かんパレ ~波濤幻想~   作:しょっぱいいぬ

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第11話 嵐の前に

 

 1999年3月14日 〇九〇三 第816艦隊隊舎 艦隊司令執務室

 

「みんなにニュースがあるわ」

 

 朝方の司令執務室、艦隊全員を集めた田村一乃海軍臨時少佐は、おもむろに切り出した。

 

「警備府から内々に連絡がありました。近日中に816に補充要員2名が配置されます。晴れて、正規編成の6隻体制になるみたい」

「おお、ついにか」

 

 長月が思わず声を上げた。

 816艦隊の発足から約1か月。長月だけでなく、艦隊全員が待ち望んでいた知らせであると言っていい。

 響もうなずく。

 

「誰が来るか、決まっているのかい?」

「そこまでは教えてもらえなかったわ。そこは正式な通達を待たないとね」

 

「たぶん、ひとりは磯波(いそなみ)で決まりよ」

 

 叢雲が横から、あっさりとそう言ってのけた。思いがけない言葉に、一乃は目を丸くする。

 

「えっ、なんで?」

「この前の長官との面会に同席してたでしょ? あれはたぶん、あんたとの顔合わせだわ。秘書艦の見習い期間もそろそろ終わりのようだったしね。あんたと話してる様子を見て、長官が問題ないと思ったら、たぶん決定よ」

「なるほど、確かに筋は通ってるな。秘書艦ができるやつも、もうひとりぐらい必要だろうからな」

 

 腕組みをしている木曾がうなずく。

 秘書艦の業務は、艦隊運営の補佐から参謀役まで多岐にわたる。このため、秘書艦の資格を持つ艦娘は、小規模艦隊でも2名以上配置されることが多い。

 ベテランの叢雲と新米秘書艦である磯波の組み合わせならば、バランスも取れている。

 

「でしょ? だからもし磯波がこなかったら、一乃のほうになんか問題があったってことね」

「……なんだかその理屈、ズルい気がするんだけど」

「あー、確かに、何というか隙のない論法だな」

 

 一乃の抗議に長月が苦笑いした。

 

「仮にひとりが磯波とすると、もうひとりは誰なんだろうね。やっぱり駆逐艦かな」

「そうね。軽巡がくれば(おん)の字ってとこだけど、なかなかそううまくはいかないでしょうね」

「水偵が運用できる軽巡が来てくれればうれしいけど、やっぱり難しいかな……」

 

 一乃がため息をつく。

 偵察機は艦隊にとって重要な眼である。だが816は今のところ、木曾が運用する零式水偵1機に頼っている状態だ。索敵や戦闘時の弾着観測を考えると、せめてもう1機は欲しいところだった。

 しかし、だからといって木曾が水偵を2機積もうとすると、積載量の関係で2門の14cm単装砲のうち1門を下ろさなくてはならなくなる。

 816の最大火力である木曾の主砲を減らしてまで水偵を積むかというと、なかなか悩ましいところだった。

 

「15.2cm連装砲があればまだいいんだけどな」

「申請はしてるけど、現状装備はどこも足りてないから・・・・・・。長月の分の12.7cm連装砲もまだ都合がつかないし」

 

 木曾の14cm単装砲、そして長月が装備する12cm単装砲は標準的な艦娘の主砲ではあるが、やや旧式の部類に入る。最前線の艦隊としては、より性能の良い新型の装備へと更新したいところだ。

 だが、一乃の言葉のとおり、艦娘の装備は不足ぎみで、末端の艦隊まではなかなか更新が行き届かないのが現状だった。

 

 一乃はボールペンをもてあそびながら考え込む。

 

「こんど警備府に演習に行く時に……木曾と長月にそれぞれ15.2cm砲と12.7cm砲の試射をさせてもらえるようにお願いしてみようかな……で、試射のあとそのまま()()()()()()()()持って帰ってきてもらうとか」

「司令官司令官、さらりと危険な妄想を口走るのはやめてくれ」

「計画のみみっちさがいかにも一乃ね。大発に戦車を乗っけて警備府に押し込むくらい言いなさいよ」

「そっちも煽るんじゃない、秘書艦!」

「勲章授与の後はあんなに落ち込んでたのに、司令官も意外とたくましいね」

 

 響が苦笑いした。

 

 

 

 

「失礼するぞ、提督……なんだ、いないのか」

「あ……お疲れ様です、日向さん」

 

 報告書を片手に長官執務室の扉をくぐった警備府第一艦隊旗艦、航空戦艦日向は、主のいない執務机を見て軽く眉を上げた。

 机を拭いていた秘書艦見習いの磯波が、会釈した。

 

「司令官は、私室に戻られました」

「珍しいな……いや、そうか。そういえば、今日は日曜か」

 

 日向がカレンダーを見やって言った。

 戦時とはいえ、戦闘待機にある艦隊を除き、日曜日は休日に指定されている。

 もっとも、警備府長官ともなれば、休日などあってないようなものだ。第一秘書艦である由良などは原口の健康を心配してたびたび休むように進言しているが、今日も昼過ぎのこの時間まで執務をしていたのだろう。

 

「休みのところ申し訳ないが、この報告書だけは持っていくか。ありがとう、磯波」

 

 日向は踵を返し、庁舎内の原口長官の私室へ足を向けた。

 

 警備府長官ともなれば、市内にちゃんとした官舎も用意されている。しかし原口は、そちらにはあまり足を向けず、警備府庁舎の一角にある大して広くもない私室に寝泊まりをしていた。

 

「提督、失礼するぞ」

 

 開け放たれた扉を軽く叩き、室内を覗き込むと、原口はこちらに背を向けて座っていた。

 

「ン……日向か」

「休みのところすまない。報告書を持参した……が」

 

 歩み寄って原口の手元をのぞき込む。

 

「貴方が将棋を(たしな)むとは知らなかったな」

「形だけだがね。偉大なる歴代の先輩方の真似事なんだが、どうにも私はいまいち向かないらしい。てんで弱くてね」

 

 詰め将棋の本を片手に原口は笑った。そのかたわらに置かれた書類の束に、日向は気づいた。

 

「やはり、海軍司令部からは色よい返事はなかったか」

 

 日向の問いに、原口は無言で微笑んだ。

 表紙にそっけなく「甲作戦案」と書かれた書類の束を手に取り、めくる。

 

 甲作戦案は、五島沖海戦の翌日に熊本警備府司令部名で海軍司令部あてに提出された。東シナ海済州島付近の深海棲艦の残存勢力に対して積極攻勢をかけ、これを殲滅することを目的とした作戦案だった。

 警備府艦隊だけでは戦力が足りないため、呉鎮守府や対馬要塞からの増援が前提となる。しかし、この作戦により付近の深海棲艦隊を一掃できれば、少なくとも夏の自然休戦期までの間は九州西岸の安全は確保される。そういった観測に基づいた作戦だった。

 

「『当該作戦計画に理あると認めるも、昨今の情勢に鑑み、なお検討を要す』か。まあ、(てい)のいい却下だな。五島沖での戦果がある分、東 京(海軍司令部)も言葉だけは丁重に返してきたみたいだが」

 

 書類の末尾に朱書された『司令部意見』をみて、日向が皮肉気に口の端を曲げた。

 

「こちらとしてはその『戦果』を確かなものにするための作戦のつもりなのだがな。もどかしいな、提督」

 

 五島沖海戦において警備府艦隊は、空母棲姫を中心とした敵主力を撃破することに成功したものの、損害の大きさと、後方に浸透した敵艦隊への対応のため、早い段階で敵の追撃を断念していた。このため、主力艦隊以外の深海棲艦の多くが、撤退に成功したと推定されている。

 おそらく、いまだに数だけなら警備府艦隊以上の敵戦力が同海域に存在している。それが、警備府司令部の出した結論だった。

 核である空母棲姫を失って烏合の衆と化している隙にこれを叩き、人類側の優位を確かなものにするというのがこの作戦の目的だったのだが……

 

「熊本のために呉や対馬の戦力を投入する、というのはやはり、東京からすれば認められんのだろうな」

 

 熊本要塞の位置づけに関しては、同じ日本自衛軍でも、陸軍と海軍の間では明確な温度差があった。

 

 海に囲まれた日本という国を守るうえで、陸軍と比べて、海軍が守るべき領域は圧倒的に広い。

 いまや数少ない人類の生存圏である米国へ通じるオホーツク・アラスカ航路は絶対に死守せねばならないし、沖縄・台湾航路もまた別の意味で失うことなどできない。かといって長大な本州の海岸線にも絶対に深海棲艦を寄せ付けてはならないし、そのためには島しょ部を深海棲艦の手に渡すわけにもいかなかった。

 戦力がいくらあっても足りない。それが、海軍の正直な心情だろう。

 幻獣に対する本州防衛の要として戦力をかき集める陸軍と違い、深海棲艦と対する海軍にとって熊本は、あくまでいち拠点に過ぎないのだ。

 

 そもそも海軍は、昨年の対馬海戦後、佐世保鎮守府の再建を軸とした戦略を進めており、熊本など当初は頭の片隅にもなかった。ところが、八代会戦後、急きょ陸軍の提案で政府が熊本要塞計画を策定し、その一環として、海軍は熊本警備府の設立と、佐世保鎮守府の事実上の放棄を余儀なくされたのである。

 いわば陸軍に横からくちばしを突っ込まれ、防衛省から頭を押さえつけられた格好だったが、幻獣の九州上陸を阻止できなかった負い目のある海軍は、これを呑むしかなかった。

 

『お義理で陸軍に付き合ってやっている』

 

 海軍上層部の一部には、そんな認識すらあった。原口の長官就任の理由の一端も、このあたりにある。本来、寄せ集めとはいえこれだけの戦力を持つ警備府の長官ならば、将官クラスでもおかしくはないのだ。

 

「まあ、お偉いさん方の考えることもわからんわけでもないのが、辛いところだな」

 

 原口とて海軍の軍人である。

 とりあえずこの方面での優勢が確保されたのなら、無理に冒険をすることはない。最低限の戦力で、自然休戦期まで何とか逃げ切る。

 絶対的な戦力の不足に悩む海軍上層部が、そう断を下したくなる気持ちもわかるのだろう。

 

「が、正直なところ、歯痒くないと言えば嘘になるな。熊本戦の開始以来、我々が初めて主導権を握れるかもしれない局面だったのだが……」

 

 警備府長官に就任する前、南西諸島での原口は、機動力を生かし積極的な行動で数的劣勢を補う、勇将タイプの提督だったと聞いたことがある。

 甲作戦案も、原口の意を受けて、迅速な行動を旨としている。もし作戦案が承認されていれば、警備府艦隊は今頃すでに出撃準備に入っていたはずだ。それだけに、今の状況はもどかしいことだろう。

 

 日向は、頭をひとつ振った。

 

 

 

「戦力の補充は、認められたのか?」

 

 空気を変えようとするような日向の問いかけに、原口も頭を切り替えて、うなずいた。

 

「さすがに、そのくらいは認めさせた。まだ未決定だが、重巡を含む数名の艦娘の配属が決まりそうだ」

「ほう、重巡か。悪くないな」

 

 日向が顔をほころばせる。

 小規模艦隊なら旗艦が務まるし、大規模艦隊においても水上打撃部隊の中核を担える。重巡洋艦娘は、そういった使い勝手の良さがあった。大型艦娘の数が少ない熊本警備府にとっては、なおさらだ。

 

「贅沢をいうなら正規空母が欲しかったところだが……まったく、こういう時に()()を面倒くさがっていたつけがまわってくるな。」

「いまからでも遅くないんじゃないか? つい三日前も、ラブコールがあったそうじゃないか」

 

 悪戯っぽく笑う日向に、原口は苦笑した。

 

「ああ……田村少佐には、可哀想なことをしたな」

 

 面会した時の田村少佐の落ち込んだ様子を思い出す。

 良かれと思って田村少佐の勲章授与式典を辞退した原口だったが、まさか芝村準竜師……いや、芝村少将が直々に彼女と面会するとはさすがに予想していなかった。

 

 大まかな事情を聴きだし、原口はあえて大笑いをして見せた。

 

『君が気に病む必要はない。芝村少将は、悪ふざけの好きな御仁(ごじん)だから』と。

 

 嘘は言っていない。が、すべてを説明したわけでもなかった。

 

 原口の見るところ、芝村少将の振る舞いはむしろ、芝村閥からの原口自身への明確なアプローチだ。平たく言えば、日向の言葉のとおり『ラブコール』といっていい。

 田村少佐は、いわば、ダシにされたに過ぎない。彼女が視察した学兵小隊を調べてみたところ、善行(ぜんぎょう)という設営隊長は、大陸で戦った元海兵小隊長だったということも判明している。まったく、実に念の入ったやり方だ。

 諜報に優れた芝村のことだ。おそらく、その前日の警備府による甲作戦案の上申をも把握した上でのことだろう。

 迅速にして果断、そして強引にして露骨。実に、かの一族らしいやり方だった。

 

 確かに、日向の言うとおり、いっそ思い切って芝村閥に接近する手もある。芝村の後ろ盾があれば、作戦案の上申にしろ補充の戦力にしろ、もっと違った展開があったかもしれない。

 だが、芝村閥には敵も多い。

 ただでさえ警備府の軍閥化に神経を尖らせている海軍上層部である。原口を筆頭に熊本警備府が丸ごと芝村閥に転べば、どんな反応を示すかわかったものではなかった。

 

 考えに沈んでいた原口は、ふと、気配を感じて顔をあげた。対面に腰を下ろした日向が、にやりと笑って見せた。

 

「提督、詰め将棋もいいが、たまには盤の向こうに相手がいないと勘が鈍るぞ。私でよければ、一局、どうだ?」

  

 

 

 数分後、原口の私室にコーヒーを運んできた由良は、原口の対面に座る日向を見てちょっと目を丸くした。

 

「日向? あなた、将棋なんて指せたの?」

「まあ、たまにはな」

 

 笑って日向は、ひょいと銀を指す。

 

「日向……銀は、横には動けないと思うけど」

「おや、そうだったかな? さて、提督の番だぞ?」

「ん、私か、どれ……ああ、由良、ありがとう」

 

「提督さん、いいんですか?」

 

 代用コーヒーを原口の前に置き、由良が訪ねると、原口は目を瞬いた。

 

「ああ、すまん、考え事をしていた。なにがだね?」

「───だ、そうだ」

 

 片目をつむってみせる日向。

 

 提督さんのことだ。たぶん、艦隊運営について考え込んでいたんだろうけど、対局中に相手の指し手も目に入らないほど考え込んでいるようじゃ、それは強いわけがない。

 

 盤面を見ておや?と首をひねる原口に、由良は苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 群青の海の向こう、複数の艦娘たちが、複雑な軌道を描いて交錯している。

 

 一乃は、夕日のまぶしさに目を細めながら、埠頭に立ってそちらを眺めていた。

 

「君の艦隊は、いい動きをするね」

 

 並んで立つ814艦隊司令、(ひがし)少佐が言った。

 

 この日、午後から814艦隊と816艦隊の演習が行われていた。いまは艦娘たちが提督の指揮を離れ、個別訓練に励んでいるところだ。

 

「ありがとうございます。みんな、わたしの指揮にはもったいないくらいで」

「この前の海戦での奮闘は戦闘詳報で読ませてもらったよ。4人とも、素晴らしい戦いぶりだった。遅滞戦闘のお手本のような動きだったよ」

「……ありがとうございます」

 

 一乃は頭を下げた。艦隊のみんなが褒められるのって、こんなにうれしいものなんだな、とふと思った

 

「けれど、814こそ、さすがの練度ですね」

「まだまだ警備府艦隊や八代艦隊のようにはいかないけどね。それでも、提督が新米で頼りないと、むしろ艦娘はがんばってくれるものみたいだ」

「あはは、東司令はともかく、わたしのほうはそれ、合ってます」

 

 一乃は思わず笑った。このあたりは新米提督同士ならではの共感、といったところだった。

 

「提督としてはせめて、運営面でできる限りのサポートはしたいところなんだけど、なかなかね。たとえば、うちの熊野は航空巡洋艦への改装には充分すぎる練度なんだが、改艤装を陳情してもなしのつぶてさ」

 

 艦娘には、建造時から装備している艤装の強化改修型ともいうべき改艤装が存在する。扱うには艦娘も相応の練度を擁するがその効果は大きく、また艦娘によっては、艦種そのものが変わる改艤装やさらに性能が向上する改二型と呼ばれる艤装も存在した。

 ただし、改艤装は通常の艤装以上に貴重品であり、たとえ練度が高い艦娘がいたとしても、それに応じた改艤装は配置待ちという状況は珍しくなかった。

 

「わたしも、装備の更新を陳情してるんですが、やっぱり難しそうですね……」

「そうなのか。何の装備を陳情したんだい?」

「……ええと、15.2cm連装砲に12.7cm連装砲と8cm高角砲、四連装酸素魚雷管を人数分と新型電探を……」

「それは……なんというか、その、豪気だね」

「今がチャンスだからとにかく頼めるだけ頼んどきなさいって、その、叢雲が」

 

 ずいぶんと欲張った内容に目をみはる東に、一乃は顔を赤らめた。

 

「……それに、五島沖の時みたいな思いは、もう、二度としたくないんです」

 

 本音だった。あの時みたいに土壇場で後悔するぐらいだったら、身の程知らず、欲張りと罵られた方がずっとマシだった。

 

 東は一乃の横顔を眩しそうに見て、沖の方に視線を転じた。

 

「815艦隊の再建は、当分先になりそうだね」

「そうですか……」

 

 あの奇襲の結果、815艦隊は過半の艦娘が轟沈したと聞いている。一乃は目を伏せた。

 

「田村少佐、君のせいじゃない。君は提督として自分のできる最善を尽くした。君が、熊本を守ったんだ」

 

 東少佐は、言葉に力を込めて言った。過分な言葉だが、その気持ちは嬉しかった

 

「815が抜けたぶんは、しばらくは他の艦隊が補うことになるだろうね」

「815艦隊は、長崎と五島列島周辺海域の哨戒が主任務でしたよね?」

「そうだね。周囲の艦隊が少しずつ哨戒域を広げて、その穴を埋める形になる。靴下にあいた穴を、(つくろ)うのと同じことだね。周りの繊維を少しずつ引っ張ってきて、穴を埋めるのさ」

「靴下の穴、ですか?」

 

 思わず一瞬きょとんと東の方を見る。

 しまった、という顔をしている東。一乃は思わず口をほころばせた。

 

「東司令、裁縫なんてなさるんですね」

 

 いかにも秀才、といった東の外見からは、少し意外だった。

 

「……あ、ああ、まあね。その、変だろうか」

「いいえ、素敵だと思います。わたしなんかぶきっちょで、縫いものはいまいち苦手で……」

 

 一乃は慌てて手を振った。

 

 ふと見ると、沖合いの演習は一段落したようだった。814艦隊の第一秘書艦である初春が、こちらを見て何やら口に扇を当てているのが見える。

 

「……まったく、あいつがどんなことを言っているのか、簡単に予想がつくな」

 

 憮然として言う東に、一乃は首をかしげた。

 

 

 

「くくく、初々しいのう。見ていて微笑ましいではないか?」

 

 初春は、意地悪気な笑みを浮かべながら埠頭に立つ二人の提督を見やって言った。叢雲が横に並び、呆れたように腰に手を当てる。

 

「あんたも物好きねえ。近所のおばちゃんみたいになってるわよ」

「何をいう。司令官が自らおちょくるネタを提供してくれているのじゃぞ。これを活かさん方がかえって失礼というものじゃ」

「それは、失礼、なのかい……?」

「うむ、失礼じゃ。(わらわ)は司令官をおちょくることが三度の膳より好きじゃからな」

「そうそう。姉さまは、司令官が、大好きなんだよー!」

子日(ねのひ)……肝心なところだけ省略するでない」

 

 扇でぺしりと額を叩かれ、初春の姉妹艦である子日はきゃーと笑いながら逃げた。

 

「なんにせよ、提督同士、仲が良いのは結構なことですわ」

「あれ、熊野、余裕だねー。提督、取られちゃうかもよ?」

「おあいにく様。いい女は、あのくらいのことでいちいち目くじらを立てたりしませんの」

 

 軽巡長良が冷やかすが、熊野がすました顔で答える。

 

 いずれもさして本気ではない軽口だ。

 東は威厳のあるタイプではないにしても、艦隊の艦娘たちに好かれているということがよくわかる。

 

「貴様は、田村少佐とは士官学校時代からの付き合いなのだろう? どうじゃ、司令官の()()()()の気配を感じて、なんぞ思うところはないのか?」

 

 初春に水を向けられ、叢雲は肩をすくめる。 

 

「思わないしそもそも感じないわよ。だいいちあの子、そういうことについてはまだまだお子様だもの」

「眉間にシワがよってるぞ」

「誰が」

 

 通りざまに茶化す木曾を、叢雲はぎろりと睨み付けた

 

「ま、からかい甲斐があるのもわかるけどね。あんたのとこの司令、真面目そうだもの」

「くく、一見そう思うであろう? だがな、あやつも、堅物(かたぶつ)に見えて実は、(うち)になかなかの闇を秘めておるのじゃ。あやつの秘蔵の品の隠し先から入手ルートまで、(わらわ)はしっかり把握しておる」

「ああ、一乃の寮の私室の机の、鍵のかかる二番目の引き出しの中身みたいなものね」

「いつかタグ付けして、綺麗に机の上に並べてやるのが楽しみでのぅ」

「イイ趣味してるわねえ。ま、わたしもアンタのサイズじゃそれ着けるのは無理って、いつか宣告してやるつもりだけどね」

 

「うわぁ……」

「秘書艦、こわっ!」

「ちょっとそこ、もう少し詳しく!」

 

 突如勃発(ぼっぱつ)したベテラン秘書艦2名の大暴露大会に、2個艦隊は騒然となった。

 

 

 

「間違いなく、ロクな話じゃないな」

「なんとなく、わたしもそんな気がしてきました……」

 

 何やら盛り上がる沖を見て、一乃がそう言った時だった。

 

 不意に左手の多目的結晶が情報を受信した。

 

 はっとして情報を確認する。東も、多目的リングで情報を受信したようだった。直後、艦隊隊舎のスピーカーから、サイレンとともに出撃指令の音声が流れだす。

 指令は814艦隊の出撃と、816艦隊の警戒待機を告げていた。

 

「出撃命令か。すまない、田村少佐。演習の途中だが……」

「いいえ。816は警戒待機のようです。どうかお気をつけて」

 

 数秒前までふざけ合っていた両艦隊の艦娘たちが即座に艦列を組み、全速でこちらに戻ってくるのが見えた。

 

「ありがとう。機会があったらまた新米同士、愚痴に付き合ってくれるとうれしいな」

「もちろんです。わたしの方こそ、いろいろと教えてください」

 

 一乃の敬礼に東は答礼し、指揮艇の方へ足早に歩み去った。

 

 

 

 

 3月だと言うのに、この日は南の方角からやけに生ぬるい風が吹いていた。月は雲の向こうに完全に隠れている。

 

 とっぷりとした闇の中を、814艦隊は前進していた

 

『深海棲艦隊の現在位置はいまだに不明だ。引き続き警戒態勢を取ってくれ』

 

 (ひがし)艦隊司令から通信。今回の出撃は近海のため、東は指揮艇は出さず、天草下島牛深(うしぶか)港にある隊舎の指揮司令室から指揮を執っている。

 

 夕刻、甑島(こしきしま)基地所属の哨戒機が、東シナ海より接近する複数の深海棲艦隊を発見。これを迎撃すべく八代艦隊、そして814艦隊に出撃指令が下った。

 哨戒機は日没とともに深海棲艦隊の追跡を断念しており、今は814と八代艦隊が分担して索敵に当たっていた。

 

「甑島泊地から連絡はありませんの?」

『ないみたいだな。あちらはいま、戦闘の真っただ中だろう』

 

 甑島泊地は、夕刻より鹿児島からの幻獣の攻撃にさらされている。甑島艦隊もこれを迎撃していたはずだ。

 

「甑島のみんなも大変だよね。今月何回目だろ」

『深海棲艦隊の目的は幻獣の上陸部隊の支援かと思ったが……この分だと杞憂のようだな』

 

 東が、誰にともなく呟いた。

 

 深海棲艦と幻獣の関係は、未だ謎に包まれている。

 とりあえず互いに敵対はしていないようだが、積極的に協力する様子も見えない。人類の領域に対して侵攻するという戦略は共通するが、戦術的に連携を見せることもほとんどない。だだ、数は少ないが、知性体と呼ばれる言語能力を持つ個体同士が互いにコミュニケーションをとる例も確認されていた。

 

「どうも気に入らんぞ……」

 

 初春が、ぼそりと口にした。

 

「姉さま、どうしたの?」

「こうな、首筋のあたりがちりちりとするのじゃ。どうにも、気に食わんぞ」

 

 気遣わしげな子日の言葉に、初春はいらいらとした様子で眉間にしわを寄せて答えた。

 

「大体じゃな、本来ならとっくに会敵しておっていい頃じゃ。奴らはなぜ、いまだ姿をくらませておる」

「五島沖海戦の後だから、逃げ腰になってるんじゃないの?」

 

 長良があえて楽観論を言う。

 

「だといいがの。司令官、八代艦隊の方はどうじゃ?」

『ああ、八代艦隊もまだ会敵していないようだ。八代の氷川(ひかわ)司令からは、引き続き分担して索敵に当たるよう指示を頂いている』

 

 東が答える。

 八代艦隊は、前方5kmほど東に位置しているはずだ。

 

『こちら八代艦隊旗艦、霧島です。814、聞こえますか?』

 

 ちょうど良いタイミングというべきか、聞き覚えのある声の通信が入る。

 

『八代艦隊は現時点まで、敵影を見ず。そちらはいかが?』

「こちら814初春。こちらも同じく、敵影を見ず、じゃ」

『こちら八代第2艦隊球磨。こっちも特に異状なしクマー』

 

 軽巡球磨が独特の口調で、報告してくる。 

 

『なんだか落ち着かない雰囲気クマね。敵はどこに雲隠れしてるクマ?』 

『八代艦隊は引き続き、索敵に当たります。814も、くれぐれも気を付けて』

 

 初春が了解、と返そうとしたとき、東がいぶかしげな声を上げた。

 

『うん、ちょっと待ってくれ……九州総軍司令部から緊急報? なぜ、陸軍から……?』

 

 八代艦隊秘書艦の不知火から通信。

 

『八代の艦隊司令部でも確認したようです。いま、氷川司令が陸軍に確認を……』

 

 その通信が、不意に、途切れた。

 

「む、どうした、不知火?」

 

 初春が呼びかけるも、応答がない。

 

「変ですわね。霧島? 球磨?」

 

 熊野も通信を送るが、やはり、反応がない。その時、子日が不意に叫んだ。

 

「姉さま、戦況画面を見て! 八代艦隊が!」

 

 ただならぬ子日の声に初春は戦況画面を確認し、ぎょっとした。

 八代艦隊の反応が、戦況画面から消滅していた。

 

「そ、そんな、まさか、やられちゃったの?」

「馬鹿な。近くに敵の反応はありませんでしたわ!」

「じゃあ、どうして────」

 

『これは……おそらく、艦隊司令部だ』

 

 呆然とした東の声。

 

「なんじゃと?」

『八代艦隊司令部との通信が途絶している。おそらく、八代艦隊の司令部に何らかの異変があって艦隊の情報接続が───なにっ!?』

 

 不意に東が切羽つまった叫び声をあげた瞬間、無線の向こうから轟音が響いた。直後に無線は雑音に包まれる。

 

「な、司令官!? どうした!?」

 

 無線からは雑音が返ってくるだけだった。

 

「っ! 前方に影……敵影っ、発砲したわ! 回避ぃーっ!」

 

 長良の叫び。とっさに回避機動をとった814の周囲に、敵弾が次々と着弾する。。

 

「司令官、何があった! ……たわけ、応答せんか! 司令官、司令官っ!」

 

 降り注ぐ敵の砲撃の中、初春のさけびごえが、響いた。

 

 

 

 

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