リアル多忙とスランプのコンボは本当に勘弁してほしい……。
また少し更新の間が空くかもです。
福袋、皆さんどうでしたか?私は初星5だったオリオンが1年越しに来てくれて宝具レベル2になりました。これがフェイトってやつですか。
今回の話を書くにあたり、少しカレームのキャラを見直して、6話のあとがきに上げていたキャラステータスを一部修正しました。
もう少し情報を出したらどこかにまとめるかもしれません。
ちょっとだけシリアス?かも?
「英霊が料理を作る」ことと、「料理を作る英霊」の違い。
「ねえ、明日のご飯はエミヤが作ってよ」
「────────、え?」
立香のその言葉が、全ての始まりだった。
「なん、何でですかマスター!?何で私じゃなくあえてエミヤさんを!?私の、私の料理に、何か不満があるんですか!?」
「ち、違うよ!?不満とか無いよ!寧ろ毎日美味しいご飯作ってもらって本当にありがたいし!お疲れ様って感じだし!」
厨房からカウンターに身を乗り出し、今にも泣きだしそうな顔で詰め寄るカレームに、予想外のリアクションに対する驚きを持ちつつもどうどうと宥めようとする立香。
「いや、美味しいことには美味しいんだけど、何というか、美味しすぎて気疲れしちゃうというか、たまにはおかんの味が恋しくなるというか……」
「誰がおかんだね、誰が」
ぺしょん、と伏せた犬耳が見えそうなほど落ち込むカレーム相手に言葉を慎重に選びながら紡いでいく立香と、呆れたよう低く呟くエミヤ。
「あーわかるよーわかる。カレームが作ると肉じゃがも“馬鈴薯と牛肉のだし醤油仕立て~季節の野菜とさやいんげんを添えて~”って感じだもんね。そりゃあ美味しいけど、子供が毎日食べるには背伸びしすぎてるわ」
と、口を挟むのは洗い終わった皿を拭くブーティカである。
「そんなぁ……」
「ふ、そう落ち込むことはない。不本意だが適材適所、というやつだ。降って湧いた休暇とでも思って明日はゆっくり──」
「……きません」
「む?」
低く呟き、肩をわななかせるカレームに違和感を持ち、エミヤは俯いた彼女の顔を覗き込もうとする。
しかし────
「──納得いきません!私が召喚された以上、そう易々と厨房を明け渡してたまりますか!」
カレームはぱっと弾かれたように顔を上げ、猛然とした勢いで立香への抗議を続けたのだ。
「あ、明け渡すってそんなオーバーな……」
「オーバーなものですかっ!……私のような雇われ料理人にとって、雇い主が他の料理人に浮気するというのは死活問題なんですよ?
いくら知識や技術が遥か未来のものとはいえ、本職でもない弓兵にお株を奪われるともなれば、たまったものじゃないです」
「……ほう?」
ぷりぷりと怒るカレームに、立香が口を開こうとするのに先駆け、低く応える声。
普段では滅多に見ることは無い彼女の感情を顕にした言葉を、しかし聞き流すことはできなかったようだ。
「確かに私はしがない弓兵の1人に過ぎん──が、それでも料理に関しては一家言ある身でね。マスターからも指名を受けた以上、ここで引き下がるわけにはいかんな」
「ちょっ、エミヤ!?」
「……そうですね。そういえば貴方とは1度、お互いの力量をしっかり測るべきだと思ってたんですよね」
「奇遇だな。私もだ」
「えっ、えっ」
「あっちゃあ……」
まるで、
売り言葉に買い言葉。
両者の間に散る火花にひたすらに戸惑う立香と、苦笑いを浮かべるブーティカは、もはや二人の視界に入っていなかった。
「マスタぁ、こりゃあ諦めた方がいいよー。英霊っていうのは、どいつもこいつも負けず嫌いなやつばっかなんだから」
ブーティカの言に呼応するように、両者の目に闘志の炎が灯る。
「──勝負です、エミヤさん!貴方の得意分野すら既に私の土俵であるということを、正々堂々証明して見せましょう!」
「いいだろう。その土俵が泥で固められたものだということを、身をもって知るがいい」
「望むところです!
そうと決まれば話は早い──マスター、リクエストは?」
「……へ?」
とんとん拍子で進む話着いていけずに呆けていた立香は、突然振られた話題に1拍遅れで答えてしまう。
「エミヤさんにリクエストする予定だった料理です。それを課題料理として、マスターに私たち2人が作った料理を評価してもらいます。今回の趣旨ならばそれが1番適切でしょう?エミヤさんも、それで異存はありませんね?」
「ああ、問題ないだろう」
「 と、いうことなのでマスター、教えてください──あなたが、エミヤさんに頼んでまで食べたかったものを」
あ、めっっっちゃ嫉妬してるやんこれ。
立香がようやっと察した時には既に遅い。
さあ!さあ!とカレームが急かす中、少しの逡巡の中で必死に脳内で数多のリクエスト候補をサルベージし、辿り着いた答えを喉から絞り出した。
「……け、けんちん汁……とか?」
***
「これはまた……」
「わっかりやすいなあ……」
出された2つの椀を覗き込み、思わずといった声をあげるのは、ダ・ヴィンチちゃんとロビン・フッド。
カルデアきっての料理人2人が対決という話は瞬く間に吹聴されて広まり、基本お祭り好きばかりのサーヴァントたちが食堂になだれ込んで野次馬兼審査員に名乗り出た。
想定を遥かに上回る量も見事に作りきった二人それぞれのけんちん汁が椀にもられ、各サーヴァントと立香の前に置かれている。
評価に公平を期すために、お互いがどちらの椀を作ったかは伏せたものの――二人の料理を知っている面々からすれば、そんなルールはあって無いが如し。
片や、味噌仕立て。濁った汁の中にごろごろと大量の具が入っている、レシピの見本写真のようなスタンダードな出来。
片や、醤油仕立て。透き通った汁の中に、中央に寄せられるように細かく刻まれた具が少し盛られた、京懐石膳の隅で存在を主張していそうな繊細な出来。
外見だけでも十二分にその作り手が透けて見える料理に、各々が手を伸ばし、箸を伸ばす。
立香も同様に椀を持ち上げ、縁に口をつけた。
まずは、エミヤ作と思わしき味噌仕立て。
温かい、口当たりの良い白味噌が柔らかい甘味を伴って口内に染み渡る。
煮込まれた大根や人参のホクホクとした食感。
椀の中でころころと転がる里芋のねっとりとした口当たり。
ささがきにされたゴボウのシャッキリとした、あるいは手で千切られた歪な蒟蒻のくにくにとした歯ごたえ。
それぞれが、どこか懐かしさを感じさせる、立香の求めていた“お袋の味”そのものだった。
対するは、カレーム作の醤油仕立て。
ほぼ透明の汁からは想像もつかない、凝縮された味が口内に弾ける。
合わせ出汁の海の味と、大豆の大地の味が緻密に絡まり、ほんの少しただようごま油の香りがより一層風味を彩った。
エミヤ作に比べて具の占める割合は少ないものの、噛めばしっかりと味が出る椎茸や、舌で押すとほろほろと崩れる木綿豆腐など、存在の主張の強さは負けていない。
どころか、それらの具材が出汁の風味を上手く支え、一椀で料理として完結させている。
圧倒的な完成度。
よしんば人理がまだ残っていたとして、外界の高級料亭で同じ料理を出されたとしても、ここまでの味が期待できるのかと手に取ることを逡巡してしまうだろう。
「うん、やっぱり私はこちらかな。同じ芸術家として、この緻密さを貴ばずして何とする!ってね」
やはりというべきか、そう言ったダ・ヴィンチちゃんを筆頭に、研究者気質の強いキャスタークラスや、舌が肥えてる王侯系サーヴァントたちは軒並みカレームに票を入れた。
一方で。
「そりゃあ味がいい方がどっちかって聞かれるとそう答えざるを得ないんだが……今回は『どっちが好みか』、でしょ?なら、オレはこっちを取りますかね。不本意だけど、お堅いのは苦手っすわ~」
と、エミヤに票を入れる者も少なくない。
票は見事に割れに割れた。
しかし、事の発端を考えるとこの勝負に決着をつけられるのは1人だけである。
皆が一様に注目する中──静かに立香は椀を置く。
眉間に固く皺を寄せたまま、目を伏せて沈黙を保つ彼を、皆が固唾を呑んで見守る
両肘をテーブルにつき、いわゆるゲン〇ウポーズのまま固まり、数刻。
「…………マスター?」
痺れを切らせて声をかけたのは、誰だっただろうか。
それにもなお答えない立香に、宝具を纏ったロビンがそっと忍び寄り──。
「このバカ、悩みすぎて知恵熱起こしてやがる!!!!」
「はあ!!?」
「ちょっ、嘘でしょ!!?」
「メディック、メディ―ック!」
「急患ですか!!!!!!」
「ナイチンゲールさんはお引き取り下さい!!」
「ドクターんとこに連れて行くぞ!!!」
一気に場が騒然となったのも束の間、すぐさまサーヴァントたちが顔を真っ赤にしてうんうん唸っている立香を担ぎ上げ、ばたばたと医務室に飛び出していった。
厨房にいたことから初動が遅れた2人だけが取り残され、唖然とした様子で遠ざかる喧噪を見送る。
「……これは、今回は引き分け、ですかね?」
ちらり、と伺い見上げるカレームに、エミヤは短く嘆息する。
「勝負自体はそれで構わんが……結局のところ、今回の主題は明日の調理担当だろう?しかし、決定権を持つマスターがああでは──」
「あぁ、そのことでしたら、エミヤさんがお願いします。当初のマスターの要望ですし、今回でエミヤさんの料理を望まれる方も多いことがわかりましたから」
「……これまた、あっさりと引き下がるものだな?先程の威勢はどこへ行った?」
勝負前の剣幕とは打って変わって殊勝な態度をとるカレームを訝し気な目で見やるエミヤ。
その視線に対して気まずげに顔を逸らしたカレームは、しどろもどろに答えを返す。
「いや……その……調理中に頭が冷えたと言いますか、理性が戻ってきたと言いますか……。すみません。
「どんな英霊でも、難儀であることに変わりはない、か……」
「う、うう……すみません……」
本当に申し訳なさそうに落ち込む彼女の様子に嘘はないと見て、しかしまだ残る疑問点を問う。
「……しかし、料理研究家というのなら、それこそ私の料理をそのまま上位互換することもできたんじゃないのかね?それならば、マスターをあそこまで迷わせることもなかっただろうに」
「────それは、だめです」
不意に、カレームの語気が強まった。
「だって、そんなことをしたら──
「……、何?」
「エミヤさん。私のことを以前から史実で知っていたのならば、疑問に思ったことはないですか? 何故、貧民街で路頭に迷う小娘が、王侯貴族に召し上げられるまで登りつめたのか。何故、敗戦国たるフランスが、ウィーン会議で土地を失うどころか、セネガルを獲得できたか。
──
「────ッ!」
背中に冷たいものが這い上がる感覚に戦慄するエミヤに対して、にこり、と何でもないように笑うカレーム。
「安心してください。マスターに普段お出ししている料理は、全力では作っていますが
──でも、ここまで言ったらわかるでしょう?もし、私がエミヤさんの──
「…………」
「ですから、今後マスターが同じような要望をしてきた場合はエミヤさん主導でお願いできますか?私は今まで通り、『繊細で高級感のある、ちょっと背伸びした料理』を作るので」
「……これは、マスターもとんだ狸を掴まされたようだな」
「うわ、仮にも女性にそんなこと言います?」
「文句があるなら、マスターたちが置いていった食器の片づけと、明日の下準備を手伝ってくれたまえ」
「あ、それならいつでもやらせてもらいますよ!任せてください!」
エミヤの言葉に、カレームは袖をまくって応える。
明日の食卓には、きっと団らんそのものが詰まったような、温かい料理が並ぶのだろう。
そんなことを考えた、1人の弓兵と、1人の料理人の夜は、更けていった。