これからも気ままにまったり書いていきたいと思うのでどうぞよろしくお願いします。
「……よし」
取り出した天板を置き、厨房でひとりごちるカレーム。
まだ湯気がたつ
別の天板に用意していた第二弾を、オーブンが冷めないうちに再びセットし、加熱。
その後は水を入れた鍋に火をかけ、温まるまでの間に冷蔵庫から冷やしていたクリームを取り出し、絞り袋に詰め替える。
鍋から湯気が立ち始めるとボウルにチョコレートを入れて湯煎にかけ、溶けだすのを待つ。
ふ、と一瞬だけ生じた空白時間に、カレームが冷ましている天板の方を見た。
そこには、天板の中をカウンターからのぞき込む巨躯。
「っ!!?」
まったくの予想外の存在に──実の所はカレームが作業に集中しすぎて気づかなかっただけなのだが──大きく体を揺らしたことで、ボウルと鍋の縁がぶつかり、派手な物音を立てる。
そのけたたましさに、巨躯はのそりと動いてカレームを見た。
褐色の肌に外気に晒したままの筋肉、首元から頭頂にかけて顔のまわりをすっぽりと覆う白く豊かな体毛。
動きに合わせて、足元から金属の擦れる音が聞こえる。
赤く大きな双眸がじ、とカレームを見つめた。
「……だい、じょうぶ?おどろかせ、た?」
見た目にそぐわぬ幼い、たどたどしい喋り方に、カレームは一気に警戒心を解く。
「……いいえ、大丈夫ですよ。こちらこそ、急に大きな音を立ててしまってごめんなさい」
「いい、ぼく、みてただけ、だから」
そう言った彼は、再び視線を落とし、天板を見つめる。
「それ、気になりますか?」
「うん、とてもいいにおい。これ、なに?」
「今日のおやつです。私が生前に考案したお菓子で、名前は──」
「──アステリオス!」
と。
2人の会話の間に、突然甲高く鋭い声が飛んできた。
声の出処を2人で見やると、食堂の入口に1人の少女。
清楚な白いワンピースに身を包んだその華奢な体は、守られ愛される嫋やかさの具現のよう。
ゴルゴーン三姉妹が次女、ギリシャ神話の女神の1柱、エウリュアレの姿がそこにあった。
「えうりゅあれ」
「勝手にどこかにふらふらと行ってしまうのをやめなさい。あなたは私を守る大義があるのよ?常に私の傍にいることを心がけなさいな。ああ、あなたを探して歩き回ったら疲れちゃった。乗せなさいアステリオス」
「ご、ごめん」
矢継ぎ早に言葉を紡ぎながらこちらに向かってくるエウリュアレに、巨躯──アステリオスは、わたわたと慌てつつしゃがみこみ、彼女を抱き上げる。
アステリオスの片腕に脛を抱えられ、その上に腰掛けるようにして体を落ち着かせたエウリュアレは、視界が高くなったことでカウンターの向こう側、厨房が覗けるようになった。
そして、アステリオスの前に置かれた天板──その上に乗せられた楕円形の焼き菓子が目に入る。
「……あら?アステリオス、あなたこれを見てたの?」
「うん。とても、おいしそう」
「珍しいわね……あなたは見るもの全てに大げさなくらい喜ぶけれど、自分からここまで食いつくなんて。
ふぅん、お菓子ねえ。昔はヒトから嫌ってほど捧げられていたけど、そういえばここに来てからはあまり食べてないわね」
アステリオスともども天板をを覗き込んでいたエウリュアレの視界から、一つ焼き菓子が消える。
その行く末を二人が目で追うと、カレームが片手に焼き菓子を一つ、もう片手に小ぶりなナイフを持っていた。
ナイフの刃先を菓子の中腹に滑らせると、サクリという小気味よい音と共にぱかりと開かれ、その内側を覗かせる。
流れるような鮮やかな作業に、二人は呆けたように口を開けて見入っていた。
「……ふふ、これもまた、縁というものかもしれませんね」
「?」
「どういうことよ?」
「このお菓子、私が考えて名付けたものなんですけれど、名前をエクレール――フランス語で、“稲妻”というんですよ」
「……いな、ずま?」
「雷のことです。あなたと同じですよ、
にこり、と笑いかけたカレームの言葉を一拍置いて理解したアステリオスは、目を瞬かせる。
「ぼくと、おそろい!」
「ええ、だからついついおかしくなっちゃって。知らないのに何となくわかったんでしょうか?」
開いた腹に絞り袋でクリームを流しいれつつ、くすくすと笑うカレーム。
そんな二人の会話を聞いて、面白くないのはエウリュアレだ。
疎外感についつい言葉に棘が混ざる。
「……で?何であなたはたかがお菓子にそんな大層な名前つけたのよ?」
「それは……まあ、食べてみた方が早いと思いますよ」
上からチョコレートをかけて、完成。
出来立てのエクレール、日本でいうところのエクレアが2つ、二人の前に並べられた。
まず先にエウリュアレがそれを掴み、新しい玩具でも眺めるかのようにしげしげと見つめる。
「何よ、稲妻らしさなんてどこにもないじゃない」
落胆したような声色とは裏腹に、甘いクリームとチョコの香りに、女神としての無垢な部分が抑えきれないのか、表情は高揚していた。
そして、あーん、とあどけない小さな口を開け、先端にかぷりと噛みつく。
すると。
「……~~~!?」
口の中に、一気にクリームが溢れだした。
収まりきらなかったそれは、唇の端から零れ、女神の美しい口元を汚す。
予想外の衝撃に面食らってしまったエウリュアレは、エクレア本体からも零れようとするクリームを見て慌てて二口目にかぶりつく。
先程までの余裕が崩れ、あたふたと目の前の菓子に食らいつく彼女を見て、カレームは堪えきれない、といったようにいたずらっ子のような笑いを声に出した。
「わかりました?そのお菓子、一口食べたら一気にクリームが零れ落ちてしまうんですよ。だから素早く、それこそ光の速さで食べなければいけない──だから、
「……!……っあ、あなたねえ!」
むぐ、むぐと口いっぱいに頬張っていたエクレアをやっと飲み込んだエウリュアレは、恥ずかしさか、怒りか、その両方かで頬を真っ赤にさせてカレームを睨む。
「クリーム、ついていますよ?女神様」
「……あなた、意外といい性格してるわね」
とんとん、と自分の顔で位置を指し示しながらニッコリと笑うカレームに、エウリュアレは投げつけるつもりだった憎まれ口を飲み込み、指で口元のクリームを拭い取って口に含んだ。
その一部始終を見ていたアステリオスは、自分の分のエクレアを掴み、あ、と大きく口を開けてその中に放り込む。
一回噛みしめると、口の中でクリームの大洪水。
表面は固めに焼き上げられてサクリと、中はもち、と少し弾力のある柔らかいシュー皮の食感のコントラストが楽しい。
滑らかで舌ざわりの良いカスタードクリームは濃厚な卵の風味と、バニラビーンズの甘い香りを内包している。
噛み続けているとやがて表面に塗られていたチョコレートが舌の上に到達し、カカオ分多めのほろ苦さがアクセントとなった。
「……!!」
もぐもぐと食べながら、その美味しさに目をきらきらと輝かせるアステリオス。
ごくり、と飲み込んだ後も、余韻に浸るようにしばらく固まっていた。
「……これ、これ!すっごく!おいしい!」
「それはよかった!まだまだたくさん作ってるので、じゃんじゃん食べてください」
「ちょっとアステリオス!何であなたもクリームこぼさないのよ!?私一人だけ、恥ずかしいじゃないの!」
「え、えと、ごめん、えうりゅあれ」
「まあまあ、女神様も、もう一ついかがです?」
「むぅ……食べる!食べるわよ!私直々におねだりされるなんて、これ以上ない名誉なんだからね!」
「ええ、喜んで」
「あー!うしさん、なにそれー!」
「あまいお菓子のにおいだわ!ひとりじめなんてずるいのだわ!」
「あー待って待って二人とも走らないで……うわっなにそれめっちゃうまそう」
とてて、と可愛らしい足音と共にこちらに向かってくるのはジャック・ザ・リッパ―とナーサリー・ライム。
その後ろには立香の姿も見える。
これから開かれるだろう賑やかで楽しいお茶会を想像して、アステリオスは無邪気な笑みを浮かべた。
クラススキル
陣地作成 C
自身のArtsカードの性能を少しアップ
道具作成 C
自身の弱体付与成功率を少しアップ
保有スキル
魔力付与 D
味方単体のNPを少し増やす
芸術審美 C
敵単体[サーヴァント]の宝具威力ダウン
食材解析 A+
確率で味方全体のクリティカル威力アップ+スター発生率アップ