オールド・ワン   作:トクサン

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野の英雄、国の英雄

 

 オールド・ワンに押し込まれていたレヴォルディオの背部スラスター、それが急稼働し火を噴く。ドゥッ!と閃光が瞬き、押し込まれていたレヴォルディオの機体が何とか持ちこたえる。しかし、互いの速度が拮抗した瞬間、オールド・ワンは両腕の力を抜き、同時にレヴォルディオの腕を自分の方へと全力で引っ張った。

 

 押し切るような形で腕に力を込めていたレヴォルディオは、急激な力の変動に体勢を崩し、前のめりになる。更にスラスターの勢いも相まって、中々の速度が出てしまった。その瞬間、オールド・ワンはレヴォルディオのモノアイ目掛けて頭突きを繰り出す。

 

 金属同士の拉げる音がした。

 盛大な音を鳴らし、オールド・ワンの頭部装甲、丁度頭の天辺の辺りにある外部装甲が見事に凹んだ。

 そして対するレヴォルディオはモノアイ部分がべっこりと凹み、モノアイを保護していた強化ガラスが破片となって降り注ぐ。内部機構が露出し、カメラ機能が落ちたのは明白であった。

 

 しかしオールド・ワンが腕を引っ張った瞬間、レヴォルディオの持つ実体剣はオールド・ワンの両肩に装甲に食い込み、その半ばまで刀身を埋めていた。幸い腕本体に問題は無いものの、下手をすれば両腕を切断される羽目になっていただろう。

 

 レヴォルディオのカメラ機能が復旧、サブカメラに切り替わるまで三秒。

 その三秒が、今のオールド・ワンにとって黄金より価値がある三秒だった。

 

 掴んでいたレヴォルディオの腕を離し、肩に食い込んだ実体剣をそのまま肉薄。食い込んだ実体剣が装甲と擦れ、火花が両肩より盛大に散った。ソレに構うことなく、レヴォルディオの胸部目掛けて突進。

 

 同時に左腕の内臓武装を展開、鋸が顔を出し刃を回転させるまで凡そ二秒。そして左腕を腰の辺りで構えると、そのまま胸部目掛けて突き出した。

 

 しかし、相手は豪傑の一人。

 例え視界が閉ざされていても、その戦闘スキルは健在。音と気配、何より殺気を感じて咄嗟に回避行動をとった。吹かしていたスラスターを停止し、機体の右半分のスラスターを解放。機体のバランスをずらし、瞬時に機体を半身に傾けた。

 

 その瞬間、オールド・ワンのチェインソーがレヴォルディオを捉える。しかしその部位は胸部では無く、僅かに遅れてついて来たレヴォルディオの左腕であった。肩口に食い込んだチェインソーは喧しい音を立てながら瞬く間に腕を切断、レヴォルディオの片腕が宙を舞った。

 

 オールド・ワンの一撃を避けた瞬間、サブモニタに切り替わる。丁度オールド・ワンが側面を向け、レヴォルディオの右腕が自由な時であった。その背を目掛けて振るわれる実体剣、オールド・ワンは辛うじて機体を反転させ右腕で実体剣を防ぐ事に成功した。

 

 しかし流石と言うべきか、レヴォルディオは防がれる事を承知で剣を振るっていた。狙いは右腕の、初撃で刻まれた増設装甲の切断痕。同じ場所に狙ってもう一度剣を振るう、それも両者激しい動きの中で一ミリの誤差も無く。

 

 一度目は耐えられた、しかし二度目は無い。

 

 咄嗟に突き出した右腕は肘から先が切断され、小爆発が巻き起こる。その閃光がコックピットを照らし、腕を斬り飛ばした実体剣はそのまま胸部装甲に食い込んだ。

 更にレヴォルディオは頭部に搭載されたバルカンを使用し、小口径の弾丸を至近距離でオールド・ワンに浴びせる。どれか一発でもモノアイに直撃すれば良いという攻撃だった。

 

「ぐ、ッン、のぉオォ!」

 

 実体剣の切っ先が食い込み、その刃が火花を散らす。バルカンの弾丸が装甲に凹みを作り、幾つもの衝撃がコックピットを襲った。

 

 オールド・ワンはお返しとばかりに斬り飛ばされた右腕を振りかぶり、その腕をレヴォルディオの頭部に叩きつけた。装甲と配線が盛大に閃光を発し、レヴォルディオのバルカンがオールド・ワンの内部機構を破壊。右腕が肩口まで爆破し、強制的にパージされる。

 

 レヴォルディオの頭部は殴られた拍子に固定ボルトが弾け、そのまま背後へと流れた。工場の壁に叩きつけられた頭部はそのまま光を失い、砂塵が舞い上がる。

 

「パーツの一つ、くれてやるッ!」

 

 レヴォルディオの残った右腕が甲高い音を鳴らし、オールド・ワンの胸部を斜めに斬り裂く。しかしその刃がコックピットを捉えるよりも早く、オールド・ワンの前蹴りがレヴォルディオに炸裂した。

 

 腹部に直撃を許したレヴォルディオは体をくの字に曲げながら、機体は地面の上を滑って後退する。凄まじい衝撃に一瞬レヴォルディオは意識を飛ばす、しかし一秒にもしない内に覚醒し、スラスター全開で迫るオールド・ワンに意識を向けた。

 

 振り下ろされるチェインソー、凄まじい回転数を誇るそれは正面から受ければ容易く鋼を両断する。レヴォルディオは残った一本の実体剣で迫る刃を逸らさんと動く、振り下ろされたチェインソーは刀身の上を滑り盛大な火花を散らした。

 

 返す刃がオールド・ワンを襲う、チェインソーが流れ腕部を沿う様に剣が奔った。そのまま首を斬り飛ばすつもりだろう、しかし寸での所でオールド・ワンは上体を逸らし一撃を避ける。そして再び振るわれるチェインソー、レヴォルディオはチェインソーの根元部分を実体剣の柄で叩き、刃が機体へと届く前に停めて見せた。

 

 実体剣の柄とチェインソーの根元が金属音を鳴らし、怪力と怪力がぶつかり合う。

 

 そして僅かな鍔迫り合いを経て、互いに相手の柄を弾いて距離を取った。弾かれ、僅か一歩分の後退を余儀なくされる。レヴォルディオは素早く正眼に実体剣を構え、次の攻撃に備えた。

 

 オールド・ワンは此処に来て防御を捨てる。チェインソーを振りかぶりながらシステムに装甲の強制排除を要請、残った左腕を覆っていた増設装甲が弾け飛び、一回り程細くなった腕がチェインソーを一閃。

 

 重りを失った腕部の斬撃、装甲を取り外した為に振りの速度がグンッと上がった、緩急のついた攻撃はレヴォルディオの目を一瞬だけ晦ませる。再びチェインソーを逸らそうと動いたレヴォルディオの目算がズレた、実体剣が中途半端な角度でチェインソーを受け鋸の刃が実体剣の表面を浅く削る。

 如何に刀身の射出に耐え得る強度を誇ろうと、削る事に特化した武装には敵わない。

 

 しかしレヴォルディオは即座にリカバリー、小さく実体剣を手前に引きながらチェインソーの柄の部分まで刀身を滑らせ、そのままチェインソーを潜りオールド・ワンの胴体を両断せんと剣を振り抜く。

 切っ先がオールド・ワンを斬り裂くよりも早く、オールド・ワンはスラスターを反転噴射。その場から素早い離脱を敢行、レヴォルディオの一閃は虚空を捉え、オールド・ワンの増設装甲が地面に落ちると同時、二機の間に数十メートルの距離が生まれた。

 

「――ッ、ふッ、はァ、ふゥ」

「――ァ、ケホッ、はぁ、ハッ、すぅ」

 

 止まっていた呼吸を再開させる。詰まった息を吐き出すというより、体内に燻っていた熱気を吐き出すような行為だった。

 

 オールド・ワンはレヴォルディオから一瞬たりとも目を離す事無く、自身の機体に稼働確認を働きかける。視界の隅に小さなウィンドウが現れ、機体各部の損害状況を知らせる。

 

 右腕消失、頭部装甲損傷、胸部外部装甲損傷、機体の立体モデルが現れ胸部装甲を赤く点滅させる。第三層から成る胸部装甲は外部装甲の第一層が切り裂かれ、第二層にも穴が空いた、最後の砦である第三層は辛うじて無事だった。しかしコレではバルカンの弾丸さえ防げるか怪しい厚さだ。レヴォルディオの実体剣が深く刺さらなかったのが幸いだった、コックピットを斬り裂くには少しばかり浅い。

 

「ふっ、これではもう、時代遅れの老兵などとは、呼べないな」

「一度もそう呼んだ事など無いだろうに、しかし、それだけの才と力を持ちながら――」

 

 息を荒げながらオールド・ワンはレヴォルディオに何かを言おうとして、しかし途中で口を噤んだ。そこから先に紡ぐ言葉に、意味など無いと自覚したからだ。

 

 矜持、プライド、栄光、名誉、そんなモノに意味など無いとオールド・ワンはジャンクの底に沈んで初めて理解した。そして目の前に立つレヴォルディオは嘗ての自分であると感じた、護国に理由など無く、愛国にも又然り。

 

 それ以外に生きる術を知らないのかもしれない、或は自分と同じように。

 オールド・ワンはレヴォルディオのパイロットの顔も名前も、何が好きで何が嫌いで、どう生きて来たのかも知らない。赤の他人と言われればその通りで、唯一知っているのは彼の成した実績と機体の名前のみ。

 

 個は個であり、群ではない。

 そして彼を説き伏せるだけの言葉も、意味も、理由さえも持ち合わせていない。

 

 きっと彼は、幾ら名誉が、栄光が、実像の無い霧のような存在だと訴えても、愛国を理由にその在り方を変える事は無いだろう。それは予想では無い、もはや確信であった。

 

「いや、何でもない――過ぎた真似だ、忘れてくれ」

「……君が何を言おうとしたのかは、分かるよ、自分でも時折思う時はある、それでも――これは私が私として生まれた時に抱えた(さが)なのだろう、早々簡単に捨てられるモノでもないのだ」

 

 レヴォルディオは左腕を切断され、頭部を失い、腹部装甲を大きく凹ませながらも対峙する。双方大きな損傷を負いながらも、決して退く様子は見せない。互いが互いを間違っているとは思っていない、寧ろオールド・ワンとレヴォルディオは相手の信念、信条を尊重すらしていた。

 

 レヴォルディオは知っている、強くなりたいと思う感情も、唯一無二の戦友を想う感情も、祖国に裏切られる感情さえ。

 それでも彼は戦う、祖国の為に、護国の為に。

 それが彼の強さであり、信念であり、一人の男を成す根源であった。

 

 

「――最後だ、何か言い残す事はあるかい?」

 

 

 レヴォルディオは右腕の実体剣を一振りし、機体を前傾させる。それは自身を省みない捨て身の構え、是が非でも斬り裂く、何が何でも打ち倒す、その気迫が機体の周りを粒子として囲っている様だった。

 

 これで決める気だ、オールド・ワンは思った。戦意や殺意、そういったモノが空気越しに自分を包み込む。それは刺すような痛みを伴いながらも、心地よい緊張感をオールド・ワンに齎した。感じ慣れた気配、戦場に漂う馴染み深い感触、体にこびり付いた死臭だ。

 

「――向こうで、あいつ等によろしく言っておいてくれ」

「――……君らしいな、本当に」

 

 

 それ以上の言葉は無かった。

 

 

 レヴォルディオのスラスターが瞬き、機体を急激に加速させる。パイロットの負担を考えない全力のブースト、静止状態から一気にトップスピードへと駆ける。オールド・ワンも又、腰部のスラスターを瞬かせ、加速。

 

 互いの距離が一瞬でゼロとなる、一度の瞬きも許されない凄まじい肉薄。

 策など無い。

 今日(こんにち)この時まで共にした愛機(この体)を信じる。

 

 レヴォルディオの腕が引き絞られ、僅かな溜めの後繰り出される最速の刺突。

 全てを置き去りに、音すら置いて繰り出されたソレを、オールド・ワンは辛うじて躱してみせた。

 

 膝を折り、コンクリートとの摩擦で火花を散らしながら上体をも沈ませる。半ば倒れる様な形で実体剣の刺突をやり過ごす、先端が僅かに頭部装甲を掠ったが、それだけ。凡そ重量機の見せる回避方法ではなかった。

 

 必殺の一撃を躱したオールド・ワンは、上体を逸らしたままスラスターを全開にしコンクリートの上を滑る。そしてレヴォルディオの脚部目掛けてチェインソーを振るった。両足とも切断してやるという気概、しかしチェインソーが脚部装甲を捉える直前、レヴォルディオは跳躍する。

 

 スラスターの推進剤を全て使い切る気で噴かせ、そのまま空中で機体を旋回。互いが互いの一撃を躱し、すれ違う。

 

 オールド・ワンは、チェインソーを地面に突き立てて減速、更にスラスターを逆噴出。機体は急激に速度を失い、コンクリートを踏み砕きながら再度レヴォルディオへと迫る。レヴォルディオは着地した瞬間に実体剣を引き絞り、再度刺突の構えを見せた。

 

 互いのスラスターが火を噴き、その一歩が踏み出される。

 

 オールド・ワンは、再び武器が交差する直前、腰部のアンカーを射出した。フックがレヴォルディオに迫り、防げば攻勢が止まり躱せば姿勢が崩れる。

 

 しかし、レヴォルディオは防ぐ事も躱す事もしなかった。アンカーはレヴォルディオの腰部と腹部に着弾、装甲を穿ち穴を空ける――だと言うのに止まらない。

 

 次の瞬間、レヴォルディオの腕がブレた。それは凄まじい速度で稼働した為――アンカーによる攻撃もモノともせず、ただの一撃に捨て身で挑んだレヴォルディオの刺突はオールド・ワンの胸に直撃した。

 

 火花と衝撃、実体剣が胸部の装甲を突き破り、そのまま背中まで突き破る。

 

 その対面、オールド・ワンも実体剣に貫かれながらチェインソーを突き出す、アンカーの巻取りを敢行し凄まじい勢いで加速、チェインソーはレヴォルディオの胸部装甲に食い込んだ、その刃はレヴォルディオの装甲を削り、コックピット半ばまで到達。

 

 攻撃を終えた互いの機体が衝突、轟音と共に砂塵を吹き上げる。

 

 

 静寂。

 

 

 衝突した機体は微塵も動きを見せず、オールド・ワンは背中から実体剣を生やし、レヴォルディオは胸部に動かなくなったチェインソーを埋めていた。

 相打ち、そして双方致命傷を受けた。

 

 互いの胸部装甲に罅が入り、コックピットハッチが拉げて崩れる。装甲が損傷に耐えきれず、ボロボロと剥がれだしたのだ。その向こう側から、パイロットの顔が覗く。

 

 オールド・ワンは、辛うじて右側に実体剣が逸れていた。その場所はもし腕があったならば、貫かれていただろう場所。しかし、オールド・ワンに四肢は存在しない。

 四肢を固定するアームが貫かれてしまったが、パイロットに傷は無かった。

 

 対してレヴォルディオはパイロットの腹部に深々とチェインソーの刃が突き刺さっており、喀血した状態のまま操縦桿を握っていた。明らかな致命傷、血に塗れた口元と腹部は死を感じさせるには十分だ。

 

 此処にレヴォルディオとオールド・ワンの勝敗は決する。

 

 そして互いのハッチが崩れた今、二人は初めて互いの顔を視認した。

 

 オールド・ワンは無感情にレヴォルディオを見る。その表情からは何も読み取ることは出来ない、それはある意味過去これまで戦ってきた勇敢な兵士に向けるそれと同じであった。

 

 レヴォルディオはオールド・ワンに視線を向け、それから少しだけ驚いた様に目を見開き――それから笑ったような、悲しそうな、悔しそうな、嬉しそうな、何とも言えない複雑な表情を浮かべ、そして唇を震えさせながら小さく呻き。

 

 

 逝った。

 

 

 その口は中途半端に開いており、何かを伝えたかったのかもしれない。しかし、チェインソーに凭れ掛かる様に力尽きたレヴォルディオのパイロットは、最早何も喋りはしない。

 三十代前半程の、凛々しい顔をした男だった。イギリス系の出身なのか、金髪で白人だった。

 

 オールド・ワンは倒れ伏した(かつ)ての友軍に、小さく手向けを送った。

 

 

「貴官に敬意を、シーマルクの英雄―――自分も、お前の事が嫌いではなかったよ」

 

 

 

 

 





 丁度良さを求めて二話分投稿です
 
 恐らく明日はお休みを頂きます

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