オールド・ワン   作:トクサン

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BF計画

 第一世代BF――オリジナル。

 それはBFという兵器が世界に普及しておらず、理想の兵器を作ろうと始まったプロジェクト。その過程の中に、もう一つのプロジェクトが水面下で行われていた。それは神経接続というある種の才能を持つ人間を、BFに最適化し最強の自立兵器を作ろうという計画。

 

 現在の第五世代、第四世代の機体はコンソールと神経接続による操縦がスタンダードだ。神経接続による操作で大まかな動きを行い、コンソール――操縦桿やフットペダルによって細かな調整を行う。

 

 それでも使う比率は6:4程度で決して簡単という訳ではない。コンソールのみの操縦でも、神経接続だけの操縦でも駄目なのだ。一時期はコンソールのみで操縦出来るBF開発が行われていたが、人型の操縦は非常に困難を極めた。単純に手が足りず、下手をすると歩行すら困難であった。

 更に言うと神経接続を行ったBFと非接続のBFでは操縦時に発生する操作までのタイムラグ差が大きく、神経接続なしではとても使えたものではなかった。

 

 そこで研究者は考えた、仮にコンソールを使用しない――それこそ全てを神経接続で制御できる適正者が居れば、それは凄まじい兵士となるのではないのかと。

 

 

 斯くして計画は始まった。

 

 

 帝都にて神経接続に優れた人材の募集――何の皮肉か、精神接続適正は年齢が低い少年少女が非常に高いスコアを叩き出した、恐らく成長しきっていない脳、または精神構造が影響したのではないかと言われている――その次に募集した人材の選定、そして改良。

 

 改良とは勿論、機体の方ではない、パイロットの方だ。

 まずは適性を保つために成長を止め、次にナノマシンを大量に注入する。それは清潔を保つためのモノだったり、腸に入って便を食うモノだったり、様々だ。それが終われば最後に四肢を切り落とす。コンソールやフットペダルを使用しない手足など邪魔でしか無かった、その分コックピットの範囲が狭まる。

 

 その後BFに接続し、切り落とした断面にケーブルを接続、自身の手足の代わりに機体を動かすよう促す。それは機体とパイロットの親和性を高めるという目的もあったが、被弾面積を小さくするという意図もあった。

 機体とパイロットが上手くマッチすれば、後は実践を重ねるだけ。

 戦って、戦って、戦って、戦って。

 戦い続けて。

 

 その果てにオールド・ワンは、最も古い一機(オールド・ワン)となった。

 

 その機体の特性上、機体の乗り換えは出来ない。オールド・ワンという機体が自身に最適化されているという理由もあるが、既に自身とオールド・ワンは生命を共にしている。体内のナノマシンを動かすエネルギーも、最低限生きるために必要な栄養も、全て機体、コアが捻出している。だからこそコアが無くなればパイロットである自分は死ぬし、オリジナルの全滅したこの世界ではオールド・ワン以外に生命維持機能、完全神経接続操縦を持つ機体は存在しない。この機体を降りれば死ぬのだ、自分は。

 

 勿論、普通に物質的な食事を摂れば生きながらえるだろうが、手足のない自分では要介護者となる。その時点で兵士としては死ぬ、オールド・ワンは戦うこと以外に自分の価値を認めていなかった。

 当初は最強を目指して計画された自分も、今では機体性能によって蹂躙される失敗作でしかない。恨みは無かった、達観していたと言っても良い、既に慣れて擦り切れた事だ。

 

 

 それでも四人はそうは思わなかった。

 

 

「なにこれ」

 

 言葉を紡いだのはディーア、その言葉には呆然としながらも強い怒りが込められていた。可哀そうだとか惨いだとか、常人が見れば驚き同情を覚えるだろうその光景を見て、彼女は真っ先に怒りを抱いたのだ。

 

 彼女を含め、四人はオリジナルが生まれた経緯を知らなかった、プロジェクトの事は勿論帝都の事情を欠片も理解していない。それでもコレが許される事だと、そんな事は微塵も思っていなかった。

 

「アンタそれ……腕とか足、ちゃんとあるのよね……?」

「いや、自分はコレに搭乗すると決まった時に斬り落とされた、今は首と胴体しかない」

 

 絶句、いやハイネとグルードは凡そ予想はしていたのだろう、しかディーアとゲイシュは顔を盛大に顰め、剣呑な目つきになった。

 

「帝都のエース部隊のパイロットって奴は、皆こうなのか? 缶詰みたいに機体に押し込められて、手足切り落とされて――そりゃぁよ、今は平和の時代でもねぇ、悪魔が平然と笑顔で闊歩する時代だ、だけどよ、だから言ってよォ……」

 

 ゲイシュは先程の低姿勢が嘘の様に火を噴く、それは彼なりの道徳心だとか倫理観だったのかもしれない、或はそこに彼が軍を抜けた理由があったのだろう。ゲイシュはオールド・ワンに対し悲しみとも怒りとも、どちらとも断じる事が出来ない表情を見せて言った。

 

「こんなクソみてェな事が許される訳じゃあねェだろうよ」

「同感ね……もしかして、それが原因で軍を?」

 

 ディーアはゲイシュの言葉に強く頷いた。その表情は彼よりも怒りの色が濃い、オールド・ワンはそんな二人に何か言い表せない感情を抱く。それは自分の事でも無いのに怒りを露わにする二人に対しての感謝だったり、そんな事が今まで一度も無かったから感じてしまう背中の痒さだったり。

 

 成程、どうにも、彼らはハイエナという身に堕ちながらも人一倍正義感だとか、人間性という奴が強いらしい。もしかしたらソレが理由で軍を抜けたのかもしれない。自分を狙ったのはジャイアント・キリングならぬ、脱走兵狩りだったのかもしれない。

 そんな好意的な解釈をしてみるものの、オールド・ワンは冷静な思考で言葉を紡いだ。

 

「いや、別段四肢を切り落とされた事も、こんな姿にされた事も恨んではいない、軍を抜けたというよりは放逐されたと言った方が正しい、任務で少しやらかしてしまって、懲戒免職の様なものさ」

 

 普通に生きられぬ体へと改造しておいて、用が済めば放逐する。四人の中では帝都の印象が非常に悪くなっていた。無論、オールド・ワンという人間に対し警戒心や恐怖心を忘れた訳ではない、この時代に裏切りや意味のない暴力などは石ころの様に存在している。

 

 しかし、この傷だらけで妙に大人びている少年に対し、信頼もせず辛く当たるというのは我慢ならない事でもあった。四人はそれぞれ異なる理由で軍や都市を抜けたが、その性根は善であった故に。

 

 奇しくも、信頼を得ようと体を晒した効果は、倍々になってオールド・ワンへと返って来た。ハイエナと言うのはどこかしらに欠陥、或は今の世で生き辛い人間が集まった組織である。この四人も例外ではない、その輪の中に入る条件をオールド・ワンは見事に満たしていた。

 

 

 持つ者に厳しく、持たざる者に優しい(虐げる者に死を、虐げられる者に救いを)

 

 

 最悪の邂逅を果たした両者は、良き理解者を得た。

 

「……最初はどこぞのボンボン部隊の連中が抜け出したモンだと思っていたが、コレを知ってりゃ最初から襲わなかったよ、その、悪かったな、最初に襲ったのもそうだが、色々と」

 

 ゲイシュは一度、やり場のない怒りを抜き出す様に息を吐き、後頭部を掻きながらそんな事を言った。それからオールド・ワンに近くまで足を進め、僅かに警戒を見せるオールド・ワンに対して拳を突き出した。

 オールド・ワンはその突き出された拳に対し、困惑の表情を見せる。

 

「ガンディア流の、なんだ、和解の(しるし)みたいなモンだ、BFので構わねぇよ、神経接続で動かしてるなら微調整も効くんだろう?」

 

 少しばかりの逡巡、そして行動。

 オールド・ワンは小さく頷くと、BFに拳を作らせゲイシュの拳に触れた。それは非常に繊細なタッチ、それこそ巨大なBFの拳と人間の拳だ、少しでも加減を間違えれば傷つけてしまう。故にその動作は恐る恐ると言った風で、ゲイシュは拳をコンッとぶつけた後、男性らしい活発で、満面の笑みをオールド・ワンに向けた。

 

「宜しく頼むぜ、何かあったら頼ってくれ、一方的な友好で悪いが――仲間だからな」

 

 ゲイシュは心の底からオールド・ワンを仲間に迎えようと、そう決めていた。

 

 彼の笑みを直視し、オールド・ワンは率直に言って驚いた、困惑したと言っても良い。たかだかコックピットを晒した程度で大した変わりようだと。オールド・ワンにとって真に信頼できる仲間はカイムとカルロナの二機だけであり、帝都の同部隊所属機であっても心の底から信頼は出来ない。友軍機であっても戦友ではないからだ。

 

 故に、オールド・ワンは仲間だとか、友人だとか、そう言った関係に疎い、知らないとも言う。そんな彼にとっては、こんなにも簡単に仲間になれるという事は驚愕に値する事だったのだ。

 

 しかし、同時に思う。

 別段仲間が増えようと困りはしない、こちらが信頼せずとも、信頼されるのならば害はないのだ。来るべき時までは友好を築くべきだと、オールド・ワンは腹の底に沈めた打算を引っ張り出し、静かに笑って見せた。

 

 その胸中に、自分でも良く分からない感情を抱きながら。

 





ps すみません、祖母が急逝した為、すこし時間を頂きます

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