京太郎のペットな彼女   作:迷子走路

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遅くなった結果、書いてる内容と時期が被ってしまう不始末

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『優希の試練②』

 とある休日、京太郎はベンチに腰を掛けながら、遠くを見つめ静かに悩んでいた。

 本来であれば最近になって、ぐんと距離の縮んだ気がする幼馴染の少女と何処か遠出でもして映画でも見ている筈だった時間。肝心の相手が風邪を引いてしまった事でその予定はスタート地点から大きく脱線してしまう。

 そんな相手に対し、休日中に引いてしまう風邪程うま味がない事は無いなと、電話越しの幼馴染に苦笑しながら、思っていた以上にどんくさい彼女の"らしい"一面と、その間の悪さに京太郎は同情した。

 とすれば、予定を無くして暇になった時間でお見舞いにでも行ってやろうかと提案すると、反射的に出たであろう高揚した声が返るが、今度は思い至ったように慌てた声が聞こえてくる。

 

『え、京ちゃん来てくれるの!? ……あっ。ううん、ちょ、ちょっと待ってね? えーとえーと……ねぇ京ちゃんこの後すぐに来ちゃったり……する?』

『どした? 何か食いたいものがあるなら買ってきてやってもいーけど』

『あ、じゃあ桃の缶詰が食べたいかも…ってそうじゃなくて。あれ、でもない? ううん、違わないけどそうじゃなくて…』

『お・ち・つ・け。ついでにいるものがあるなら買ってきてやるから。悪化してもしらねーぞ』

『あぅ、ごめん……。えぇと、その…実は今日ずっと楽しみにした作家さんの新作が……ね? 』

 

 病気を理由に暇つぶしのパシリとか咲のくせに随分と偉くなったな。と、普段のノリならばそう言わずにいられなくもない内容だったが、見舞いに行くと言ったのは他ならぬ自分自身である。

 どっちみち、この程度の事で同情の気持ちは別に無くなりはしないのだから、ダウンしているであろう可哀想な友人に一つ、恵みを与えるのも悪い気はしない。と、今は軽口を叩くのみで抑えて(ひめ)様の願いを素直に聞き入れる事にした。

 

 ……そんな京太郎を余所に、実際は彼女の風邪はそこまで大した事はなかったりする。

 何故あんな事を言ってしまったかというと、寝ている間に汗を吸い込んだパジャマの匂いが気になったりだとか、暇つぶしに読み返していた小説が机の上に平積みになっていたりだとか。

 要するに、すぐにでも見舞いに来られてしまうと不都合な光景が部屋中に広がっていたのが大きな理由である。

 咲はそのまま通話をしながら、はねた髪を手櫛で整えて部屋を見回す。

 

(これは……ちょっとマズいかな、多分…)

 

 微熱で少し肩も重いが、ちょっとでも綺麗な部屋を演出させたいと思うのは余程明け透けな性格か、間柄でもなければ男女共通で思う仕方の無い感情だろう。

 何より、他に誰も家に居ない状況で、どんなにダらけていても問題ないのを理由に自堕落に過ごしていたのだが、ほんの少しだけ心細く思っていたのも事実。

 そんな時に降って沸いたこの提案は思いの外嬉しかった。

 それこそ、この時はまだ登下校の送り迎え程度で、お互いの住所は知っていても自分の部屋にまでは招いていない事さえ瑣末だと感じるほどに。

 だから少しくらい辛くても体は自然と動く。もしも、マイナスな印象を抱かれでもしたらやっぱりイヤだし、今後はあまり来たくないみたいな反応や、遠まわしに遠慮されるような反応をされれば恥ずかしい思いを通り越して、ショックで絶望してしまう。

 逆に頻繁に来られても困るのだが、だからと言ってそれでも来て欲しくないわけではない。それが咲という少女の乙女心というものだった。

 …と、通話を終えた後にすぐさま行動に移して最低限の出迎えの準備をしている最中。このぐらいで大丈夫だろうかと一段落ついたあたりで急に冴えた頭が警鐘を鳴らし、手が止まる。

 本当に今更ながら先刻のとっさに思い付いた時間稼ぎの発言が京太郎の機嫌を損ねてしまったのではないか? と、距離感を誤ったかもしれない選択にだんだんと不安になり出した………のだが、後もう少し早くこの考えに辿り着いていればそれこそ片付けどころではなくなっていたかも知れない。

 そう自分に言い聞かせる事にし、とりあえず今は着替えてしまおうと、さっきまでと全然別の意味での胸の鼓動を感じながらパジャマのボタンに手をかけるのだった。

 

 そんな、麻雀部で騒動が起こるよりも少し前の時間。

 携帯やパソコンを持たない故に情報に疎かった彼女が、頼んだ小説の発売が延期になっていた事を知らなかったのは、幸か不幸か。

 少なくとも今の時点でこれ以上、余計に気持ちが沈む事だけはなかったとだけ言っておく―――。

 

――――――

 

(咲のヤツ、発売日くらい把握しとけっての…元気になったらなんか罰ゲームでも考えとくか)

 

 無駄足を踏まされた京太郎はあれこれ考えながら、今しがた買ってきた出来立てのタコスに齧り付く。

 夏の終わりとはいえ、十分に残暑を感じる時期。

 そんな中での外の食事に体温が上がっていくのを感じると、反対の手に持ったコーラに口を付けて身体を落ち着かせる。

 一息吐いてチラリと隣に視線を向けると、先程知り合ったばかりの少女が同じベンチに座り、足をぶらぶらとさせながら同じ味のタコスに夢中になっていた。

 そんな姿を見ていると、既に初対面だった頃の警戒を解き、今しがた聞き出した彼女の悩みについて真剣に考えるのもバカらしくなると一瞬だけ思ったりもしたが、時折向けられる相手の視線にそんな考えを改めさせられる。

 京太郎自身も上手く表現出来ないし、勘違いなのかも知れないが、()()は期待や不安の混じった瞳とでも呼ぶのだろう。

 目と言うのは身体の中でも意思を表しやすい箇所の一つだが、大して詳しくも無い相手のを見たとして、そうそう理解できるものでもない。

 だが、それでもその目は何となく見知った誰かと似た何かを確かに感じさせた。

 ふと、そんな"誰かさん"に言われた事を思い出す。

 

『京ちゃんっていつかおせっかいやいて、それで痛い目、見そうだよね』

 

 腹が立つ事に全く以てそのとおりになってしまった自分にゲンナリしてしまう。

 仮に放って置けばよかったかと言われても素直に首を縦には振れないが、墓穴を掘るというのはやはり精神的に来るものがあるのは否めない。

 

 …と、もう一度コーラを一口飲んで考えなおす。

 

 簡単に纏めると転校する可能性を黙っていた親友とケンカをしてしまい、怒鳴ったまま部屋を飛び出してきてしまったが仲直りをするにはどうしたらいいか…という事らしい。

 

(……別にフツーに謝ればいいんじゃねえの?)

 

 真剣に考えても数秒で答えは出てしまった。

 ならば話は早いと、そのまま何も考えず言葉に出そうとした京太郎だが、タイミング良く再び目と目が合うとその一言が詰まる。

 もしも、本気でこの場をどうにかしたいなら、それを言った所で何も変わらないのでは無いかと少し前の記憶と重なって感じたのだ。

 

『京ちゃんにはそうでも、私にはすっごく難しい事なの!』

 

 朧気にそんなだった気のする台詞が頭を過ぎる。

 それはある意味、経験が活きたとでも言うのだろう。偶然にもその行動や思考は大きく間違ってはいなかった。

 

 謝ればいい。それは考える必要も無く当然だろう。

 聞いた限り、それ一つでおそらく仲直りくらい簡単に出来るのだと思う。

 そしてそんな事は本人達もとっくに理解しているのだ。

 問題なのは知っていてそれを聞いてくる事であって、きっとその辺りが似ているのだろう。

 欲しいのは答えではなく、それを踏まえた上でどうすればいいのかという事であって、最初からどうしたいのかは既に半分以上考えは決まっているのである。

 目的地ではなくそこまでの道を知りたがっている、そんな道に迷った子供の様な、少しめんどくさい相手だと京太郎はここに来て感じた。

 おせっかいで痛い目を見る。

 本当に、ただ帰るだけだった筈が、どうして重要そうな役回りになってしまったのだろうか。

 別に何を発言しても、この後の結果にどう責任が転ぶわけでもない。

 この場で関わった程度で自分が悪いと言う事になる訳でもない。

 それでも、こうなった以上は首を突っ込んでしまった分だけどうにかするのが筋というものだと考えるのが須賀京太郎という少年だった。

 そんな彼が出せる答えは、結局のところ経験から出たやり方しかない。

 

「…聞いた感じ、謝ればいいだけな気がすんだけど……したくないって事か?」

「違っ、そうじゃ…ない、けど……」

「どうすりゃいいのか、わかんねーって?」

 

 一瞬動きが止まり、ばつが悪そうな表情を浮かべながら、やがてコクリと小さく頷く優希を見て決心する。

 正直、彼にとってはあまり良い思い出ではないが、部活を抜けるために咲に使った強引な手段と似たような方法でしか、まだ大して親しくも無いこの少女を今自分がどうこう出来るとは思えなかった。

 幸いかどうかは疑問だが、最近になってから迷子相手の対応は既にイヤという程知っている。

 乗っかってくれなければそれまで。そんな風に思いながら改めて口を開いた。

 

「ただ謝るだろ? そんな気を使うもんでもないと思うんだがなァ」

「さっき話したばっかのお前に私の何が分かるって言うんだっ……そんな簡単に出来たら苦労しないじぇ…!」

「…それもそうか。そんじゃ、ちょっと聞けよ。実はオレって今は帰宅部なんだケドよ」

 

 唐突な話題の変換に優希は「急に何を言っているんだ」とした顔で疑問符を浮かべているが、京太郎は気にせずに話を続ける。

 

「ちょっと前まで中学の時からずっとハンドボールやってたんだ。でも多分、もうやらないからそん時の仲間と連絡もしなくなってんだけど…」

 

 ここまでの流れを聞けば何となく察したのか、乗り出してきそうだった姿勢を少し緩め、若干興味のありそうな表情でそのまま口を閉ざして話しを聞く。

 そんな素直な様子に、京太郎は少し早まったかと後悔しそうになるがここで止めても何も話が進まないと言い聞かせて吹っ切れる。

 別に面白くもないし、実際大したオチといったものも無い昔話なのだが今のこの状況ならばただの自分語りにはならないだろう。

 

 

 それは、咲も知らない中学の頃の話。

 かつての部活でチームメイトが他校との試合を前に怪我をしていた事を隠していたという事があった。

 試合中に動きのおかしい友人を見て京太郎はそれを問いただす。

 負けたくないから。

 必死に試合を続けたがる友人を京太郎は半ば強引に外させるよう顧問に告げた。

 その当時はまだ人数不足という問題を抱えていたハンドボール部は結局一人欠けて不利になった結果、負けとなってしまう。

 そんな事件があった二年の頃、他のメンバーと少しいざこざがあったりもしたが、それでもその友人は残りの学校生活中、部活を辞めはしなかった。

 そのまま卒業を目前にしたある日、京太郎は何気なくその時の事を彼に聞いてみる。

 気持ちは解らないでもない。でも、まだまだ機会はあった筈の時期に何であんなに必死になって隠そうとしたんだ、と。

 

『あぁアレな。あの時は必死で、あんま覚えてないんだけどよ…多分ただの俺の意地と、お前らに迷惑かけたくない!ってのが半分半分だったかなぁ』

『実際そのせいで迷惑になってるワケだし、結局負けたんだから今さら言い訳にしかなんねーけどさ、始めから諦めるのはしたくなかったっていうか…』

『でもあの時無理にでも止めてくれて、ありがとよ。そのまま続けてたらマジで悪化して続けられなくなったかもしんねーし、何より…まぁ今より居辛くなって退部ってのもあったかもな。あ、そういや、お前清澄でもハンド続けるんだろ? 高校は別だけど、もしもさ………』

 

 

………

………

………

 

 そんな昔を語る。

 後になって考えてみれば、やはり別に今話す事ではなかったかもしれない。ちょっと境遇が似てるとはいえ根拠なんてないし、それがどうしたと言われてもおかしくない話である。

 だが目の前の相手にはせめて聞く耳を持って貰う為にも少しでも同じ目線に立つ必要があった。そして、そこから手を引っ張ってやるくらいの事をしなければ迷っている時間を後悔するだけだと京太郎は思う。

 今はただ意地を張っているだけなのだから、少しでもそれが治まりさえすれば案外すんなりと仲直りだって出来るかも知れない。

 だからこそ言い聞かせる。もしかしたらお前の親友もアイツと同じ気持ちだったんじゃないかと。

 

「別に、向こうが黙ってた事を許せとは言わないっての。…つーか、オレに言われなくてもそのくらい本当はわかってんじゃねェのか?」

「……それは」

 

 分かっている。とは言わない。が、知らないワケがない。

 諭してくれるこの男よりずっとずっと和のことを知っているのだから。

 思わぬ核心をつかれ俯くと、頭の上からまだ聞き慣れていない男の声が背中を押す。

 

「遅かれ早かれ謝る気だったんだろ? だったら早い方が良いに決まってんだろーが。違うか?」

「……違わないじぇ」

 

 そもそも話した事が無い間柄だからこそずけずけと言える事もある。

 実際、京太郎の言っているとおり、おそらく優希はこのままでもやがて落ち着いたら自分の足で和に謝りに行っただろう。

 言ってしまえば、この事件の解決には遅いか早いかの違いしかなく、京太郎はただ向かうべき帰結の前に偶々関わってしまっただけだった。

 たとえ、それが結果だけ見れば必要の無い出会いだったとしても"居なくても変わらない"は"居なくても良かった"とイコールではない。

 現にあのままだったならば、そのまま今日のところは出直そうとして帰ってしまっていたかもしれない。

 だから、これが二人の関係の始まりであり、片岡優希にとって他より大きな存在となっていく相手との最初の記憶となった。

 

「不安だって言うんなら待っててやるし、聞かせたくないってんなら離れといてやるから。とりあえず電話で謝っとけ」

「電話って、お前…え、今なのか? で、でも、何て言ったら……さっき怒鳴って出てきちゃったばっかだし…」

「怒鳴って出て行った事が悪いって自覚があるなら 最初はその事を謝れば良いじゃねーか。このくらいの事を謝るのに何、気にしてんだよ」

 

 それでも、今はやはり気まずさから一歩踏み出せない優希を見て、京太郎は後押しを続ける。

 傍から見れば投げやりにも取れるかも知れない言動だが、彼にとっての第一は「出来る」「やれる」「大丈夫」といった言葉で行動させる事であって、それより先の事は深く考えていない。

 もともと、最初に謝ったのは紛れも無く和の方である。

 ならば、こちらが頭を下げれば余程の事でも起こらない以上、確実に上手くいくと見越した上での判断であり、そこに何の疑念も抱いていない。

 どのみち、まだまだ()()の関係な相手の言葉に共感する人間は少ないのだから、多少強引であろうと行動に移しさえさせてしまえばそれだけで良かったのだ。

 だが、もしもこのまま転校させてしまっては仲直りの難易度は格段に上がってしまう。

 それは事実、京太郎でさえ今でも連絡をする中学の友人は限られてきているので良く分かっている事だ。ケンカ別れのまま、碌に話もしないで…となってしまえばどんなに仲が良くてもあっさり関係がなくなるという事は有り得ない話ではない。

 そこまで言えば流石に顔色を変え、優希は不安げな表情のまま頷くしかなかった。

 

「そ、それはイヤだじぇ…。……わかった。これから、のどちゃんに謝るじょ…」

「おう頑張れ………って、そんな不安そうな顔すんなって! 悪かったよ、ちょっと脅かし過ぎた!」

「でもお前の言うとおりなのはホントじゃないか。私がもっとちゃんと…」

 

 目に見えてしおらしくなった少女の姿を見て、思わず京太郎も意思が弱くなってしまい、言葉に迷いの色が出始める。

 女の涙は武器だとはよく言ったもので、たとえそこまで行かなくとも、この少年にとって女性の困った顔や泣きそうな顔というのは同じくらいの威力があると言っても過言無かった。

 

「あー、だからほら、そんな不安になんなよ。上手くいくって」

 

 そんな分かり易い変化を見て、さっきまで自分をグイグイと引っ張っていこうとした男が急に日和り出したと優希は感じた。

 ここまで『お人よしだけど少し頼りになりそうなヤツ』だと思っていた評価が『お人よしでイマイチしまらない変なヤツ』に下方修正変されていく……しかし、そんな相手でもしっかりと自分にとって重要な人物になったのだけは確信していた。

 和を呼び出す為に携帯を操作しながら思う。

 本当なら緊張して、不安で不安で堪らない時間のハズなのに、今だけはそんなちょっぴり頼りにならない横顔を見て、その気持ちも幾分か和らいでいた。

 今、選んだ結果の未来(さき)が同じ答えだったとしても、今ここで出会った事を否定する理由は何処にもない。

 どんな相手であれ、こんな風に言ってくれた誰かがいたから。

 きっと、まだ傷の浅い内に行動できたのだと、そこだけはしっかり感謝しなければならない。

 

「……一応、礼は言っといてやるじぇ。その、ありがとう。上手く仲直りできたら今度は私がタコスを奢ってやるじぇ」

 

 そこまで言って、よくよく考えてみれば初対面の相手にどれだけカッコ悪い姿を曝け出してしまったのかと、冷静になった途端、急に気恥ずかしくなっていく気がした。

 今まで生きてきた中で、異性相手にここまでいつもの自分じゃない姿を見せた記憶は無い。

 だからさっきも失敗してしまったというのに、それでも思わず照れ隠しに強気な言葉を口に出してしまうのは仕方の無い事だった。何故なら、素直になるには今はまだ時間が全く足りていないのだから。

 

「……で、でも会ったばっかのクセして、()()()()()とか何かちょっと恥ず……じゃなくて。えーと、そう! ナマイキだじぇ!」

 

 そんな強がりにもならない言葉に京太郎は苦笑する。少し冷めたタコスを頬張りながら隣の相手をこっそりと横目で見ると、耳を赤くしたまま自分の方を見ていたので、又も目と目が合ってしまった。

 その瞬間に慌てて顔を逸らすも、それでもこの場を離れようとはしない彼女に京太郎は「コイツはコイツでやっぱめんどくさいな」と脱力し、優希はこんな状況のままで今から謝らなければならないのかと、少しでも心を落ち着かせるために顔を逸らし続けるのだった。

 

 

――――――

 

 

 その後の事は結論から言って、京太郎の予想通りであった。

 優希と和がその場で何度も電話越しに謝ったりしながらも、何とか上手く仲直りをし、京太郎の想像したとおりの結果で終わる……ここまでは。

 

「その、悪いとは思うんだケド…お前さえ良かったらこれからも……えと、相談相手になって、くれない…か?」

 

 想定外だったのはそんな優希の提案である。

 彼女曰く、今は仲直り出来たが、これから暫くは今回の件で少しだけ、ギクシャクして今までの様に話せないかも知れないから…らしい。

 だから、元通りになるまでの間は今回の様に自分の背中を偶に押して欲しいのだと消え入りそうな声でお願いをされ、そんな態度に仕方無しに了承してしまう。

 それは経験上、イマイチ理解できない心配事だったが、この辺りは男女の考え方の違いとか、そういう事かもしれないな、とその様に無理矢理納得した。

 どのみち、頼られればノーと言えないこの男からして、しおらしい態度で自分を頼ってくる少女を相手にした時点で無理だと言えなかったのは最早、仕方の無い避けようの無い事なのだった。

 

 

 

 それからは来るべき別れの日まで二人の努力が続く。

 そんな些細なすれ違いを元に戻すための月日が暫く経ち、和は清澄を去っていった。

 そして………

 

 

 

『のどちゃん、そっちの学校にはもう慣れた?』

『ええ、隣の席の方が何かと教えてくれるんで思ったより早く馴染めてますよ』

『へぇ~良かったじゃないか、のどちゃん……ところでそいつは男か?』

『残念ながら女の子です。あ、彼女も麻雀に興味があるらしくってこの間、お友達になったんですよ』

『なぁんだ。てっきりのどちゃんに遂にそういう相手が現れたのかと思ったじぇ』

『もう…私の事は優希が一番良く知っているでしょう。そういうことに興味はありませんから』

 

 優希の頑張りと京太郎の支えはしっかりと実を結ぶ。

 結果、きちんと修復された関係は離れ離れになった後も続いていた。

 今では殆ど毎日、夜のちょっとした近況報告と題したただの長電話は二人の日常と化している。

 

『もったいないじょ、のどちゃんならとっかえひっかえ、選り取り見取りで毎日過ごせるのに』

『そんなことしませんし、ありえません』

『ですよねー、のどちゃんは私の嫁で、麻雀命だもんなっ』

 

 そんな風にすっかりと戻った様子で二人の会話は今日も続く。

 何だかんだ言っても相性の良い二人である事に変わりは無い。

 だからこそ元の鞘に収まった今、再びまるで隣で会話をしているように自然と軽口を言える関係になったのはむしろ当たり前の事だった。

 だが、それでも一度変わった事実は決して消えはしない。

 それがいつか何かの綻びとなるか、より強い結びつきとなるかは誰にもわからないが、今回のことは後者として二人の関係を変えたのだと言って良いのだろう。

 そんな二人の間でもう一つ、変わってしまった事が存在した。それは、そこに至るまでに関わってしまったちょっとした"縁"というもので…今ではしっかりとこの場に居座ってしまっている。

 

『でも、そういう優希は「須賀くん」と仲良くやってるんですよね』

『……へ』

『私が転校するまで紹介さえしてくれなかった「須賀くん」です。私にとっても無関係じゃないのに黙っているなんて……さぞ仲が良いんでしょうね』

『んなっ、ち、違うじぇ!? 京太郎とは全然、全くそんな関係じゃないから!?』

『どうでしょう。そうは言っても毎日どんなだったか話してるじゃないですか。私は優希のお嫁さんなのに……ひどいです』

『……のどちゃん、もしかして私をからかってる?』

『…バレました?』

 

 その存在は今となってはこの時間の話題の筆頭になっていた。

 それは優希からすれば、麻雀部以外で一番会話の種になる仲の良い存在として。

 和からすれば、花より団子な年中タコスか麻雀だった親友の"花"のある、見た事のない一面を見せてくれる存在として。

 だから、最近はついつい意地悪をしてしまうが、前までは考えもしなかった年相応と言える会話にほんの少し舞い上がってしまってもそれは別におかしな事では無い。

 そんなある意味役得と言える存在になった話題の男は、自分の知らぬ所で着々とその立ち居地が出来上がっていることを未だに知らない。

 

『もうっ! 最近のどちゃんは何だかイジワルになったじょ!』

『ごめんなさい。でも紹介してくれなかったのは本当ですし、特別に思ってるのは事実でしょう?』

『別に京太郎のことなんて何とも思ってなんか…それに紹介しなかったのだって…え~と、そう! のどちゃんに粗相をしないか心配だったからで……』

 

 そのわりに名前で呼んでるじゃないですか。

 

 と、和は黙って親友の最近仲が良い()()らしい男の子の話に耳を傾ける。

 自分の知らない所でちょっぴり遠くなった気のする優希に若干の寂しさを覚えなくもないが、だからこそどんな相手なのか会話の合間にこっそりと情報を集めていった。

 最初こそ、そんな存在があった事に驚いたが、聞けば聞くほど悪い人では無さそうだという事に安心していく。

 しかも自分達の仲直りに手を貸してくれた事が出会いだったと聞けば親友として和もある程度認めざるを得ない。

 何より電話越しの優希の声色を聞けば、その人をどう思っているかは何となく理解出来たのが大きかった。

 この事に恋愛経験の無い自分には応援くらいしか出来ないと語る彼女だったが、心の中ではしっかりと"楽しんで"いたりする。

 自分の恋愛に興味は無いが、それが親友なら別だと言うことを最近になって和は知ってしまった。

 いつもと違う素直になれない優希が何だか可愛くて面白い。出来れば今すぐまた清澄に戻りたいというその理由が増えてしまったとさえ思っていた。

 そして時期的に今はまさにそんな親友を見れるチャンスだと言う事を今の彼女は見逃さない。

 

『そういえばこの間、言っていたバレンタインにチョコをあげるという話はどうなったんですか?』

 

 少女達にとってそのイベントは近づくも深めるも絶好の機会と言える。

 何日か前に悩みとして吐き出した優希がそんな挑戦を試みていると知り、その結果をずっと楽しみにしていた和は自然なタイミングで話題を切り出した。

 

『…一応、義理だって言って渡したじぇ。恥ずかしくなって半分は自分のだって言って食べちゃったケド…』

 

 そんな結果に、義理といった上でそれをやってしまったのは流石に二重苦なのではないだろうかと思ってしまうがそれでも渡せた事は評価すべきだと思う。

 まさかこの少女が恋愛事になるとこうなるとは一番の親友でさえ思いもしなかったのだから。

 

『…えーと、とりあえずお疲れ様です。頑張りましたね』

『うぅ、ありがと、のどちゃん。でもでもっ、一応、最初の目的は果たせたから私的には上々だじぇ』

『あぁ、そういえば何か一緒にって言ってましたけど…何をあげたんですか?』 

 

 今は距離的にも遠くに居るがこうして話せる関係が続いているのは幸運な事だと和は思う。

 自分の過ちを許してくれただけでなく、今でも仲良くしてくれる大事な人の為に出来る事はしてあげようと、そう誓った。

 その相手が一瞬言葉を詰まらせてから小さく呟く。

 

『…携帯の番号』

『…はい?』

『その、いきなり番号教えるのは抵抗があるだろうからって、最初の頃からメールで連絡してたんだけど。そのままやってたら、だんだん……今さら言いづらくなっちゃってて…』

 

 ………どうやら、この道のりは果てしなく遠いかもしれません。

 思っていたより遠くなっていなかった少女のそう思わずにはいられない初心さに、思わずかける言葉を失ってしまった。

 


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