レヴォルディオの襲撃を退け二日、オールド・ワンはこの四十八時間を補給期間とした。戦場での働きは十二分な休息があってこそ出来る、そう考えるオールド・ワンは休息と言う点を最も重視していた。
機体から切り離され、本格的な休息が可能となったオールド・ワンは次の敵襲に備えて十分に英気を養った。
レヴォルディオを撃破した以上、帝都がこの場所を見つけ出すのは時間の問題だろう。若しくは、既に拠点は発見されており、監視の目が届いているかもしれない。
しかし、次の部隊が派遣されるのは当分先だろうとオールド・ワンは考えていた。と言うのも、レヴォルディオは決して軽い戦力などでは無かったからだ。英雄などという人間は、同じ時代に何人もポンポンと生まれたりはしない。彼はシーマルクの中でも第一位、二位を争う戦力であった。そんな彼を失ったシーマルクはこれ以上の戦力低下を嫌う筈だと、ガンディアからの侵攻が始まっているのに高々一小隊の為に貴重な戦力をこれ以上割く事はないという推論。
寧ろ、自分達が警戒すべきはガンディアだ。強襲部隊を丸々一つ潰した自身の小隊は目を付けられているとオールド・ワンは確信していた。渓谷での戦闘からそれなりに時間が経過している、そろそろこちらの存在に気付いてもおかしくはない。
この都市は丁度ガンディアとシーマルクの国境付近に位置していた、どちらからも近いと言えば近いし、遠いと言えば遠い。両国の介入を容易に許す位置にあった。下手をすれば両国から引っ切り無しに討伐部隊がやって来るかもしれない。
しかし、オールド・ワンはそれでも構わなかった。
しかし、いつ来るか分からない襲撃に怯えて生活するのは肉体的にも精神的にも良くない。そこでオールド・ワンは半日ずつカルロナとカイムに索敵を担当して貰い、何か異常があれば直ぐにアラートを鳴らす様に指示した。それまでは完全休息モードで過ごし、拠点の強化に勤しもうと言う魂胆である。
折角の拠点だ、強化しなければ意味が無い。
元々、此方の戦力はオールド・ワンの小隊に加えてハイネ機、後は地雷や重火器と言った歩兵携帯火器しかない。事前の準備が命運を分けると言っても過言では無かった。
この拠点が戦場になるという事は既に他の面々にも話してある、ハイネを除く三人は今すぐ拠点を移した方が良いのではと不安な表情を覗かせたが、住み慣れた拠点を離れる事は辛く、更に言うとオールド・ワンが居る限り常に追手の存在は気にしなければならないという事実が、ハイエナの残留を決定付けた。
ここまで来たなら、とことん戦ってやるというスタンスだ。
しかし、仮に仲間に危険が及んだ場合はその限りではない、誰かが致命傷を負ったり明らかに勝てないと判断した場合は拠点を放棄して逃げると、ゲイシュは全員に宣言した。オールド・ワンもその言葉には頷いている、自分とて命を投げ捨てる気は更々無いと。でなければあの鉄屑の底から這い上がったりなどしない。
「――という訳で、チーム名を決めよう」
どういう訳かチーム名を決める事になった。
時刻は昼餉の後、全員がオールド・ワンの機体の前に椅子を持って集合し、中央のゲイシュが音頭を取っていた。テーブルを囲う様に集まった彼らは、一枚の紙を前に顔を突き合わせている。そこには勿論、機体に搭乗したままではあるがオールド・ワンも含まれていた。
「随分と唐突ね」
「オールド・ワン、カルロナ、カイムっていう新しい仲間も加わったんだ、それに前々から思ってたンだがよ、皆を呼ぶ時の名前が無いってのは中々不便だぜ?」
「カッコイイ名前が良い」
ディーアが渋い顔をし、ゲイシュはどこか悪戯っぽく笑う、ハイネはキラキラとした瞳で名前決めを楽しんでおり、グルードに至っては半ば寝ていた。確かに今日は丁度良い気温で、とても過ごしやすい日だ、寝てしまいたくなる気持ちも分かる。
「それで、何か良い案はあるの?」
ディーアは背凭れに体重を預けながらそう言うと、空かさずハイネが「はい、はい」と手を挙げた。その勢いは指先で点を突く程だ。ゲイシュはハイネの勢いに苦笑を漏らしながら、彼女を指差す。
「とっても強い団」
「……いや、それはねぇな」
ハイネの提案したチーム名はゲイシュに即却下されてしまった。まさか、と言った風にハイネはショックを受け、助けを求めるべくディーアやグルード、オールド・ワンに視線を向ける。しかしディーアは乾いた笑いを漏らすだけで、グルードに至っては爆睡。オールド・ワンも首を横に振って反対の意見を示した。
余程自信があったのか、ハイネは落ち込んだ様子で椅子に座る。その眉は八の字に折れ曲がってしまった。
「もうちょっと、他の奴に聞かれても恥ずかしくない奴で頼む……」
「――自分は他のハイエナのチーム名を知らないんだ、幾つか参考にしたいのだが挙げて貰えないだろうか?」
オールド・ワンがそう言うと、ゲイシュは「そうだなぁ」と考え込んだ。余り浮き過ぎた名前を提案してしまっては恥ずかしい、ここは慎重に前例を求めるべきだと判断した。
「ガンディアとかシーマルクのハイエナしか知らないが、【ソレイユ】とか【ピシンカ】何て名前は聞いた事がある、別に土地に拘ったりしないが……帝都だと、どんな名前があるんだ? ハイエナじゃなくて、部隊名でも良いんだけどよ」
「帝都の部隊名は基本隊長の名前を取るか、名前も持ちなら異名で呼ばれていた、【叢雲隊】とか、【宍道隊】とか、自分の場合は十年前【重鉄隊】と呼ばれていたな」
正直チーム名など分かれば良いというのがオールド・ワンの信条だが、確かに呼び辛い名前や酷過ぎるモノは勘弁である。元々彼は自身のネーミングセンスに自信が無かった。さて、どうしたものかと頭を悩ませると、再びハイネがピンッと手を挙げた。
ゲイシュは苦笑を零しながら周囲を見渡すが、他に手を挙げるメンバーはおらず、椅子から何度も跳ねて行われるアピールに仕方なく再度ハイネを指差した。
「最強のとってもつよい団!」
「……まぁハイネなりに帝都の名前をブレンドしたんだろうけれど、却下だ」
「なんで!?」
不法な拒否だ、横暴だ、これはいじめである、再考を! そう叫びながら暴れ始めるハイネをディーアが面倒くさそうな表情で窘め、グルードは爆睡していた。
「……もう、ハイエナのままでも良いんじゃないか?」
「……何か、嫌だろ、ハイエナとかマイナスイメージの呼称とか」
「呼び方が変わっても本質は変わらんだろうに……」
ゲイシュにもゲイシュなりの拘りがあるらしい、オールド・ワンからすれば良く分からないものだが。しかし案が無い以上、無いモノ強請りは出来ないのである。もういっその事ハイネの案を採用するかとオールド・ワンが問いかければ、ゲイシュは首を何度も横に振った。そこまで嫌なのか。
仕方居ないのでオールド・ワンは数少ない名前候補から、幾つか実用にたるものを引っ張った。
「そうだな……では、受け売りになるが【バルコニア】などはどうだろうか?」
オールド・ワンは数秒ほど悩んだ後、最初に浮かんだ名前を一つ挙げた。自身のネーミングセンスには自信が無いが、他人がつけたものならば気兼ねなく口に出来る。バルコニアという単語を聞いたゲイシュはハイネと時と違い即座に否定する事無く、肩眉を上げるに留まった。
「バルコニア――聞いた事が無い響きだが、どういう意味なんだ?」
「意味は知らないんだ、オリジナルの一人で共に戦場を駆けた戦友の異名だった、帝都での呼び名は【
本来なら死んだ人物の異名など縁起が悪いが、彼女は紛れもない英雄だった。その異名に不足などあるいまい、オールド・ワンがそう言うとゲイシュは肩を竦めながら、「他に案もなさそうだしな」と彼女の名を受け入れた。
「バルコニアか、まぁ悪くない、俺は好きだぜ、この響きがよ」
「奇遇だな、自分もだ……中身も中々剛毅な女性だったよ」
女性とは言うが、オールド・ワンと同じ四肢を切断され外見も固定された被検体。自身の愛機に搭乗した時から、何一つ変わらず戦場を歩き続けた一人だ。
オールド・ワンが把握している限りオリジナルの数は自身を除き計三十一機、その全員がオールド・ワンの知古であり、同時に死んで行った【唯一無二の戦友たち】であった。
その時代から戦い続ける
――思えば、随分と戦ってきた。
帝都を背負う最新鋭の兵器として生まれ、死に物狂いで日々を戦い、戦場を渡り歩き、そんな事を十年と続けている内に古参となり、新しい兵器に立場を追われ、落ちるところまで落ちた。
その果てにハイエナなどという国外生活を営む集団と出会い、日々を共にし、帝都とガンディアに追われる身となる。
オールド・ワンに搭乗した時は考えもしなかった。自分もまた、オリジナルの彼ら、彼女らと同じく何処かで野垂れ死ぬばかりだと思っていた。しかしどうにも、自分はまだまだ死ねない、死にたくないらしい。カルロナとカイムを残し、独り死ぬ事など出来はしないのだ。
自分が死ぬ時、それは――
「オールド・ワン?」
ゲイシュに声を掛けられ、はっと意識を取り戻す。どうやら思考に耽っていたらしい、苦笑いを浮かべてオールド・ワンは、「少し彼女を思い出していた」と誤魔化した。ゲイシュは、「そうか」とだけ言葉を零し、取り敢えずチームの名は【バルコニア】と相成った。
ハイエナ改めバルコニアの名は他の面々にも受け入れられ、しかしハイネだけは納得いかなかったのか頬を膨らませていた。その不機嫌を治すのに半日掛ったのだが、それは蛇足となるだろう。
やっぱり二本同時更新なんて無理やったんや……(達観)