かんパレ ~波濤幻想~   作:しょっぱいいぬ

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第2話 第816艦隊

 艦娘とは、第二次世界大戦当時の軍艦の記憶と能力を持つものたちの総称である。

 幻獣、深海棲艦の出現後、これに呼応するかのように彼女たちも現れた。

 外見こそ可憐な少女の姿だが、艤装と呼ばれる装置を接続することで海上に2本の足で立ち、疾走し、砲撃戦や雷撃戦、さらに小型の艦載機による航空戦までこなし、深海棲艦と互角以上に渡り合う。

海に囲まれ、海路が遮断されればたちまち干上がる日本が、今日まで何とか持ちこたえているのは、彼女たちの存在が大きい。

 彼女たちの出自や能力はそのほとんどが軍事機密、という名の厚いヴェールでおおわれている。それでも、その存在自体は国民に広く知られ、海の守り神として讃えられていた。

 

 

 なお、彼女たちの身分は、自衛軍海軍の所有する“物品”である。

 

 

 

 

1999年2月21日 一〇二一 大矢野島海軍監視所敷地内 熊本警備府所属第816艦隊隊舎 艦隊司令執務室

 

 

 

 第816艦隊の施設は、上天草市大矢野島(おおやのじま)港湾監視所敷地内の、艦隊隊舎および隊員寮の2棟の建物から成っている。このうち艦隊隊舎は埠頭から海にせり出すように建てられた2階建ての建物であり、艦隊事務室、艤装保管庫、出撃用設備などが備えられている。

 

 階段で2階に上がってすぐの部屋が、艦隊司令の執務室だった。

 

 

 

「入渠ドックがない、というのが心配ね……」

 

 まだ段ボールが積み上げられた執務室、真新しい執務机で、田村一乃海軍臨時少佐は備品の目録に目を通しながらつぶやいた。

 

「あんな高価(たか)いもの、こんな小規模艦隊にまで置けないわよ。この監視所は警備府まで近いから、そっちで直せってことね」

 

 傍らの秘書艦机で叢雲が応じる。

 

「わかってるけど…やっぱり緊急時のことを考えるとね」

 

 入渠ドックは高機能医療ポッドと艤装の修理装置を組み合わせたような機械である。

 艦娘の肉体と艤装を極めて短時間で修復でき、たとえ欠損した部位があっても、ものの数日できれいに再生してしまうほどだ。

 クローン再生技術を元とする通常の高機能医療ポッドと違い、入渠ドックの構造は未だ謎の部分が多く、一基生産するのに莫大なコストがかかるとされている。

 

「そのうち建造ドックや開発工廠が欲しいとか言い出すんじゃないでしょうね」

「さすがにそんな物があってもかえって困るけど……でもそういえば、建造ドックって見たことないなあ」

「一応軍機だもの。まあ、熊本警備府には1基あるらしいから、お願いすれば見学くらいはさせてもらえるかもね。新米少佐ごときが興味本位で覗いたら後が怖いだろうけど」

 

 建造ドックは艦娘を建造する施設であり、開発工廠は艦娘用の艤装を生産する施設だ。一応どころではない最高レベルの軍事機密である。横須賀、呉、舞鶴、佐世保、大湊、那覇の各鎮守府ほか、日本国内でもごく限られた場所にしか存在しない。

 

「工作艦でもいいんだけどなぁ……」

 

 一乃が予算請求書の決済欄に判をつき、数字が誤っている部分を赤鉛筆で囲って叢雲のほうによこす。

 

「あれが欲しいこれが欲しいって、子供みたいにダダこねるんじゃないわよ」

 

 叢雲が即座に誤りを確認し、二重線をひいて訂正して訂正印をつく。

 どこか気の抜ける会話をしつつ、二人とも書類を処理する手は止まっていない。喋りながらでも仕事ができるタイプのコンビのようであった。

 

「器用だな、お前ら」

 

 入室してきた木曾が、半ば呆れ、半ば感心したように言った。

 

「提督、司令部機器の業者が来た。調整に立ち会ってもらっていいか?」

「あ、もうそんな時間だっけ?」

 

 一乃は壁の時計を見る。

 

「予定時刻より若干早いわね。遅配よりはいいけど」

 

 叢雲が応じ、ふと木曾の足元に目を止める。

 

「木曾、そっちは?」

「ああ、そうだ。提督、妖精たちが到着したぞ。提督に挨拶したいそうだ」

 

 

『妖精』

 掌に乗るサイズの、人間を3頭身にデフォルメしたようなこの存在は、艦娘とほぼ同時に人類の前に姿を現した。

 艦娘の艤装の修復や整備、そして開発はこの妖精が行っており、さらに艦載機の操作も妖精のサポートによるものだ。入渠ドックや建造ドックの構造が謎とされるのは、妖精がその工程の大半を行っているためでもある。艦隊運営には必要不可欠な存在であり、当然ながら彼女たちの存在も重要な軍事機密だった。

 

 

「じゃ、じゃあ、挨拶に行かないとね」

 

 一乃はどこかぎくしゃくと立ち上がる。

 

「ん? 挨拶も何も、ここに来ているじゃないか」

「あ、こ、ここに?」

 

 何やら眉間にしわを寄せてうろうろと床に視線をさまよわせる一乃を見て、木曾が怪訝な顔になる。

 叢雲が小さくため息をついて口を開いた。

 

「木曾、一乃は、妖精を視るのが『下手』なのよ」

「えっ、そいつは……あー、その、珍しいな」

 

 木曾は軽く目を見開いた。

 

 妖精は、なぜかほとんどの人間の眼には見えず、カメラなどの光学機器でも姿を捉えることができない。彼女たちの姿を見ることができる人間はごく一部であり、その理由は未だにわかっていない。

 提督としての適性を持つ人間は、そのほとんどが妖精を視認することができるとされている。一昔前は、妖精を視認できるかどうかを提督の適性検査にしていた時期もあった。

 

「その、まったく見えないわけじゃないの。こうやって目の焦点をずらしてね、視界の端っこのほうで見れば、なんとなくうすぼんやりとは見えるんだけど……」

 

 そう言って遠い眼で木曾の足元を凝視する一乃。

 意図的に焦点をずらした視界の端で、こちらを見上げる小さな影が数個、確認できた……ような気がした。

 

「提督、だいぶ妙ちきりんな顔になってるぞ」

 

 木曾に言われて、一乃は顔を赤らめた。咳払いして、影が見えたあたりに向かって敬礼。語りかける。

 

「816艦隊へようこそ、歓迎します。ええと、いまの話のとおり、わたしの能力不足のせいで、あなた達には何かと不自由をかけるかもしれません。なにかあったら、木曾や叢雲を通してでもいいから、遠慮なく言ってね。あ、それから……」

 

 一乃は執務机の引き出しをあけると、平たい箱を取り出す。

 

「これは着任のあいさつ。良ければ、みんなで、食べて」

 

『ミリーチョコレートカムパニー』とロゴの入った箱。ちかごろ値上がり(いちじる)しいお高めの甘味であった。熊本へ着任する前に東京で奮発して買っておいたものだ。

 古来より妖精への貢物(みつぎもの)は甘味と相場が決まっている───らしい。叢雲に教えてもらった。

 相変わらず一乃の眼には彼女たちの姿が見えないが、何やらざわ、とざわめく気配が感じられた……ような気がした。このあたりかな、と目星をつけてしゃがみこんで箱を差し出すと、ふわり、と箱が浮く。

 

「代表がお礼の敬礼をしてるぞ」

 

 木曾がいい、一乃は慌ててチョコレートの箱あたりに向けて敬礼を返す。

 床から10cmほど浮き上がったチョコレート箱は、そのまますいー、と流れるように司令室の外へ出て行く。その箱の下、嬉しそうに両手で箱を持ち上げる小さな影たちが……やっぱり見えたような気が、した。

 

 

 一乃はため息をつく。

 

 妖精は言葉を発することはないが、人間の喋る言葉は理解するし、身振り手振りで意思疎通を図ってくることもある。艤装の整備や修復を請け負う彼女達と直接コミュニケーションを取れないことは、艦隊司令としての職務にプラスにならないことは明らかだ。

 特に才能のある提督だと、なんとなく妖精たちの言いたいことがわかるらしい。俗に、妖精とコミュニケーションをとる能力が高いほど提督としての能力も高い、とも言われている。

 まったく見えないよりは、うすぼんやりと見えるだけでも十分マシと言えるのだろうが、練習や努力で改善できる問題ではないだけにもどかしい。

 

 が、悩んでいてもしょうがない。

 

 ひとつ頭を振って気を取り直すと、一乃は木曾に向かって言った。

 

「あの、そういうわけだから、悪いけど、妖精さんたちから何か要望でもあったら、聞いてあげてくれないかな」

「ああ、分かった」

 

 木曾は馬鹿にした風でもなくうなずく。

 

「あいつら、喜んでたぞ。悪くない手土産じゃないか、提督」

「え、そ、そう? 叢雲の言うとおりにしただけなんだけど、喜んでもらえたなら、よかったかな」

 

 照れて頬をかく一乃。叢雲は軽く肩をすくめただけで何も言わなかった。

 

「おっと提督、業者を待たせてるぞ」

「あ、そうね、すぐ行くわ」

 

 一乃はうなずいた。司令室を出がてら、叢雲のほうを振り向く。

 

「司令部機器の設置が終わり次第、艦隊運用のテストと艦隊運動訓練を実施します。叢雲、長月と響に声をかけておいて」

「わかったわ」

 

 

 

 数時間後、隊舎のすぐそばの海上に立つ、4つの人影があった。

木曾、響、長月、そして叢雲の第816艦隊所属の艦娘4名である。4人とも艤装を装着し、実弾こそ装填していないが出撃時とかわらない完全武装だった。

 

「水雷戦隊、というには少しばかり人数が寂しいかな」

 

 2本の足で海面に立ち、海風になびく髪を押さえながら長月が言った。

 

「欠員の補充の予定はもう決まっているのかい?」

「原口長官は都合がつき次第、なんて言ってたけど、どうかしらね。今はどこも艦が足りてないはずだし」

 

 響の問いに、叢雲が肩をすくめて答える。

 

「当分はこの4人で頑張ることになるかもしれない、ということか」

 

 生真面目に考え込む長月。

 

「ま、当面の担当は付近の哨戒みたいだし、定数割れの水雷戦隊にあまり無茶な命令も回ってこないと思うわ」

「対潜哨戒は問題ないと思うけど、航空戦力に遭遇すると難しそうだね」

「その通りだな。夜戦に持ち込めれば別だが……そもそもこんな沿岸部で、悠長に夜になるまで敵を野放しにするわけにもいかないだろう」

「対空兵装を増設するか? まあそれで雷撃や対潜がおろそかになったら元も子もないけどな」

「確か25mm機銃が配置されてたわよね。状況によっては一人くらいは防空担当艦になるのもありかもしれないわ」

 

『えー、本日は晴天なり、本日は晴天なり。各局感鳴(かんめい)いかがですか? えー、みんな聞こえる?』

 

 戦術談義の最中にいきなり間延びした通信が割り込み、4人は思わず顔を見合わせた。

 

『あれ、ダメかな? えー、本日は晴天なり、本日は晴天なり。各局感鳴いかがですか? ……ええと、叢雲、聞こえない?』

 

「聞こえてるわよ。あのねえ一乃、その能天気な無線試験やめてくれる? 力が抜けちゃうんだけど」

『え、でも自衛軍海軍の無線規程だと、これが正規の試験文だって習ったけど』

「そういう問題じゃないっての…」

 

 額を押さえる叢雲。

 正規とはいえ、いまどきこんな間の抜けた試験文を守っているのは、それこそ士官学校の1年生くらいだ。

 前線部隊でこれをやらかしたら、他隊からしばらく笑い者になるだろう。

 

「ふ、こういうとこは新米少佐殿だな」

 

 木曾が通信を切ってにやりと笑って叢雲の肩をたたく。

 

「……はぁ。ま、新米少佐のいいところは、新しいぶん素直なとこよ。今の話、戻ったら一乃も交えて続きをしましょ。まだ変に頭でっかちになってない分、みんなの意見もちゃんと聞くはずよ」

 

 

 

「あれ、また聞こえなくなってる? やっぱり調整がうまくいってないのかな…」

 

 インカムをつけた一乃は首をかしげた。

 彼女がいるのは提督のために設けられている戦闘指揮室である。敵の攻撃に備えて隊舎の地下に設けられた部屋は薄暗く、いくつものモニターの光が彼女の顔を照らしている。この狭苦しい部屋こそが彼女の戦場、たったひとりの艦隊司令部だった。

 

『さっきからクリアに聞こえてるわよ。感鳴に問題ないわ』

「あ、よかった。応答がないから聞こえてないのかと思ったわ」

 

 叢雲の回答にとりあえず安堵する一乃。これで通じないとまた業者を呼んでの機器調整が必要になり、スケジュールが大幅に遅れてしまう。

 

『あー、こちら長月。司令官、大丈夫だ、こちらも問題ない』

『こちら、響。問題ないよ』

『こちら木曾、問題なしだ。提督、全員所定の位置についてるぜ』

 

 全員の回答を確認し、一乃はうなずいた。

 

「うん、では、これより司令部機器と艤装の接続テストを行います。各艦、接続準備」

『了解。1番艦、スタンドバイ』

『2番艦、スタンドバイ』

『4番艦、スタンドバイ…』

『遅れた。3番艦、スタンドバイ』

 

「全艦のスタンドバイを確認」

 

 一乃は左手首の多目的結晶を露出させ、司令部機器端末のソケットに接続した。

 

「神経接続開始。『艦隊運用』システム起動」

 

 一乃の視界が白く染まる。神経接続の際に発生するグリフ、と呼ばれる白昼夢だ。真っ白な世界の中、一瞬どこか懐かしい風景がよぎる。次の瞬間、隊舎の外、海上に立つ4人の姿が網膜に浮かび上がり、司令部機器から情報が津波のように押し寄せてくる。歯をかみしめて情報の奔流をこらえ、一乃は息を吐きながらゆっくりと目を開いた。

 

 多目的結晶を介して一乃の脳が司令部機器に接続され、さらに4人の艤装とデータリンクを形成する。4人の身体状態や装備、周囲の状況その他あらゆる情報が一乃の脳を介して集約され、そしてまた4人にフィードバックされる。それだけではない。司令部機器を介して海軍のネットワークから戦況、他隊の状況、そして敵艦の分析情報すら含むあらゆる情報を収集し、指揮下の艦娘にリアルタイムで伝達することができる。その情報量は、既存の軍事データリンクシステムをはるかにしのぐ。

 

 この『艦隊運用』こそが提督と呼ばれる者たちが持つ能力であり、艦娘の運用に提督が必要な理由だった。この提督の能力によって、艦娘はあたかも一個の生き物のように統制のとれた戦闘行動が可能となり、数で圧倒的に勝る深海棲艦に対し、これまでのところ質で対抗することができているのだ。

 

 そういう意味では提督の役割は指揮官であるとともに、オペレーターの性格も強かった。

 

「艦隊各艦を掌握……各艦、状況を報告してください」

 

『了解。艦隊司令部からの情報受信、良好よ』

『艤装とのリンクはスムーズだ、司令官』

『射撃管制システムの反応も悪くないな。ちょっと慣熟訓練をすればすぐ使えそうだ』

『九三式水中聴音機の稼働も良好。問題ないよ』

 

 各艦が艤装を点検し次々と報告が入る。

 

「了解。それでは、これより艦隊運動の訓練を開始します。各艦、司令部から伝達される仮想データに従って行動を開始してください。状況開始まで30秒」

 

 

 

 

 

「うん? 15km先に友軍の反応? どこの艦隊だ?」

 

 熊本警備府第1艦隊旗艦、航空戦艦日向は、巡航速度で海上を航行しながら首をかしげた。

 

 昨日、熊本警備府第1艦隊および第2艦隊は五島列島沖での深海棲艦の目撃情報にもとづいて出撃し、戦艦級を含む有力な深海棲艦隊を発見。

五島(ごとう)泊地所属の第808、809艦隊、通称五島艦隊と連携してこれを強襲し、撃退に成功していた。

 

 昨夜は五島市にある五島泊地で補給と休息をとり、念のため午前中に周辺海域の哨戒を行った後、熊本警備府へと帰投する途上だった。

 

 

「第3艦隊と第4艦隊はもう警備府に帰投しているはずじゃな……814艦隊ではないのか?」

 

 追随する重巡利根がいう。

 

 熊本警備府第1艦隊は、航空戦艦日向を旗艦とした、強力な打撃力を有する水上打撃部隊である。特に今回は有力な敵水上部隊との交戦が予想されたため、随伴艦は利根以下の重巡を中心に編成されていた。

 

「814艦隊の哨戒区域は下島方面だぞ。ここまではあまり出張って来ないとは思うが…それとも八代艦隊か?」

「八代艦隊にしては数が少ないのではないか? 4隻しかおらんようじゃぞ」

 

『二人とも、昨日の予定、もう忘れたの?』

 

 艤装を通して会話を聞いていたか、100mほど離れて後続する第2艦隊旗艦、飛龍から通信が入った。

 第2艦隊は正規空母飛龍を旗艦とした機動部隊である。

 

「昨日の予定? 確か明け方5時に出撃命令が下って、その後まっすぐ五島列島だったはずだが…」

「いや日向、それは当初の予定ではないぞ。しかし昨日の予定……なんか関係があったかの?」

 

 二人して顔を見合わせて首をかしげる伊勢と利根。

 

「日向、姉さん、昨日は第816艦隊司令の着任予定日だったでしょう?」

 

 見かねたか、後に続いていた利根の姉妹艦である利根型重巡2番艦筑摩が口を挟んだ。

 

「ああそういえばそうか。それで由良の奴が居残りになったんだったな。だが、それがどうかしたのか?」

『816艦隊の隊舎は上天草市大矢野島よ。ちょうどいま反応があるあたりじゃない』

 

 ちょっと呆れたような声である。

 

「なるほど、そういうことか。まったく覚えていなかったな」

 

 日向は腕を組んで頷いた。

あまりほめられた内容の発言ではないはずなのだが、こういう仕草に妙に貫禄があるのが日向という航空戦艦娘だった。

 

「わ、吾輩は覚えておったからな! ただ816艦隊司令と今の話が結びつかなかっただけじゃ!」

「はいはい」

 

 利根がわめき、筑摩が姉に見えないように口元を押さえる。

 

『そういえば、816の提督は学兵だっていう話だったわね』

「そうじゃったな。女子学兵と聞いたが……正直、大丈夫なのかのう」

「だからこそ、うちの長官も沿岸哨戒が主任務の816を任せたんでしょう。それに、木曾がいますし」

「そうか。木曾が816に転属になったんじゃったな」

 

 一時期第4艦隊に所属していた軽巡のことを思い出し、利根が頷く。

 

「ふむ、そろそろ見えてくるかな。前方一時の方向だ」

 

 電探を装備している日向が言う。

ほどなく、自分たちと同じように海上に立つ人影が見えてくる。

 

『どうする、日向。寄り道してあっちの提督に挨拶していく?』

 

 飛龍からの通信に、日向は腕を組んで少し考える。

 

「……いや、やめておこう。見たところどうやら艦隊運用の訓練中のようだ。いま行くとかえって迷惑になる」

『なるほど、そうね。挨拶は次の機会にしましょうか』

「だが、そうだな…よし」

 

 日向はうなずくと声を張り上げた。

 

「各艦、階梯(かいてい)陣形を取れ!針路速度そのまま!」

「ほう、面白いではないか」

 

 利根がにやりと笑って日向の右後方へと移動。筑摩が後に続く。

 

『まったく、提督に怒られるわよ? ……第2艦隊も階梯陣形!』

 

 笑いを含んだ飛龍の声。

 第1、第2艦隊総数12隻が、階梯陣形を形成する。

 

「全艦針路固定、速度そのまま。816艦隊にぃ!かしらー、右っ!」

 

 先頭の日向が体をひねって挙手敬礼。後ろに続く艦が針路は保ったまま一斉に、顔だけを816艦隊のほうに向けた。

 

 

 

「おいおい、日向も飛龍も何やってるんだ。観艦式かっての」

 

 木曾が苦笑しながら言った。

 数km先の海上を階梯陣形を取った第1、第2艦隊の面々が、こちらに『かしら右』の姿勢を保ち通過していく。

 

『すごい…』

 

 一乃の感嘆の声。

 実際の軍艦の大きさとは比べるべくもないが、それでも海原いっぱいに広がった艦娘達の階梯陣はそれなりの迫力がある。

 

 はたで見るほど簡単ではない。

視線を横に固定したまままっすぐ進行するというのは陸上の行進でも難しい。波の影響のある海上で、しかも前を行く艦を目印にすることができない階梯陣ではなおさらだ。

 事前に練習などしていないだろうに、一糸乱れぬ美しい陣形は、第1、第2艦隊の練度の高さを示していた。

 

「わ、わたし達も何かやったほうがいいのだろうか?」

「やろうったって俺たちには真似できないだろ? とりあえず敬礼でもしときゃいいさ。というわけで、各艦整列。第1、第2艦隊に敬礼」

 

 木曾がぴ、と警備府艦隊に向けて挙手敬礼。他の三人も横列に整列し、敬礼する。

 

「瑞雲だの烈風だのまで飛ばしてまあ……全員ノリノリだなまったく」

『そういえば、木曾も元は警備府艦隊所属なんだっけ』

「第4艦隊にな。まあほんの2か月ほどだったけどな」

 

「発光信号確認。『カンタイ イチト゛ウ テイトク ノ チヤクニン ヲ シユクス』」

「まったく、普通に通信してくればいいのに趣味人ねえ。どうする、一乃?」

『あ、ええとじゃあ返答を……なにかこう、それっぽく……』

「はいはい。『カンケ゛イ ヲ シヤス イス゛レ イクサハ゛ ニテ センシ゛ンヲ キソワン』……こんなとこね」

『ちょ、ちょっと偉そうじゃないかな?』

「ははっ、いいじゃないか。そのくらいはハッタリきかせないとな」

 

 そんな会話をする先で、警備府の戦力の中核たる二個艦隊は通過していき、やがて陣形を戻しつつ警備府のほうへと航行していった。

 

 

『さすがの練度、まさに精鋭艦隊って感じね』

「そうか? まあ確かに腕はいいけど、見てのとおりけっこう悪ノリが好きな奴らだぞ。第1の日向は黙ってりゃ威厳たっぷりだが口を開くと妙なボケをかますし、第2の飛龍はまともそうに見えて訓練になると人が変わるしな」

 

 木曾は敬礼を解いて笑った。

 

「ま、提督、見てのとおり悪ふざけは好きな奴らだが、悪い奴はいない。機会があったら挨拶でもしてやってくれ」

『そうね……そうします』

 

「さ、いいもの見せてもらったところで訓練を再開しましょうか。階梯陣形でも組んでみる?」

 

 冗談めかして叢雲が言った。

 

 

 階梯陣こそ組まなかったが、この後の艦隊運動の訓練にいっそう熱が入ったのは、思わぬ副産物だった。

 

 

 

 

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