やはり戦闘描写は難しいですね。
エドモントンのギャラルホルンが司令部を設置した建物、それに程近い建物の屋上に、オルガは立っている。
そこは、本来は蒔苗が所持するセーフハウスの一つであり、現在はヤマギやタカキらの放ったドローンより情報を収集し指示を出すための鉄華団の司令部となっていた。
「団長、顧問たちのほうは予定通りだそうです。あと三日月さんからこちらに近づく機体があるから迎撃するって連絡がありました」
「おう、ご苦労さんタカキ。シノたちからはまだ連絡は無いか?」
「はい、ギャラルホルンの駐屯地での戦闘開始の連絡以降まだです」
「そうか、連絡があれば知らせてくれ」
「分かりました。任せてください」
今オルガの横にいるのが、タカキ・ウノであるのは、ビスケットが一部年少者を率いてクーデリア、蒔苗らの政治工作担当の護衛、マルバが鉄華団古参を率いて仮駐屯地での作戦指揮に当たっているためだ。
オルガ自身は鉄華団の今後がかかるこの仕事では、前線へと出たがっていたが、ビスケットとマルバによって止められる。
『オメエがくたばると、他のやつらが困るだろ』
『何でも適材適所だよ。オルガは後ろでどーんと構えていてくれればいいんだから』
頭脳担当の両者から、そういわれれば否ともいえず、ここで周囲の情報を探知しつつ、作戦の経過を見守る事になったオルガは、湧き上がる焦りの感情を抑えるのに苦労をしていた。
CGSの隊長時代は常に事態の最前線に立ち動いていた身としては、現状は中々にストレスの溜まる状態なのだ。
「団長、その何かイライラしてないですか?僕なんかが副官ですいません」
「あ、いや。そうじゃねえ。タカキは悪くねえんだ、これは俺のせいだからな」
「団長の?」
「ああ、皆を率いる統べるということは、皆を信じてじっと待ってなきゃいけねえ事もある。それに慣れない俺のせいだ。そして、団員皆が団の事を考え思い、動くその行き先を示してやる、その為に俺は団長として、俺の我侭は抑えなきゃいけねえ」
オルガの覚悟を決めた横顔に、タカキは尊敬の気持ちを感じる。
「俺ももっと頑張ります!今までの三倍くらいやりますよ!」
「期待してるぜ、これからの鉄華団はお前らの力がいるからよ。けど、体は壊すなよ?」
「はい!」
笑顔で応じるタカキに、オルガの焦りの感情は静まり、いつもの様に片目をつぶり笑う余裕まで持てるまでに持ち直した。
今までの積み重ねてきた自分たちの力を信じる。
オルガは心中にそう呟き、仲間たちの報せを待つのであった。
グレイズシェッツエの何度目かのランスチャージが、バルバトスの腕を貫く、と見えたときには既に不規則な回避によりバルバトスは攻撃範囲から逃れる。
次の瞬間には、バルバトスの太刀が死角からグレイズシェッツエの四足の一つをなぎ払おうと迫るも、グレイズシェッツエはこれを跳躍により回避する。
『これも回避するか』
『それはこっちの台詞だよ』
三日月とツヴァイは既に数度の攻撃を相手に行うも、何れも同じ結果をもたらしていた。
阿頼耶識システムを装着した両者は、その適正も高いのか空間認識能力が常人の装着者よりも高く、相手の攻撃が見える。
その上で、機体との相性もよいのか対応速度も理想値に近いほどに速い。
結果として、互いに致命に繋がる一撃を与えられずにいたのだ。
長期戦は不利だと、三日月との戦闘経験のあるツヴァイは、その戦闘センスと集中力を知るだけに悟り、奥の手を切る事を決意する。
『今度こそ終わらせる!』
『また同じ事を…いや違うな!』
グレイズシェッツエのカメラアイからもれる発光に、嫌な予感を覚えた三日月は、バルバトスを大きく後退させる。
と次の瞬間、三日月の回避予定の場所をランスが通過していく。
その攻撃は今までよりも明らかに速い突きの速度と威力であり、それまでと同じ動きをしていれば致命傷を受けるところであった。
『勘のいい奴め!だが!』
ツヴァイの駆るグレイズシェッツエは今までに無い速さですぐさま方向を転換し、再度バルバトスにランスチャージを仕掛ける。
再び大きくかわす事で、ランスを回避する三日月であったが、すぐさま己の失敗に気がつき、バルバトスの機体を回転さて地に転がる。
そのバルバトスを追尾するように、ランスを持つグレイズシェッツエの反対の腕に装着されたライトニングボウの矢が、大地へと突き刺さる。
そして矢の着弾が切れるタイミングを見計らい、機体を立て直すことに成功した。
『危ないところだったな』
『良くぞかわした。が、次は無いぞ。三日月・オーガス』
三日月がグレイズシェッツエに接近戦を挑んでいたのは、絶大な威力ながら、射撃体勢時にその場に立ち止まらなければならないという欠点をもつライトニングボウの使用を封じるためであったからだ。
雪之丞とエーコの計算上では命中すれば致命的な被害が生じる、ということからまず発射させないように立ち回ることをビスケットから注意されていた事を、突然の加速したランスチャージに気を取られて失念したことを、三日月は内心で反省し口の端を歪めた。
『かっこ悪いなあ、仇討ちの人にいいようにやられるなんて…あれ?アンタ仇討ちの人だったの』
『…何のことかわからないな』
天性の直感からかそれとも阿頼耶識システムとの適正からか、一度対峙した自分のことを見破った三日月に、それでもツヴァイはマクエレクの声のままで応じる。
今この場にいるのはツヴァイ・ダルトンではなく、マクエレク・ファルクである必要があるからだ。
『まあいいや、それよりさっきのそれどうやったの?』
『お前に教える義理は…無い!』
三日月と会話を続けるうちに芽生える、三日月への共感めいたものを打ち捨てるようにツヴァイは吼え、バルバトスに攻撃を加える。
先ほどと同様のグレイズシェッツエによる高速のランスチャージの猛攻に、三日月は防戦一方の状態をとらされる。
無傷で回避しようとすれば、先ほどと同じようにライトニングボウの射撃を浴びる事になるために、致命的な部位への命中を避ける程度の回避しか取れないためである。
かといってそのランスチャージを受けとめれば、機体の重量や性能等を含めて考えれば、バルバトスの側が押し切られる可能性が相当に高いために、それも選択できないのだ。
バルバトスの各箇所に損傷を生じさせ、三日月は徐々に不利な状況に追い詰められるのを自覚し、同時に自分とその機体への苛立ちを感じた。
『おいバルバトス、俺達はこんなものじゃあないだろ…もっと力をよこせよ。あいつらに負けるわけには行かないんだよ!そうだろバルバトス!』
『もう手遅れだ、お前は俺に負けろ!三日月・オーガス!』
三日月の叫びを断ち切るように、ツヴァイをそれまでで最高速度のランスチャージをバルバトスへ繰り出す。
とった、そうツヴァイが確信した瞬間にバルバトスの姿が消える。
そのまま通過したツヴァイが振り向くと、そこにはカメラアイから発光を漏らしつつ太刀を振り上げたバルバトスと、地面に突き刺さるグレイズシェッツエのライトニングボウを装備した腕があった。
自身の機体の片腕が、バルバトスに切り飛ばされたという事実をツヴァイはこの時に初めて認識できた。
『まさか…お前も外したのか!?リミッターを!』
『さあね、教える必要は無いんだろ?仇討ちの人』
ツヴァイの驚愕した声を聞きつつ、三日月は自身の左目と鼻から流れる出血を拭おうともせずに、笑いながらそう言い放つ。
三日月自身も自分が笑っている事は認識していない。
ただ自然に、三日月の口に笑みの形が浮かんでいた。
『そうか、そうだったな…為らば参る!』
『来いよ、終わりにしてやるよ』
そして、短く言葉を交わした三日月とツヴァイはお互いの武器を構えた。
グレイズシェッツエが後方に大きく跳躍し、次の瞬間には再びランスチャージの構えを取り、バルバトスの体を貫くために突撃する。
その走りは今までと同じ疾走であるが、その走法は異なる。
今までの最速を目指すものではなく、一足毎にその歩幅を変えていた。
それは速度に任せた一撃を捨て、三日月の間合いの読みを狂わせる事で、確実に一撃を命中させるためのものであった。
相対する三日月は太刀を突きの形に構え、こちらもツヴァイの駆るグレイズシェッツエへと突撃した。
『最後に勝つのは!』
『俺のほうだ!』
叫びと共に両機は激突し、グレイズシェッツエのランスはバルバトスの右腕を完全に吹き飛ばし、バルバトスの太刀はグレイズシェッツエのコクピットを残る左腕のみで刺し貫いた。
『ハハ…見事な攻撃だ…またお前には勝てなかったな、残念だよ…』
貫かれたコクピットからの雑音混じりの接触通信で、ツヴァイの声がツヴァイのままの声で、三日月の耳に届けられる。
三日月は知らない事であるが、既に頭部だけとなりグレイズシェッツエのシステムの一部となっていたツヴァイはバルバトスの一撃からわずかに外れ、生存していたのだ。
とはいえ、生命維持装置に該当する機械は既に破壊されており、頭部のみの存在であるツヴァイの生命活動も五分と経たず停止する事は避けられなかった。
よってツヴァイは、最後の手段を選択した。
『だが、僕はお前の手では死なない!さらばだ、三日月・オーガス!敗者の最後を良く見ておけ!』
ツヴァイはそう叫ぶと、自身に取り付けてあった自爆装置を作動させる。
その爆発は然程大きなものではなかったが、それでもコクピットで無様な死に顔を晒すマクエレクと共に、爆炎の中へとツヴァイ自身を葬るには充分なものであった。
『何だよ…最後まで勝手な奴だな、仇討ちの人は』
左目から流れる血をふき取りもせずに、三日月はコクピットで暫しの残心後に力を抜いた。
『でも何だろう?すごくわくわくして楽しかったな…そして、今は少し寂しいのか?俺』
三日月は自身の心の動きに戸惑いつつも、彼の連絡を待っているであろうオルガに任務完了の連絡を入れる。
その後暫くして、シノ達流星隊が仮駐屯地に残るグラディアートルらを制圧した事により、後に『マクエレク・ファルク事件』と呼ばれる出来事は終結したのであった。
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「女子供と老人だけだと、相手が油断してくれて工作が楽ですね(笑顔)」
「ビスケットさん…恐ろしい子!」
「お嬢さんも大概恐ろしいんじゃがのう…(小声)」