オールド・ワン   作:トクサン

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豪傑と豪傑

 

 オールド・ワンはその言葉に何かを返そうとして、しかし躊躇う。何度か口を開き、閉じ、そして漸く捻り出した言葉は肯定だった。

 

「あぁ……久方ぶりだな、シーマルクの英雄」

 

 その言葉を聞いて、腰を低く射撃の体勢を取っていたレヴォルディオは静かに戦闘態勢を解いた。銃口を下げ、機体の背筋を伸ばす。その姿勢からは戦おうという意思が感じられない。

 

「……機体出力や外見が随分と異なっているが、あの渓谷での大立ち回りはやはり君だったか、情報通りと言えば情報通り、しかし、もう昔の面影は見当たらないな、その外装甲はガンディアの――廃棄されたと聞いていた君が生きていたのは望外の喜びだよ、戦友」

 

 さも親し気な様子で話しかけるレヴォルディオに、オールド・ワンは頑なに戦闘態勢を解かなかった。そして自身が相手に友好的であっても、相手がそうであるとは限らない。一向に戦闘態勢を解かないオールド・ワン、カルロナ、カイムの三機に対し、レヴォルディオは静かに問いかけた。

 

「立場上は、シーマルクと帝都は友好国、私達は友軍だろう――上には辺境のハイエナにやられたと言っておく、部下の死は気にしなくて良い、何より帝都の然る人物が君の帰還を望んでいる」

「既に帝都を抜けた身だ、それはもう自分に関係のない事」

「帝都を見限るのか」

「逆だ、先に見限ったのは帝都」

「今更――恨んでいるのかい、帝都を」

「恨みなど無い、そんなモノは疾うに擦り切れた」

 

 どうあっても和解は出来ない、戻る気も無い、オールド・ワンは態度でソレを示す。

 彼にとって自己の安否など二の次だ。真に恐れるのは戦友を失う事、そしてソレはカイムとカルロナを指す。全てを失い戦場で果てる日を待ち続ける日々、そんな中で決して離れず、裏切らず、侮蔑の視線を寄越さず、共にただ耐えきった友が何よりの財産。

 

 帝都は自身を見限った、ならばもう良いだろう、自由に生きても良い筈だ。誰かの戦場では無く、自分達の戦場を探しても。

 

「出来れば君とは……戦いたくは無かったよ、戦場を共にした仲としても、軍務としても」

「別に自分達の邪魔さえしなければ攻撃する理由は無い、自分達は己の為に戦いたいだけだ、力を求めているだけだ、故に――去れ、レヴォルディオ……貴官の戦場は此処に無い」

 

 オールド・ワンがその言葉を吐き出すと、レヴォルディオは両手を腰にぶら下げた実体剣へと伸ばした。鞘に収まった実体剣、その柄を掴んで僅かに引き抜く。鈍い光を発する刀身が露わになり、それを以て返答とする。

 

 去る気はなし、元よりオールド・ワンも彼が簡単に背を見せるとは思っていない。

 真っ直ぐな男だ、愚直と言っても良い。

 

 オールド・ワンは彼の強さを認めていた、そして同時に軍人として斯く在るべきと言う理想を体現した男、その生き方を認めていた。自分には出来ない一つの人生の在り方、個を磨り潰し群として生きる男の背をオールド・ワンは見た事がある。尊敬する男だ、敬意を抱くに値する男だ。

 

 だからこそ戦いたくはなかった。

 

「シーマルク、祖国は君達の存在を危惧していた、ガンディアの強襲主力部隊をたった三機で壊滅させた君達を、だからこそ選択肢は二つ、ガンディアに奪われる前に殺すか、或はもう一度祖国帝都の元へ戻って貰うか――オールド・ワン、もう一度問うよ、私と共に」

(くど)い」

 

 一刀の元に切り伏せる。

 

 二度問われても、三度問われても、返す言葉は全て同じ。故にその問いには意味はなく、レヴォルディオは自身と対峙する猛者の中に不退転の覚悟を見た。

 

「残念だ」

 

 レヴォルディオは告げる。

 同時に彼の指が実体剣の鞘――そのトリガーに掛かる。レヴォルディオがトリガーを引き絞った瞬間、バギンッ! という金属音が鳴り響いた。鞘の排出口から空薬莢が弾き出され、刀身が凄まじい勢いで鞘の外へと射出される。

 

 火薬の爆発による刀身射出、元々は緊急抜刀を想定して作られたソレだが、彼の場合はその速度さえも攻撃へと利用する。

 

 そして圧倒的な反射と精度を誇る腕部は刀身が完全に抜けきると同時、オールド・ワンへと斬り掛かった。オールド・ワンは目を見開く、一秒の内に肉薄する鋭い刃、それは神経接続を使用しないマニュアル操縦者では凡そ反応出来ない速度であった。

 

 オールド・ワンの背後に居たカイムも、カルロナですら反応出来ない、ハイエナの皆に至っては何が起きたかも理解出来なかっただろう。

 しかし、オールド・ワンだけは反応出来た、否、して見せた。

 

 射出された刀身、風を斬り、空気を裂き、自身を両断せんと斬り上げられた刀身を防ぐ。両の腕を胴体の前に、ボクシングで言うピーカブースタイルの様に身を固めた。

 

 次いでガチンッ! という金属音同士の音、それは刀身がオールド・ワンの腕部、その増設装甲を斬り飛ばした音だった。しかし内部機構には届かず、外装甲を全て斬り捨てるには至らない。

 

 緋色の火花が目前に散り、その向こう側にレヴォルディオのモノアイが見える。真っ赤なモノアイに一ツ目、鈍い光が尾を引く。

 この一撃が宣戦布告だ、この時――明確にオールド・ワンと帝都の道は分かれた。

 

「やはり防ぐか、その反応速度、私をも凌駕する――君に敬意を、時代の練兵、存外君の事は嫌いじゃなかったんだ」

「……自らの戦場でないと知り、それでも尚進むのか」

「無論、自分の役目を果たすだけだ――生憎と、それしか生き方を知らない」

 

 返す刃を振り上げ、レヴォルディオの両腕が躍動する。その腕をオールド・ワンは摑み取り、ギチンッ! と関節部位が悲鳴を上げた。馬力と馬力の衝突、互いの回路が赤く染まりコアが唸りを上げる。

 

 中量機と重量機、しかし全重量を腕に掛けたレヴォルディオの攻撃は凄まじい重圧をオールド・ワンへと叩きつけ、出力で勝る筈のオールド・ワンが僅かに腰を折る。それを見てもカイムとカルロナは動かない。

 否、動けない。

 

「――何故小隊で動かない、オールド・ワン」

 

 レヴォルディオは今正に目の前の強敵を切り裂かんと腕を押し付けながら、問いかける。確実に勝利を得るのであれば、このまま僚機を使って三機で襲い掛かれば良い。百凡のBFならばまだしも、オールド・ワンの小隊は精鋭と言っても過言ではない。

 

 そんな力量を誇る彼らに同時攻撃を仕掛けられては、さしものレヴォルディオと言えど無傷で切り抜けるのは難しい。それを理解していない男ではない筈だと。

 

「悪いが、自分は軍人ではなくなった――これは、自分の尊敬した戦士に対する礼儀だ」

「戦場に矜持を持ち込むなどと……」

「そんな崇高なモノじゃない、何より自分一人で貴官を倒せない様ではなッ――!」

 

 オールド・ワンはレヴォルディオの腕を掴んだまま、腰部のスラスターを全開にした。重低音が鳴り響き、スラスターの口から炎が吐き出される。地面の砂塵を吹き飛ばし、オールド・ワンの機体が加速する。レヴォルディオの機体も又、押し込まれる様に地面の上を滑って後退した。

 

 オールド・ワンは理解していた、此処で独り、彼を倒せなければ。

 恐らく自分はこれから先出会う猛者との戦いに、いずれ敗れるだろうと。

 

「ッ、オリジナルと言えど、十数年前の骨董品フレームではッ!」

 

 


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