オールド・ワン   作:トクサン

6 / 24
エース

 オールド・ワンは素早く機体を振り向かせる、しかし一拍遅かった。

 

 敵重量機は既に接近しており、近接武装の電動鋸――チェインソーを振り上げている。重量機にも拘わらずスラスターを全開で吹かせ、さながら闘牛の様に突っ込んで来るのだ。敵機の持つチェインソーは恐らく近接用に内蔵されていた武装だろう、電動鋸は素早く敵機を撃破するには向かないが、時間さえかければどれだけ硬い装甲だろうと両断する。これをオールド・ワン相手に使うというのならば、実に理に叶った選択だ。

 

 その機体には見覚えがあった、最初にカルメンで砲撃を敢行した瞬間に岩場へと潜り込んだ奴だ。まさか撤退せずに突っ込んでくるとは、オールド・ワンは僅かばかりの驚愕を覚える。

 重量機の持つチェインソーの矛先は胸部、このまま突き殺すつもりだろう。迎撃は間に合わない、オールド・ワンは一瞬で決断を下す。完全回避は不可能、ならば最悪死ななければ良い。

 

 重量機の持つチェインソー、それが凄まじい速度で突き出される。それに対しオールド・ワンは僅かに機体の軸をずらし、体を横に逸らした。瞬間刃先と胸部装甲が擦り合わされ、盛大に火花が散る。装甲は凄まじい速度で削り取られ、第二層まであった内部装甲までが完全に削られた。内部機構が顔を覗かせ、オールド・ワンの胸部に横一文字の裂傷が生まれる。

 刃が潰れるのを厭わず、恐らく速攻で削り切る調整が成されている。継続戦闘性など度外視だ、コイツは――オールド・ワンはこの重量機のパイロットこそ、この強襲部隊の隊長機だと判断した。

 

 瞬間、重量機の右手が動く。

 

 チェインソーを持たない腕、それが素早くオールド・ワンを向き。

 手の中には――BF用の小型拳銃。

 その銃口が胸部の裂傷に向いていた。

 

 直撃すれば死ぬ、オールド・ワンの戦闘経験がそう告げていた。

 

一拍遅れてロックオンアラートが鳴り響く。余りにも遅い警報、オールド・ワンはパイルバンカーを持たない腕を動かし、半ば反射的に相手の腕を殴り付けた。それが功を成し、引き金を引いた瞬間飛び出た弾丸は僅かに逸れ、胸部の中心ではなくやや右側に風穴を空けた。

 

 装甲に裂傷が入り脆くなっている、更に至近距離での攻撃では装甲でも防ぎ切れない。恐らく拳銃の弾丸も対重量機用の徹甲弾だ、オールド・ワンは無意識の内に笑った。

 

 

 装甲の風穴からオールド・ワン――そのパイロットの眼光が露わになる。

 死という甘い誘惑を前に尚歪に笑うその姿。

 脊髄に埋め込まれたケーブルが躍動する、頭の中で暴れる獣の本能、オールド・ワンに搭乗してから久しく感じていなかった高揚感、何度も味わってきた生命の危機。機体性能が上がったからこそ、姑息な手段に頼らずに済む、正々堂々正面から殴り合いを演じる事が出来る、この素晴らしさ。

 

 歯茎がきゅっと締まるような緊張感、心臓が早鐘を打ち視界が狭まる、瞳に投影されたメインモニタがノイズを生み、しかし嘗てない程の一体感を覚える。

 

 

 戦場に於いての勝利、敗北は単純だ。

 生き残れば勝ち、死ねば負け。

 

 

「おぉォォオオオオッ!」

 

 

 コックピットを露出したのは五年ぶりだった、ある意味最も切迫した状況だと言っても良い。オールド・ワンは久方ぶりに声を発する、半ば機能しなくなった発声器官はしかし、戦闘によるアドレナリンの分泌に耐えられず震えた。

 

 オールド・ワンの機体が振動し、背部に内蔵されたスラスターが火を噴く。エンジンが凄まじい勢いで空気を取り込み、燃焼。断熱シールドを溶解させる勢いで機体に推進力を与えた。

 前方に居た重量機にタックルする様な形で突進、そのまま正面から衝突して地面に押し倒した。更に右腕を動かして敵機の頭部を掴み、地面に押し付ける。スラスターの勢いそのままに地面を滑る二機は、オールド・ワンが覆い被さる形で突き進んだ。

 

 地面に接した敵機の頭部が凄まじい火花を散らし、ガクガクと何度も揺れる。頭部を地面に押し付けたまま、オールド・ワンはパイルバンカーを敵機の胸部に押し付けた。

 しかし、杭が射出される前に敵機がオールド・ワンの腰部を蹴り上げ、パイルバンカーの放った杭は明後日の方向へと消える。更に腹部を膝で打ち据え、敵機の脚部装甲が拉げた、同時にオールド・ワンの腹部装甲も大きく凹む。衝撃は凄まじいものだった、オールド・ワンの右腕が緩んだ瞬間、敵機はチェインソーでオールド・ワンの頭部を切断せんと迫る。

 

 オールド・ワンはソレを辛うじて躱し、敵機を腕で突き放して距離を取った。スラスターを停止させ、半ば転がる様にして接地。敵機も勢いそのままに地面を滑り、数秒後自然停止した。砂塵を巻き上げながら転がる二機の姿は酷いモノだ、砂と泥に塗れ装甲もあちこち凹んでいる。

 

 オールド・ワンは無傷でこの敵に勝てるとは思っていなかった、強い、素直にそう思う。あるいはそれ程の腕が無ければ、帝都の部隊に強襲を仕掛ける部隊の指揮など任されないのだろう。オールド・ワンは目の前でゆっくりと機体を起こす彼に敬意を抱いていた、同時に恐怖と興奮も。

 

 必ず勝つ、オールド・ワンは小さく呟いた。エースと対峙するのは初めてではない、戦場で生きる日々の中で強敵と対峙した事など数え切れないほどある。そしてオールド・ワンはその全てに勝利して来た、生き延びてきたのだ。

 そしてそれは、相手も同じ。

 強敵と戦い今日まで生き抜いてきた。

 

 開始の合図など要らない、オールド・ワンはパイルバンカーを構えて突進を始めた。スラスターを再稼働させ、同時に脚部を動かし駆ける。相手が起き上がる前に勝負を決める、先手必勝の理。

 

 敵機は突っ込んで来るオールド・ワンを視認し、腰部のスラスターを反転、前方に向けて全開噴出。機体を凄まじい勢いで後退させ、拳銃の銃口を向けトリガー。ガンッ! ガンッ! という鈍い発砲音が鳴り響き、オールド・ワンへと迫った。オールド・ワンはコックピット前に腕を構えパイロットへの直撃弾を阻止、弾丸は腕と肩部に着弾し、その装甲を大きく歪ませた。

 

 引き撃ち、遠距離の攻撃手段を持たないオールド・ワンに対しては確かに有効だ。しかし対BF用拳銃は突撃銃や連射砲と違いサイズが小さい、それはつまり装填できる弾数が限られているという事、装填されていた弾薬は直ぐに尽きた。

 

 飛来した弾丸の数は六、着弾したのは五発、腕に三発、肩に二発、いずれも致命傷とは言えない。敵機の引き撃ちは牽制程度の浅い傷をオールド・ワンに残して終わる。次は自分の番だと言わんばかりに、更なる加速を重ねるオールド・ワン。

 

 敵機は迫りくる脅威に対し、スラスターを停止、更には反転させ自分から突っ込んだ。右手に持った拳銃を投げ捨て、チェインソーを握りしめての突貫。オールド・ワンはその事に僅かな驚きと、同時に畏怖の念を覚える。後退からの反転突撃、成程肝が据わっている。

 

 加速する両機は凄まじい速度で距離を潰す、互いに互いを目指して前進しているのだから当然だ。数秒と経たずに再度顔を突き合わせる二機、敵機はチェインソーを、オールド・ワンはパイルバンカーを構えた。

 

 そして互いの手が届く距離、コンバットレンジに踏み込む。その瞬間、敵機はチェインソーを横に薙いだ。対してオールド・ワンはスラスターを停止、そして足裏に備え付けられた固定フックを展開、急激な減速を行った。地面に突き刺さったフックはガリガリと地面を削って機体を急停止させ、オールド・ワンとの距離を予測しチェインソーを振るった敵機の攻撃は虚空を切る。

 それはパイロットに掛かる負荷を一切考えない強引な回避方法、凡そ有人機の取り得る動きでは無かった。だからこそ意表を突く事が出来、敵機の動きが一瞬硬直する。

 

 一撃、無条件で入る。

 

 




休日だし三話連続更新しましょうね~

三時間後位に次投下します、多分夜にはその次の話を投下します、調子良かったらもう一話位投下しますね(゚д゚)(。_。)
(調子が良くなるとは言っていない)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。