オールド・ワン   作:トクサン

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決着

 

 オールド・ワンはチェインソーを振り切り、大きく隙を晒した敵機へと素早く一歩踏み込む。フックが収納され、オールド・ワンの足は滑らかに地面の上を滑った。引いた腕を突き出し、トリガーを引くだけでパイルバンカーはその牙を剥く。狙いは敵の胸部、どれだけ厚い装甲だろうと零距離であればこの武装に勝るものはない。胸元に隙を晒した敵機はオールド・ワンの回避方法に舌を巻き、同時に咄嗟の判断を下した。

 

 突き出されたパイルバンカーの間にチェインソーを持たない腕を瞬時に差し込む、直撃を許せば装甲を抜かれるのは分かっていた、だからこそ四肢を犠牲にしてでも直撃を避ける。トリガーを引き絞って射出された杭は、爆炎と閃光を引き連れ、差し込まれた腕部に突き刺さった。

 

 装甲へと食い込み、内部機構を食い荒らす杭が腕を貫通する前に、胸の前から無理矢理腕をカチ上げる。瞬間、杭が腕を貫き頭部へと着弾した。腕部に食い込んだ杭を無理矢理軌道修正、頭部へと逸らしたのだ。

 

 これもかなりの力技、右腕が半ばより千切れ飛び、頭部は威力の減退した杭によって半壊、装甲と片方のモノアイが吹き飛ぶ。パイロットの視界半分にノイズが奔った。

 しかし致命的な損傷では無かった、寧ろ必殺とも思えた一撃をここまで凌いだのは正にエースの手腕。

 

 今度はオールド・ワンが驚く番であった。まさか渾身の一撃を逸らされるとは思ってもいなかった。敵機は半壊した頭部をそのままに、残った片方のモノアイを怪しく光らせる。そして振り抜いたチェインソーを返す刃で再び薙いだ。パイルバンカーが空薬莢を排出し、次弾を装填する。しかしオールド・ワンがもう一撃入れるよりも早く、チェインソーが装甲を断ち切るのは火を見るより明らか。

 

 オールド・ワンは一秒にも満たない刹那の迷いを終え、パイルバンカーを盾とし、振るわれたチェインソーを防いだ。瞬間、盛大に火花が散り、ギィイ! と金属が削れる音が鳴り響く。振るわれた衝撃がオールド・ワンの腕を揺らし、凄まじい光が二機を照らした。

 パイルバンカーの外装は瞬く間に削り取られ、中に装填されていた杭とチェインソーが辛うじて拮抗している。杭の材質はガラィン鉱石を加工したウーフラウ、耐火、耐推、対溶断、対衝撃に優れる重い鉱石、性能こそ素晴らしいものの余りにも重くBF装甲としては採用されなかった背景があった。

 

 まさかコレが命綱になるとは、オールド・ワンは欠片も思っていなかった。しかし猶予は無い、恐らく五秒もあれば杭諸共パイルバンカーは両断される、そんな確信があった。

 オールド・ワンは背部のスラスターを全力で稼働させると、体ごと敵機へと突っ込む。ガゴンッ! と前面装甲が衝突し、コックピットに凄まじい衝撃。互いの胸部装甲が凹み、しかし終ぞチェインソーは離れない。

 

 オールド・ワンは一時的に腕部の稼働制限を解除、パイルバンカーを持たない腕で敵機の頭部を殴り付けた。半ば半壊していたソレは容易くオールド・ワンの拳を受け入れ、内部機構が悲鳴を上げる。関節部位の負担も考えずに只管連打に次ぐ連打、スクラップにしてやるとばかりに拳を振るい、敵機のカメラ機能を完全に破壊した。飛び散る装甲と配線、モノアイ、それらを完全に潰す。

 

 敵機のコックピットに送られていた映像が途切れ、サブモニタに変更するまでの時間――凡そ三秒。

 

 オールド・ワンは敵機の頭部を破壊した瞬間、右腕の接続を強制解除。

 固定ボルトを弾き飛ばし、右腕をその場に置き去りにした。本体から切り離された腕はチェインソーに支えられる形で残る、削り取られながら切断される右腕、それを尻目にスラスターをチェインソーと逆方向に吹かせる。足で地面を蹴り、敵機の背後へと回り込む様に移動。

 

 急激な重心移動に脚部の関節部位が悲鳴を上げ、過負荷警告が視界に瞬く。しかしオールド・ワンは省みる事無く行動、僅か三秒の間に機体を全力稼働、横移動からの前進、反転を実行する。その時間、僅か三秒。

 

 オールド・ワンが敵機の背後を取った瞬間、右腕が切断され地面に二分割となって落下する。パイルバンカーに装填されていた弾薬二発がバラバラになって地面を転がり、甲高い音を鳴らした。

 

「ッ!?」

 

 右腕を切断し、そのまま本体へと迫っていたチェインソーが空を切る。その手応えからか、敵機の動きが急停止、そしてサブモニタに接続され敵機は目を取り戻す。

 その映像の中にオールド・ワンの姿は含まれない、パイロットの動揺がオールド・ワンには手に取る様に分かった。

 

 オールド・ワンは左腕を高く掲げると、サブモニタによって誰も居ない正面を見ている敵機に振り下ろした。指先を揃え、それは抜き手と呼ばれる型。それを丁度潰した頭部から胴体目掛けて突き下ろす。外部装甲は貫けなくとも、内部の構造は柔らかい。BFの素手でも容易く貫通する程度には。更に稼働制限を解除したのが後押しし、拒むものは何もない。

 

 敵機は何も出来なかった、抵抗らしい抵抗も無くオールド・ワンの一撃は直撃する。

 

 ゴギッ! という鈍い音と共に腕が敵機に埋没、潰れていた外装と頭部を支えるジョイントパーツを砕きながら指先はコックピット目指して突き進む。やがて肘先まで埋まった所で敵機の体が小刻みに痙攣し、その足を静かに折った。

 バチバチッと配線を切断しながら首元に埋まったオールド・ワンの左腕、足を折って崩れ落ちた敵機は、そのまま僅かに前傾し機能を完全に停止する。それの意味するところはコアの完全破壊か、或はパイロットの死亡。

 ゆっくりとオールド・ワンが腕を抜き出すと、その指先が赤色に濡れていた。

 

 

【敵機沈黙――撃墜確認】

 

 

 オールド・ワンの視界にそんな文字が浮かぶ。

 血のこびり付いた腕を振るい、付着したソレを払う。振り向くと丁度、カルロナとカイムが最後の一機を撃墜したところであった。カルロナの放った弾丸が敵機背部に着弾し、装甲諸共コアを爆破粉砕、内部から放たれた炎と閃光が機体を真っ二つに裂く。

 

 そして地面に転がった機体は二度と動く事は無く、無残にも砕けたコアが残った下半身に収まっていた。

 オールド・ワンが小隊集合の命令を下すと、カイムがゆっくりとした足取りでオールド・ワンの元へと歩き出し、後方からカルロナが姿を現す。周囲を見渡せば転がる機体、その数は十二。

 

 小隊は遂に敵強襲部隊を壊滅、その脅威の排除に成功した。

 

 三機と十二機、圧倒的な数の差。恐らく戦場で遭遇した場合、三機が群に磨り潰されて終わるであろう当然の戦力差。しかし逆に、オールド・ワンの小隊は個によって群を磨り潰し生還した。

 

 

 ――自分達はもう、時代遅れの老兵ではない。

 

 

 オールド・ワンは集合したカルロナ、カイムの二機からそんな声を聞いた気がした。二機の姿には大した損傷も見られない、カイムは装甲が所々剥がされ関節部位も発熱しているが、もう一、二戦は余裕で戦えそうな状態だ。カルロナに至っては肩部に二カ所弾痕があるのみ、殆ど無傷と言っても良い。

 

 あれだけの数相手に、良くもまぁこんな小奇麗な格好で勝てたものだと思う。それもこれも、恐らく新しい力を得た為だろう。

 AIが厳密に感情を理解するとは思っていない、しかし二人の放つ雰囲気と言うか、空気が何か興奮している様な、或は誇らしげに胸を張っている様な、そんな気がした。

 

 カイムとカルロナ程戦闘経験を積んだAIは存在しない、それは連続稼働時間でもそうだ。そしてAIの学習能力が際限を知らないのであれば、感情の一つや二つ、持っていてもおかしくは無い。仮に自我を持っていると言われても、恐らくオールド・ワンは驚かないだろう。

 

 オールド・ワンは笑う、それは苦々しい笑いでも、溌剌とした歓喜の笑いでも無かった。

 自分でも良く分からない、透明で、濁った笑いだった。

 何となく自分で思った事が、間違いでもない気がしたのだ。

 

 

 





 三時間後と言っておきながら五時間後になってしまった……申し訳ない。
 全てはオフトンが悪いのです。

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