キャスター?いいえバトラーです!   作:鏡華

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2カ月近く放置してしまって本当にすみません……!
年度始めは色々と忙しいですね。


ドネルケバブin管制室

誰かの背骨が鳴る音が聞こえる。

 

誰かの深い息が聞こえる。

 

 

倦怠渦巻く重い空気が煮詰まるのは、カルデアのオペレーションルーム。

 

人理焼却後、両の手が2対ほどあれば数え足りるほどになった職員たちは昼夜を問わずに──召喚されたサーヴァントたちの助力があるとはいえ──働き詰めである。

 

普段の特異点の調査・解析から施設維持、果てはレイシフト中のマスターの存在証明など、あまりに多岐にわたる激務に、デスクを発つことすらままならない。

 

マスターやサーヴァントが寝静まった現在も、カルデア代理所長ロマニ・アーキマンを筆頭に、彼らに休みは許されないのである。

 

 

 

とはいえ、彼らは英霊でもなんでもないただの人間。

 

生きていくには魔力だけでは足りず、心身ともにガソリンを必要とするのだ。

 

 

「…………はらへった」

 

「やめて口に出さないで。こっちも辛くなってくる」

 

 

誰かの独り言を皮切りに、あちらこちらから腹の鳴る音や空腹に耐えかねた呻き声が聞こえる。

 

 

「こんな1日24時間労働なんてギャグみたいな状況でこれ以外に楽しみもないんだから仕方ないだろうよ。……ああ今日のメニューは何かなあフフフフフフフ……」

 

「おいこいつ壊れ始めたぞ」

 

「タイピングはまだ正確だから大丈夫大丈夫」

 

「ねーえードクター!おなかがすきましたー!」

 

「そーだそーだ!」

 

「迅速に夜食を所望するー!」

 

「ぅええ!?なんでそれをボクに言うんだい!?」

 

 

突然起こったデモ活動に、たじたじとなるロマニ。

 

 

「どーせドクターのことだから隠れてお菓子とか食べてるんでしょ!ずるい!」

 

「平等なカロリー権を要求する!」

 

「我々は食事のために!食事は我々のために!」

 

「ドクターの!ちょっといいとこ見てみたい!それ差し入れ!差し入れ!」

 

「あぁ、もう!深夜と空腹でよくわからないテンションになってるな君たち!?あとボクはたまにしかお菓子は食べてないぞ!!」

 

「語るに落ちてるんだよゆるふわドクターめ!」

 

 

自分もおかしなテンションになっている何故かキメ顔のロマニに、ヤジと紙くずの嵐が飛ぶ。

 

 

「わわ、わかった!落ち着いて!落ち着くんだみんな!大丈夫、いつも通りならそろそろ――」

 

 

 

「皆さんお疲れ様でーす!嬉し楽しいお夜食の時間ですよー」

 

 

 

 

開いた扉の向こうから、まるで戦士を労り鼓舞するかのような明るい声色と主にやってきた芳しい香りにわっと場が沸いた。

 

 

「キター!!!」

 

「我らの救いだ!」

 

「天使……っ!まさに天の御使いだ……っ!」

 

 

万歳をして喜ぶ者、感謝の涙を流す者……それぞれ反応は違えど、皆同様に彼女──カレームを歓迎する。

 

 

彼女からの毎日の3食とおやつと夜食のデリバリーが、彼らの現在唯一の娯楽なのである。

 

 

 

「いやあ助かった!もう少しでボク秘蔵のおやつの数々が犠牲に……げふんげふん。ところで、今日のメニューはなんだい?」

 

 

 

これ幸いと言わんばかりに、ロマニはカレームへと話題を振る。

 

食事中でも手を離せない彼らのために、一皿で完結する料理や手づかみで食べる料理ばかりが出されるが、今まで全く同じメニューが出たことはない。

 

 

 

「今日はドネルケバブです!きちんとアツアツの出来立てをご提供いたしますよ!」

 

 

カレームがそういいながら再び廊下に戻り、持ってきたワゴンの上には、ピタパン、野菜、ソース、そして──小型回転肉焼き機にセットされた大きな肉塊があった。

 

ゆっくりと自動回転しながらジリジリ焼かれる肉の表面から肉汁の汗が滴り落ちる。

 

それを見た職員たちからの、歓喜なのか恐慌なのかよくわからない絶叫。

 

 

「うわあなんて凶悪な光景──ちょっと待って。そんな機械あったっけ」

 

「今日のために少しの材料と書庫の情報とエジソンさんとテスラさんの知恵と技術を拝借しました」

 

「大概エンターテイナーだなあ君も!?」

 

 

呆れ半分、驚き半分に叫ぶロマニを尻目に、カレームは長いパン切り包丁のようなナイフを手にし、肉の焦げついた部分を丁寧に削り落としていく。

 

 

「その削ったとこだけでもいいからくれええ!!」

 

「いいぞー!もっとやれ!!」

 

「あああ、カロリー高そう……こんな時間にあんなアブラギッシュなものを食べるなんてなんて背徳……」

 

「だがそれがいい!!」

 

「そうか、これがフードポルノ……!」

 

 

まるでストリップショーを見ている酔っ払い客のように白熱していく野次。

 

こげついた面の処理が粗方完了し、本体を先程までとは比べ物にならない程分厚く削ぎだすと、いよいよ会場はヒートアップしていく。

 

内面から赤みの残る肉がまた表れ、そこからまた肉汁が滴る様に、感嘆と歓声が入り交じる。

 

 

「──はい、できました!順番に配りますので、急がず焦らずがっつかず!ゆっくり味わってお食べくださいねー!」

 

 

カレームの声と共に、野菜と肉、そして仕上げにソースがたっぷり入れられたピタパンが差し出された。

 

職員たちは即座に1列に並び、炊き出しを受けているかのようにケバブとドリンクを受け取り、自身のデスクに戻っていく。

 

つい先程までのお通夜のような空気が雲散霧消した、にわかに活気づいた空間で、再び仕事に戻っていく面々。

 

ストレスが発散されると途端に通常運転に戻るこの素直すぎる切り替えの早さも、彼らの強みなのだろう。

 

 

「──はい、ドクター。あなたの分ですよ」

 

「えっ──あ、ああ!ありがとう!」

 

 

呆けてその様子を見ていたロマニは、眼前にずずいっと差し出された食事を認識して、一拍遅れて反応する。

 

わたわたと受け取ると、包装紙越しにじわりと熱が掌に伝わる。

 

 

「……どうやら頭に養分が回っていないようですね。それ食べて少し休憩なさったらいかがです?」

 

「あはは……お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」

 

 

呆れと心配が同居した視線でじとり、と睨まれ、引きつった笑顔を浮かべるロマニ。

 

 

「どんなに頼りなくとも、一応あなたはこのカルデアの屋台骨ですからね。それが倒れてしまっては人理修復など夢のまた夢です。生身の人間にできることをわきまえてしっかり養生してくださいな」

 

「さらりと毒を混ぜてくるよねえ……」

 

 

心配しているの貶しているのかいまいちよくわからないカレームの言葉に苦笑しながら、ロマニは手の中にあるケバブにかぶりついた。

 

 

 

ふわりとしたピタパンを噛むと、しゃきりと歯ごたえのある新鮮な野菜をくぐり抜け、分厚い羊肉に到達する。

 

ピタパンの表面に塗された小麦粉が舌を撫でた後、葉野菜のほんの少しの苦みが一足先にやってきた。

 

肉を噛みきると、口の中にトマトの汁気と肉汁、そしてソースが押し出される形で口内になだれ込む。

 

ヨーグルト仕立てで少し甘味のあるソースがスパイスのきいた肉のガツンとした旨味を引き立て、トマトの酸味が全体の味を引き締めていた。

 

更に噛みしめると今度はキャベツの優しい甘味がじんわりと広がる。

 

ボリューム感と栄養バランスを両立した、夜食に相応しい一品だ。

 

 

 

「ん~~~!!!やっぱり君の料理は美味しいなあ!今の食生活が今までの人生で一番充実していると胸を張って言えるよ!」

 

「ふふ、ありがとうございます。毎度毎度そうやって大げさなくらいに喜んでくれるのは素直に嬉しいですねえ」

 

 

自分が腕によりをかけて作っている以上当然の帰結であると言わんばかりに胸を張るカレームを尻目に、もぐもぐと口いっぱいにケバブを頬張り至福に顔を蕩けさせるロマニ。

 

昼夜問わずの戦場である管制室の、ほんの一時の安らぎの時間であった。

 

 

 

「ところで、お肉もう少し余っているのですが……おかわりいる方は?」

 

 

 

このカレームの一言で、すぐに戦乱の渦に叩き落されることになるのだが。

 




絆Lv.1ボイス

「マスター、どうかしましたか?何かご注文があるんじゃないんですか?……あの、何で私のことを見てるんです?」

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