カレームの外見描写のリクエストがあったのであとがきに挿絵を置いておきます。
第1再臨第3再臨での差分もまたいずれ上げる予定です。
「おい
と、尊大極まる態度で来訪してきた黒い騎士王──アルトリア・ペンドラゴン・オルタを見て、カレームは深い、深いため息をついた。
繁忙を極める夕飯時が終わり、小休止でもとろうかとしていた彼女は普段結い上げている髪を解いていたところで、緩くウェーブを描くそれが引きつった頬に当たる。
「……ほんっとうにあなたはこちらに悉く迷惑を掛けてきますね。嫌がらせなんです?暇なんです?」
「そんな下らん真似をするか。私は私の気の赴くままにしているに過ぎん」
「もうやだこの暴君……」
カウンターのど真ん中、カレームの正面に陣取るようにして座ったオルタに、カレームは自らの長く色素の薄い髪をくしゃり、と掻き上げながら眉間にしわを寄せつつ再びため息をつく。
普段、どんな客──その範囲はマスターや職員、サーヴァントにまで及ぶ──に対しても、バトラーの自称に恥じない丁寧な対応をとっている彼女がこのような悪い意味で砕けた態度をとるのは本当に珍しい。
しかし、それもそのはず。
この二人──アルトリア・オルタとカレームは、相容れない天敵同士と言ってもいい存在だからである。
料理の手練手管を錬金術と見紛う程にまで昇華し、魔力を練りこむことすら可能となる程に調理技術を極め、それによる緻密な料理を是とするカレームに、大量生産された高カロリー低栄養なジャンクフードを好むオルタ。
まさに水と油。
徹底的に食──料理に対する嗜好が異なる両者の対立は必定とも言えよう。
初めてカレームの料理──よりにもよって、オルタの好みを聞いて作った本格ハンバーガー──が振る舞われた時に、オルタが一口食べて「不味い」と吐き捨て、両者の壮絶な舌戦の果てに軽い乱闘騒ぎになったのは今では軽い伝説となっている。
「貴様の料理はいらん。適当に備蓄のハンバーガーを持ってこい」
「そんなもの、もうありませんよ。誰かさんが食べ尽くしてしまったので」
「何……?ならカップラーメンでもなんでもいいからジャンクフードを──」
「ぜーんぶ貴女の胃袋の中ですね」
「……………………」
閉口し、ぶすっとした顔でカレームを睨め上げるオルタ。
今回はオルタに非があることを本人が自覚しているため、文句がその口から放たれることはなかった。
しばらくの沈黙の後。
「……………………なら、やむを得ん。本当に、本当に不本意だが…………貴様の料理で妥協するとしよう。なるべく粗雑な味付けで、ジャンクな風味を再現した料理を出せ」
ピキリ、とカレームの額に青筋が浮かぶ。
顔に笑みこそあるものの、それがないとどんな顔になるか自分でもわからないが故に無理やり貼り付けているものだ。
「……あのですねえ、そもそもジャンクフードというのは、本来手間のかかる料理を画一的に、大量に、低予算で作るために機械を用いた結果の産物です。ならば、人の手で同じ料理を作ったらどう足掻いても手間暇かけたものになるのは当然の摂理でしょう。
ハンバーガーにしたってそうです。バンズを焼き、ミートパティを作り……下手な煮込み料理よりもよっぽど手間がかかる料理なんですよ?その注文は1周回って逆に贅沢がすぎるというものです」
「そんなものは客の知ったことではないな。注文された品を作るのが貴様の仕事だろう」
カレームの精一杯に慇懃無礼な文句を何食わぬ顔で一蹴するオルタ。
ああ、それとも、と。
挑発的な笑みを浮かべ、オルタは続ける。
「────所詮貴様の腕は機械以下だということか」
「…………は?」
地を這うような低い声。
す、とカレームの顔から笑顔が剥がれ落ち、マスターや他のサーヴァントには見せたことのない全くの無表情となった。
痛々しいまでの沈黙が続いた後──しかし、カレームは長く、長く息を吸い込み、そして吐き出す。
そうして面を上げた彼女は、普段通りとまではいかないが、困ったような穏やかな表情を浮かべていた。
「──わかりました。
そう言ったカレームは髪を簡単にまとめ、さっと手を洗ってから調理場に向かう。
彼女が奥に引っ込んだ後、程なくして調理音が辺りに響き始めた。
時折何かを叩きつけたり、強くぶつけるような場にそぐわぬ激しい音が聞こえるものの、それをスルーしてひたすら無言でオルタは待ち続ける。
しばらくすると香ばしい油と醤油の匂いが立ち込め始め、カレームが再び姿を現した。
どん、とオルタの目の前に出されたのは、湯気をたたせる巨大な黄金色のドーム。
普段は大人数用の料理を盛り付ける大皿いっぱいに盛られた炒飯であった。
「……これは」
「中途半端に余っていた材料を片っ端から入れて
皮肉気に笑うカレームの説明を悉くスルーして、オルタはレンゲを手に取って黄金の山頂部分をつつく。
つついた部分から美しいドームの均衡はほろりと崩れ、レンゲの窪みになだれ込む。
そのままはむり、とレンゲを口に含んだ途端、ガツンとくる風味。
焦げたニンニクやネギ、油と醤油が舌と鼻に殴りかかってくるような強い味。
カレームならまずありえないほど粗雑な味付け──それでも、一級品であることには変わりないのだが──だ。
噛むと、水気は残しつつ卵を纏った米粒がパラリパラリと口内で踊る。
細かく刻まれた焼豚を噛むと肉の旨味と塩気が、野菜を噛むとその甘味が、卵と米をまた彩った。
ジャンキーな風味を醸し出しつつ、どこか繊細さを捨てきれていないその炒飯は、カレームが期せずして最適解にほど近い品となっていた。
が。
「まあ、及第点か」
オルタは顔色ひとつ変えずにもっくもっくとその大山を切り崩していき、何の感慨も見せぬままペロリと食べつくした。
カラン、とレンゲが空の皿の上を滑る音が虚空に消える。
「また来る。次はもっとマシな味になるよう精進するんだな」
と捨て台詞を残し、オルタは来た時同様に尊大な態度のまま食堂を立ち去った。
一人、食事の跡と共に食堂に残されたカレームは、何度目とも知れぬ、しかし間違いなく今日一番の大きいため息をつき、うなだれる。
オルタの相手をすることに疲れたというよりは、自らの感情を御することに疲れた、というような。
「あンの暴君……いつか絶対あの口から直接"うまい"って言わせてやる……!!」
カレームの脳内において、研究レシピの項目に『ジャンクフード』が新たに登録された瞬間であった。