「ほとんどの人は初めましてになるか、鉄華団の諸君。私はマクギリス・ファリド、今はギャラルホルン統制局で准将を務めている』
鉄華団がエドモントンにほど近い街、ワイルドウッドにあるアレジが別荘地として所有する土地での潜伏中に、その通信は入ってきた。
「あんたがモンターク商会の後ろ盾ってことかい」
『そうなるな、では話に入ろうかオルガ・イツカ団長にカリー・ジャワナン顧問。そしてビスケット・グリフォン君だったかな』
「良くご存知ですな、モンターク商会の調べですかい」
『これからの話を思えば、ある程度は調べるさ。ああ、ビスケット君の双子のお嬢さん達は元気かな?』
「?ええ、お陰様で問題なく過ごしてます」
『それは何よりだ。さて用件に入らせてもらってもいいかな?』
モンターク商会とのチャンネルを通じ、マクギリスが鉄華団に要請してきたことは、期間限定の戦力として鉄華団を雇いたい、言葉にすると簡単なものであった。
だが、予想される敵対する戦力がギャラルホルンの一部である、となると話は変わってくる。
『我々独自の調査により、マクエレク・ファルクの率いる一団による陰謀が、エドモントンで実行されるという情報を得た。それに備える戦力として、君達を雇いたいのだよ』
「そりゃ、光栄ですがね。正直内輪もめに巻き込まれるのは御免ですぜ。そちらの手持ちで何とかしたらいいんじゃないですかい?」
『無論、そうできればそうしたいのだがね』
マルバからの答えに、画面の向こうで少し困ったような表情を浮かべたマクギリスが、金髪の前髪を指でいじりつつ事情を説明する。
マクギリスらが得た情報は、マクエレクらが準備しているMSを使い何かをする可能性が高い、というだけで具体的な計画の情報を得ていないために、表立って今から動けない事、加えてマクギリスが現在有している手駒では、マクエレクらが動き出してからの対応に不足があるという事である。
『つまり備えとしての必要な戦力を有している君達、鉄華団に話を持ってきたというわけだ』
「お話は分かりましたがね。報酬の方はどうなります?」
『そうだな、雇用期間中のギャラルホルンに準ずる権限と報酬、必要な物資の融通といったところか。必要なら感状を出してもいい』
「地球からの安全な出発、というのはどうすかね?」
『可能だな、今私が所属し、管理しているのが地外艦隊だからね』
「そういや蒔苗先生のエドモントン入りの妨害、もなかったな」
『本来のギャラルホルンとしてのあり方、それを私は尊いと思うのでね。君たちの情報は、本部には入れていない』
そこまでマクギリスと会話を交わしたオルガは、左右にいるマルバとビスケットの顔を交互に見る。
両者とも真剣な顔で、オルガへ頷き返すのを見て、オルガは言葉を続ける。
「いいでしょう、取引成立だ。但し、どこで動くかはそちらに従うが、どう動くかはこちらに任せてもらいたい」
『いいだろう、結果さえ出してくれれば問題は無いよ。では必要な書類データ等を送るのでよろしく頼むよ』
「では、それをもって行動しますんで、よろしく」
『今後とも取引ができることを望むよ、鉄華団の諸君』
「そりゃ、あんたらの出方次第ですよ。俺達を使い潰そうとしない限りは、きっちり仕事させてもらいます」
『フフ、心に留めておくとしよう、では』
オルガの片目をつぶる不敵な笑みに対して、マクギリスは楽しげな笑みを浮かべ通信は終わる。
かくして、この時より鉄華団は地外艦隊の対マクエレクの協力組織としての行動を開始したのであった。
『逆賊討伐は結構ですがね。身内の始末なら自分の庭でするか、もっと静かにして欲しいですなあ。ねえ、ギャラルホルンの旦那方よお』
『おのれ、黙って聞いておれば鉄華団だと?火星の宇宙ネズミとゴミどもの寄せ集めの分際で!貴様ら下郎に我らの志の崇高さがわからぬか!』
『志は知りませんがね、あんたらも俺らも規模は違うが、他人に暴力を振るって飯の種を稼いでいるんですぜ、もうちっとすまなそうに、世間を騒がせしてすみません位の心持で動いちゃどうですかね?』
『救世をなした我らの祖先と貴様ら傭兵どもを、同列に語るとは!』
場面は再び、エドモントン市街にほど近いギャラルホルンの仮駐屯所へと移る。
激昂し、対峙するマルバの声が聞こえてくるグレイズに対してライトニングボウを構えるコーリスを、ツヴァイがマクエレクの声で抑える。
『落ち着けシーツー。立場が違えば、意見も異なろうというものだ。それよりも、ここにいた連中がどこに行ったのかが問題だ』
『ハッ、そうでしたすみませんゼットゼロ。自制が足りませんでした』
ギャラルホルンを内部から蝕むイズナリオの勢力を一掃する、それこそが重大事であると言外にコーリスへと伝える事に、ツヴァイは成功する。
長らくギザロの研究に協力していたツヴァイとは異なり、促成で強化されたコーリスらは不安定な面があることを改めて確認させられたところで、敷地内に立つグレイズへと語りかける。
『マルバ、とかいったな。ここにいた連中はどうした?』
『さあ?俺らがここの守りにつく説明したら、「我々は司令部を守護するから、ここは君達に任せる」って全員出て行きましたぜ』
要は鉄華団らを捨石にして、より後方へと撤退する名目を手にしたということである。
内心でツヴァイは、撤退した連中への侮蔑の言葉を吐きつつも、外には漏らさない。
『であるならば、我々は彼らを追わねばならない。加えて君達と戦う理由も無いわけだが』
『そちらはそうでも、こっちはあんたらを足止めするのが仕事なんでね』
『退けぬ、ということか』
『退けませんなあ』
『ならば、仕方ないな』
ツヴァイの言葉が終わると同時に、コーリスの乗るグレイズシェッツエの構えていたライトニングボウから矢が放たれ、グレイズのコクピットを貫く。
と同時に、白煙が噴出し辺りを白く染める。
『煙幕など無駄な…むっ』
そこでツヴァイらは己の機体のセンサー類が機能不全を起こしていることに気がつく。
『これはナノミラーチャフだと!今時こんな欠陥品を』
『落ち着け、一時の事だ。すぐに回復する』
『いやいや、そうはいかねえんですなあ、これが』
『その声はさっきの!』
もしツヴァイらの機体のセンサーが正常ならば、その声が声のしたグレイズのさらに後方、建物に隠れるように設置されたギャラルホルンのMWからその声が発されている事、MWから矢の命中したグレイズまで有線で通信装置が接続されていたことに気がついただろう。
『大量に買い付けて余ってるんでね、もっとサービスしますぜ』
そうマルバが言うと同時に、建物の影に隠れていた複数のMW、ギャラルホルンや鉄華団の持ってきたそれら十数機が、一斉に目視により砲弾を発射する。
複座式の機体から一人が身を乗り出し、目視での攻撃を可能とするMWの有効利用といえる攻撃だがツヴァイらには然程の動揺はない。
『馬鹿め、たかがMWの弾でMSにダメージなど』
『そう、ダメージを与えるのは難しいでしょうなあ。ただ足止めなら別ですぜ』
『何を…むっ、何だこの弾は!』
MWから発射された弾は、三発ほどは煙幕入りのナノミラーチャフであったようだが、それ以外は違った。
それはツヴァイらの機体の足元に着弾し粘性の塊をそれぞれの機体の脚部に付着させる。
そして、その塊は大地まで到達し、各機体をその場へと金縛りにしたのだ。
『火星特産のトリモチ弾でさあ。召し上がってゆっくりしていってくだせえ。じゃあ、俺らは次の支度があるんで失礼しやすぜ』
マルバがそう煙幕越しに言い放つ。
かすかにセンサーがMWの駆動音を捕らえ、この場所から離れていこうとするのをコーリスは感じた。
『ふざけるなぁ!』
コーリスの緩い堪忍袋の緒が切れ、自身の乗るグレイズシェッツエのパワーを全力で起動させる。
そのパワーはすさまじく、縛り付けていた大地から強引に脱出を成功させた。
『火星人どもめが!地球の土に埋めてくれる!』
『落ち着くのだ、シーツー!まだ奴らの罠があるかも知れんのだぞ!』
『ならば、その罠ごとき奴らを食い散らかして見せましょう!』
遂には、ツヴァイの制止を振り切り、マルバらが逃走したと思われる方向へと駆け出していった。
『ちっ、猪武者が!やむを得ぬ。残りのものは機体への負荷に注意しつつ、拘束から抜け出せ。その後は、司令部のある地点を目指せ。私は先行して諸君を待つとする』
ここで足止めされ、イズナリオの賊どもを逃がしてしまう可能性を考慮に入れたツヴァイは自らのグレイズシェッツエの出力を徐々に上げて、足の拘束を解きつつ残る四機のグレディアートルに言葉をかける。
ギザロの力を知るツヴァイは、たとえ単騎であろうと残党の制圧は可能という判断からの発言であったが、それはいささか鉄華団への評価が甘いものであったことを、ツヴァイはすぐに思い知ることになるであろう。
勝算無く蛮勇を奮うことは、今の鉄華団にはありえないのだから。
『顧問、一機追ってきますぜ!結構な速度だ!』
『ならグレイズの新型とかいう奴だろうぜ。一機だけか?』
全速で仮駐屯所から逃走するマルバの一団、その後方からの通信がマルバに入る。
マクギリスからの情報により、ツヴァイらのMSのデータはマルバらに送られており、雪之丞やエーコらの解析で凡その戦闘能力は把握されているのだ。
『ああ一機だけですな。しかもほぼ直線できてますぜ』
『なら、相当おつむに血が昇っているってえことだ。ようし、予定ポイントまで引っ張っていくぜ。オメエらそこまで死んでるんじゃねえぞ』
『了解でさあ』
『ガキ共に大人のテクって奴を見せてやりますぜ』
彼らは全て元一軍で構成された大人たちであり、今回の作戦に志願したMW乗りとしては腕のいい連中である。
そう大口を叩くだけあって、彼らの予定するポイントまで脱落したものは三機のみ。
強引な駆動をさせたグレイズシェッツエの脚部の不調もあったであろうが、充分に誇っていい成果であった。
そして、その予定ポイントには、二本のハルバードを四本腕に持つ方天画・激と二機の漏影が待ち構える。
『ここから先は、俺たちが相手だぜ馬野郎!』
方天画・激に乗る昭弘が、片方のハルバードをグレイズシェッツエに突きつけ、そう吼えたのであった。
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「あのマクギリスって奴、どこかであった気がするんだがよお」
「気のせいじゃないですか?顧問」
気のせいではない、ビスケットよ、何故お前は気が付かないのか(ナレーション)