昼休憩中のCGSの空き地で、マルバと昭弘はナイフを構えて、対峙する。
暫くのにらみ合いの後に、昭弘が身体能力に任せてマルバに突きかかるも、マルバは半歩ほど下がり、突きの届く間合いを外しつつ、昭弘の腕に素早く小刻みにナイフを当てる。
無論、練習用の刃のないナイフであるが、痛みが皆無というわけではなく、昭弘は顔をしかめ、その突きは速度を殺されたものとなる。
その腕を、ナイフを持つ反対の腕と自身の脇の間に挟みこみ、思わず体勢を崩した昭弘の喉元に、マルバの手にしたナイフが、本来ならば刃のある部分を当てて止まる。
「まだ続けるか?昭弘」
「いえ、参りました」
昭弘の答えに、マルバは満足した表情で肯き、昭弘の腕を開放する。
「んじゃあ、今度のMWバトルにでてもらうぞ。リングネームは参番組で募集してやる」
「…うす」
周囲で観戦していた参番組を中心に歓声が上がる。
MWバトルの参加に難色を示した昭弘に、マルバが出した条件が、今行われていたナイフを使った模擬戦であったのだが、マルバが勝つとはほとんどのものが思っていなかった。
「すげーな!何か知らんうちに昭弘が抑えられてたぜ」
「昔から、MW抜きの近接戦闘は強かったからな。僕でも、戦績は負け越してたよ」
「えっ!ルイス隊長でもですか!」
「マジすか!社長ぱねえ!」
観戦していたルイスの横にいた、シノとユージンは驚きの声を挙げる。
「まあ、それ以外はルックスも含めて、僕の圧勝だけどね」
おどけた口調で片目をつぶるルイスに、シノとユージンは、自分達がCGSに入った当時の頃のルイスを思い出し、憧憬の表情を浮かべた。
「あっ、マルバのおじ様、見てましたよ!お疲れ様ー!」
「こら、ラフタ!ちゃんと社長さんていいなさいよ」
「えーっ、エーコはいつも真面目ちゃんなんだから」
「私達は、名瀬の指名できてるの!名瀬に恥かかせられないでしょ!」
「分かったわよ、反省してマース」
「ああ、いいですよ。エーコさん。好きに呼んでください」
近くで観戦していたらしい、ラフタ・フランクランドとエーコ・タービンズという女性二名がマルバに声をかけてきた後に、恒例と言っていい言い合いになったのを見て、マルバは苦笑いと共に告げる。
数日前から、CGSに技術協力として、幾ばくかの資金と引き換えにタービンズから派遣された両名他数名の彼女らは、皆が名瀬・タービンの妻という立場であり、マルバらCGSにとっては大事な客人でもあるからだ。
彼女らを迎えるに当たり、CGSへ食材運搬をしている少女からの助言を元に、全員に一日一度のシャワーと制服のこまめな洗濯、敷地内の清掃強化を命じた。
加えて『暴発』を防ぐために年長の参番組と一軍の連中に、マルバのポケットマネーから、事前に夜の繁華街での『ガス抜き』も実施した。
副産物として、一軍と参番組年長者らの反目が、若干おさまったのはマルバの出費へのささやかな報酬であろう。
「でも、おじ様。彼ってヒューマンデブリなんでしょ。命令すれば済むんじゃないの?」
「確かにラフタさんの言うとおりですがね。同じ命令でも、されるほうが納得してるのとそうじゃないのとでは、結果が違いますからね。昭弘のやつは、ああいった勝ち負けで決めてやると、一番納得するんですよ。まあ、おかげで今後はあいつに何かと勝負を挑まれそうですがね」
「成る程ねえ、やっぱりダーリンの知り合いの人って、変わった人が多いね」
「嫌いですか、こういうのは?」
「ううん、いいと思いまーす」
笑顔で応じるラフタに、マルバはもう少し大人しい服装にしてくれねえかなと思いつつ、出来るだけの丁寧口調で応じた。
「まったく、ラフタは。あっ、こちらは順調ですよ、社長さん。予備電源の設置は終わったので、後は稼動テストだけですね。それが終わったら、ガンダムの整備と、諸々の運用方法を教えれば完了します」
「そうですか、ありがとうございます」
「とはいえ、ガンダムフレームを使ったモビルスーツ(以下MS)は今のものと大分勝手が違うので、万全とはいえないですね。テイワズの本社なら大分ましに出来るんですけどね」
「いやあ、そこまでしてもらうと、うちの会社がもちませんので」
「正直、今やってる分でも結構かかってますよね?大丈夫ですか?」
「まあ、名瀬さんのおかげで何とかなってますよ」
今回、マルバが彼女らに依頼したのは、以下の四つ。
テイワズ製の新型MW数台の導入、地下発電室で動力源となっているガンダムを稼動できるように整備、更にガンダム稼動時に施設の電力を確保するための予備電源の設置、の三点に加え、それらを運用できるようにするための教育である。
護衛としてついてきたラフタが、空いた時間でMWの訓練を見てくれているのは、彼女の時間つぶしらしいので、『今回』は無料だ。
とはいえ、実際に上の四つだけでも相当の資金が必要であった。
「MWバトルのほうで大分『利便』させてもらってるんでね」
名瀬の口利きで、MWバトルの際に、内密で行われている賭博行為にかませてもらっていたのである。
トラブルがなければ、どちらが勝つかはあらかじめ分かってる鉄板ともいえる方法で、それなりの資金を確保できたのだ。
多少足らない分は、マルバの個人資産から出しているが、それを言わないのは、マルバの見栄からであった。
「でも、あんなガンダムみたいな骨董品まで持ち出す事って、あんまりないと思いますよ」
「いやあ、火星もこの前のノアキスの七月会議以来、大分きな臭いんでね。使えるもんは何でも使えるようにしておきたい、そう思いましてね」
「社長さんは心配性ですね。まあ、上に立つ人は用心深いと、聞きますけど」
「まあ、性分でね。さっきの近接戦なんかも、その一環で鍛えなおしたんですよ」
まさか、ギャラルホルンに襲撃された夢をみたからとはいえないマルバは、苦笑してごまかした。
エーコもそこまで不審がることはなく、昼の休憩を終えるとまた作業へと戻り、ラフタもそれについていったため、マルバは安堵のため息をつく。
「マルバ、色々とお疲れ様」
「なんだよ、ルイス。ちっとくらい助けてくれよ」
「いやいや、偉い人のお嬢さん方の相手は社長に任せるよ。僕だと、口説いてると勘違いされるかもだろ?それは不味いだろうし」
「けっ、いってろよ。単に好みじゃないだけだろうが」
「そうともいうね。マルバは好みかい?」
「皆若すぎらあな。俺の好みはもう少し年上の、仕事できますって感じの女だ」
「そんなこといってるから、まだ独身なんじゃないか?」
「うるせえ、お前だってそうだろ」
「ははっ、まあこんな仕事してたら、仕方ないね」
「ふん、因果な商売だが、これしか俺らになかったろ」
「そうだね、違いない」
そこまで話すとルイスとマルバは顔を見合わせて、笑いあう。
「んじゃ、後で社長室まで来てくれ。今後の相談があるからよ」
「了解、雪之丞もつれていくよ」
二人はお互いの拳同士をぶつけ合うと、それぞれの仕事へと戻るのであった。
余談になるが、昭弘のリングネームは選考の末『ガチムチナイト』に決まった。
「初めまして、クーデリア・藍那・バーンスタインと申します」
そして、マルバにとっての大きな岐路の日がやってきた。
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マルバの設定、近接戦闘が得意は、この作品独自です。
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