深夜のミレニアム島、蒔苗邸にて。
人目を忍んで動く男、カルロス・デクマンがいた。
彼の表向きの仕事は、アーブラウ前代表である蒔苗に雇われた警備員であるが、副収入としてアーブラウのフリュウ派に蒔苗の情報を売ることで、それなり以上のものを上げていた。
無論、一介の警備員である彼の情報は然程重要でないものが多いが、蒔苗の情報を少しでも求めたいフリュウ派にとってカルロスの情報は、有益に累するものであったのか、フリュウ派からの報酬はカルロスの懐を暖めた。
「ワシらは明日の夜、この島に秘匿してある飛行機を使って、アーブラウに帰る」
そんなカルロスに千載一遇の機会が巡って来たのは、夕食後に蒔苗邸で働く全ての従業員、秘書から料理人まで五十数名を集めて行われた緊急の会合でのことだ。
その場にて、蒔苗が発言した内容はこの場に集まる者たちからすれば、ただの業務連絡に近いもの。
だが、これを他の組織、とりわけフリュウ派に知らせれば、今までの以上の大金を得れるということは、カルロスのいささか足りない頭でも思いつけた。
もっとも、それが発覚した場合のリスクは思い至れないのが、カルロスという男の頭の程度でる。
(さてこのあたりかな?)
明かりを落とした一室、常は食堂として使われている人気のない部屋で、カルロスはでかい身をかがめて左右を見渡す。
そこに人気がないのを確認した後に、懐から携帯型通信装置を取り出す。
ここ蒔苗邸は前代表の避難住居に相応しく、防諜の設備は充実しており、通信を行えるのは専用の通信室と蒔苗の私室に限定されている。
それ以外では通常の電波は送受信できないようにされており、カルロスたちは各室や警備詰め所に設置された専用の有線電話を使用している。
そして、通信室は特に忠誠の高い秘書と警備員が二人一組で常に見張っており、カルロス単独ではいかんともし難く、ましてや蒔苗の私室にたどり着くには、手前の控えの間にいる武装した警備員四人を相手取る必要がある。
加えていうならば、水上に建てられた平屋式の建物は、随所にある警備詰め所から床下や上空からの侵入を用意に発見できる仕組みであり潜入に難しいつくりである。
(「でもよ、この辺りだけは少し妨害が弱いんだぜ」)
(「へえ、そうかい」)
だが、同僚のホセが以前自慢げに語っていた所によれば、食堂の一部の場所だけが例外的に若干通信の妨害が弱いという。
その理由として、室内に設置してあるテレビジョンの受信装置に関係があると、ホセは語っていたが、理由などカルロスにはどうでもよいことだ。
警備員としては学はあるのだろうが、それをひけらかすホセに、カルロスはうんざりとしていたが、このときだけは感謝した。
上手くいけばホセのお陰で大金を手にすることができるからであるが、それを彼と分け合うことはないだろう。
そして、暫く身を縮めて携帯型通信装置を手に、ホセの指摘した辺りをうろつくと、ある場所で通信可能の表示が付く。
この装置は、強力な通信機能をもっており、通常であれば不安定な通信地域でも安定した性能を発揮するものであり、フリュウ派からの支給品だ。
今この通信で得られる報酬を思い、カルロスは一人ほくそ笑む。
「これで、この女っ気のない島からおさらばできて、大金も手に入るぜ」
己の得るであろう金とその使い道の事を思い浮かれるカルロス、だが、不意にその首に何かが巻きつき、その意識が遠のく。
何者かに首を締められている事までを理解したところで、カルロスの意識は途絶えた。
「ああ、顧問。今もう一匹かかった。うん、じゃあそっちにもっていく」
最後に、そんな少年の声を聞いた気がした。
何らかの刺激臭に、カルロスが眼を覚ました時、そこはどこかの室内で、自身はその床、畳の上に転がされている状態であった。
思わず起き上がろうとして、ご丁寧に自身の両手と両足が親指同士を拘束されているのか、動かせない事に気がつく。
「さて、目が覚めたかの?」
混乱状態にあったカルロスに声がかけられ、そちらを振り向くと一人の老人が立っていた。
「ま、蒔苗先生…これは一体?」
「おお、お前さんも目を覚ましたようじゃし、説明するとするかの」
そういわれて周囲を見渡すと、周囲においてある独特な日本式とされる調度品等から、自分がいるのが蒔苗の私室である事に気がつく。
その室内に自分を含めて三名の人物が、一人は警備員、もう一人は雑用係であるが、同じような状態で転がされていた。
「こ、これは一体?」
「ああ、これは今回のエドモントン行きの計画のひとつでさあ」
カルロスの疑問に答えたのは、蒔苗の後ろにいた二人の人物、悪そうな顔の中年とハゲの大男の内の一人、悪そうな笑顔をするマルバであった。
「蒔苗さんが、エドモントンに行く前のサービスでね。少し身奇麗にしようという事でさあ」
「つまり内通者のあぶり出しじゃな、それも程度の低い奴の」
「そ、それじゃ、あの会合の話は」
「嘘じゃよ。どこに飛行機なんぞ隠す余裕がある?操縦者もいないし、いてもギャラルホルンの眼をかいくぐる手段はどうするのじゃ?」
そこまで蒔苗にいわれて、カルロス含む内通者らはうめく。
ただ有力な情報を掴んだという思い込みで動いていたことに、遅まきながら気がついたからだ。
多少なりとも頭が動くか、欲に目が眩んでなければ、気がつけていたかもしれない嘘に、引っ掛かった間抜けが自分達だという事に。
「あの程度で動かされるものが三人もいたとはな、しかも事前にわざと流していた防諜の穴に食い付く始末じゃ」
「えっ、ではホセの話は」
「ワシが故意に流したものじゃ。隙があると思わせておけば、その場所だけを見張ってるだけで、愚か者がかかるでの」
「くそっだましやがっ、ぐえ」
叫びだそうとした床に転がるもう一人の警備員を、スリンが無言で暫く蹴りつけて大人しくさせる。
呻き声しか上げられなくなったその男を見て、カルロスともう一人は大人しくするしかなかった。
「じゃあ、今後の予定を説明しやすぜ」
その様子を見てマルバが話を始める。
「蒔苗先生は、俺ら鉄華団にエドモントン行きを断られて、絶望し焼身自殺を図ろうとしやす。そして警備当番のあんたら二人が気がついて止めようとするも一緒に焼死する。いやあ忠誠心ゆえの悲劇ですなあ」
「まあ、実際は使えない駒の排除だがの」
マルバの説明と蒔苗の補足に、床に転がる三人は青ざめる。
要は自分ら内通者を、何かの計画のついでに始末しようということだ。
「そ、そんな計画、少し調べたらばれるぞ!」
「調べる?前代表の私有地をかの?ないのう。残りのものが口裏を合わせればそれまでじゃ。まあいくつかの細工で何とでもなる程度よ」
「お、俺たちのバックにいる奴らの事を聞かなくていいのかよ!」
「ああ、それもいらねえです。この程度にかかる奴の情報何ぞたかが知れてやすからね。でしょう、蒔苗先生」
「その通りじゃな、こちらに取り込む手間も惜しい程度じゃ」
三人は必死に命乞いに似た提案を口にするも、マルバと蒔苗はそれらを次々と切り捨てていき、やがて彼らが無言になるのを見計らい、マルバらは次の行動に移る。
スリンとマルバは事前に用意していた容器の蓋を開け、中身を私室内に撒き始める。
それは粘性のある、刺激臭のある液体であった。
「宇宙から持ってきたナパームの材料。役に立ってなりよりだな顧問」
「そうだな。捨てるのも勿体ねえしな」
上手く自身の体に付かないように、マルバとスリンは容器の中身を撒き終える。
「まあ、そんなわけでお前さんら、これが最後のご奉公というわけじゃ。今までご苦労さんじゃったの」
「そ、そんな、先生!お許しください!」
「私達が悪かったです!これからは心を入れ替えますから!」
「悪いが、ワシは政治家になって以来、使えぬ裏切り者を許した事はないんじゃよ。一度たりとのう」
叫び、侘びを口にするカルロスたちに蒔苗は、平然とそう告げる。
これから起こる事を知りつつも、蒔苗のその声にも表情にも、一切の動揺はなかった。
その日の未明、蒔苗邸から火の手が上がり、邸宅を燃やし尽くした。
秘書の坂浦らの適切な指示により、ほとんどの従業員は手荷物とともに避難できたが、蒔苗を含む四名が行方不明であった。
夜が明けて、近くの基地からギャラルホルンの隊員が派遣されるも、私有地内のことであり、坂倉やマルバの証言に基づき蒔苗氏の自殺とそれに巻き込まれた犠牲という事で事故としての処理をされることが決まり、捜査は打ち切られる。
「さあて、次はどうするのかのう、オルガ君」
「まあ楽しみにしてなよ、爺ちゃん」
その様子を、オルガとヒゲをそり落とし、派手な洋装に着替えた蒔苗が楽しそうに眺めるのでった。
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「そういえば、どうやって隠れていたんだ、ミカ?」
「人が来たら天井の縁に張り付いて、下に人が来たら後ろに下りた」
「やっぱすげえよ、ミカは」