オールド・ワン   作:トクサン

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事後処理

 フロウラウルの狂犬――シーマルクに没す。

 

 その報告がガンディアに齎された時、国が僅かばかり揺れた。それはガンディア、そのフロウラウル地方の豪傑が討ち取られたからである。

 彼の狂犬と言えばBFによる強襲を得意とし、一撃を入れては即離脱、敵部隊が擦り潰れるまで決して退かない事で有名な精鋭部隊の一つであった。ヒット&アウェイを戦いの軸とする彼らは生還率も高く、ガンディアの誇る主力隊の一つであると言える。そんな彼らが壊滅したという知らせは、軍部を驚かせるには十分であった。

 

 討ち取ったのはシーマルクの防衛隊か、それとも帝都の増援部隊か。

 

 フロウラウルの部隊は全滅し生き残りは居ない、戦闘を記憶しているデバイスも恐らく帝都軍かシーマルクの部隊に今頃回収されているだろう。

 ガンディアに交戦した部隊を割り出す事は不可能だった。

 

 しかしシーマルクの防衛BF部隊と帝都増援隊の数を考えると、それ程多くのBFをフロウラウル迎撃に充てるとは考えられない。シーマルクのBF製造工場は即日に何機ものBFを揃えれる程大規模ではなく、何よりパイロットが不足しているという確かな情報がある。帝都からの増援も確認した範囲では大隊が三つ、数にして凡そ九十機。

 

 あくまでフロウラウル部隊は強襲特化であり、シーマルク攻略部隊の先駆けとして送られた部隊だった。本体は既にフロウラウルとは違う方向からACD降下による侵攻を始めている。十二機程度の中隊に迎撃部隊を出す程、余裕があるとは思えない。仮に迎撃するとしても、シーマルク中央都市で迎え撃つとばかり思っていたのだ。しかし実際は防衛基地では無く、その手前の渓谷で戦闘となった。こちらの裏を掻くための策だったのか、だとすれば見事にフロウラウルは敵の術中に嵌ったという事になる。

 

 数でフロウラウルを破ったのでないとすれば、単純に凄腕(エース)と戦ったという事だろう。しかしガンディアの情報局によるシーマルクに派兵された異名持ち(ネームド)は確認されていない、だとすれば名無しによる撃破が疑われるが。

 果たして、あの狂犬が一般兵ごときに討ち取られるか?

 

 戦場での下剋上など然して珍しくも無い、だが彼の狂犬はどの様な状況、戦況だろうと生き残って来た人間だ。異名持ち(ネームド)とはそう軽い肩書では無い、少なくともBFに於いて突出した才を持つ者だけに送られる畏怖の証。

 軍部はまだ見ぬ強敵の存在に不安を抱いた。名も知らぬ兵士が新しい凄腕と成った瞬間なのかもしれない、そう考えたのだ。

 

 その名も知れぬ兵士が、最古のBF乗りである事を彼らは未だ知らない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「これ、ガンディアの部隊ですよね」

 

 偵察部隊として派遣されたBF乗りの一人が、目前に広がる惨状を指さしながら問いかける。相手は隊を率いる隊長、帝都増援部隊の中隊長であった。情報局より齎された報告によれば、この渓谷からシーマルクに向けて中隊規模のBF群が迫っているとの事だったが、待てども待てども連中が仕掛けてくる気配はなく、仕方なく三機のBFによって現地偵察を行うことになった。

 

 敵本体が迫っているとの情報もあり、それ程多くの戦力を割くことができなかった為、三機という少数での任務実行であった。

 偵察部隊は極力戦闘行為を避け、情報をシーマルクに届けることが任務となる。

 偵察部隊が渓谷で見た光景は、ガンディアの強襲部隊と思われるBFの残骸。

 その悉くが破壊され地面に転がっていた。

 

「どこの部隊と撃ち合ったンだ? 帝都の部隊もシーマルク防衛隊も、出撃した何て報告受けていないぞ」

「内部分裂の可能性は……あり得ませんよね、しかし此処はシーマルク領内です、他国からの介入があるとは思えません、我が隊とシーマルクの部隊のどちらかしか考えられませんが――」

 

 偵察部隊の隊員が地面に転がる機体を一つずつ数え、「十二機」とポツリ呟く。三人の内、中隊長ともう一人がBFを降り、最後の一人はBFに搭乗したまま周辺の調査を行っていた。

 

「隊長、機体の数は十二です、恐らく小隊四つ、有人機は四、機体は全てガンディアのエンブレムを張り付けています」

 

 耳元に装着した無線機から聞こえてくる声に、隊長は唸り声を上げる。強襲部隊の数は十二機、しかも大破し周囲に転がっている機体は全てガンディアのものだという。そうなると、強襲部隊と戦闘を行った部隊は一機も堕とされる事無く完勝したという事になる。

 

 それだけの事が出来る数で挑んだという事なのだろうか? しかし周辺にBFの大部隊が移動した痕跡は見つけられなかった、強襲部隊が侵攻したと思われるルートにはBFの足跡が多数残っていたが、渓谷側にはごく少数の足跡しか残っていない。

 最初は浮遊型かとも考えたが、それにしても全機がソレとは考え難い。そうなると、必然ガンディアの強襲部隊よりも更に少数で連中を破ったという事になるが。

 

「帝都増援部隊所属でもない、シーマルクの人間でもない、しかもコレを被撃墜なしで駆逐か……凄まじい腕の持ち主だ、指揮官としても、恐らくBF乗りとしても」

 

 隊長としての役目を全うする男は、転がった幾つかの機体を眺めながら呟く。

 現状分かった事は迎撃した部隊が帝都所属でもシーマルク所属でもないこと、そして少数で迎撃に当たった事。

 そして恐ろしく腕が立つという事だけ。

 

 BF戦というのは対人戦と何ら変わらない、一対一ならばまだしも、多対一など嬲り殺しにされて終わる。機体相性もあるが、一人で複数を相手にするというのは非常に難しい。迎撃に当たった部隊は全員が一騎当千の猛者、下手をすれば全員有人機という可能性もあり得た。

 

「――一部不自然にパーツの消失した機体があります、コアを始め外部装甲、四肢、武装も幾つか抜き取られていますね、恐らく迎撃した部隊が持って行ったのでしょう」

「追剥、いや、現地補給か、そうなると賊の可能性もあるな」

「BFを運用する賊ですか」

 

 隊員の言葉からは、そんな馬鹿なという内心が透けて見えた。隊長とて同じ気持ちだ、最新鋭機を駆る賊などいてたまるか。

 しかし考えられる範囲は広くない、帝都でもシーマルク所属でもないBF部隊。その存在は正体不明(アンノウン)。そうなると存外、BF持ちという賊という線もあり得なくはない。

 

 兎も角、こんな場所で頭を捻っても仕方ないと、隊長は記憶デバイスの回収を命じた。最も、その記憶デバイス周辺は器用に破壊されているが――一つでも抽出出来れば儲けものだ。後は余裕があれば幾つかの部隊を残骸回収の為に派遣させ、自分たちの任務は終わる。しかし、三人の表情は強張ったまま、周囲は何か不穏な空気を醸し出していた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「そうか……ご、ご苦労様、さがっ……下がって、良い」

 

 帝都ガンディア対策司令部、その一室。他の部屋とは異なり比較的豪華な調度品が揃えられた指令室と呼ばれる場所。そこに鎮座する一人の女性、長い黒髪をそのままに美しい顔立ちの女性だった。服装は帝都皇族所縁の者が着る軍服、黒を基調とし肩から腰に掛けて金の飾緒が伸びている。胸に飾るは桜の勲章、そして帝都に駐留する部隊を束ねる中将の階級章。

 

 普段は氷の様に冷たい空気を発する女性、女傑と呼ぶに相応しい風格を備えた人物であったが、今は動揺を隠しきれず小刻みに震える始末であった。

 

「……失礼します」

 

 報告に訪れた近衛の一人は、彼女の心中を察して静かに退出する。彼女の目の前に提出された一枚の紙きれ、それが女傑である人物の心を大きく揺さぶっていた。美しい造りのデスクに肘を着き、部下の退出を見送った彼女は、完全に扉が閉まったと見るや否や拳を思い切り叩きつけた。

 

 それは激情の籠った拳、鈍い音がデスクを揺らし彼女の手が何度も叩きつけられる。その度にデスクが揺れ、腹の底から絞り出した様な声が部屋に響いた。

 

「っ、なんでッ――どうしてぇ……これじゃ、わた、私がッ、私が今まで積み重ねて来た事は――いっ、い、一体なんのためにッ」

 

 彼女の拳を受け止めた一枚の紙きれ、真新しいソレにはびっしりと文字が並んでいる。

 その情報はシーマルクから齎された。()の国に派遣したBF部隊、その損害報告。なんて事はない、BF同士が戦えば多かれ少なかれ被害は出るもの。それを呑み込めない程小さな器ではないし、善人である訳でも無い。

 

 誰が死んだ、誰が重傷を負った、こういった報告は毎日のように来ていた、今更彼女が取り乱す事ではない。

 しかし、彼女の目に留まったのは無名のBF操縦士ではない、ただ一つ、最後に付け足された一文。それはさもどうでも良さそうに、蛇足の様に付け足された一文であった。

 

 ――第三強化外骨格部隊 【重鉄】 動力炉破損による廃棄処分が決定 僚機【カルロナ】、【カイム】の損傷も激しく任務継続は不可能と判断 シーマルクBF廃棄場にてスクラップ処理後廃棄 〇月〇日 

 

 その機体名には覚えがあった――否、あり過ぎた。

 日付から、既に廃棄処分は決行されたと言う事が分かる。それはつまり、既に彼は鉄屑の中に呑まれ、廃棄されてしまったと言う事だ。その事実を噛み砕いた瞬間、彼女の瞳から涙が溢れた。

 せめて嗚咽は漏らすまいと口に手を当てるものの、悲痛な呻きは止まらない。ポタポタと紙切れの上に斑点が生まれ、彼女は額を紙切れに擦り付けた。

 

 死んだ?

 彼が――死んだ?

 

 それは到底受け入れられない事実であった、何にも代え難く、必死に守ろうとしていた対象はいつの間にか現世より消えていた。その悲しみは壮絶である、ただ絶望だけが広がって自分を呑み込もうとしている。

 

 自身の今までの努力は、これからの生きる理由は、一体どうすれば良い。

 彼女は感情の波に吞まれていた、しかし最後に思考するだけの理性が彼女には合った。女傑と呼ばれる由縁である、しかし容易に狂えないというのも又地獄。

 せめて遺体だけでも回収するべきだろうか、いや、それすらも危ういかもしれない。それに、彼女自身が彼の遺体を前に正気を保てる自信が無かった。そもそもスクラップ処理を行ったと言う事は、遺体など既に――

 

「っ、うぅ――」

 

 骨肉を砕かれ、ドロドロに溶かされた彼を想像した彼女は思わず呻く。しかし、死体も見ずに彼の死に納得しろというのも無理な話であった。その程度で諦められるモノならば、既に彼女は十八年前に諦めている。そこだけは理性よりも感情が勝った。

 彼女の瞳が剣呑な色を取り戻す、つり上がった眉と目じりは彼女本来のモノだ、唇をきつく結びながら大粒の涙を零した。

 

「っ、ふ、か、回線、通話機能を――冨賀博士に繋いでッ」

 

 デスクに備え付けられた帝都軍部内線、それに叫び回線を開く。コール音は一度しか鳴らなかった、相手が素早く応答したのだ。しかし向こう側から声は無い、ただすすり泣く声、呻き声だけが聞こえて来た。

 

「杠ぁ、ゆ、ユズリハぁ、貴方、あなたっ、これは一体どういう――彼が、彼が処分された何て、そんな嘘よねぇ!? ねぇ、ユズリハぁア!?」

 

 デスクのスピーカーから聞こえて来る声は最早慟哭だった、恐らく自前の情報網で彼の処分を知ったのだろう。冨賀博士は指令室に直通の内線を持たない、きっと自身の連絡をずっと待っていたのだ。

 

 冨賀博士は錯乱していると言っても良い。だがその気持ちは彼女――杠にも良く分かった。何故なら、こんな立場でなければ自分もそうしていただろうという確信があるから。

 

「博士、冨賀博士っ、今すぐシーマルクに向かって、彼の安否を確認して!」

「無理、無理よ、そんな、彼の亡骸なんて、私見たく――」

「まだ死んだと決まった訳では無いでしょう!?」

 

 杠は叫んだ、或はソレは自分に言い聞かせたのかもしれない。彼の死を望んでいた奉遷が此方の動きを止める前に、せめて博士だけでもシーマルクに送らなければならない。自分だけの権限では報告を差し止める事は出来ないのだ。万が一、億が一の可能性に賭けて、彼女は博士に語り掛けた。

 

「彼がそう易々と死ぬ筈がない、この帝都の系譜に名を連ねる一人が、そう簡単に――生きてさえいれば何でも良い、もうBFなんてどうでも良いの! 機体が鉄屑に成り果てようと何だろうと、彼さえ生きていればそれで……ッ」

 

 彼の乗る重鉄はメインフレームを重点的に強化した、当時貴重だった鋼材も惜しまず注ぎ込み、技術将校も最高の人員を揃えた。それが功を成し生きているかもしれない、そんな「IF」、もしかしたら。

 希望的観測でしかない事は分かっている、それが凄まじく確率の低い事も、自身の諦めが悪いだけだと言う事も。

 

「あの機体は博士の最高傑作なのでしょう!? なら、きっと生きている! スクラップ処理だけならまだ――溶かされてしまえば御終い、私は帝都から動けない、だから博士、シーマルクに行きなさい! 今すぐに!」

「うッ――ぐっ、ぁ………だ、第六世代計画はどうするっ、私が抜けては、奉遷が」

「現地で理想的な材質を見つけたから調査に出たとでも言っておく! 航空機は用意するから、博士が捕まればもうどうしようもないの! 彼の為に――さぁ急いで!」

「ふっ、ぅ、わ、分かった」

 

 回線を一方的に切った杠は、コンソールを叩いて帝都内の航空機一覧を開く。現在使用されている航空機、待機中の航空機、使用予定のものまで全て。その中から比較的使用しても問題無い航空機を見つけ、管理官にコールを飛ばす。

 一分足らずで航空機を手配し博士の居る帝都第一区軍事研究棟へと足を回す。そのままエアポートまで直行させ、博士をシーマルクへと送り込む手筈を整えた。

 

 杠は祈った、彼女は無神論者であり「信ずるものは何か?」と問われれば、胸を張って「己自身と信じるに値する友」と答えるだろう。

 だが、もし神という実体の無いナニカに祈る事によって彼が救われると言うのなら、彼女は平伏して祈っても良いと考えていた。待つ事しか出来ない自分は何と無力な事か、彼の為に邁進した日々は一体何の為に。

 

 静寂が支配する室内にて、彼女は独り涙を拭った。

 

 

 




 通常より2000字多いので、これを今日の最期の投稿にします。
 
 ふとした疑問なのですが、何故ヤンデレ作品の主人公たちはヒロインの愛を受け止めようとせず逃げるのですかねぇ……自分なら、もう、こう、バッチコォォォイ! って両手を広げて包丁諸共受け止める覚悟なのですが、これがゆとり教育という奴なのでしょうかねぇ(ゆとり代表)

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