オールド・ワン   作:トクサン

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ハイエナ

 

 集合した四人の敵性戦闘員、カイムに見張りを任せカルロナに周辺の調査を行わせると、丁度百メートル程離れたブッシュの中にジープが隠されていた。どうやら連中の足だったらしい、見るからに正規の軍人でないが――

 

『貴官の帰属国家、所属を答えよ、軍部のライセンスを所持している場合は提示した場合に限り、ヴィルシーナ条約に基づき身の安全を保障する、ライセンスを紛失または所持していない場合であっても、貴官らの所属が証明され次第条約を厳守する』

 

 オールド・ワンは久しく使用していなかった捕虜に向けたアナウンスを流す、BFに予め備わっている音声機能。本来捕虜など取る気も無いオールド・ワンだったが、歩兵程度であれば大した脅威でも無い。

 

 何なら自身にLEEをぶっ放した男と、先程のパイロットのみを殺し、残り二人は解放しても良いだろうという気分であった。オールド・ワン的には海の様に広い寛大な措置だと確信している、本来ならば銃口を向けた時点で殺害は確定しているのだ。しかし蚊に刺されただけで激怒する程自身は狭器ではなく、多少の事ならば目を瞑ってやるという態度を見せる。

 アナウンスを聞いた四人は互いに顔を見合わせ、それから十秒、二十秒と沈黙を守る。それの意味が分からぬ程、オールド・ワンは間抜けでは無い。

 

 ライセンスを提示出来ない、やはり軍属では無い。

 ならば賊か。

 

 オールド・ワンは知識でのみ、戦場を漁る賊の事を知っていた。

 彼らは『ハイエナ』と呼ばれる存在で、どこの国家にも帰属しない存在である。国家の庇護を振り払い、代わりに自由を手に入れた無法者(アウトロー)。中には国家に帰属しながら似たような真似をしている連中も居ると言うが、その大部分は所属なしの国外人である。

 

 彼らは大小問わず、戦闘が勃発した後、大破炎上した車両、BFを無断で回収し分解、部品単位での転売や継ぎ接ぎだらけのBFを作るという。ある意味オールド・ワンと似たような存在とも言えるが、搭乗者最適化の行われていないBF、パイロットなど高だか知れている。

 それにBFは誰もが扱える兵器という訳ではない、精神接続を行うにはある程度の適正と耐性が必要なのだ。AIが生まれた背景には、慢性的なパイロット不足という側面もあった。

 

 条約にハイエナの安全保障の項目など何処にもない。

 強盗に失敗した間抜けには死を。

 それはある意味最もマトモな選択肢に思えた。

 

 オールド・ワンが片手を挙げると、カルロナがセイフティをセミに弾いた。ガチンッ! と突撃銃が金属音を鳴らし、四人がビクリと肩を跳ねさせる。四人を殺すならフルオートで連射する必要は無い、AIの正確無比な照準で一人一人撃ち抜けば終わりだ。

 

 恐らく目の前の鉄の巨人が自分達を殺すと理解したのだろう、オールド・ワンに一番近い位置に居た男が大きく腕を振りながら叫んだ。その声色は焦燥に塗れ、必死に何かを訴えかける。

 

「ま、待ってくれ、頼む話を聞いてくれッ、こちらから仕掛けた戦いだ、完全に俺達に非はあるッ、アンタ等が被った被害分を賠償する、他に何か必要なものがあるなら提供もするッ、だから命は助けてくれ!」

 

 男は必死に両手を振ってオールド・ワンに向かって叫んだ、成程これがハイエナの流儀かと納得する。弱肉強食、外で戦闘を仕掛け勝てば全てを奪い、負ければ奪われる。なんとシンプルで分かり易い、世紀末の世界だと。

 

 オールド・ワンは彼の言葉を聞きながら少しばかり思考に耽った、必要なモノを提供すると言っているが、それは何でもいいのかと。

 オールド・ワンは旅をする上で必要となる拠点を欲していた、如何に精強な部隊であっても休む場所が無ければ何れ擦り切れる。こんな強行軍がいつまでも続くとは思っていない、故にオールド・ワンはどこかで腰を落ち着けるつもりであった。無論それは旅をやめるという訳では無く、そこを中心に遠征を繰り返すという意味である。

 

 元より、帝都部所属であった自分達が他国に受け入れられるとは思っていない。だからこそオールド・ワンは国家の統治する都市などではなく、国境の端などに適当な隠れ家でも作ってしまおうかと思っていたのだ。

 しかし、ハイエナを四人見逃すだけでソレが手に入るというのならば是非もない、オールド・ワンは外部拡声器に接続し、自身の口で彼らに問いかけた。

 

「拠点はあるか」

 

 短い、僅かに擦れた声。彼らはその声を聞き、一瞬呆けた後に、「あ、あぁ、ある!」と叫んだ。オールド・ワンは内心で喝采を上げた、素晴らしい、これは何と言う幸運か。間抜けな死体漁りを撃退したところ活動拠点を手に入れられるというのだ、これは喜ばずにはいられない。

 

「案内しろ」

 

 オールド・ワンはそう短く告げると、ブッシュに隠されていたジープを指差した。彼らは互いに顔を見合わせた後、「分かった……ただ、BFを回収したいのだが」と未練の残る表情でオールド・ワンの近くに転がる鉄屑を眺めた。

 

 どうやらあの機体は、このハイエナ達の唯一の戦力だったらしい、オールド・ワンからすれば既に鉄の塊に過ぎないが構わないだろう。取り敢えずコックピット周りの胴体だけでも回収すれば後々改修して動かす事は出来る、オールド・ワンは周囲に飛び散った腕や足を眺め静かに告げた。

 

「四肢は諦めろ」

 

 それだけ言ってオールド・ワンはカルロナにBF胴体の牽引を命令。カルロナは器用にアンカーを使って胴体部分と自身を繋ぎ、そのまま引きずり出した。カイムの様な軽量機では難しいだろうが、カルロナならば許容範囲内。四人はそれを確認して渋々四肢のパーツを諦め、そのままカイムの銃口に急かされる様にジープへと乗車した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ハイエナ達の拠点はシーマルクとガンディア国境の端、丁度廃れた街の中にひっそりと存在していた。恐らく片田舎としてそれなりに繁栄していたが、戦火によって住民が中央に移りゴーストタウンとなったのだろう、所々で見る案内板には聞き覚えの無い名ばかりだった。領内としてはシーマルクなのだろうが、街の中にはガンディアの建築物や車両が多く見えた。既に蔦が絡みつき錆びたオールドタイプだが、それくらいの見分けは付く。

 

 どうやらそれなりの規模を持つ町だったらしい。町の中には幾つもの工場やビルも見え、産業都市として栄えていたことが分かる。国境沿いの為、UAVも時折偵察にやって来るが、成程灯台下暗しという奴か。両国の監視がある為にハイエナ達は寄り付かない、監視にさえ見つからなければ安全な場所だった。

 

 ジープの速度に合わせてゆっくりと進軍していたオールド・ワン達は、ジープが停車すると同時にその足を止める。ふと前方に目を向ければ、老朽化の進んだ倉庫の様な建築物が目に入って来た。BFよりも遥かに天井が高く、かなり巨大な倉庫だ。オールド・ワンはその倉庫を見上げながら確信する。どうやら自分達はアタリを引いたらしいと。

 

「此処が俺達のアジトだ……今、扉を開ける」

 

 ジープを運転していた男がそう言うと、エンジンを付けたまま下車し倉庫のゲートに駆け寄った。見れば両開きのゲートの脇に操作盤が取り付けてあり、男は何度か指を動かして何かを打ち込む。するとピッという小さな電子音と共に、ゲートがゆっくりと開いた。

 

 男はジープまで戻り再び乗り込むと、背後に立つカイムを一瞥してゆっくりとアクセルを踏んだ。オールド・ワン達もジープに続き倉庫の中へと足を踏み入れる、内部はオールド・ワンが思っていたよりもずっと広かった。

 

 無骨な骨組みが見える倉庫内部、硝子は所々割れて内部は殺風景と言って良い。ただ倉庫の隅にはどこからか拾ってきたのか、BFのジャンクパーツが綺麗に並べられており、幾つか銃器の存在も確認出来た。その周辺には幾つかのコンテナが見える、中身が何かは分からないが四つ並んでいる辺り、何か意味があるのだろう。

 倉庫の広さは百メートル程だろうか、規模としてはそれなりに大きい。天井もBFの三倍はあり、どうやら隣接している建物と繋がっているらしい。居住スペースも存在しており、所々に生活の跡も見えた。

 

「……良い場所だ」

 

 オールド・ワンは小さくそう呟いた。軍人の使う整理整頓され、衛生管理が地面の表層まで行き渡っている様な息苦しさを感じない。必要最低限、その中で最も快適な空間を生み出そうと努力した雰囲気を感じる。一言で言うならば気に入った、そういう事である。

 

「契約の履行を確認した、生命の保証はする、今すぐ立ち去ると良い――万が一この場所の奪還を考えるのであれば、その時は容赦なく殺害する」

 

 もし拠点内に必要な物品があるのならば早急に回収すると良い、全てを奪う程鬼では無い。オールド・ワンは慣れない長台詞に息を吐き出しながら、ジープに乗ったまま微動だにしない四人へと告げた。拠点は手に入れた、これでパーツや武装の貯蔵が可能になった、もし戦闘で敗北しても予備パーツがあれば再び立ち上がる事が出来る。補給が出来る拠点があるというのは、オールド・ワンに精神的な安心は勿論、機体的な面でも安心を齎した。

 

 さて、この拠点どうやって活用しようか。オールド・ワンは早速拠点の活用法について考え始めるが、いつまで経っても動き出さないジープに気付き、視線をそちらに飛ばした。

 

「……一つ、頼みがある」

 

 ジープに乗った男が口を開いた、その声色は酷く暗い。

 オールド・ワンが訝し気に目を細めると、全員の視線が自分に集まっている事が分かる。男は何度か口を開き、何かを言おうとして、しかし何度も口を閉じてしまった。何かを言いたいが、しかし言い出せない、そんな雰囲気。言葉を舌の上で転がすだけで一方に吐き出す気配が無い、それをじれったいと思ったのか助手席に乗っていた女が身を乗り出して叫んだ。

 

「私達を仲間にして!」

 

 


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