ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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第11話

 此処は祭壇にして玉座。

 留守を任されていたアウグストゥスの前に、玉座の主とその従者たる黒き少女が帰還した。

 

 「お帰りなさいませ、大導師」

 

 「ああ」

 

 短く返しつつ、2人は歩みを止める事無くその横を通り過ぎる。

 アウグストゥスは、その後ろに続く。

 

 「見たか、アウグストゥス?」

 

 背を向けたままのマスターテリオンの問いに、頷き、答える。

 

 「はい、確かに。あの鬼械神の紛い物を動かしていたのは、“アル・アジフ”の力。覇道は、最強の魔導書を手中に収めたようですね」

 

 「ふっ……そうでなくて面白くない」

 

 薄っすらと笑うマスターテリオン。

 

 ……面白くない。

 大導師の言葉に、アウグストゥスは僅かながら怪訝な表情になる。

 

 「何かあるのか、アウグストゥス?」

 

 アウグストゥスのそんな気配を感じ取り、マスターテリオンは振り返りもせずに問うた。

 

 「はっ……失礼ながら、大導師。何故彼女等を見逃したのですか? あの未熟な術者から“アル・アジフ”を奪い取る事は容易だった筈です」

 

 その問いに、マスターテリオンではなく、黒き少女―――マスターテリオンの魔導書“ナコト写本”が振り返り答えた。

 

 「現状の“アル・アジフ”では意味がありません。今の彼女は完全では無いのですから」

 

 「ほう?」

 

 「彼女を構成する記述の一部が欠けています。そのような状態の“アル・アジフ”を手に入れた所で、それでは写本と変わり無い……むしろ、今の彼女は写本にも劣る」

 

 「恐らくは前の余との戦いの折、ページが抜け落ちたのであろう。……なに、“アル・アジフ”は必ず自らの断片を回収し、完全に戻ろうとするだろう。しばらくは泳がせておけ」

 

 「ですが、計画の発動までそれほど間はありませんが」

 

 「解かっている。我々も“アル・アジフ”の断片を捜索し、可能ならば“アル・アジフ”に先んじる。“アル・アジフ”から目を逸らさぬようにな」

 

 「御意」

 

 

 

 

 

 大導師の寝室。

 椅子に腰掛け、その女はマスターテリオンの帰りを待っていた。

 寝室の扉が開く。

 2人に気づいた女は立ち上がり、満面の笑みを浮かべて、2人を迎える。

 

 「……ナイア」

 

 エセルドレーダの顔が、ほんの僅かに、だが苦々しく歪む。

 

 「あはははははっ。エセルドレーダったら、相変わらずcoolだねぇ。それでどうだったんだい、大導師殿? ……おやおや、これはまた」

 

 ナイアはひどく愉快そうに、目を細め、唇を吊り上げ、()()に視線を向ける。

 

 視線の先には―――紅。

 マスターテリオンの指先から床に滴り落ちるその紅は、脇腹から滲み出ていた。

 そんな深手を負いながらも、マスターテリオンの表情は涼しげで、楽しげで、愉しげであった。

 

 自らの主人の傷に、エセルドレーダが貌を苦渋に歪ませる。

 

 「……申し訳ございません。アル・アジフの術者の力量、未熟と侮っておりました」

 

 デモンベインの拳を受け止めた、あのとき。

 彼女たちの渾身の力で放たれた魔力の余波は、“ナコト写本”の防禦陣を貫き、一部がマスターテリオンへと届いていた。

 

 「構わぬ……こうでなければ意味が無い」

 

 俯くエセルドレーダの頭に掌を置き、その黒髪を優しげに指で梳く。

 そんな主人の指使いに、俯いていた少女はうっとりと目を細めた。

 

 「へえ……大導師殿。今回はもしかして、もしかするかもね?」

 

 意味有りげにナイアは微笑するが、マスターテリオンは詰まらなさそうに鼻で笑った。

 

 「ふん、貴公の言う事を真に受けるとでも? だが―――」

 

 自らの指先に滴る紅を、鮮血の様に赤い舌で舐め取る。

 その貌には、あの、亀裂の様な笑みが、浮かんでいた。

 

 「確かに今回は……今までで、一番愉しめそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸いにして、ライカさんは軽い打撲だけですんでいた。

 強く身体を打って気絶していたものの、今は目を覚まして、泣き縋るがきんちょたちを気丈に励ましている。

 

 (……よかった)

 

 これでもし、ライカさんの身に何かあっていたら。

 もしあのとき、マスターテリオンに殺意があったら。

 もしあのとき、マスターテリオンが本気で教会に当てていたら。

 私は……みんなを守れなかった。

 

 (……っ)

 

 心の中で自分に悪態をつく。

 

 「……ライカさん」

 

 私が近づくと、ライカさんは心配そうな顔で私を見てくる。

 

 「九淨ちゃん……ずいぶん怪我してるみたいだけど、大丈夫?」

 

 「……うん、大丈夫よ。これくらい大したことないわ」

 

 「でも……」

 

 「……まあ、安心しろ。未熟とはいえ、仮にも最強の魔導書たる妾の主だ。そう簡単には死なさんよ」

 

 ……さり気なく恐ろしい宣告されてないかしら、私?

 

 「とりあえず、ライカさん」

 

 背中を向けて、しゃがみ込む。

 

 「寝室までおぶってくよ」

 

 「そんなに気を遣わなくても……1人でも歩けるよ?」

 

 「怪我人が遠慮しないの」

 

 「九淨ちゃんの方がよっぽど怪我人な気がするけど……」

 

 聞く耳持たぬ。

 そんな私に、最終的にはライカさんが折れた。

 

 ライカさんをおぶって、寝室へと歩いていく。

 ……正直、人一人分の重さは、今の私にとって決して軽いものではない。

 軽くはないのだけど、その重さ―――人間の命の重さを噛み締める。

 もしかしたら、二度とこの人の重さを感じることが出来なかったのかもしれないんだ。

 

 「……何かそんな顔されると、私がすごい重いみたいなんだけどぉ」

 

 ……いけないいけない。

 いつの間にか顔に出てたみたいだ。

 

 「重いよ」

 

 「ちょっとぉ、ひどーいっ!」

 

 上手く誤魔化せたみたいだ。

 

 「そんなこと言うなら、もういいですよーだ! 後は自分で歩きますから、降ろしてくださいっ!」

 

 「ごめんごめん、冗談だってば。……それにしてもアレだね、ライカさん」

 

 「?」

 

 「……胸、また大っきくなった?」

 

 「――――――――――っ!!///」

 

 心なしか、背中のライカさんの体温が上がったように感じる。

 

 「ひ、人が気にしてることを……九淨ちゃんの変態! 淫魔! 不潔です! 神様に懺悔しなさいっ!」

 

 「ちょ、痛いっ! 痛いって! 暴れないでよっ!」

 

 怪我に攻撃を加えられ、悲鳴を上げる身体を引きずりながらも、ようやく寝室の前に辿り着いた。

 

 「入るよー」

 

 ライカさんを背負ったまま、器用にドアを開ける。

 ライカさんの部屋はシスターらしく、質素で落ち着いた雰囲気の部屋だ。

 女性にしては飾り気が少ないと言いたいけど、私自身、事務所兼自宅は飾り気どころの話じゃないので止めておく。

 とにかく、部屋のベッドの上にライカさんを降ろしてあげる。

 

 「ふぅ……じゃあ、私はこれで。ライカさん、少なくとも今日は安静にね? 何か身体に異常がありそうだったら、医者に行くこと」

 

 「はいはい。分かりましたよーだ」

 

 ちょっぴり不貞腐れたように答えるライカさん。

 けど、不意打ち気味に真剣な表情をした。

 

 「ありがとう……九淨ちゃん」

 

 「……気にする必要はないわよ。っと、がきんちょどもは私が寝かしつけておくから、心配しないで休んでて。じゃ、おやすみ……」

 

 照れくさいのでさっさと部屋を出ようとする。

 

 「九淨ちゃん……また、危険なことするつもりじゃないよね?」

 

 再び、不意打ち。

 思わずドアの前で固まってしまったけど、笑って振り返る。

 

 「冗談。もうあんなこと……」

 

 「九淨ちゃんが抱え込む必要なんて、全然ないんだよ? 人にはみんな誰にだって、自由に生きる権利があるんだから」

 

 「……おやすみ、ライカさん」

 

 その言葉には答えず、私は寝室を後にした。

 

 

 

 

 「くじょー……ライカお姉ちゃんは?」

 

 部屋から出てすぐそこに、がきんちょどもが居た。

 どうやら心配で、後からついて来たみたいだ。

 

 「ん。心配しなくても大丈夫よ。今夜はもう休ませてあげなさい」

 

 不安そうに私を見上げるがきんちょどもを優しく撫で、背中を押す。

 渋々ながらも、がきんちょどもはそれに従って各々の寝室へと入っていった。

 2人から離れたところで、様子を窺っていたアリスンが最後に残った。

 

 「アリスン。あなたも……」

 

 言い終わる前にアリスンは、逃げるように部屋へと入っていった。

 

 (……やれやれ)

 

 

 

 「終わったか?」

 

 「……ふぅ。まだ居たのね」

 

 「言ったであろう? 妾は汝を諦めるつもりはないさ」

 

 「お熱いラブコールね、まったく」

 

 憎まれ口を叩きながらアルの横を通り過ぎようとして……別の声に呼び止められる。

 

 「さて……大十字さん、分かっていますね?」

 

 その声を聞いたとき、驚きは無かった。

 デモンベインをまた勝手に動かしたんだ、素っ飛んで来て当然ね。

 

 「……覇道のお嬢様に、執事さん。ええ、分かってるわ」

 

 「では、申し開きはありますか?」

 

 「いえ、無いわ」

 

 「デモンベインを無断で使用した上、街にあのような被害を出したことを認めるというのですね?」

 

 「ええ」

 

 「九淨。あれは妾と汝の鬼械神だ。態々伺いを立てる必要はないし、ましてやこの小娘に謝罪することなどない」

 

 「……わたくしは大十字さんとお話しているのです。貴女ではありません」

 

 お嬢様はアルの言葉をバッサリと切り捨てる。

 

 「デモンベインを無断で使用したのはともかく、その結果がアレでは話になりませんわ」

 

 「……ええ、そうね」

 

 「そうねって……弁解すらしないのですか?」

 

 「色々あったのは確かだけど、それがどうであれ、デモンベインを使ったのに負けた事実は変わらないわ」

 

 ブラックロッジに対抗する為の切り札。

 デモンベインの存在理由を考えれば、お嬢様の怒りも当然の事。

 

 「……そうですか」

 

 見た目は冷静そうだが、お嬢様の目は怒りの火が灯っているようだった。

 

 「九淨! 我等は当然の事をしたまでだ! 敵と―――マスターテリオンと対峙したのだぞ? 戦う術として鬼械神を喚んで何が悪い? あの程度の被害で済んだことを喜びこそすれ、責められる道理などなかろう!」

 

 マスターテリオンの名に、お嬢様と執事さんは表情を凍らせ、硬直した。

 

 「大十字様……此処に現れたのは、()()マスターテリオンだったのですか!?」

 

 「ええ……目にしたのは、初めてだったけど」

 

 驚愕の表情を浮かべた執事さんに、私は頷く。

 

 「……当然でしょう。マスターテリオンはその存在を仄めかされてこそいますが、本人を見た者はおらず、今では架空の人物に過ぎないと言う者すらおります」

 

 「間違いないのですか、大十字さん?」

 

 「ええ……男だか女だか分からないようなスカした面の金髪ロングに、昏い金色の目をした優男だったわ」

 

 「金色の邪眼……お爺様の言っていた通り、やはり実在したのですね」

 

 「左様。いかに汝の頭が悪かろうが、これで理解できたであろう」

 

 その言葉にお嬢様は、冷めた目でアルを見据える。

 

 「ええ、理解できましたとも。ネクロノミコンの力ではブラックロッジに対抗できない。それがハッキリと証明された訳ですね」

 

 「……何?」

 

 「ブラックロッジを斃せないデモンベインでは意味がありません。別の魔導書の探索を依頼したわたくしの判断に誤りはなかった……という事です」

 

 (この人は……どうして、そうかな)

 

 なんでかアルにやたらと絡む。

 アルもアルで千年という時を生きている割には、沸点が低い。

 結果、アルはカッとなって反論する。

 

 「妾以上の魔導書がこの地上に存在するはずがなかろう! それに妾が完全になれば、マスターテリオンに遅れをとる事など……!」

 

 「完全……そう言えば、前にそんなこと言ってたわね? ページの何割かを失っただか何だかって」

 

 「左様。自身の記述の一部を欠いた今の妾は全ての力を出し切ることは出来ない。それさえ取り戻せれば―――そして術者と鬼械神が居れば、マスターテリオンを打倒することなど!」

 

 「そうですか。ですが、貴女方がそれを気にする必要は、もうありません」

 

 「何だと?」

 

 「……えっ?」

 

 思わず2人してお嬢様に聞き返す。

 

 「事情は理解しましたし、今回の事は不問と致します。そして……大十字さん。貴女への依頼も取り下げます。もちろん、前金はそのままお収めください。あれは貴女の仕事に対する、正当な報酬ですから」

 

 お姫様は、冷たくそれを宣言した。

 

 「それって、つまり……」

 

 「貴女がブラックロッジの件について、気に病む必要はなくなったということです。アル・アジフ。貴女もです。ここから先は覇道の問題。今までのことは全て忘れて、普段通りの生活にお戻りください。大十字さん、お世話になりました」

 

 お嬢様は畳み掛けるように話すと、執事さんに目配せして去っていこうとする。

 

 「勝手なことをぬかすな小娘! それはこちらの台詞だ! 魔道の魔の字も知らぬ人間が、これ以上魔道の領域に足を踏み入れるでない!」

 

 一瞬、お嬢様の肩が震えるが、そのまま歩いていく。

 

 「大十字さん」

 

 「は、はいっ?」

 

 「解かっているとは思いますが、今後、デモンベインに触れることは許しません。アレは()()()()()()ですから……よろしいですね?」

 

 「……はい」

 

 「結構。ではウィンフィールド、戻ります」

 

 お嬢様は有無を言わさぬ口調で言い放ち、この場を去っていった。

 執事さんは何かを言いたげな表情をしていたけど、軽く会釈をしてお嬢様を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去っていくお嬢様たちを見送った後、私は帰路についた。

 アル・アジフは当然のように、私の後をついて来る。

 お互いに無言のまま、街灯に照らされた薄暗い夜道を歩く。

 

 (私は……私は……っ)

 

 ブラックロッジ、それにマスターテリオンと戦う決意をした矢先―――デモンベインを失った。

 

 「……ねえ、魔導書さん」

 

 「何だ? 我が主よ」

 

 ……だけど。

 

 「……良いわよ」

 

 「何がだ?」

 

 「良いわよ、あなたの(マスター)になってあげる」

 

 「……ふっ」

 

 だけど、そんなことは関係ない。

 もう決めたこと。

 あんな奴等を許すわけにはいかない。

 

 (アイツは……アイツ等は、私が……!)

 

 「魔術師でも死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)でも、何でもやってやるわよ! 奴等はこの私が、1人残らず叩き潰してやるっ……!」

 

 

 

 

 

 英雄の道、それは吹き荒む嵐のようで、雷が降り注ぐように荒れ狂い、凶器が飛び交い、業火にその身を焼かれる道。

 

 英雄の道、それは数多の血を流し、自らの血反吐を吐き、何人もの血に浸かりながら進む道。

 

 けど、その凄絶な道を選択する瞬間に

 それを決意する理由に

 英雄は必ず巡り逢う。

 

 私自身が英雄だなんて、そんなおこがましい事を言うつもりはない。

 私自身は平凡な、ただの一介の人間だ。

 

 けど―――私は、大十字九淨は……その瞬間に、巡り逢ってしまったのだ。

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