さらばドルト人民軍。