(訳: リアル忙しすぎて更新遅くなりましたすみません。多分また更新遅くなります。眠い)
ところでチーズ消費世界1位ってフランスらしいですね。
「あ────!!もう!なん!なの!よ!!!」
食堂にて、怒声を振りまき、流れるような桃色の髪を振り乱しながら目の前の皿を貪り食う女が1人。
均整のとれた完璧な肉体のどこに入っているのかも知れない量を飲んでは食い、食っては飲む。
カルデアきってのワガママ女王、メイヴ恒例のヤケ食いタイムである。
「また一段と食べますね……今度は何があったんです?」
新しい皿を運びつつ問うカレームに、メイヴは空になったジョッキをテーブルに叩きつけながら睨め上げることで応える。
「何が、ですって……?あんたが!あいつに!あんなものを渡すからこんなことになってるのよ!!」
「あんなもの……?」
「チーズよ!チーズ!!あのでっかいチーズ!!」
「チーズ……?……あ、あぁー……」
しばし逡巡したカレームだが、察しがついた瞬間に、納得と嘆息が入り交じった声を上げて目をそらした。
事は、数日前に起こったイシュタルカップ──もとい、駄目神の暴走による大迷惑騒動に端を発する。
自国コノートに金星のテクスチャを被せられたメイヴが激怒し、レース参加者たちを、彼女自らが長を務める監獄に収容してしまったのだ。
そして、参加者たちが脱獄を試みる中で──モニター越しに、カルデア側の観客全員に周知されてしまった
女王メイヴの死因が、チーズだということが。
ここで重要なことは、その逸話が公表され、実際にチーズを用いて暗殺されかけた場にいたのは、カルデアにいるメイヴとはまた別に、サーヴァントとして召喚された彼女であるということである。
更に、当のカルデア所属のメイヴは自らが主役となれない舞台を好まず、レースの観戦には訪れていなかった。
それが何を意味するかというと──。
「レースが終わって帰ってきて、皆が私を見て笑いを堪えるようだったり、憐れむような顔を向けてくるから何かと思えば、突然あのバーサーカーがチーズ持って追いかけ回してきたのよ!?この女王たる私を!その時の私の気持ちがわかるかしら!?わからないわよね!?
ちょっと水着になったからって調子乗って!!あーもう!ムカつくったらないわ!!」
肩を戦慄かせながら憤るメイヴ。
対してカレームは、心当たりのある数日前のことを思い出していた。
イシュタルカップが幕を閉じた直後、即座に食堂に来た水着バーサーカー……第ロック天魔王こと織田信長がチーズを強請ってきたのである。
「酒のつまみにちょいとなーほしいんじゃよなーなるべくでかいやつがいいかのー切るとか面倒じゃろうから丸ごとで構わんぞー」
などと嘯く──いや、本人としては本気なのだろうが──彼女に、屋台の後片付けに追われながらおざなりに受け答えしてしまったのが運の尽き。
「酒盛りしようぜ!これつまみな!」
と、パルミジャーノ・レッジャーノを抱えてメイヴを追いかけ回す魔王の出来上がりである。
──最もタチが悪いのは、彼女自身にはメイヴを貶める気が全くないという点だろう。
むしろ本当に酒を飲み交わして親睦を深めるつもりであり、宴会芸のウケ狙いでチーズを持ち出してきたにすぎない。
なにせ、死因弄りが鉄板ネタだと信じて疑わない連中筆頭である。
よくつるんでいる人斬りの吐血を臆面もなくイジるし、自分の死因も進んでイジって笑いをとろうとする。
脳の髄までぐだぐだしている彼女とメイヴの間には、自らの死に対する姿勢に関してマリアナ海溝より深い溝がある。
蹴り飛ばすこともできない圧倒的物量をもってサーヴァントととしての弱点を振りかざしながら迫られては逃げの一手しかない。
反撃もままならず、思うようになされるがままの状態によるフラストレーションは溜まるばかりで、それを発散させるためのヤケ食い、というわけである。
「元はといえばあんたが原因なんだから、ちゃんと責任取ってなんとかしなさいよ!」
「えぇー……?そう言われましても……そもそも、信長さんはそんなに悪意を持ってる訳では無いと思いますよ?」
「悪意もなしにやる方がタチ悪いわよ!」
「うぅーん……それはまあ……」
フォローはできない。
しかし、本当に彼女に悪意がないことは、生前から幾度も外交の場に伴っていたカレームにとっては承知の上である。
信長は完全な善意のもとのコミュニケーションに最悪手を選んでしまい、当然の如くそれをメイヴが拒絶している。
このままでは両者共に現在の距離感のまま、膠着に至ってしまうだろう。
そう、メイヴ自身が、歩み寄りの姿勢を見せない限り。
ならば──ここからは、外交の担い手の出番である。
「じゃあ、こちらが信長さんを怖がらないようになればいいのでは?」
「はあ?」
名案を思い付いた、と言いたげにパンッと手を合わせるカレームに対し、メイヴは不機嫌さを隠そうともせず、その美しい
「彼女が追いかけるのは貴女が逃げてしまうからです。なら、とりあえず彼女から逃げなくなれば追いかけっこの図式はなくなりますよね。その状態ならば、少なくとも貴女ほどのサーヴァントが一方的にやられることはないでしょう?」
「当たり前よ!私は女王!あんなお調子バーサーカーにただでやられるわけないでしょ!あいつがチーズさえ持ってなければね!!」
「そこですよ。貴女が信長さんから逃げる理由は彼女自身ではなく、彼女が持っている
「私だって好きで逃げてるわけじゃないわよ!!あんたもう忘れたの?チーズがぶつかれば死ぬのはもう'法則'としてこの霊基に刻まれているし、見れば身体が勝手に動くのよ!」
その言葉を待ってましたとばかりに、普段ではあまり見られない程にんまりと、カレームは笑んだ。
「おやおや、貴女こそ、お忘れですか?──貴女の目の前にいるサーヴァントは、こと食事に関することならば最優なんですよ?」
***
ふつふつ。
ふつふつ、と。
小鍋に満たされた乳白色が、控えめにその水面を波立たせる。
鍋の底を炙るガスコンロの脇には、茹でられた野菜とソーセージ、厚切りのベーコンが並べられた皿。
「……なにこれ」
「何って、チーズフォンデュですよ。固形じゃない分、拒絶反応は控えめなんじゃないんです?」
その鍋を正面に据えるメイヴの問いかけに、カレームは何となしに応える。
「まずはチーズ=固くてぶつけられると死ぬもの、というイメージを払拭してもらいます。そして、食事という形で体内に取り込むことで、チーズに対する外敵意識を緩和しましょう。
これでチーズを見た時に起こる動揺や精神的ストレス、またはそれらによって起こされる一瞬の身体の硬直などを解消できれば、戦闘時にもプラスに働くと思いますよ」
「……あんた、存外に口が上手いわね。政治の経験でもあるのかしら?」
「まさか、私はしがない料理人ですよ。ただ、腹が立つくらいに腕が立つ方を知っているだけです」
言いつつカレームはフォンデュフォークをブロッコリーに突き刺し、チーズの海にくぐらせる。
茹で上がって鮮やかな緑を放つ蕾の一つ一つにチーズが絡まり、白く覆われていく。
「はい、どうぞ」
細く糸を引いて滴り落ちるチーズを、フォークをくるくると回すことで切り、湯気を立てるブロッコリーをメイヴの眼前に突き出した。
一瞬構えたように身を硬直させたメイヴだが、鼻の先の近距離から漂う芳しい香りには抗えなかったようで。
いいように乗せられていると自覚しながらもブロッコリーを一口で頬張った。
「はふっ、あつ……あ、おいしい」
「でしょう?」
融点を超える熱を帯びたチーズをしばらく口の中で転がして冷まし、咀嚼していたメイヴからぽろりと出た言葉に、カレームはここぞとばかりに食いついた。
「信長さんのことが無いにしても、こんなに美味しいものを食べないのはもったいないですよ!あとは御自由にお食べ下さい。私は他の料理の支度がありますので」
持ち手を反転させてメイヴに手渡し、厨房に下がっていくカレーム。
一人チーズと対峙したメイヴは、具材をフォークに突き刺し、果敢に挑んでいった。
チーズの海にくぐらせ、頬張る。
それだけで何故こんなにも心が魅了されて止まないのか。
とろり、ねとりと口の中に溢れるチーズの、塩気と発酵物特有のほんの少しの酸っぱい風味。
喉が渇くほどの粘度の高い味を、茹でられた野菜の水気、ベーコンやソーセージの肉汁が優しく癒していく。
ブロッコリーやニンジンなどの野菜は砂糖が入っているのかと思うほど甘く、軽く噛むだけで静かにくずおれてチーズの濁流に飲まれていく。
一方でベーコンやソーセージは表面が炙られており、干上がった表皮を食い破れば一転肉汁が溢れ、口内で二種類の濁流がぶつかり合う。
数多の男を惑わし、魅了してきた女王の心は、今、目の前の料理にのみ囚われていた。
(くっ……この私がここまでいいように乗せられるなんで……しかもキャスターに!本来こんな目の前にチーズが置かれたならその場で蹴飛ばしてるところよ!)
などと内心とてつもなく悔しがりながらも、フォークをチーズにくぐらせる手はとまらない。
だが、次の瞬間に目にした光景には、流石に動きが硬直した。
カレームが厨房からこちらに転がしてくるワゴンに乗った──半月形の巨大なチーズに。
突然、明確な形を持って現れた天敵に、メイヴはほぼ反射で立ち上がり、距離をとる。
「わっ、わっ、落ち着いてくださいメイヴさん!大丈夫です!ぶつけたりなんかしませんから!」
「じゃあ何なのよそれは!!あんた、もしかしてあのバーサーカーとグルなわけ!?二人して私をハメようとでもしてるんでしょ!」
「違います違います!!そんなことは誓ってしてません!!これも料理ですよ!」
総毛立てて威嚇するネコのように警戒心を跳ね上げたメイヴに、カレームは慌ててどうどうと宥める。
彼女の言葉を裏付けるように、チーズは何やら特殊な装置に設置され、その切断面が熱せられており、ふつふつと泡立っているのが見えた。
「ラクレットという、私の国でもよく食べられてる料理です。こうやって、溶けた部分から削っていって……」
言葉ととも実践すると、とろ~~~りとチーズが緩慢な雪崩のごとく流れていき、皿の上に乗ったじゃがいもの上に降り注ぐ。
完全に溶けたチーズの虜になってしまっているメイヴは、それを見ただけで、自然を喉を動かしてしまう。
「これなら、固形チーズを目の前にしても食べられるかと思いまして。さあ、どうぞ」
「うう……うぐぐぐぐ……」
先程まで自身が座っていた席の前に置かれた皿に、警戒よりも欲が勝ったメイヴは再び席につき、フォークを突き刺した。
──ワインで希釈された先程のチーズとは比べ物にならない、純度100%チーズ!
暴力的なまでの濃厚な風味と少し焦げた部分からくる仄かな苦みが口いっぱいに押し寄せる。
同時に口に放り込んだじゃがいもも、咀嚼するとほろほろと崩れ、中からほくほくと熱い芯が現れる。
この優しい食感と甘味が、またチーズに合うのだ。
「うううう~~~!!こんなのずるいわよ!!美味しいに決まってるじゃない!!」
掌で転がされる屈辱と抗えない多幸感の板挟みで、メイヴはいよいよ半べそをかきながらチーズを口いっぱいに頬張るのだった。
──と、そこに。
「お!なんじゃなんじゃ、良い匂いがするからもう
謎ウェポン、ヘシkill・ハセーベを肩に担ぎ、スカジャンに身を包んだバスターみ溢れる夏モードなカオスバーサーカー、織田信長が顔をひょっこりと出してきた。
無論、ハセーベを担いでいる方とは逆の腕に、巨大チーズを抱えながら。
「げっ!元凶バーサーカー!」
「この第ロック天魔王を前にして『げっ!』とはなんじゃ『げっ!』とは!儂の宴の誘いも悉く突っぱねおって、世が世なら打ち首獄門でも是非もないんじゃからネ!
――しかしあれじゃな、罰ゲームのわりにはうまそーにヒョイパクヒョイパク食べとるのう、チーズ。おぬしがそんなにリアクション薄いなら、宴会芸にもならんし、せっかく儂が用意してやった
「宴会芸って……あんたそんなことのためにチーズ持って私追い回してたわけ!?」
「?それ以外に何がある?こんな面白いネタ使わん手はないじゃろう!」
「信長さん、もうそのチーズ使わないなら返してくださいよ。せっかくですし、今からそれでお二人にチーズグラタンでも作りましょう」
「あ、儂それ知っとる!小麦粉を小麦粉に混ぜたやつを小麦粉で包んで油で揚げて小麦粉に挟んだロックな食い物のアレじゃろ!」
「あんな頭悪い料理は作りませんよ」
「ソンナー」
──あ、まじでこいつタチが悪いだけだ。
暴風雨に理屈などない。
本来は聡いメイヴには、このやりとりで全てを察するには十分だった。
同時に、怒りを通り越した安堵やら呆れやらで全身の力が抜け、長いため息と共に机に突っ伏した。
「私の今まで逃げ回ってた労力と怒りの精神的疲労は何のために……」
「だから言ったでしょう。信長さんはこういう人なんですって」
「……あぁー!もう!!馬鹿らしくなってきた!この食堂のチーズありったけ持ってきて!!今日はとことん食べるわよ!!」
「お!いけるクチじゃなおぬし!給仕!儂にも酒と肴を持ってこい!宴じゃあ!」
「誰のせいだと思ってんのよ!でも私も飲む!ワイン持ってきて!」
ギャイギャイと、二人だけのはずなのに随分と騒がしくなったフロアを背にしつつ、カレームは夕食のメニューボードを書き換えた。
──本日、チーズフェアやってます。
聖杯について
「聖杯……そういえば、ずっと気になってたんですよね。あれ、ワインを注ぐとどんな風味になるんでしょう?」