マルバ・アーケイ、再起する   作:なみ高志

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次話投稿します。

補足 各経済圏の特徴 SAUは北米出身者優遇政策のある自称自由の経済圏。
 アーブラウは能力第一、ギャラルホルンアンチの経済圏。
 オセアニア連邦は、縁故と根回しを重視する全会一致好きの経済圏。
 アフリカユニオンは、普段は身内で争いあうが外敵には一致して対処する経済圏。





病って奴は、油断が大敵

 ミレニアム島にある航空施設、昨日までは鉄華団の貸切であったこの施設は、今現在島の生存者全員の宿泊施設となっていた。

 炎上した蒔苗邸以外の宿泊可能施設がこの航空施設しかないためであるが、鉄華団と蒔苗邸従業員の全員を収容ができるほどの容量はなく、一部鉄華団団員が施設周辺にテントを張ったり、MSの収まっている格納庫に寝袋を置いたりする事で対応している。

 

 「どうもすみませんね。他に場所がありませんものでして」

 「いえ、大丈夫ですよ。僕らは雨風の凌げる場所なら文句はないですし、明日にはこの島を出ますから」

 

 格納庫で雪之丞とエーコの指示の元、MSの整備等に動き回る鉄華団員を見ながら、ビスケットと蒔苗邸の従業員らをまとめているひょろ長い警備員の青年、ホセこと穂世 巧(ほせ たくみ)は会話を交わす。

 

 「ああ、降下船を回収に来る、どこかの商会の船に乗せてもらうんでしたね」

 「ええ、蒔苗さんとの交渉もこの通りの結果でしたし。こちらとしても心苦しいところです」

 「いえ、先生がご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。このお礼はいずれということで」

 「ええ、今後も良い取引につながる事を祈りますよ」

 

 傍から聞く分には、火災で焼け出された蒔苗邸の者たちを、元は間借りしているとはいえ受け入れ、怪我の手当てから寝床の世話までを見てくれた、鉄華団へのお礼の言葉。

 だが、現在秘密裏に進行している、蒔苗アーブラウ帰還計画に両者が関わっているとなると、その意味合いは変わってくる。

 穂世の役割は、焼け出された蒔苗邸から不安がる従業員達を上手く誘導し、ギャラルホルンの連中が島に着くまでに、従業員らの思考をまとめる事である。

 

 「恐らくは蒔苗先生の覚悟の上の自殺であると思うが、あまり余計な推測は当局に話さないほうがいいだろうな」

 

 航空施設に着き、鉄華団らと施設間借りの交渉を決めてきた直後に、焼け出された従業員へ穂世は説明をする。

 うかつな発言をして事件の可能性を疑われた場合、ギャラルホルンの取るであろう証人にたいする拷問に近い尋問の様子を、臨場感を持ってなされたその説明は、従業員一同に恐怖と実感を与える事に成功していた。

 加えて、今後の身の振り方についても、当人らの希望を出来る限り叶えるという飴も用意する。

 危機に際してリーダーシップを発揮する者の言葉には逆らい難いことに加え、反ギャラルホルン精神の強いアーブラウっ子が多い事も幸いし、事情聴取に来たギャラルホルンの取調べにも一同は、ただ火災の様子のみを語るだけであった。

 後は、事情を知る秘書たちがそういえばと、鉄華団に何かを断られ気落ちしていた、屈辱に耐えがたい顔をしていた等の証言を添える。

 最後に、そり落として蒔苗邸の私室に捨ててきた、蒔苗のヒゲからDNAを採取でもすれば、自殺として処理されることは確実であろう。

 

 「ああ、そうだ。もし機会があれば火星に遊びに来てください。歓迎しますよ穂世さん」

 「それもいいですね。ではそれまで、お互いに幸運がありますように」

 

 鉄華団の団員たちや自分についてる阿頼耶識システム、雪之丞の義足にも嫌悪感を出さない穂世を、好意と打算から自陣に引き入れる方法がないかと密かに算段をしていたが、表向きはただにこやかに笑っているだけであるビスケット。

 悪い笑顔の大人、マルバの教育は確実に彼らに変化をもたらしていた。

 

 

 

 

 「かー!青空の下、潮風に吹かれての一杯は美味いのう!」

 

 ミレニアム島を離れアーブラウへと向かう、モンターク商会手配のタンカーのデッキ上に設置されたビーチパラソル。

 その下にピクニックシートを引き胡坐をかいて手酌で酒を煽りつつ、蒔苗 東護之介はそう叫ぶ。

 アゴヒゲのみを短く残して長大なヒゲを剃り落とし、麦藁帽子とサングラス、アロハシャツに白いスラックスで身を固めた彼は、アーブラウ前代表と見抜くのは近しいものか、観察眼に優れたものに限られるであろう姿だ。

 そんな彼に近づき、声をかけたのは同じく上にアロハシャツを引っ掛けたオルガであった。

 

 「何だ、爺ちゃんは元気だな」

 「おお、オルガ君か、皆はどうだね?」

 「酔い止めが効いて寝てるとこっすね。まさかここまでひどくなるとは計算外でした」

 「まあ船の揺れは独特じゃからのう。宇宙育ちでは仕方あるまいよ」

 

 現在鉄華団は、大人勢と整備班、女性陣のほぼ全員が絶賛船酔い中であり、比較的平気な阿頼耶識持ちの少年達がその介抱に当っている。

 アジーとラフタは影響がなかったために、介抱の陣頭指揮を取る羽目になっていた。

 その過程で、シノがヤマギ専属、三日月がアトラとクーデリア専属に近い配置がなされたと後々語られるようになるが、それはまた別の話。

 

 「MS乗りやMW乗りは比較的船酔いに強い、というのは間違いなさそうだの」

 「そういう爺ちゃんは、酒飲んで余裕そうだな」

 「慣れじゃよ。昔はそれこそ毎日船倉で吐いておったよ」

 

 昔を思い出したのか、少し遠い目をする蒔苗に、オルガはにやりと笑い、敷かれたビニールシートに腰を下ろす。

 

 「エドモントンに着くまでは、祖父と孫って設定らしいからよ。予行演習って事で昔話でも聞きましょうか?」

 「でかい孫じゃのう。まあええわい」

 

 にやりと笑い返して、許可の意味の笑みを返す蒔苗の姿は、オルガの祖父といわれれば納得するほどに雰囲気が似ていた。

 

 「とはいっても、たいした話でもないがの。昔に船で、オセアニアからアーブラウへと移民としてきただけの話じゃ」

 「いや結構たいした事じゃねえか、それは」

 

 この時代に国籍を移す事に対しては、違法性はない。

 だが逆に、最低限受けられる生活保障の権利を放棄する事であり、移民先の経済圏でのしあがれなければ、野垂れ死にしても文句は言えない立場になることであった。

 

 「それなりの勝算もあったからの。オセアニアに残るより、アーブラウへ行けばワシはでかくなれる。そう信じて行動したまでじゃよ」

 「まあ、その結果アーブラウ代表にまで上り詰めたんだから、正しかったんだろうがよ。その…怖くはなかったのかよ?」

 「そりゃあ、怖かったわい。それでも、オセアニアで腐りながら死んでいく事になる恐怖のほうが強かったのう」

 

 オセアニア連邦は、ギャラルホルンほどではないが、大企業や財閥等の富裕層との血縁関係や縁故による繋がりや根回しが重視されており、才覚だけでは支配者層に食い込むのは実に困難であった。

 これはオセアニア連邦内に安定した成長をもたらしたものの、見えない身分階級に従って生きていく必要を住民に生じさせていた。

 よって蒔苗は、一番人種的出自的な制限がなく、法治主義の経済圏アーブラウで生きる事を決意したのだ。

 

 「ワシがのし上がるにはアーブラウが必要じゃった。だからそうしたまでじゃ。人は生まれは選べないが、どう生きるかは自分で決められる。そういう世界は素晴らしいと思わんかね?」

 「…どうすかね、俺らは生きるので精一杯だったんで、何とも」

 「そこら辺は今まで放置してきたワシ等のせいでもあるか。とはいえ詫びても何にもならぬからの、精々これからのおぬしらに助言でもしておこうかの」

 「何すか?聞かせてもらいますよ」

 「一つ、敵を増やさず味方を増やせ。但し、裏切り者は許すな。一つ、初心を忘れず、忘れたらすぐに思い出せるようにしておけ。まあこんなところじゃ」

 「聞くだけだと簡単そうすけど、やると難しそうすね」

 「そうじゃの、人は感情で動くからの。生きておれば、理屈で分かっていても許せない奴は出てくるものじゃ。それでも自分の手は汚さぬほうがよいの」

 「そいつの破滅に協力するのは、ありすかね?」

 

 にやりと片目をつぶり笑うオルガに、にやりと片目を開けて応じる蒔苗。

 

 「ありじゃの、どんどんやるとよいぞ。さて、どうじゃ一献」

 「うす。いただきます」

 

 蒔苗は手にした盃をオルガに渡し、そこに酒瓶から酒を注ぐ。

 

 「度数はそれなりにある酒じゃ。自分のペースで好きに飲む事じゃ」

 「うす、いただきます」

 

 ゆるゆると、オルガは盃を傾け、中身を体内に摂取する。

 やがて、盃を空にしたオルガは、若干頬を酒気で赤くしつつ、盃を蒔苗に返した。

 

 「確かに、きついです。でも、何というか複雑な味すね」

 「そうじゃろう、ニホンシュという酒じゃ。覚えておくと良いぞ」

 「はい、そうします。では、今度は俺が爺ちゃんに」

 「おう、すまんのう」

 

 そうして一つの酒をゆっくりと楽しむオルガと蒔苗の二人は、祖父と孫のようにも、年の離れた友人同士のようにも周囲には見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




誤字脱字のご指摘、感想評価等あればよろしくお願いします。


 その頃の船内。

 「次はどうすればいい?アトラ、クーデリア。なんでもしてあげるよ」
 「ううっ、天国と地獄が、ここにある!」×2





 

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