マルバ・アーケイ、再起する   作:なみ高志

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次話投稿します。





秘密は多少は漏れるもの

 『ご覧ください!火星から地球へ向かう途中の、クーデリア・藍那・バーンスタイン女史と、先日労働階級から初めて役員となったナボナ・ミンゴ氏がにこやかに握手を交わしております!ともに対話での待遇改善をよしとする二名の時の人の会見です!』

 

 画面の向こうで、着慣れないスーツを着てぎこちなく笑う中年男性と、真新しい洋装に身を包んだ金髪碧眼、手袋をつけた美少女が握手をする場面を背景に、DCNの女子ナレーターが興奮気味に叫んでいる。

 それをなんともいえない表情で見つめる、クーデリアとサヴァラン、手持ちのタブレットを操作するビスケット、ソファに座り葉巻をくゆらせるマルバの四人が今、ドルト本社の社長室にいる人員である。

 

 「そうそう、今回の『荷物』ありがとうございました」

 「いえ、今のドルトには必要なものでしょう。今その代金の代わりを頂いていますから」

 

 画面に映る、イサリビから降ろしたテイワズ印のあるコンテナには、治療ベッドを中心とした医薬品と、火星産の食材、それにいくらかの建材を積んである。

 本来積んであった武器類を降ろし、音羽によって過剰気味に備蓄された医薬品と、ブルワーズ接収によりいくらか余裕が出来た品目を、その代わりに搭載させたのである。

 

 「今までのドルトでは、そういうものは富裕層優先でして、数が増えるのは助かります」

 「これからのドルトは今までとは違う、そういうことが良くわかる絵ですね」

 

 ドルト2での生中継を映す画面の中で、クーデリアとサヴァランが見守る中、ナボナと握手をしている美少女は当然クーデリアではなく、彼女の影武者である。

 見るものによっては、自分よりもお嬢様らしいしぐさを取る自身の影武者に、クーデリアの内心は複雑だ。

 そもそもこの影武者は、女性ですらないのだから。

 

 「やっぱり、ヤマギが一番しっくり来るなあ、そうだろビスケット?」

 「まあ、タービンズから人を借りて影武者にするわけにはいかないから、仕方ないですね」

 「名目上は、みいんな名瀬さんの奥さんたちだからな。まあ、お陰で仕草とか化粧は勉強できたがよ」

 

 クーデリアとの一蓮托生を決めた、マルバとオルガはその時点からクーデリアの影武者を作る事を考えていたが、男所帯の鉄華団は女性比率が圧倒的に少なく、その少ない女性陣でもクーデリアの代役を務められそうな人材は、主に外見の面でいなかった。

 そこで、クーデリアの外見を知られていない今回に限り、火星から来た十代のお嬢様、という印象を受ける人物を鉄華団内で選考した結果、選ばれたのがヤマギ・ギルマトンであり、それがか現在の状況を作ったのだ。

 

 「アトラじゃ色々足りねえし、メリビットさんが10代とか無理すぎだろ、火星の店でもチェンジするぜ!」

 

 選考の際に、不用意にでかい声でそう漏らしたシノが、女性特有のネットワークでその発言を知られ、タービンズの女性陣含む、女性全員からシカトを続けられてへこんでいたのは苦い思い出だ。

 

 「こういうのは苦肉の策っていうんでしょうかね、兄さん」

 「俺に振るな、ビスケット。それより情報はまとまったのか?」

 

 サヴァランとしては、メイクとウイッグにより目の前のクーデリアと甲乙つけがたい美少女と化した、画面内のヤマギについてのコメントに悩むよりも、先に片付けるべき案件があることをビスケットに告げる。

 現在彼らがいる社長室は、ドルトコロニー群の中でも高いセキュリティを誇る場所、そこを利用して鉄華団とクーデリアは地球との連絡と、事前情報の収集を行っている。

 この場所を使う許可を得ることが、今回のコンテナの中身への報酬という事で話はつけてある、

 サヴァランにしても恩義があり、弟のビスケットがいるマルバら鉄華団の今回の申し出を、喜んで引き受け、現在に至っている。

 

 「アーブラウの情報は、手持ちの中ではまとめられたよ。蒔苗・東護ノ介(まかない とうごのすけ)という人が代表を務めていたけど、現在は私有地で病気療養中らしいね」

 「そいつが、さっきクーデリアさんに連絡していた奴の親玉か?」

 「ええ、病気療養中とは言わなかったけど、合流地点として指示してきたのがオセアニア連邦内にあるミレニアム島です。そこは蒔苗氏の私有地ですから、つじつまは合いますね」

 「成る程、クーデリアさんと会うのに問題はねえが、アーブラウの中では会いたくねえ、もしくは会えない事情があるかだな」

 

 テイワズの情報部門から得られる情報は、地球圏以外では精緻を極めるが、地球圏においては現在の鉄華団の様に表層の情報どまりのものが多く、そこからはマルバたちが推測していくしかない。

 無論、ギャラルホルンの情報統制をかいくぐり、それらを集められるだけでも、恐るべき情報網であるのも事実だ。

 

 「それで、現在のアーブラウの運営は副代表の人が代行しているけど、近く代表指名選挙をして新しい代表を選考するみたいだね」

 「なら、それまでには俺らは地球へ行って、その蒔苗とかいうやつに会わねえとならねえわけか」

 「確かに、新しい代表の方が、蒔苗氏と同じ路線をとられるとは限りませんね。であれば、かの方の指定する場所に行くしかないでしょう」

 「よし、この件はクーデリアさんの言うとおりでいいとして、もう一つの方はどうだ、ビスケット」

 

 マルバはもう一つの問題についての情報を、ビスケットに求める。

 

 「労働組合内でクーデリアさんの顔を知っていた人たちの件ですね。ナボナさんたちの協力もあって、こっちは大分わかってます。知っていた人は十一人。しかも、ドルト3でのデモ参加予定の人達が知っていました」

 「俺も知らなかった、クーデリアさんの顔をか。それも全部、マカロンとかいう奴の仕業なのかビスケット?」

 「正確には、その内の十人はマカロンから『当日デモに参加する予定だから、覚えておくように』といわれてマカロンのタブレットからクーデリアさんの画像を見せられたんだけど、残りの一人が違ってたんだ兄さん」

 「というと、マカロン以外からということか」

 「うん、その人は同僚二人が手持ちのタブレットを見て話してるところへ、後ろから声を掛けた時そのタブレットに、クーデリアさんの画像があったといってたんですよ。で、その人が『この美人は誰だ?』と聞いたらその人たちは『今度、火星からくるお嬢さんだよ』といったそうです」

 「その二人は、ドルト人民軍ではないんだな?」

 「うん。人民軍とは住んでたコロニーが違うから、その可能性は低いと思うんだけど、その話していた二人はドルト人民軍の襲撃直後から行方がわからないみたいなんだよ」

 

 ビスケットの説明に、サヴァラン始め室内の三名は顔をしかめる。

 ドルト人民軍以外で、会社役員のサヴァランも知らなかったクーデリアの情報をもっていた人物がいた、というよろしくない報せである。

 

 「その二人についてのテイワズからの情報はねえのか?」

 「一応、名前と顔の特徴は報せたんですけどね、三ヶ月前にドルトコロニーに来る以前の情報がないそうです」

 「ああ、つまり偽装だったって可能性が高けえということかよ」

 

 マルバの言葉に、サヴァランは頭を抱えたくなるのを抑える。

 労働組合に偽装した人を送り込み、恐らくは今の状態を受け撤退させたという事は、ギャラルホルン、その中でも月外縁統制統合艦隊であるアリアンロッドの手のものであった可能性が高い事に思い至ったからだ。

 彼らの起こす予定であった『暴徒鎮圧』作戦について概要だけは知らされ、口外を禁止されていたサヴァランは、機密に抵触しない程度の情報を口にした。

 

 「成る程ねえ、まあその作戦の詳細とやらは聞かねえほうがいいんでしょうな」

 「そうしてくれますか、実際に起きていたらと思うと、未だに夜にうなされるほどのものとだけ言っておきます」

 「兄さん…」

 

 引きつった笑みを浮かべるサヴァランに、一同が同情を覚えたその時、室内の電話が鳴り響く。

 すかさず電話を取ったサヴァランが、短いやり取りの後に電話を保留にして、クーデリアらへと尋ねる。

 

 「今、鉄華団のミスト・ランドという人物から、鉄華団の方どなたかへと繋いで欲しいと、連絡が入ってますが繋ぎますか?」

 「ああ、フミ…ミストは私の執事ですから間違いないです。繋いでください」

 

 クーデリアの言葉に、サヴァランは電話をフリーハンズに切り替えた後に、繋ぐ事を了承した。

 

 『お嬢様、マルバ様、ビスケット様。急な連絡申し訳ありません』

 

 電話越しに、性別と年齢の判断しにくい機械音声めいた声が聞こえてくる。

 

 「大丈夫です、どうしましたかミスト?」

 『今しがた、ギャラルホルンから二つのメールが前後してイサリビに届きました。その対応について相談したいので、取り急ぎイサリビまでお戻りいただきたいと、オルガ団長からのお言葉です』

 

 抑揚を抑えたミストの声が、新たな混乱を伝えてきた。

 

 

 

 

 

 




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 ミスト・ランド…一体、何タン・アドモスなんだ?



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