オールド・ワン   作:トクサン

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戦後の休息

 

 ハイエナの面々は、目の前で行われているBF戦闘に目を奪われていた。

 元々ハイエナはその名の通り、戦場の跡を荒らし回るだけの存在であり、実際のBF戦闘を目にする機会は殆どない。故に、これ程間近で見るBFの戦闘に唯々圧倒されてしまっていた。

 しかし、それだけではない。

 

 豪傑と豪傑

 

 互いに英雄と呼ばれるに足る存在の激突、それは百凡の戦士が行うソレとは比較にならず、正に一瞬一秒が生死を分ける世界であった。互いが互いの機体に武器を打ち付けながら、次の瞬間にはどちらかが力尽きてもおかしくない攻防を続ける。

 

 負けるものか、勝つのは自分だ。

 

 そういう、闘志だとか戦意だとか、見えない何かがBF乗りでも何でもない人間にも感じられるほどに濃く発せられる。それは兵士同士の殺し合いを巨人で再現している様なものだった、動きが人間臭すぎる、殴り、蹴り、死に抗いながら一瞬を生きる。

 その技量、精神力、判断力、何をとっても一流。

 

 これ程の技量を持つ英雄同士の戦いを、ハイエナは目にした事が無かった。恐らく生粋のBF乗りであっても、中々目に出来ないレベルの戦闘。

 

 あぁ、成程と、四人は理解した。

 潜って来た修羅場の数が違う、覚悟の質が違う、百や千の敵に囲まれて「仕方ない」と生を諦める自分達とは根本が異なる。何を排してでも、どれ程の窮地に立たされても決して諦めない鋼の精神。

 

 護国の為に――己のために。

 

 根本は異なれど想いの強さは双方劣らず。次の瞬間にも死んでしまうのではないかという恐怖感を押し殺し、その一歩を踏み出す事がどれだけ困難な事か。成程、これが英雄と呼ばれる人間か――と。

 

 ゲイシュは尊敬の念を抱いた。

 ディーアはただ困惑した。

 グルードは二人に畏怖した。

 ハイネは憧れを瞳に宿した。

 

 同じ光景を目にした四人は、しかし全く異なる感情をそれぞれ抱いた。異質な力は時として人を魅了する、しかし同時に捉えようによっては排斥するべき存在に映る。

 それを受け入れられるか否か、それは受け取り手の度量に左右されるのだ。

 

 ハイネは独り勝利し、静かに己の獲物を腕に収納するオールド・ワンを見る。

 

 結局彼女の出番はなかった、いや、本来ハイエナ全員に出番など存在しなかった。恐らくこんな策を労せずとも、この三機ならば容易くシーマルクの英雄とやらを撃破したに違いない、そんな確信があった。

 

 オールド・ワンから視線を逸らせば、静かに佇むカルロナとカイムの姿が見える。この二機はオールド・ワンが窮地に立たされようとも、決して加勢に向かう素振りを見せなかった。その赤く光るモノアイからは、何となく二機の感情が読み取れる気がした。

 

 ――ボスが負ける筈ねぇ

 ――まぁ、当然の結果ね

 

 今にもそんな声が聞こえてきそうだ、ハイネは中らずと雖も遠からずだと笑った。二人の放つ気配が、何処となく自慢げだったのだ。何度か手を合わせたハイネだからこそ分かる、機械の感情だった。

 

「終わったぞ、回収してホームに戻ろう」

 

 オールド・ワンは胸部に実体剣を刺したまま、静かにそう告げる。外部スピーカーを使用せず、肉声だけで告げた言葉は淡々としていた。

 カルロナとカイムは言われた通り二機を回収する為に動き出し、ハイネも慌てて後に続いた。

 

 

 ☆

 

 

 戦闘終了から四時間、大破した二機のBFはホームへと回収され、パイロットは丁寧に埋葬された。その辺に放って死肉を啄ませない辺り、やはり彼らは善人だと思う。二機の損傷は激しかったが、オールド・ワンの機体を修復する程度の材料は剥ぎ取る事が出来た。

 

 レヴォルディオの機体は中量機だったが、使えるのならば何でも使うべきだとコアや腕、スラスター各所をオールド・ワンに換装。最初に仕留めた無名のBFはハイネの機体に譲った、コアと無事な装甲、武装を換装すれば見違えた様な機体にランクアップする。これにはハイエナの面々も喜んでいた。

 

 レヴォルディオの実体剣はオールド・ワンとカイムの腰にぶら下がり、代わりにオールド・ワンは電動鋸――チェインソーを手放す事になった。元々短期決戦用の武装であり、刃の損耗率が凄まじいのだ。恐らく次の戦闘では殆ど平らな刃で戦うハメになるだろう、オールド・ワンは腕の換装と同時に渋々武装を放棄した。

 

 カルロナとカイムは直接的な戦闘を行っていないので、機体換装や補給の必要もなく、こうしてハイエナ初のBF戦闘は幕を下ろした。

 

「お疲れ様」

 

 ホームに戻って換装を終えたオールド・ワンは、機体をよじ登って来たハイネの言葉に笑みを漏らす。現在カイムとカルロナの僚機はオールド・ワンの傍でハイネ機のパーツ換装を行っており、オールド・ワンは束の間の休息を享受していた所だった。

 

「ディーアが、今日は御馳走だって、今日も、ご飯食べない?」

「――いや、今日は少しだけ頂こう、多少は胃も慣れた」

 

 良かったとハイネは笑う。同時に視線はオールド・ワンの右腕に向けられていた。

 現在そこには応急処置程度の再接続と古びた布が掛けられている、元々オリジナル用に設計されたコックピットは帝都の第一世代担当技術将校でも無い限り修復は不可能。

 

 レヴォルディオの一撃で右腕のケーブルは完全に切断されてしまった、一応レヴォルディオの神経接続ケーブルを引っこ抜き代替品として使ってはみたものの、違和感は残る。シーマルクと帝都は同盟国である為、神経接続端子に互換性があったのは幸いだった。

 

 最悪脊髄に埋まっているケーブルだけでも操縦は可能である、あくまで四肢のケーブルは補助であり、手足の操作感度向上の一助でしかない。やってやれない事はない、というのがオールド・ワンの弁だ。

 

「腕の事は気にするな、それよりディーアは兎も角、グルードとゲイシュはどうした?」

「えっと……ゲイシュは車で周囲の偵察、グルードは地雷回収、だって」

 

 どうやらグルードは事後処理、ゲイシュは追手の確認に行っているらしい。ディーアは料理の真っ最中だろう、そうなるとハイネは手持ち無沙汰という訳だ。

 

 オールド・ワンはレヴォルディオとの戦闘後、ハイエナの自分を見る目が僅かに変化した事に気付いた。それはプラスの感情だったり、マイナスの感情だったり、少なくとも今まで感じた事が無いモノだった。

 

 そんな中で、ハイネだけは変わらず同じ姿勢で自分に接して来る。それが何となく心地良くて、オールド・ワンは彼女との時間が嫌いでは無かった。

 

「そうか――ハイネはディーアの手伝いをしなくて良いのか?」

「私は食べる専門」

「何故誇らし気に言う」

「美食家、ですから」

 

 果たして本当だろうかとオールド・ワンは彼女を見る。ハイネがどんな食事でも嬉しそうに頬張る姿を今日まで見て来たからこそ、疑わしい目で彼女をじっと見つめた。すると彼女は視線に気付き、唇を尖らせて不満げに言う。

 

「……嘘だと思っている」

「実際嘘だろうに」

「私、美食家」

 

 ふんっ、と偉そうに胸を張って誇らしげにオールド・ワンを見下す彼女は、何と言うか酷く幼く見えた。そう言えば、自分は彼女の歳を聞いていなかったと思い出す。一度気になると中々忘れる事も出来ず、オールド・ワンは素直に問いかけた。

 

「ハイネ、お前は一体幾つなんだ?」

「幾つ……歳?」

「そうだ」

 

 オールド・ワンが頷くと、数秒ほど虚空を見つめた後にハイネは、「多分、十八くらい」と大雑把に言い放った。多分とは何とも信憑性に欠ける物言いだが、しかし未だ二十に届いていないとは。年相応に見えると言えば見えるし、しかしどこか幼くも感じる。

 

「自分より年下か、まぁ大凡予想出来ていたが」

 

 そう言うとハイネはパチクリと目を瞬かせ、それから納得いったように頷いた。恐らくオールド・ワンの年齢が見た目相応出ない事をゲイシュ辺りに聞いていたのだろう、それを思い出したというところか。子ども扱いは勘弁して欲しい所存である。

 

「でも私、もう大人」

「ガンディアだと成人は十八からだったか? しかし、帝都では二十からだ」

「……私、帝都人じゃないよ?」

 

 要するに大人の基準など法では定められないと言いたいのだが、彼女には届かなかったらしい。オールド・ワンは苦笑を漏らしながら「そうだったな」とだけ告げ、ハイネの顔をじっと見つめた。

 とある部分では酷く老成していて、しかし年相応にはモノを知らない。それは外側から見ると途轍もなくアンバランスに見える。

 

 老成している部分とは、戦争という一点に関して。彼女は恐らく、人を殺す事に何の躊躇いもない人間であった。緊急時も然り、例えいつ誰が死んでも、襲って来ても、彼女は冷静な思考を保つだろう。育ちはガンディアだと聞いているが、真っ当な環境では無かった筈だ。そんな確信がオールド・ワンにはあった。

 

「……私の顔、何かあった?」

「いや、何もない」

 

 オールド・ワンが自身の顔をじっと見つめていたからだろう、不思議そうに手で頬を擦りながらハイネは首を傾げた。

 

 しかし、どこかで自身の事を考えていると感じ取ったのだろう、ハイネはどこか迷う様な素振りを見せた後、おずおずと「私の事、知りたい?」と問うて来た。オールド・ワンはそんな事を問われた事に驚き、それから素直に頷いた。

 

「……略歴があるなら、まぁ、聞いてみたくはあるな」

「じゃあ、オールド・ワンの事も、教えて欲しい」

「……自分の略歴か?」

「うん」

 

 情報の等価交換、そう言いながら真摯な視線で自分を見つめる彼女に対し、オールド・ワンは難しい顔をした。別にハイネに対して過去を暴露する事が嫌な訳ではない、ただ話す内容が何も無いのだ。

 

 しかし、彼女曰く等価交換。

 自分の事を話さなければ、ハイネの略歴も明かされない。オールド・ワンは数秒ほど考え、「では、互いに秘密にしておこう」と告げた。別段無理に聞き出す事でも、必要な情報でもないと判断したからだ。するとハイネは明らかに、私は不満です、といった風な表情を浮かべた。

 

「そこは普通、頷くところ」

「お前の普通を世の普通にするな」

「……私の事、知りたくないの?」

 

 どこか寂しそうにそんな事を宣うハイネに、オールド・ワンは「教えてくれるなら、知りたいさ」と笑って見せた。ただその対価が自身の情報開示ならば、そこまでして求めるものでは無いと言うだけで。大体、自分には自己紹介した時の情報がすべてで、それ以上話す事など何もないのだ。

 

「私もオールド・ワンの事が知りたい、ほら、お互い様」

「そうは言ってもな、自分には話せる事など何も――」

 

 オールド・ワンが困った様に眉を下げると、ハイネはオールド・ワンに詰め寄りながら、「どこで生まれたとか、何が好きとか、どんな場所で育ったとか、そんな事で良い」と言った。

 そんな事を聞いて一体何になると言うのか、オールド・ワンにとっては甚だ疑問ではあったが、これも信頼関係を築く一環、或は友軍との雑談という事で渋々頷いた。

 頷いたオールド・ワンを見て、ハイネは「やった」と満足そうに笑った。

 





 まとめて投稿すると9000字位になってしまったので、二分割して4500ずつ投稿します。
 やっとここまで来た感……(゚д゚)(。_。)

 ここからやっとヤンデレ要素がウォーミングアップです
  (((ง'ω')و三 ง'ω')ڡ≡シュッシュ

 最近ランキングを見ると大体ヤンデレ要素が含まれているので、「これは、遂に時代がヤンデレに追いついたのか……!?」と狂喜の舞いを披露しております。
 いつしか世界がヤンデレという属性に埋め尽くされる日も遠くない……!
 

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