「こ、れ、を……貸して、ください!」
ドスン、と音を立てて机の上に置かれたのは、本の山。
1冊でもそれなりの質量を持つ紙の束が、更に束になって、持ってきた本人の細腕が手折れそうである。
それを見た地下図書館の司書──紫式部は、ぱちくりと目を瞬かせながらも、やってきた自らの仕事に張り切って取り掛かった。
「はい……貸し出しですね。ええと……『寿司技術指南書~江戸前編~』、『寿司の全て』、『寿司の見せる貌』……
貸し出す本の内容と、それを借りていった人との関係に立ち入ることは、プライベートを詮索するに等しく、本来ならばご法度に近い所業ではあるのだが、ここは司書としてのお役目よりも、作家としての好奇心が勝ったようで。
目の前の、如何にも西洋の出で立ちをしている彼女がここまで寿司に興味を抱いたプロセスに、式部もまた、興味を抱いたのだ。
「失礼ですが、お名前は?」
「はい、アントナン・カレームと申します!以後お見知りおきを」
「やはり、南蛮のお方……。あの、何故、和食である寿司を?」
「洋服に身を包んでいる貴女も貴女だとは思いますけれど……。
それはさておき、お客様からのご要望でして。名前は伏せますが──」
『──食いたいモン?そりゃァ江戸前の握り寿司さね!蕎麦も大福も大好物だが、久しく食べてないってェとやっぱ寿司サ!マグロの漬を肴に一献やりたいねェ』
『──お寿司!沖田さんも最近食べてないですねえ。エミヤさんはともかく、紅閻魔さんもなかなか作ってくれませんし……。ね、土方さんもお寿司食べたいですよね!』
『──沢庵巻が食いてえな』
『──何々?ご馳走の話?なら茶々と沖田ちゃんも混ぜて混ぜてー!』
『──お寿司……それはおでんよりも美味しいのか?』
「──と、リクエストが大量に来たので応えないわけにはいかず……しかし、日本人として一日の長があるかと思ったエミヤさんやタマモキャットさん、果ては紅閻魔さんまで『自分には教えられる程の技量はない』、と……。なので、文献と聖杯で知識を得て、指導役の皆さんには味見に徹していただくことで納得できる形にしようと思いまして」
「ああ……続きを続きをと大勢の人から急かされる焦りと不出来な物を出すまいという緊張……心中お察しいたします……」
「いえ全然そういうのは無いんですけど」
「えっ」
「えっ」
予想外にけろりとした対応をとられた式部は、口を開けて呆ける。
「いや、しかし……。こう、失敗したらどうしましょうとか、自分だけ成功して妬まれたらどうしましょうとか、そういうことはないのですか……?」
「お客様に出すまでに万回の失敗をしようとも、お客様が喜んでくださればそれで大成功ですし、生前から厨房の中では妬み嫉み嫌がらせは日常茶飯事ですもの。寧ろここで力量に差をつけることでたくさんの
(解説)と、胸を張って答えるカレーム女史の姿には、一遍の迷いも見受けられないのであった。
「はわわ……」
自らの陰陽道──泰山解説祭が無作為に発動してしまったことと、それによって明かされる正反対のメンタリティに、思わず式部の口から声が漏れる。
「どうかしましたか?──、ああ、そういえば貴女も日本出身の方ですよね?お寿司、ご興味はありませんか?」
(解説)成功した時、自らの成果を見せびらかしたくて仕方のないカレーム女史なのである。
「あわわ、また……申し訳ありません……」
「? ですから、お寿司について……」
「あ、ええと、そうですね……。私の時代には”なれずし”という、発酵食品に近しいものがありましたが、握り寿司、というものは、
「でしたら、完成した暁には、是非とも味わってください!ご招待いたしますので!」
陰陽道に頼らずとも分かる、裏表のない言葉に、式部の口が思わず綻ぶ。
「……えぇ。それでは、その時はご相伴にあずかりましょう」
「決まりですね!それでは、腕によりをかけて研究してきます!っととと……」
(解説)と言いつつ、カレーム女史は大量の本に足をふらつかせるのであった。
「あわあわ……お手伝いしましょうか……?」
***
それから数日。
『もうシャリの匂いが嫌になってきた』『握りの所作を見過ぎてノイローゼになってきた』『その熱心さ、他の生徒にも見習わせたいでち!』などという日本人サーヴァントたちの言葉を浴び続けて、数日後。
「出来た……のですか?もう?」
「はい!握り寿司、極めましたとも!なので、食堂にいらっしゃいませんか?本を貸していただいたお礼に、最初に式部さんに味わっていただきたく!」
(解説)自分でも予想外に早い職人の域への到達に、自らの才を恐れながらも、それでも誰かに褒めて欲しくて仕方ないとばかりに目を輝かせる女史。
「そうですね……他の方がたくさんいらしたら、支障がありそうですし……色々と……」
「支障……?とにかく、いらしてくださいな。寿司は新鮮さが命ですから!」
ぎゅ、と式部の手を握り込み、誘うカレーム。
「はわ……」
突然のスキンシップに照れを隠せないまま、式部は控えめに頷いた。
食堂を訪ねると、カウンター席越しに見える、柵の魚と酢飯の入れられた桶。
式部を席に促した後、カレームはカウンターの向こう──式部の正面に立つ。
「──では、握っていきましょうか。お好きなネタは?」
「ええと……本で読んだだけですが、鮪が人気であると伺いました」
「マグロですね!ではまずはスタンダードな赤身から……」
そう言って包丁を持ったカレームの手元が瞬間、霞んで消えた。
「……!?」
式部がパチパチと数回瞬きをした後には、既に赤い柵は切り分けられていて。
呆ける暇もないまま、ネタがシャリと融合していく一瞬を、式部は見届ける。
「──はい、どうぞ」
は、と式部が気を取りなおした時には、既に目の前で赤と白が美しく照り輝いていた。
「す、すごいですね……」
「何の。ご感想は食べてから頂きましょう」
と、差し出される箸を受け取り、式部は目の前の芸術品をつまみ上げる。
ちょいちょいと醤油皿に触れさせ、はしたないながらも一口で頬張った。
「……!!」
咀嚼を進めるごとに、ふわりと崩れる米粒と酢の香り、そして肉厚な鮪の旨味が混ざり合っていく。
それはまるで溶けるようで、醤油から仄かに香る大地の恵みと、海の恵みが静かに絡む。
ツン、と鼻を掠める
「これは……大変、美味しいです!」
「それは良かった!では、次はこちらを──中トロです」
差し出されるがままに口に入れると、先程よりも一層強い旨味と、蕩けるような食感に唸らされる。
淡泊ながらも主張は負けない鯛やハマチ、ねっとりとした食感が楽しい雲丹に、プチプチとしたイクラの軍艦巻き……。
色とりどりの宝石箱のような味の展覧会に夢中になっていた式部が、普段から制御できないものを抑えられるはずもなく──。
「……おンやあ?今日の板前さんは随分と上機嫌だねェ。いやいやわかるよォ。おれも納得のいく一枚が描き上がった時にゃあ、誰かに見せびらかしたくてしょうがないってもんだもんなァ!」
「おや、お栄さん!いらしたんですね。ささ、お座りくださいな。とっておきの一貫を振る舞いますよ!
……ところで、そんなに分かりますか?何だか少し恥ずかしいですね」
「……?分かるも何も、
「文字……?」
「あわ、あわわわわわ……!!すみませーん!」
式部から
霊 基 再 臨
Lv.30→40
「見た目は変わらない?なら、マスターの舌でお確かめくださいな」