ちょっとオニランドネタバレ?かも?
去年のハロウィンイベでも読めるようにはしています。
ハロウィーン。
古代ケルトの風習に端を発する収穫祭。
現代では多くの国や文化に根付き、毎年10月末には仮装とお菓子がつきものである。
無論、季節感のない──季節感がないからこそ、カルデアでもこのような行事は大事にしており、キッチンから管制室スタッフへ差し入れされるおやつも、この時期にはクリスマスや新年に並び、特に力が入ったものになる。
しかし、それを運ぶカレームの顔は、非常に晴れないものであった。
「………………」
「ど、どうかしましたか?カレームさん。そんなに口をへの字にさせて……」
モニターの前に座るマシュが、見るからに不機嫌オーラを漂わせているカレームに、恐る恐る尋ねる。
「……だって、毎度毎度ハロウィンには手塩にかけたお菓子を作っているのに、全っ然マスターに渡せないんですもの!毎年特異点にレイシフトして、帰ってくるのはとっくにハロウィンが過ぎた後!スタッフの方々や他のサーヴァントに渡せるので無駄にはしていませんが、それでもフラストレーションは溜まるんですよー!」
ぷんすこと憤慨しながら、通信のマイクに音声が入るような声量で不満をぶちまけるカレーム。
その通信先にはもちろん、話題のマスターがいるわけであって──。
『ご、ごめんね。毎年毎年エリちゃん問題にかかりきりになるから、つい……』
「私も少し前まではご一緒していたので、耳が痛いですね……」
反省している声色の後ろからは、しかし愉快な音楽や声が聞こえてきて、どうにも真摯に受け止めきれない。
「それなら君もレイシフトについて行けばいいじゃないか。ハロウィンの雰囲気たっぷりでお菓子を渡せるよ?」
と、声をかけるのは、同じく存在証明に勤しんでいるレオナルド・ダ・ヴィンチ。
「む、スタッフの方々の数少ない楽しみよりも優先させようとまでは思ってませんよ。キッチン担当のサーヴァントが特異点に向かう時もありますし、1人くらいは厨房を守っていないといけませんからね。──というか、貴女も結構楽しみにしておいてよく言いますよね、ダ・ヴィンチ女史」
「そりゃあまあね!いやあ去年のパンプキンタルトは絶品だったなあ!食べられなかったマスター君は残念だったなあ!」
『うわーっ!ダヴィンチちゃんずるい!』
「はっはっは!いい機会だ。毎日アントナン・カレームの料理が食べられる環境の有難味を噛みしめるといいよ!」
「そうですよそうですよ!当時のヨーロッパ王族皇族が奪い合った品なんですからね!もうちょっとはその価値を理解してくださいよ!──と、いうことで、今年はマスターへの
『……へ?』
「
「な、なんという押し付け……」
「うーん、お菓子ヤクザだねえ!いっそ清々しい!」
堂々と宣言したカレームの勢いに、若干引きつつ声を漏らすマシュと、呆れを通り越して変な笑いを起こしているダ・ヴィンチちゃんという、実にシュールな管制室なのであった。
「しかし、通信越しでないとやりとりできない状態でどのように悪戯を……?レイシフトする、というわけでもなさそうですが……」
「決まってるでしょう──通信の目の前で、管制室の皆さんにこれ以上なく美味しそうにお菓子を食べてもらうのです!マスターが帰って来れないことを恨むくらいに!
……ということで、本日のおやつはドーナツです。カボチャなどををふんだんに入れた、ハロウィン仕様ですよ!」
と、管制室にワゴンで運び込まれた
薄っすらと見える湯気が、出来立てであることを示している。
小麦色に上げられた生地の上に、粉糖やオレンジや紫──おそらくカボチャやブルーベリーの色である──のクリームが掛けられており、コウモリや蜘蛛の巣を模したチョコレートがデコレーションされている。
季節感を全面に出した大量の甘味に、カルデアの職員たちがわずかに色めき立つ。
「じゃんじゃん食べてくださいね!そしてマスターに見せつけてください!ほらほらマシュも!」
「えっ私も……?いえ、先輩への嫌がらせだとわかっているものを受け取ることはできませ──」
「えいっ」
スタッフがドーナツの山に群がる様を尻目に、ずずいっとマシュにその中の1つを差し出すカレーム。
鼻先に突きつけられる芳しく甘い香りへの誘惑を断ち切ろうと、マシュが
「嫌がらせ半分は確かですが、ハロウィンにも頑張っている皆さんを労わりたいという思いも確かにあります。第一、ここで食べられなければこのドーナツの山は無駄になってしまいますよ?」
ふに、と唇に押し付けられた生地から熱が伝播し、油をたっぷりと吸い込んだそれが、ほんの少し口を開けば味わえるという事実が、マシュの口内に唾液を分泌させる。
「くぅっ……先輩、すみません!」
謝罪の言葉と共に、カリカリに揚げられたそれを控えめに啄む。
歯応えのある表面に歯を立てると、揚げたて特有の、砂糖が沁みた油がわずかに滲み出て、色素の薄い中身が顔を出した。
小麦と卵と砂糖と油。
これが集まって、美味しくないわけがない。
サクサクほこほこと生地を頬張ると、コーティングシュガーがシャリシャリと音を立てて混ざり合っていく。
「……!ふわふわでサクサクで、とっても美味しいです!」
「でしょう?でしょう?いやあせっかく作ったのに食べられないマスターは残念ですね~」
『くぅっ……!』
「ほら、こっちのカボチャを練り込んだ生地のものや、ブルーベリーのチョコレートをかけたものもどうぞ!」
「はい!ぜひいただきます!」
マシュ、陥落。
プレーンなシュガードーナツを食べ終わった彼女は、勧められるがままに次のものに手を伸ばす。
カロリーなど何のその。真に美味しいものの前では我慢など無為に帰すのみである。
「んむっ、こっちのカボチャフレーバーのものは優しい味がしますね!ブルーベリーの方も、酸味とチョコレートの甘さが絶妙にマッチしてます!」
「ほらほら~ハロウィン限定のフレーバーですよ~?ここで食べなければまた一年後ですよ~?」
『ううううぅうう……!くそっ、こんなの食べたくなるに決まってるだろ!皆!一刻も早く特異点解決してカルデアに戻るよ!』
「早くしないと無くなりますので、急いでくださいね~」
特異点に同行するサーヴァントたちに声をかけ、奮起する立香。
純粋な感動をそのまま口に出すのはマシュの美徳であるが、今この場でそれは立香にとって毒にしかならず。
これを狙ってマシュに食べさせたのならタチが悪いよねえ、と、ドーナツを頬張りながら思うダ・ヴィンチちゃんなのであった。
ちなみに、今回の特異点で聖杯回収が完了してからの撤収速度は、歴代トップに記録されるレベルのものであったとか。
絆Lv3
「生前は雇い主からの注文を受けるだけでしたが、こうして作りたいものを作り、それを美味しそうに食べてもらえるというのもうれしいですね……照れてませんよ?照れてませんったら!」