「じゃあ私から、生まれはガンディア中央都第一区、育ったのもそこ、途中からは郊外で暮らしていた、好きなモノは美味しいご飯、嫌いなモノはピーマン」
どやっ、と胸を張るハイネ。どの辺りに胸を張るポイントがあったのかは分からないが、オールド・ワンは淡々と頷いて流す。生まれのガンディア中央都第一区というのがどんな場所かは分からないが、第一の名を冠するという事はそれなりに良い暮らしをしていたのだろう。
彼女の言葉から得られた情報など、其れくらいなモノだった。正直何が好きで何が嫌いかなど、オールド・ワンにとってはどうでも良い話である。
などと考えていると、ハイネから「次はそっちの番」と訴える熱視線を感じたので、適当に彼女に合わせる形で口を開いた。
「――生まれは帝都の遠殿、育ちも其処だが大体は研究所で過ごした、好きなモノは……何だ、ゲリラ戦だろうか、嫌いなモノは遅滞防御戦だ」
「………」
言い終えた後に、ハイネが何やら言いたげな目で自分を見ていた。言いたい事は分かるが、美味しいご飯やらピーマンやらと口にした彼女に批判される覚えは無い。しかしハイネは暫くオールド・ワンの事を見た後、突然「もう一声」と続きを促した。
「もっと、普通の事」
「……美味しいご飯とやらは良いのか」
「それは良いの」
基準が良く分からない。オールド・ワンは頭を悩ませ、自身の半生を振り返った。戦場を転々とする毎日で好きな事などあっただろうかと。正直好きな事や嫌いな事を考える余裕などなかったし、そんな二元論で物事を考えた事が無かった。
しかしふと、自身の好きな事の琴線に触れた事柄を思い出す、いや行為と言うべきか。だが肝心の行為の名称を知らなかった。
「――帝都の研究所に居た頃の話なんだが、この機体の設計やメンテナンスを請け負ってくれた技術将校が居てな、その人が時々、その、何て言えば良いのか……」
「?」
どこか言い淀むオールド・ワンの態度にハイネは首を傾げる。どう言えば良いのか、良い言い回しが思いつかなかったオールド・ワンは自身の見た光景をそのまま伝える事にした。
「こう、自分の性――」
「ご飯出来たわよ~!」
オールド・ワンが口を開いた瞬間、倉庫にディーアの声が響き渡った。見ればディーアは大きめの鍋を両手で持ち、テーブルへと運んでいるところだった。
「……残念」
「まぁ、次の機会だ」
ハイネが渋々と言った様子で機体から滑り降り、オールド・ワンは慣れない会話の内容に独り溜息を吐いた。部隊に居た頃に話す内容と言えば、作戦行動に関する事や戦況に対する意見程度のものだったから。
オールド・ワンが話そうとした内容も、そういった環境が災いした。
年齢不詳の顔も知らないパイロット、そんな奴を相手に猥談を持ち出す勇者は現れなかったのだ。古今東西戦場の性事情は荒れるものと決まっているが、事BFに於いては適応されない。BFを操れる才は男性だけでなく、女性にも平等に現れる故に。多数の女性が居る前で堂々と猥談を始められるほど、帝都の人間も剛毅ではなかった。
そして一番の原因は、当の技術将校が少年愛好者だったという点だろう。
更に言うとオールド・ワンは羞恥心というモノを理解していない。
服を着るという習慣すら無かったのだ。
つまりはそういう事である。
「はい、コレ」
オールド・ワンが過去の記憶に浸っていると、戻って来たハイネが再び機体によじ登り椀を差し出した。中身を覗いてみると、肉の入った具沢山のスープだ。成程、肉は御馳走という訳だ。
「食べられる?」
「多分な」
オールド・ワンが頷くと、「ハイネ、随分と仲良くなったのね」と声が聞こえた。見ればこちらを見上げているディーアが居た、その手にはスプーンが握られている。それをハイネに差し出すと、「こっちにテーブル、持ってこようか?」と問いかけた。
ディーアの態度は一見、これまでと変わらない。しかし彼女の瞳の奥底には、何か自分に対して聞きたい事があるような、そんな目の色をしていた。それは単純な疑問では無く、彼女の根源に触れる様な問いかけだ。マイナスな感情を抱かれていないだけ、有り難い。オールド・ワンは独り、そう思う事にした。
「皆で食べると美味しい、そうしよう」
「分かったわ」
ハイネはディーアの提案を受け入れる、ディーアはテーブルをオールド・ワンの機体前に設置し、椅子を人数分並べた。何となくだが、自分もその食卓の一員になった気分だった。
「ゲイシュとグルード、遅いね」
「地雷の回収と偵察なら直ぐ終わるさ、そろそろ帰って来るだろう」
「えぇ、さっき無線でもう少しで帰って来るって、冷める前に食べましょう? 食事中に帰って来るわよ」
ディーアは椅子に座ってちびちびと食事を摂り始める、ハイネは「そっか」と頷いてから、オールド・ワンにスプーンを差し出した。俗に言う「あーん」と言う奴である。底の深い蓮華の様なスプーンは幾つかの具材ものせている。
しかし、やはりと言うか、コックピットに繋がれたままでは非常に食べ辛い。ハイネも不安定な足場だし、両手が使えない状態では食べさせるのも辛いだろう。
オールド・ワンは僅かな時間悩んだ、悩んで、悩んで、未来への投資だとか信頼関係の構築だとか、色々な理由をこじつけて結論を出した。それは本人からすれば、凄まじく勇気の要る決断であった。
「――ハイネ、一度椀を置いて、少し自分の前に立っていてくれ」
「……?」
スプーンを差し出した状態で、オールド・ワンが突然零した言葉に首を傾げるハイネ。しかしオールド・ワンが一向に食事を摂る素振りを見せないと、渋々機体を器用に降りてテーブルに椀を置き、再びコックピットの前へと登った。
「はい、これで良い?」
「あぁ、態々すまない」
「別に良い」
オールド・ワンはハイネに少し胴体を抑えていてくれと頼むと、ハイネは疑問符を浮かべながら「分かった」とオールド・ワンの本体、その脇腹に手を添えた。肋骨の浮いた体つき、ハイネは手のひらに感じた体温の冷たさに、ほんの少しだけ驚いた。
――機体接続解除、神経接続停止、被接続者の固定解放、生命維持に必要なエネルギーの蓄積………完了、被接続者の解放を許可
唐突に、オールド・ワンの脊髄に埋め込まれていたケーブルが空気を排出する。プシュッ! という圧縮されていた空気の抜ける音、同時に三本のケーブルが次々に脊髄から抜け落ちた。
突然の事にハイネは、「わ、わっ」 と体を揺らし、目を見開く。
オールド・ワンの四肢を呑み込んでいた固定アームも口を開き、その断面に繋がっていたケーブルも解除される。支えを失ったオールド・ワンはハイネへと倒れ込むように落ち、慌ててハイネは彼を抱きとめた。
余りにも軽い体に、衝撃に備えていたハイネは驚きよりも悲しさを覚える。抱きとめたオールド・ワンの体は余りにも細く、儚かった。
「ちょっ、大丈夫なの!? ハイネ、オールド・ワン!?」
突然の音とハイネの悲鳴、ディーアは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、二人に声を掛けた。
「う、うん、大丈夫、オールド・ワン、無事」
「すまない、突然過ぎたか」
ハイネはオールド・ワンを抱きかかえたままディーアの叫びに返事をし、そのままゆっくりと機体を降りた。ハイネの胸に抱かれたオールド・ワンを見て、ディーアは目を剥く。それに対しオールド・ワンは苦笑いで答えた。
「アンタ、あの機体から降りられたの……?」
「一人では無理だ、誰かの手を借りないとな、それに機体に乘っていない自分は唯の子どもだ、信用できない人間には任せられない」
そう言うと、オールド・ワンを抱えていたハイネは複雑そうな表情から一転。段々と口元が緩み、V字の様な形を作った後、「……私の事、信用してくれたんだ」 なんて嬉恥ずかしそうに言った。
そんな顔をされると自分も照れる、オールド・ワンは何となく背中が痒くなった。
「……まぁ、でも、機体から降りられるなら良かった、これで大分食事も摂り易いんじゃない?」
「あぁ、そう思ったから機体を降りた」
ハイネの手によって近くの椅子に腰を落ち着けたオールド・ワンは、途中までしかない両手足をグンと伸ばす。機体に乗り込んでいる時は碌に動かせないのだ。体中の凝りを解していると、ディーアが何か生暖かい目で自分を見ていた。
「……何だ?」
「いえ、そう言うところを見ていると、何だか年相応に見えると思って」
つまり子どもっぽいという事なのだろう。見た目がそうなので、まぁ仕方ないだろう。自分とて年相応の外見と手足があればと思った事はあるが、欠損を抱いたまま生き過ぎた結果、この状態が普通になってしまって不便を感じる事が無くなってしまった。
「ただいまっと――うぉ!? おまっ、オールド・ワンか!」
「……降りられたんだ、機体」
丁度帰還したのだろう、倉庫の出入り口から音がしたと振り向けば、ゲイシュとグルードが顔を出した。その視線はオールド・ワンに向いており、二人とも驚愕を顔に張り付けている。
「おかえり、地雷、集めて来た?」
「うん、全部回収出来たよ、武器庫の方に仕舞ってきた」
「こっちも敵影は見つからなかったし、一応大通りには感知センサーを置いて来た、引っかかれば儲けもの程度だがな」
ハイネの問いに二人は答え、そのまま「腹減った」とテーブルまで足を進める。ソレを見たディーアがキッと目を吊り上げ、咎めた。
「二人とも、食事は手を洗ってからよ」
「……俺思うんだよ、水が勿体ないなぁって」
「僕も」
「少量の水よりも病気に罹る方が勿体ないわよ、薬だってストックは少ないんだから」
母親の様な言葉に二人は肩を竦め、「分かった、分かったよ」とテーブルへと向けていた足を水場に向ける。旧型でもろ過装置を持つ自分達はまだ幸運な方だろう、それすら無ければ水の確保など困難を極めるのだから。
無論、ろ過装置があると言ってもやはり水は貴重だ、そう易々と使えるものではないが。
しかし薬の方が貴重という意見には賛成なので、オールド・ワンも口は挟まずにいた。
適当にサッと手を洗ってきた二人は水気を飛ばしながら早々に席へと戻る、どうやら随分と空腹らしい。目の前に出された椀を前に目を輝かせて早速スプーンを入れた。グルードは「頂きます」と口にし、静かにゆっくりと、ゲイシュは椀に直接口を付けてガツガツと。
ディーアはそんな二人に呆れた目を送りながら、自身の食事を再開する。そしてハイネは自分にスプーンを差し出しながら、「あーん」と介護を継続。
五人分の食事と質素なテーブル。しかし誰かと食事をするという状況に遭遇した事のないオールド・ワンは、それがとても新鮮なモノに感じた。食事と言うのはただの栄養補給程度にしか思っていなかったが、他人と行う食事がこうも充実したものに感じるとは。
「――? どうしたの」
「……いや、何でもない」
オールド・ワンは首を傾げたハイネに笑いかける、これは人間的に成長出来たという事なのだろうか、そう思いたい。差し出されたスプーンを口に含みながら、そんな事を考える。
ハイネに若干の申し訳なさを覚えるも、当の本人は緩んだ頬を隠そうともしないので、好意に甘える事とした。
その背を一人、カルロナは見続ける。カイムが黙々とハイネの機体を換装する脇で、彼女は独り立ち尽くしていた。
彼女――カルロナのAIが何を思っているのかは分からない、しかし十数年彼と共に戦場を渡り歩き、最早互いの存在が必要不可欠となったAIは想う、考える。
本来実装されていなかったシステム、きっと十八年前の彼女であればバグだと、エラーだと吐き捨てたソレ。今ではカルロナという一機のBFを構成する上で欠かせないバグと言う名の構成文。
彼女は授けられた知識で知っていた、それが何であるのか。BFとして生を受けた機械は学習の果てに手に入れていたのだ、もう何年も前から、人が人である証を。
モノアイに映る自身の主人、それを甲斐甲斐しく世話する一人の女性――ハイネ。
ソレを見ると、どうしても、無性に、何となく、何故か。
腹が立つのだ。
ちゃんとこっちも更新します(゚д゚)(。_。)
投稿スピード落ちたら「あぁ、爆睡してるな」と思っていて下さい。