オールド・ワン   作:トクサン

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過去の代償

 ここ数時間で随分と発声に慣れた喉は自然と自己紹介を促していた。場所は倉庫内、オールド・ワンはBFに搭乗したままハンガー代わりに使われていた場所に陣取り、膝を着いている。カイムとカルロナもオールド・ワンと同じく膝を着いて待機状態になっているものの、休止状態では無く警戒状態で固定していた。

 

 ハイエナの四人はオールド・ワン達の前に椅子を設置し、それぞれ楽な格好で腰かけている。パイプ椅子だったり公園にあるようなベンチだったり、はたまた室内用のウォーターチェアだったり、一体どこから拾ってきたのか。

 

「――俺はゲイシュ、ゲイシュ・ハバート、元々ガンディアの歩兵連隊に所属していた軍人だ、今はしがないハイエナの一人だけどな、チームでは車両の運転とか物資の調達がメイン、後は多少通信技術に覚えがある」

 

 ゲイシュと名乗った男はジープを運転していた男だった。色褪せた野戦服を着崩し、無造作に伸びた茶髪を後ろで一つに縛っている浅黒い長身の男。体つきはガッシリとしていて、このメンバーの中では最も兵士然とした男だった。顔つきも男らしく、成程、兵士と言われれば納得するだけの貫禄があった。

 

「私はディーア・ミハイナ、ゲイシュと同じ歩兵連隊所属、けれど私は狙撃が専門なの、目は良いから見張りとか夜間の活動は任せて、後は工作兵も兼任していたわ、一応爆弾とかも弄れるけれど、あくまでメインは狙撃兵って事は忘れないでね」

 

 長い髪に金髪、ツリ目の女性はディーアというらしい。彼女は自信満々に自己を紹介してみせた。助手席に座り、オールド・ワンに交渉を持ちかけた女性だ。どうやら彼女もガンディアの所属だったらしい、どうにも此処の面々はガンディアの出で構成されている気がする。暗い色のカジュアルな服に引き締まった体つき、確かに彼女は前線で撃ち合うという感じではない。どうやら工兵も兼任しているとの事、彼女には機体に触らせない方が良いだろう。

 

「グルード、レイ・グルードだ、皆にはグルードと呼ばれている、担当は重火器全般、元はシーマルクの軍事工場で働いていた、歩兵の火器や車両のメンテナンスは僕に任せろ、BFは担当外だけれど、薬剤の知識も多少はあるからチームでは衛生面に関しても任されている、もし怪我をしたら言ってくれ」

 

 グルードと名乗った男はシーマルクの出身だった、自身の同盟国からの脱走者に少しばかり驚く。しかしまぁ、あり得ない事では無いだろう。何が不満だったのかは分からないが、良くもまぁハイエナなどやるものだと多少の関心は覚えた。

 

 細い体つきに短く切り揃えられた髪、そう言えば自分に向けてLEEをぶっ放したのは彼だったか。成程、重火器を担当するだけはある、工場出身だというが彼自身も兵士に近いスキルを身に着けているのは明らかだった。背も四人の中では一番小さいというのに良くやる、見れば肌色や髪色、顔つきからアジアの人種である事が分かった。

 

「……ハイネ・フロース、BFパイロット、メンテナンスも出来る、パーツもあれば、改修も」

 

 最後の一人はやけに無口であった。

 

 ハイネ・フロース、オールド・ワンが撃破したBFのパイロット。背丈はゲイシュより小さく、ディーアと同じ位か。全体的に体がほっそりしていて、グルードよりも細かった。どうにも兵士としてではなく、パイロットとしてのみ活動していたらしい。

 

 髪色は灰と黒の混じったアッシュグレー、眠たげな眼に何処か気だるげだ。現在はオールド・ワンと邂逅した時と同じ服装、サポートスーツのまま自分を見上げている。所属は口にしなかったが、軍属では無かったのだろうか。もし独学でBFの操縦を学んだというのなら、大したものだとオールド・ワンは思う。

 

「それで、その……アンタは?」

 

 全員の紹介が終わった後、ゲイシュは恐る恐ると言った風に問うて来た。今現在もBFに籠ったまま警戒を続けるオールド・ワンに対し恐怖感を抱いているのだろう。確かに、銃口こそ突きつけていないものの、目の前の巨人は容易く人間一人を屠る事が出来る。

 

 オールド・ワンは数秒ほど自己紹介をするべきか否かを考え、情報が露呈するリスクよりも信頼を得るメリットを取った。

 

「……元帝都軍第三強化外骨格部隊所属、名は重鉄、担当は盾と火力による殲滅、昨今はオールド・ワンと呼ばれていた、呼ぶならソレで頼む――僚機はAI機、右がカルロナ、左がカイム、それぞれ遠距離狙撃と近接強襲を担っている」

 

 外部スピーカーから流れる声、その帝都軍という言葉に全員が反応を示した。

 帝都と言えばBFを最初に開発した軍事国家である、更に言えば現在ではアジアを牛耳るアジア同盟国(ASA)の常任委員会トップ、その中央都市所属の軍属と言えば第一級のエリート。

 

 全員の顔に浮かぶ表情は驚愕、何故その様な人間があんな場所に?

 大国のBF乗りと言えば凄まじい高給取りだ、戦場を除けば何不自由なく過ごせるだろうに。誰もが疑問に思った、国外にたった三機で、それも拠点を欲するという事は明らかに脱走兵。しかし、それを問いかけるだけの勇気は誰にもなかった。

 ただ一人を除いて。

 

「重鉄、オールド・ワン、どっちも機体の名前――貴方の名前は?」

 

 機体に籠り、顔も見せないパイロット。そんな人間に対しハイネは臆する事無く名前を問いかけた。明らかにハイエナを警戒している、だというのに彼女は躊躇いを持たない。

 

 他の三人が別の意味で驚き、オイオイ、マジかと言った風な表情に変わる。幸か不幸かハイネはそんな三人の反応に気付いていなかった。いや、若しくは気付いていても無視したのかもしれない。

 

 オールド・ワンは彼女の質問に対し口を噤んだ、ハイエナ達は怒りを買ってしまったのかと戦々恐々としていたが、実際は少し違う。オールド・ワンは質問に対する答えを持ち合わせていなかったのだ。

 というのも重鉄に搭乗してから本来の名前など一度も使ったことがなかった、既にこの機体に乗って十数年、自身の名前に対する愛着など薄れ消え去った。今では本来の名前を呼ばれても違和感しか覚えない、オールド・ワンや重鉄と呼ばれたほうがしっくりくる。

 

 しかしそう口にしても納得はしないだろう、オールド・ワンはハイネと言う女性に自身のメンテナンスや改修を請け負っていた技術将校と同じ感覚を覚えた。自身の抱いた疑問に対し真っ直ぐで、妥協を知らない鋼の精神を持つ人間だ。

 

 僅かな逡巡、するべきか、しないべきかという二択。

 

 十秒ほどの思考を終えたオールド・ワンは、信頼を勝ち取るという意味でも、名前を持たないという点に納得してもうという意味でも、するべきだと判断した。勿論、カイムとカルロナには警戒を継続させ、最悪の事態には備えておく。

 

 沈黙を破ったのはハッチのロックが解除される甲高い音。

 ボルトロックが回転しながら引っ込み、閉ざされた胸部装甲が静かに開く。閉じ込められていた空気が外部へと流れ、プシュゥという空気の抜ける音が鳴り響いた。

 

 その光景を見ていた四人は、三機のBFを保有する人間の正体に緊張と、同時に警戒を露にする。その中には単なる好奇心も混じっていたが、何より自分たちの前に姿を晒すという行為に驚いた。

 

 BFを最も簡単に撃破する方法は、パイロットを屠る事。BFに搭乗していなければパイロットといえど唯の人間に過ぎず、それはハッチを開いている状態でも同じことが言える。胸部装甲が展開している時、遠距離から狙撃されて命を落とすパイロットも多いのだ。ただの対人兵器でBFを無力化できる最高の機会、だからこそオールド・ワンはハッチを開くことを躊躇っていた。

 

 しかし、同時にそれは最も信頼を得る方法。

 

 ハッチを開く、胸部装甲を展開するという事は、それだけ相手を信頼しているという行為なのだ。これは例えば停戦協定時や、国家間に於ける何らかのパレードなどで見られる光景。整列したBFのハッチは開かれ、そこからパイロットの姿が視認できる。

 それはつまり、「私達は貴方を信頼しています」という言外の意思表示。

 

 オールド・ワンのハッチが完全に開くと、網膜投影していたメインモニタの映像を停止し、裸眼で目の前の光景を見つめた。

 外気の冷たさが肌を撫で、オールド・ワンは久々に人の前に姿を晒す。

 

 

「――名は重鉄、異名(ネーム)はオールド・ワン

 コレと自分は同じだ、だからその名は自分のモノでもある」

 

 

 四人の見た光景は、目を疑うものだった。

 言葉を失った。

 

 オールド・ワンのコックピット、そこには一人の男性の姿があった。いや、男性と呼ぶには少々若すぎる、少年と言った方が適切だろう。

 未だ伸びきっていない背丈、あどけない顔立ち、短く流れる黒髪、やせ細った体。その四肢はまるで飲み込まれるように機体へと固定されており、コックピット内には本来ある筈の操縦桿やフットペダルといったものが見られない。

 全てを精神接続で動かしているのだ、それが一目で分かった。

 

 その背中、首元には三本のケーブルが接続されており、少年の目は燃えるように真っ赤だった。それは色素が赤いという意味ではなく、充血した瞳だから。その肌は病的なまでに白く、腹部は下手をすると肋骨が浮き出てきそうだ。

 しかし、それを見て醜いとは思えない、儚い絵画のような、そんな美しさが少年にはあった。

 

 




 明日からは一日一話になるかもしれません……お待たせして申し訳ないm(__)m

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