完全に春になる前にあったかい冬の食べ物を一つ。
ぽかん、と。
気の抜けた表情でカレームは目の前の山──主に山の幸で構成された大量の食材を見やる。
それを運んできた張本人、レオニダス一世は兜に覆われても察することができる程に満足げな様子で、一緒に抱えていた槍と盾を下ろし、壁に立てかけていた。
大の大人二人がかりでも持ち上げるのが難しいのではないかと思われるこの大山をどうして槍と盾を伴う状態で一人で抱えてきたのか、甚だ疑問である。
スパルタすげえ。
と、呆気にとられていたカレームは、数瞬して正気を取り戻し、首を振って気持ちを切り替える。
「これはまた随分と……こんなに沢山、大変でしたでしょうに」
「いえいえ、これがやり始めたら思いの外楽しくなってきましてな。はっはっは、獣との闘いは久方ぶりで存外燃えました」
「ははは……」
戦いを楽しむといった感覚が今ひとつよくわからず、熱い口調で語るレオニダスに空虚な笑いを返すカレーム。
「では、ご注文は何です?せっかくの食材です。早速調理いたしましょうか」
と、世間話をそこそこにして、本題に入る。
カルデアの食堂において作られる料理は、基本的にその時の食材の備蓄・消費期限に応じて決定される。
人理焼却が成される前から置かれていた食材はどれも基本的には魔術的・科学的な措置が施されており、消費期限はかなり長い。
従って、それ以外──レイシフトで赴く外界からもたらされる食材を優先的に消費しなくてはならなくなるのは必然。
つまり、
最初にそれに気づいたのは誰だったか。
生ものだけでなく、比較的足がはやい加工品や発酵物を自らの工房で作り、持参してくるキャスターまで出てくる始末。
今では"食材提供した者のリクエストをきく"というのは、カレームと他のサーヴァント間での不文律となっていた。
が、しかし。
「いえ、これは自分の分ではなく、マスターに食べてもらうためのものです」
レオニダスはにべもなくカレームの問いを一蹴してしまった。
「あら、そうなんですか?でも、マスター一人用にしては随分と多いような……」
「あぁ、いえ。少し語弊がありますね。正確にはマスターやマシュ殿、そして私と他のサーヴァントたちで食べるためのものです。ですので料理は今ではなく、明日の昼食にお願いできれば」
「なるほど。了承しました。それでその料理というのは?」
「えぇ、先日書房で見かけた料理なのですが──」
「──で、ちゃんこ鍋ってわけか」
立香は目の前に置かれた鍋の中を覗き込む。
鍋の中では白菜や水菜、椎茸やつみれが身を寄せ合い、くつくつと煮立っていた。
湯気と共に出汁の香りが立ち上り、トレーニング後の空っぽの胃を容赦なく刺激する。
「良い筋肉を作るためには良い鍛錬に良い睡眠!そして何より良い食事が肝要です!野菜と肉をバランスよく摂取し、なおかつ食べ慣れてて腹に馴染む食事がベストにしてマスト!よって本日の訓練は、これを昼食として食すことも込みなのです!」
熱弁するレオニダスは兜を脱いでおり、普段は隠されている精悍な顔つきを惜しげもなく晒していた。
「これがちゃんこ鍋……先輩の故郷では、スモウ・レスラーたちが食べる伝統的な訓練食だとか」
「うーん、間違ってはいないかな」
知的好奇心に目を輝かせながら、簡易コンロで火にかけられた土鍋に見入るマシュ。
「まさかカルデアでお鍋が食べられるとは思ってなかったなあ……よく土鍋なんてあったね?」
「ふふふ、そこは道具作成スキルの見せどころですよ。レオニダスさんのおかげで具材はたくさんあるので、思う存分お食べ下さい」
「まあそりゃあ、たくさんないと無理だろうけど……」
得意げに笑うカレームから視線を外し、立香は自らの周囲を見渡す。
マシュ、レオニダスの他に、ベオウルフ、坂田金時、カリギュラにスパルタクスにエイリーク……。
筋骨隆々のバーサーカーが揃い踏みで鍋を囲んでいた。
「なんでこのチョイス!?」
「当然です!戦いは筋肉を使うもの!ならば戦うサーヴァントたちにも筋肉を育てる食事は必要なのです!!」
「確かにバーサーカーは肉弾戦特に多いけども!」
思わずツッコんでしまった立香に、レオニダスが物凄い勢いで詰め寄っていく。
ただでさえ張り詰めた筋肉がひしめき合っているこの空間で、より圧が増した気がした。
「マスター食わねえのか?なら先に食うぜー」
「こういう食事も久しぶりだなァ。ガキん頃を思い出すぜ」
と、まだ言葉が通じるバーサーカー二人が先陣を切って箸を差し入れる。
「むう、その圧政的振る舞い、叛逆である、懲罰である!」
「ニク、ニクゥゥゥ!!!!」
それに続けて、正しい意味でのバーサーカーたる者たちが鍋に手ごと入れる勢いで突っ込んでいく。
ものの数秒で食堂は戦場に成り代わった。
「ほらやっぱりこうなった!!!」
「ははは、やはり万夫不当の英雄たちですな!食にも余念がない!」
「そういうことじゃないと思いますけど!?」
「ほら先輩、先輩の分を取り分けました。早く食べないとなくなっていまいますよ?」
「マシュ……いつの間にそんな強い子に……ありがとう……」
カルデアきっての盾サー(盾サーヴァント)の二人がいつの間にやら用意していたマイ盾で飛び散る出汁の飛沫から立香を守りつつ、マシュからは鍋の具がよそわれた小鉢が渡される。
全ての具が満遍なくとられたバランスの良い配膳だ。
たくましく育った後輩に感謝と感激の涙を流しつつ鉢を受け取り、阿鼻叫喚の体を示す盾の向こう側を無視して湯気の中に箸を入れる。
まずは白菜。
くたくたに煮込まれたそれをつまみ上げると、たっぷりと絡まった出汁が滴り落ちて鉢の中に帰っていく。
一口に頬張ると、塩味と鶏ガラをベースにした優しい味の出汁がじんわりと口の中に広がった。
はふりはふりと口から熱い吐息を漏らしつつ咀嚼すると、溶けだした白菜の甘味が五臓六腑に染み渡る。
水菜はまだ少し食感が残っており、しゃくしゃくとした控えめな歯ごたえを感じる。
ぽったりとした大きい椎茸にかぶりつくと、茸独特の旨味が出汁と合わさり、えも言われぬ味となった。
少し形が歪なつくねは、口に入れるときめ細かな鶏肉がほろりと崩れ解け、噛めば噛むほど甘い脂が染み出す。
中に混ざる軟骨のコリコリとした食感が、煮込まれて柔らかい鍋全体の食感を引き締めていた。
「おいしい……」
身も心もあったかくなるような味に、目の前の惨状を忘れ、ほっこりとする立香。
「身体がぽかぽかする美味しさです……。なるほど、こうやって煮汁が染み出した出汁も一緒に食べることで食材の栄養を余すことなく摂取できるのですね。冬を乗り切るための先人の知恵、大変勉強になります」
立てた盾に対して背を預けることで守りを維持しつつ、マシュも同じようにほっこりと小鉢をつつく。
レオニダスもその筋肉に恥じない健啖っぷりを見せつつ、バーサーカーたちに臆せずおかわりをよそい、マシュと立香に献身する。
「うぅむ。急な注文にも完璧な形で応える流石の腕前、カレーム殿には感服いたしますなあ。さあマスター!どん食べて、どんどん筋肉をつけるのです!そしてゆくゆくは日本を代表する戦士たるスモウ・レスラーに匹敵する肉体を手に入れるのです!」
「うん、それは嫌かな」
「何故ですー!?」
〆の雑炊の準備をしたカレームが厨房から出てきて、出汁が全て外に飛び散り鍋の中に何も残っていない状況を発見し、おかん属性サーヴァント総勢でのお説教&食堂大掃除が始まるまであと15分。
マイルームでの会話2
「主従関係……?それはもちろん!だってバトラーですもの。マスターが私に料理をさせてくれる限り、私はあなたに全力をもって料理を振舞いましょう。
……ふふ、そう考えると一番サーヴァント然としているサーヴァントは私かもしれませんね?」